結蜾-ゆら-めく夏

真田晃

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榊様

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「……お前。浮かれるのはいいが、本気になるなよ」

遣り手である龍次が、釜戸近くで朝食をとる僕に近付き、意地悪な事を言い放つ。

「……」

そんな龍次を睨み上げるものの、僕では何の効果もないらしい。
口の片端をクッと持ち上げて冷笑する龍次は、嫌味な程端整な顔立ちをしている。
──年季明け前までは、人気の花魁だったらしい……

「……龍次に言われたくない」

不味い米に具のない薄い汁物をぶっかけると、さらさらと口の中に流し込む。

そんな僕の頭を、子供扱いするようにぽんぽんと叩く。

「可愛くねぇな。
……遣り手の小言ぐれぇ、素直に『はい』って言っとけ」

そう言い放つと、龍次は直ぐに去って行った。


その後ろ姿を見ながら、昨夜の出来事をぼんやりと思い出す。

……あんな風に愛されたら……
本気になるに、決まってるじゃないか……

口一杯の飯をもぐもぐしながら、かぁぁ……と頬が熱くなった。




一ヶ月程前……
僕は人攫いに遭い、薄汚れた姿のままこの遊郭に連れて来られた。
太夫を抱える大見世の楼主達は、禿の年を過ぎた僕になど興味はなく。
この中見世の玉川屋の楼主に引き取られた。

下っ端の僕に、部屋なんて当然無い。
龍次による身体検査が終わると、落ち着く間もなく見世に出され、客を取らされた。


『経験もねぇ上に、感度の良すぎるお前の馴染みになろうなんて物好きはいねぇ……
……いいか。遊男に求められるのは、一時の夢だ』


身体検査の時、龍次からそんな酷い事を言われた。
けど……夜見世に出て直ぐ、僕は榊様の目に止まった。

床入り前にも関わらず、榊様は楼主に直接掛け合って。僕を部屋付きに格上げしてくれた。
そして水揚げも経験していないと解ると一層喜び、他の男には指一本触らせたくないからと、揚げの前払いと囲い代と称した吹っ掛け金まで、毎度嫌がらずに払ってくれている。


『お前だけでは寂しかろう……
私に似た金魚を連れて来て、お前の傍に泳がせよう』

背後から抱き締められ、榊様の熱く囁かれる声を思い出す。


「……」

短い食事を終え、茶碗を片付けながら僕は……
遊男が憧れるという『身請け』がそう遠くはない未来で待ち構えていると、信じて疑わなかった。


──しかし
その夜から……ぱったりと榊様が来なくなった。

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