上 下
55 / 65

55.

しおりを挟む



「さくら……」

熱っぽい瞳が緩み、アゲハの顔がゆっくりと近付く。
その様子を、聖母マリアの如く見下げる若葉。視界の端に映るその姿がアゲハの陰に隠れ、柔らかな唇が重ねられる。

「……っ、」

僕を捜していたのは、樫井秀孝の事件を知って、心配したからじゃなかった……
若葉自身が為し得なかった願望ことを、満たそうとしたかったから。
一緒に暮らそうと言ってくれたのも。優しく接してくれたのも。全ては──僕を利用する為。

深く心を抉られ、絶望にも似た感情に苛まれながら……閉じた瞼をぎゅっと瞑る。

「……」

ゆっくりと、離れていく唇。
滲んだ涙で濡れた睫毛を、頬に触れていたアゲハの親指がそっと拭う。


「……こんな形で、再会したくなかったな」


儚げで、寂しそうな声。
ゆっくりと瞼を持ち上げれば、形の良い二つの瞳が、鼻先三寸の距離で僕を見つめていた。

「……」

戸惑いながらもこくんと小さく頷けば、憂いを帯びた瞳を緩ませるアゲハが綺麗に口角を持ち上げる。

「さくらは、家を出てから今まで、どうしてたんだ?」

肘を付いた方の手が僕の前髪に触れ、指を梳きながら優しく掻き上げる。
それはまるで、仔猫を愛でるかのよう。その感触は、心地良くて。僕が好きだった頃のアゲハを、簡単に蘇らせる。

「ハイジと──僕に居場所をくれた人と、一緒に暮らしてた」
「……一緒に?」

こんな風に話したのは、いつ以来だろう。幼かった頃は、こうして色んな話をしていたのに……

「うん。……でも、突然離れる事になって。それから、竜一に──」
「──竜一って、山本竜一か?!」

その名前を出した途端、見開かれる二つの眼。
吊り上がる目尻。一瞬で空気が変わり、僕に触れた指先が強張るのが伝わる。

「……ハロウィンの夜、ホストの格好のまま繁華街で大名行列してたでしょ。それを、竜一と一緒に見てた」
「……」

見開かれた目が、僅かに緩む。
数回瞬きをし、憂いを帯びた瞳を揺らしながら伏せられる。

「………あれか。
あれは只の見世物だ。ホストになったのも、俺の意思じゃない」
「え……」



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

残り一日で破滅フラグ全部へし折ります ざまぁRTA記録24Hr.

恋愛 / 完結 24h.ポイント:22,641pt お気に入り:13,890

底辺αは箱庭で溺愛される

BL / 連載中 24h.ポイント:9,444pt お気に入り:1,248

都合の良いすれ違い

BL / 完結 24h.ポイント:2,109pt お気に入り:17

ちっこい僕は不良の場野くんのどストライクらしい

BL / 連載中 24h.ポイント:972pt お気に入り:561

【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】

BL / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:99

闇夜 -アゲハ舞い飛ぶ さくら舞い散る3-

BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:11

ヤンキーの俺、なぜか異世界の王子に溺愛される

BL / 連載中 24h.ポイント:2,485pt お気に入り:471

課外調教

BL / 連載中 24h.ポイント:1,249pt お気に入り:29

友達に誘われてヤリサーでオモチャにされた僕

BL / 完結 24h.ポイント:383pt お気に入り:317

闇色の光

BL / 完結 24h.ポイント:753pt お気に入り:0

処理中です...