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第三章 まれびときたりて

ピンクの村

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「ほら、見えてきた。もうそこが私の『ハーウィートの村』よ」

 胸を当て擦るように腕を組みながら俺を引っ張るサリス。

 ごっつぁんです。

 ファーララもいい子だったけど……ね!

 やっぱりこう、あっさりした味付けのものばっかり食べてると、たまにはがっつり系が……ね!

 それにしても本当に小さな村だ。一応簡単なゲートみたいなものと申し訳程度の柵があって「ここからが村なんだな」というのは分かるんだけど、正直防御の役に立つとは思えない。っていうか柵は村全てを囲んでるわけじゃないので避けて横から普通に入れる。

「こんなんで魔物の侵入を防げるの?」

「実を言うと、今までは魔族が攻めてくることなんてなかったから……でも、これからはどうしたらいいのか……」

 ここは決めどころだな、と俺は考えてサリスの震える方に手を置いて囁くように、しかし力強く語り掛ける。

「大丈夫だ、これからは俺が守る。サリスをそんな危険な目には合わせない」

 サリスはみるみるうちに顔を紅潮させて、髪と同じように頬に桃色が差した。

「あ、ありがとう……ケンジは、きっと……いや、やっぱり勇者様なんだね! 魔王に侵略される運命にあるこの世界を守りに、神様が使わしてくれた勇者なんだよ!」

 ああもう! なんちゅう可愛さだ! 「かわいい」が通貨だったら今頃俺は大金持ちだぜ。

 もういいな。魔王とかどうでもいいわ。俺はここで一生この村を守って過ごす。今決めた。この村を守りながらゆったりスローライフ決め込むわ!

『ちょっと! 使命を忘れないで下さいよ。ケンジさんは誰か特定の、じゃなくてこの世界全体への奉仕者なんですから』

 うるせーな分かってるよ。言葉の綾ってやつだ。

「あ! お父さん!! おとうさ~ん」

 サリスは立ち止まってしまった俺を置いて、その大きな胸を揺らしながら遠くに駆けていく。

 マジか。いきなりお父さんへの御挨拶か。異世界経験は豊富だけど社会経験なんて無いに等しい。こういう時なんて言えばいいのか……

「むっ、娘さんを、僕に下さい!!」

 時が止まる。沈黙の時が流れた……

 というか、遠い。まだ、サリスが駆け寄っていった男と俺の間には20メートルほどの距離がある。完全に距離とタイミングを見誤った。俺は慌ててサリスの後について駆けて行った。

 サリスが『お父さん』と呼んだ中年男性は目を丸くしていた。どうやら遠くても俺の声は届いたようだ。

「えっ……娘を、下さいって……?」

 当然ながら状況を把握できず、目を丸くして立ち尽くす中年男性。

 しかしそのビジュアルが凄い。

 服装自体は普通だ。ズボンをサスペンダーで吊って、くたびれたシャツを着ている。そこは別にいいんだが、髪がピンクだ。

 遺伝だからしゃあないのだが、サリスの父だけあって同じ、薄桃色の髪をしている。そして口ひげを蓄えているのだが、それもピンクだ。きっつい。

 なんか、辞め時が見極められなくていつまでもパンクバンドの雰囲気を背負ったままになっている元バンドマンという感じの髪の毛になっている。年の頃は四十代半ばくらいか、もうそう言うのは卒業しようよ。服装が普通だけに余計に目につく。

