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55.
しおりを挟む「さくら……」
熱っぽい瞳が緩み、アゲハの顔がゆっくりと近付く。
その様子を、聖母マリアの如く見下げる若葉。視界の端に映るその姿がアゲハの陰に隠れ、柔らかな唇が重ねられる。
「……っ、」
僕を捜していたのは、樫井秀孝の事件を知って、心配したからじゃなかった……
若葉自身が為し得なかった願望を、満たそうとしたかったから。
一緒に暮らそうと言ってくれたのも。優しく接してくれたのも。全ては──僕を利用する為。
深く心を抉られ、絶望にも似た感情に苛まれながら……閉じた瞼をぎゅっと瞑る。
「……」
ゆっくりと、離れていく唇。
滲んだ涙で濡れた睫毛を、頬に触れていたアゲハの親指がそっと拭う。
「……こんな形で、再会したくなかったな」
儚げで、寂しそうな声。
ゆっくりと瞼を持ち上げれば、形の良い二つの瞳が、鼻先三寸の距離で僕を見つめていた。
「……」
戸惑いながらもこくんと小さく頷けば、憂いを帯びた瞳を緩ませるアゲハが綺麗に口角を持ち上げる。
「さくらは、家を出てから今まで、どうしてたんだ?」
肘を付いた方の手が僕の前髪に触れ、指を梳きながら優しく掻き上げる。
それはまるで、仔猫を愛でるかのよう。その感触は、心地良くて。僕が好きだった頃のアゲハを、簡単に蘇らせる。
「ハイジと──僕に居場所をくれた人と、一緒に暮らしてた」
「……一緒に?」
こんな風に話したのは、いつ以来だろう。幼かった頃は、こうして色んな話をしていたのに……
「うん。……でも、突然離れる事になって。それから、竜一に──」
「──竜一って、山本竜一か?!」
その名前を出した途端、見開かれる二つの眼。
吊り上がる目尻。一瞬で空気が変わり、僕に触れた指先が強張るのが伝わる。
「……ハロウィンの夜、ホストの格好のまま繁華街で大名行列してたでしょ。それを、竜一と一緒に見てた」
「……」
見開かれた目が、僅かに緩む。
数回瞬きをし、憂いを帯びた瞳を揺らしながら伏せられる。
「………あれか。
あれは只の見世物だ。ホストになったのも、俺の意思じゃない」
「え……」
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