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どんぶりを引き寄せたハイジが、箸立てから割り箸を取り出す。

ズズズ──ッ、
湯気の立ち上るラーメン。その麺を、音を立てて啜る。


「……」

……品定め、って……
なに、それ……

その真意が解らず、背中を丸めてラーメンを無心に食べるハイジの横顔を見つめる。

「……戻れよ、あの家に」
「え……」
「お前が思ってる以上に、……もうこっちは、ヤベぇんだ」

突き放すような、淡々とした声。
僕の方など、見ないで。

「……」

残酷な言葉を突き付けられて、心臓が抉られるように痛いのに。……なんだろう。全身に膜が張られたように、実感が湧かない。

現実逃避、してるのかな。
やけにキラキラとして見える店内の照明も。コンビニのおにぎりではない贅沢な食事も。足下に吹き込む風も。くぐもって聞こえる雑音も。

まるで夢でも見ているかのよう。
僕自身が、何処かに浮遊しているみたい。

「……」

狭まっていく視界。
店内の明るさも。匂いも。足下の冷たさも。手足の感覚も。……自分の呼吸音さえ鈍くなって、全てが閉じていくように鈍くなっていく。


ズズズ──ッ
カチャ、カチャンッ、
コト……、アッハハハ……

突然。輪郭を取り戻したかのように、クリアになる音。
ラーメンを啜る音。カウンターの奥で、店主が洗い物をする音。コップの底がカウンターに当たる音。隣から聞こえる談笑。

「……」

夢、じゃない。
音がはっきりと聞こえた途端、全身に現実感が襲う。


『……戻れよ、あの家に』──鼓膜の奥で蘇る、先程の台詞。


……何で、そんな事言うの?
もう、面倒見きれなくなった?


嫌だよ、別れるなんて。

捨てないで。
僕を見捨てないで。一人にしないで。
僕にはもう、戻る場所なんて無いんだから。

「……っ、!」

喉まで出かかっているのに。上手く言葉が出てきてくれない。
確かに……僕がいるせいで、ハイジに迷惑を掛けてしまってる。


背脂が乗ったスープに沈む、細いストレート麺。
立ち上る湯気の向こうに、チャーシューや青菜、メンマ等のトッピングが綺麗に配置されていて。視覚的にも食欲をそそられる……筈なのに。

どんぶりの端に掛けられた蓮華を取り、スープを掬う。透き通った黄金色のそれを、そっと口に含むものの……味気なく感じられて。

喉につっかえていた言葉と一緒に、ごくんと飲み下す。

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