「ちょ、ちょっと勇者様! い、いきなり何言ってるのぉ!?」

「え? 勇者様?」

 顔を真っ赤にしてツッコミを入れるサリスと、彼女のその言葉にさらに驚くお義父とうさん。

 それにしてもサリスのリアクションが可愛い。これは、まんざらでもない感じだ。どさくさに紛れて好感度調査を敢行した自分自身に拍手を送りたい。

「そうよ! ケンジは凄いんだから! 『オンデアの獣』、白銀のオオカミを無詠唱の魔法一撃で倒しちゃったんだから!」

「なんだって? 白銀のオオカミを!? それも無詠唱の魔法で?」

 サリスとお義父さんが盛り上がっていると「なんだなんだ」と他の村人たちも集まって来た。

 全員ピンク。

 まあ……

 しゃあないけどさ。

 色の濃淡の差はあるものの、全員見事なピンク髪だ。おっさんもおばはんも、じじいもばばあも。みんな桜色。季節外れのサクラサク。

「あのオンデアの獣を一撃で?」
「本当なのか? サリス」
「とうとう伝説の勇者様が……」

 いやいや……ふっふっふ、まいったなあ。よしてくれよ。ショボいザコモンスター一匹狩ったくらいでさあ。

「ホントよ、勇者様は本当に凄いんだから」

 え? あれ? なんかサリス、急によそよそしいカンジになってない?

「だって、やっぱりケンジは神様が遣わしてくれた『勇者様』なんだな、って……そう考えたら、私が独り占めにするわけにはいかないのかなあ……って」

 え? なになに? まさかこれはハーレムフラグ? まいったな、俺まだ童貞なのに。サリスは少し悲しそうな表情を見せる。うふふ、そんな表情しなくても俺にとっての一番はサリスだけだよ。

『ケンジさんマジきもい』

 うるせー黙れ。夢を見るくらいいいだろ。

 しかし本当にあのオオカミは村人からすると脅威だったらしく、トントン拍子で話は進んで俺は村に滞在を許されるだけじゃなく歓迎会まで開かれることになった。

 サリスはお義父さんが家まで案内する間ずっと俺の腕に抱き着いていた。正直おっぱいの感触が嬉しいけど、父親の目の前でこれはちょっと恥ずかしいというか、気まずいというか。

「今は少しでも勇者様と一緒にいたいから。もう少しだけ、私だけの勇者様でいてくれますか?」

 そりゃもういつまででも。

『だから贔屓は良くないと』

 うるさい駄女神。もう少し、あと五分だけ。

 サリスの家には書物や、内容は分からないが書類がいっぱいあった。

 事情を聴くと、この村では字の読み書きができる者がほとんどおらず、村長でもあるサリスのお父さんの家に本が集まってくるらしい。おそらく書類の関係は租税とか、戸籍とか、そう言った類の物なんだろう。

 家に着くと、お義父さんはサリスに正対して、それまで笑顔だった顔を落ち着けさせ、静かな口調で語り掛けた。

「本当に……勇者様が現れたんだな……サリス、覚悟はいいんだね?」

「うん……私は、そのつもりだよ……今までありがとう、お父さん」

 覚悟って何だろう。もしかしてサリスも一緒に冒険についてくるとか? そう言うパターンか? まいったな、サリスを守りながら魔王軍と戦うのか。まあどんな奴が相手でも俺はサリスを守り切るけどな。

「じゃあ勇者様、私達は宴の準備があるからこれで」

 ああ、ここで一旦お別れか。俺は軽くサリスの事をハグしてから別れを告げた。お義父さんの前だけど、まあこれくらいはいいよね。

 それにしても少し疲れた。結構歩いたし、お腹がすいたな。俺は案内された部屋にあったベッドに身を投げ出して仰向けに寝転がる。

『ケンジさん……ちゃんと使命の事考えてますか? デレデレしっぱなしで』

 女神か。ちょくちょく脳内に語り掛けてきやがって。仕事はちゃんとやるからプライベートに干渉しないでくれるかな。

『何がプライベートですか……ったく。や、やっぱりケンジさんも、ああいう胸の大きい子が好きなんですか……?』

 え、何この展開……もしかするともしかして……

「勇者様! 勇者様、大変です!!」

 俺が暇つぶしにベアリスと会話しているとお義父さんが慌てた様子でドアを開けて入ってきた。

「わっ、なになに!? どうしたんですか!!」

 いきなりだからびっくりした。変なことしてる時じゃなくてよかった。結構危なかったと思うよ。サリスがずっと密着してて結構俺限界だったから。

「サリスが、攫われました!!」

 なんだって!?

「突然黒い霧みたいなものが現れて、その中から頭に一対の角の生えた若い男……多分魔族が、サリスを……ッ!!」

 頭に一対の角が生えた若い魔族……まさか!?
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