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「じゃあ、行ってくるね」

黒のフード付ジャケットを羽織ったハルオが靴を履く。
玄関先に立ち、無言のまま見送ろうとすれば、振り返って僕を見下ろしたハルオの表情が変わる。

「……何か、いいな。こういうの」

少しだけ綻び、潤んだ双眸。

「見送りまでして貰えるなんて、嬉しいよ」
「……!」

突然伸ばされる手。二の腕を掴まれ、引っ張られたかと思った時には既に、ハルオの腕の中に身体が収められていた。

「仕事、頑張れそう」

耳元で囁かれる声。
背中に回された片方の手が僕の後頭部を包み、思いを込めるように僕をギュッと抱き締める。

「……」

ハルオは一体、僕を何だと思っているんだろう。
こんな茶番をしたいなら、あのセフレの人に頼んだらいいのに……

身体を離したハルオが、そんな事を考える僕の顔を覗き込む。
目を伏せれば、僕の前髪を掻き上げながら滑り降りた手が頬を軽く摘まんだ後、顎をくいと持ち上げる。

「……行ってきます」

前髪の向こうにある優しげな瞳と目が合うと、ハルオが静かに口角を持ち上げた。





やっと解放されて、安堵の溜め息をつく。

寝室に入り、猫の部屋着を脱ぎ捨てると、鞄に仕舞ってあった私服を引っ張り出す。袖を通し、襟ぐりを掴んで鼻から下をそれで覆う。

「……」

僕の恋人は、ハイジだ。
それはハルオも解ってる筈。

……なのに、何で……あんな事……

背中を丸め、肩で息をし、その場に尻を付いて座る。
後から後から込み上げてくる、嫌悪感。全身が小刻みに震える。

「……」

ここを出ていきたい──そう願うものの、他に行く宛なんか無い。
ただ耐えてやり過ごすしかないこの状況に、嫌気が差す。


ベッドに投げ捨てられた、ライトピンクのルームウェア。


昨日だって、裸を見られた。
着ていた筈の服は、いつの間にか無くなっていて。代わりに置かれた、新品の下着とそれ。

『さっきは、ごめんね』──ソファに座ってテレビを観ていたハルオが、リビングに戻った僕に悪びれる様子もなく微笑む。

『それ、やっぱり似合ってるよ』──値踏みするように。頭の天辺から爪先まで、じっくりと見ながら。


「……」

実家に、帰ろう……

そんな考えが、ふと頭を過る。


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