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最終章 ヤクザが来たでござる

事務所

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~ ここまでのあらすじ ~

 おおよそ任務達成の見込みのない無茶ぶりに頭を痛めるケンジ。これ以上民間人の被害を出さないためにはベアリスと共に日本から去るしかない状況。そこで彼の取った選択はやはり「チェンジ」だった。
 しかし6回目のチェンジを実行した彼を神殿で待っていたのは、ベアリスではなく「ヤクザ」だった。


――――――――――――――――


 俺は……ヤクザの事務所に連行された。

 なんてこった。

 まさかこんなことになるとは、思ってもみなかった。

 日本での勇者としての活動を諦め、邪神に手を引かせるために俺は「チェンジ」を実行した。これで世界……もう俺の世界じゃないんだな、地球は元の状態に戻ったはずだ。奈良県南部の事は気になるけど、正直俺の力じゃどうしようもない。神が相手じゃな。奈良県民のポテンシャルに期待するしかない。

 で、まあ、無事に神殿に戻ったんだが、神殿で待ち受けていたのはなんとベアリスではなく、ヤクザだった。

 どうしてこうなった……

 結局ヤクザのやっさんと、その舎弟らしき男のサブにベンツに乗せられて、俺は事務所に連行されてしまった。

 雲の中のような深い霧の中を移動して90年代みたいなコンクリのやけに四角い建物に連れてこられて、それから『事務所』の中に移動した。正面にはデカい机が置いてあり、その手前にはソファとローテーブル。机の奥の壁には日本刀が飾ってあり、その上には額縁に入った書。大きく『任侠』と書かれている。

 こんなこてこての『事務所』今時もうないだろう。

「まあ座れや兄ちゃん」

 そう言うとやっさんはソファに座ったので、俺も対面のソファに座った。柔らかく、沈み込むソファではあるが、俺は背もたれに体を預けず、膝に手を置いて体をまっすぐにしている。

 何しろヤクザの事務所に来るなんて初めての事だから、とにかく緊張している。

 コト……と俺とやっさんの前にお茶が置かれた。サブは基本的に何かやっさんに問われかけない限り言葉を発さない。慎重は俺と同じくらいなんだけど、分厚い筋肉と脂肪の鎧を纏っており、凄まじい威圧感だ。これ喧嘩したらやっさんより強そうに見えるんだけどな。

「まあ茶でも飲んでリラックスしてくれや」

 そう言ってやっさんは自分のお茶を啜ったが、俺はとてもじゃないがお茶なんか飲む気にはなれなかった。

「あ、いえ……お茶は……ハハ、いいッス……」

「サブ」

「うス」

 やっさんの言葉に小さく反応してサブは彼の隣に立つ。なんだろう。なんかあったんかな?

 やっさんは俺のお茶の湯飲みを持ち上げると、ガシャン! とそれをサブの顔面に叩きつけたのだった。

「ひぇ……」

 思わず俺の口から悲鳴が漏れる。湯飲みは粉々に砕けて、サブの顔からはだらだらと血が流れている。

「お前の淹れた茶がまずいからお客さんが飲んでくれへんやろがい!!」

「うス、すいませんアニキ……」

 マジで何なのこれ。俺はもう生きた心地がしない。

「まあええわ。ええと、キミ。ケンジ君、やったかな?」

「あ……ケンジっす……あの……やーさんは……」

「やっさん、や」

「あ、ハイ」

 凄い目力で睨んでくる。本気出したらオプティックブラスト出そう。

「その、やっさんは、あの~……僕をどうする気なんでしょうか……そのぅ、やっぱりケジメとかとらされたり……」

 小指を詰めろとか言われたらいやだな。いやそれでも大阪湾に鎮められるよりはマシなのかもしれないけど。

「どうするもなにも、異世界を救ってもらうに決まっとるやろがい。今までと一緒や」

 一緒なら担当ベアリスに戻して欲しい。

「ま、今度舐めた真似しくさったら、それなりの『ケジメ』つけてもらわなアカンかもしれんけどのぅ」

 そう言ってやっさんはティッシュで血を吹いているサブをちらりと見る。

 いやだ。彼には悪いけど俺はサブみたいにはなりたくない。ヤクザに殴られたくない。もしかしてサブも元々異世界の人間でヤクザに「舐めたマネ」したせいで舎弟になったとか、そういう人だったりするんだろうか。

 やっさんはだるそうにテーブルの上に積まれている書類を手に取ってパラパラと紙をめくりながら中身を確認する。

「にしてもいっぱいあるのぅ……」

 あれは、詳しくは見ていないが多分全部助けの必要な異世界の資料だ。それにしてもヤクザが人助けとか空恐ろしい。借りを作ったりしたら最後骨までしゃぶられそうなイメージがある。

「いっその事これ全部ケンジにやってもらおか! ガハハハ!」

「ハ……ハハ……」

「何がおかしいねん」

「あ、すいません……」

 何なの今の? 場を和ませようと冗談言ったんじゃないの? 完全に空気を支配されてる。コ・シュー王国の時と同じだ。気づけば俺は喋る前に絶対に「あ」と言わないと発言できなくなっていた。なんか調子を整えてからじゃないと喋りづらい。

「まあええわ。適当に選ぶか……」

 適当って……少なくともベアリスは俺に合うような異世界を選ぶ姿勢だけは見せてくれたのに、やっさんは完全に有無を言わせない状態だ。

 やっさんは一枚の紙を選んでテーブルの上にバン、と置いた。

「よっしゃ! 早速いくで!」

「ちょちょ、ちょっと待ってください!」

「なんやねん自分! テンポ悪いなぁ!」

「あ、すいません」

 いつのまにか「すいません」が口癖になっているが、しかしさすがにここで退くわけにはいかない。状況も内容も分からない世界に跳ばされたりしたらことだ。最悪日本の時みたいな無理ゲー状態の可能性だってある。

「そのぅ……事前に、自分にあった場所かどうか……とか、検討をさせていただきたく……」

 やっさんは目を伏せて「はぁ」と小さくため息を吐いた。

「あんなぁ……自分、日本の生まれやったな?」

「あ、はい」

「ほしたらアレか? 自分、生まれる前に環境を吟味してから生まれたんか? ここやったらイケるわ、思うて日本に生まれたんか?」

「ああ……いえ……」

 めっちゃ正論吐いてくる。このヤクザ。

「よし、納得できたならいくで! おりゃあ!」

 そして俺は、光に包まれた。
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