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「……お前の守りたいものは、一体何だ」

冷たく尖る、竜一の眼。
氷柱つららの様なその視線が、僕の心臓を貫く。

「ハイジか。己か」
「……」
「それとも、……アゲハか」
「……ぇ……」

トサッ……
思わず声が漏れた瞬間──肩を掴まれ、座面に押し倒される。

「……」

肘掛けに片手を付き、覆い被さるようにして僕の顔を覗き込む竜一。
逆光のせいで顔に陰影が掛かっているのに、僕を捉えるその眼だけは、獲物を捕らえた捕食者の如く光っていて──

「俺の留守中、他の男を咥え込みやがって……」
「──!」

僕の首筋にある赤い刻印キスマークを捕らえた刹那。その目尻が鋭く吊り上がり、蒼く静かな怒りの炎が灯りゆらゆらと揺らめく。

「この数ヶ月で、俺を忘れたとは言わせねぇぞ──工藤さくら」
「……、!」


ゾクッ……

張り詰めたような切ない声が、動けずにいる僕の鼓膜を通り、水風船の如く胸の奥で静かに弾ける。



───覚えて、た……


竜一が、僕の事を───



無意識に止まっていた息を大きく吸い込めば、滞っていた熱い血潮が末端まで押し流され、速くて激しい鼓動が全身を揺らす。
白い天井が、僕を見下ろす竜一の顔が、……溢れる涙で滲んでいく。 

たった、それだけなのに。──何でこんなに心が震えて、胸が苦しくなるんだろう。
嬉しいと、思ってしまうんだろう。

「……」

竜一に与えられた温もりが蘇り、甘い痺れが背筋を駆け抜ける。

直ぐそこにある逞しい腕に……強く抱き締められたい。
竜一の、力強い鼓動を感じたい。
心音と心音を重ね合わせて、ひとつになりたい──


「………お前、」


僕を見つめるその眼が僅かに見開かれ、小さく揺れる。
瞬きもせず、外される視線。
スッと顔を逸らし、竜一が僕から離れていく。

「……」

退かれた後、冷たい空気が纏う。
触れられた所以外、次第に身体が冷えていく。
上体を起こし、少しだけ痺れの残る手で自身の身体を抱く。そうしながらぼんやりと、静かに竜一の背中を眺める。


……違うよ、竜一。
僕が守りたかったのは、そのどれでもない。

今までずっと、僕自身を見てくれる人なんていなくて。僕の存在は、無いに等しかった。
僕に近付いてくる人は、みんな僕を通して、アゲハを見ていただけ──

だから……あの時の温もりだけは、僕のものでありたいと願っていた。

今まで感じた事がない程、安らげる場所だったから。
有りの儘の僕を、求めている様な気がしたから。

……だからね。
そんな僕の居場所を、アゲハにだけは取られたくなかったんだよ。


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