君よ、土中の夢を詠え

ヒロヤ

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十月二十六日(水)京子さんの記憶

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 目の前の女性は、母親とは逆に、まるでモデルのような体型だった。利発そうな眉毛とキュッと引き締まった口元は、どこか自信めいたものを感じる。白井は、初対面なのにいきなり叱られているような気分になった。

「はじめまして。大鳥京子と申します。先日は母がお世話になりました」

 京子の丁寧な自己紹介に、白井は慌てて頭を垂れた。

「すみません、こちらこそ。かえってご迷惑を」

「麻人くんって呼んでもいいですか。まさか、私より二〇近く若いなんて知らなかったから」

 目の前の女性は四十歳過ぎには見えなかったが、化粧のせいだろうか。女性の年齢は本当にわからない。

 白井の隣に座っていた藤石が、眠そうな顔でメニューを眺めている。

「俺、デザート食ってるから、さっさと話を進めてくれ」

「はあ……すみません」

 白井たち三人は、インターチェンジ近くのレストランで、一番奥のボックス席で顔を寄せ合っていた。平日のランチタイムだというのに、なぜか店内は開店直後か閉店間際の静けさだ。

 京子が恐る恐る藤石に声をかけた。

「藤石先生、今日はすみません。先生から送ってもらった歌の添付ファイルですが、やはり私が思っていたとおりです」

「それは良かった。後のことは遠慮なくこの白面男と話をしてください」

 藤石はそう言うと、店員を呼んでコーヒーを三つとパフェを注文した。

 京子は白井に対してもう一度頭を下げた。

「麻人くん、歌の原本をもう一度見せてもらって良いですか」

「ああ、はい」

 テーブルに広げられた一筆箋は、京子は顔を寄せてじっと見つめた。

「フクちゃんは、ダメだったんですよね。この歌を見せても聞かせても無反応だったと母ががっかりしていました」

「はあ……まあ、仕方ないです。考えてみればそんなドラマみたいなこと、簡単に起こるわけないですからね」

 京子は、マニキュアを薄く塗った指先で、歌の一文をなぞった。

「でも、麻人くん。やっぱり、この如月の歌はフクちゃんが作った歌のような気がするんです」

「え?」

 思わず声が上ずった。続けざまに藤石が口を挟む。

「電話でも言ってましたね。証拠はあるんですか?」

 京子は難しそうに眉をひそめた。

「その……聞いた覚えがあるんですよ」

「聞いたことが……?」

「そうなんですよ。見たことあるような、聞いたことあるような」

 そして再び京子は黙り込んでしまった。

「まったく。これじゃ、まるで話が先に進まないな」

 小柄な司法書士が、思いっきりため息を吐いた。ちょうどそこへレストランの店員がそっとテーブルにパフェを置くと、足早に退散した。

 白井は藤石の苛立ちを肌で感じつつ、どうにか口を開いた。

「京子……さん。何でも良いですから、話してみませんか。僕もそうします」

 京子もどうにか会話を合わせてくれる。

「確かに、そうですね。何をどう話せば良いのかわからないけど、とにかく話さなくてはいけない気がしてきました。途中で脱線するかもしれないですけど、聞いてもらえますか」

 京子が白井と藤石を交互に見ると、少し背筋を伸ばした。そして、口を引き結び、しばらく間を置いてから、ぽつぽつ語り始めた。

「私の家の話です。祖母から聞いた話です」

「ヒサ江さんのお母さんですね」

 藤石が確認すると、京子はゆっくりうなずいた。

「はい……でも、これは母も知らない話だと思います」

 京子はテーブルの一点を見つめながら話し始めた。

「祖母は伊藤カヨという名前です。私が十四歳の時に亡くなったんですが、その直前になって何度か病床へ呼ばれました。その時に、言われ続けたのがフクちゃんのことなんです。フクちゃんは、祖母の実の妹ですけど、結婚もしないで一人でしたから、老後の心配でもしていたんでしょうね」

「……」

「何でも祖母は、フクちゃんに申し訳ないことをしたらしく、晩年までそれを後悔していた、そんなことを言い出したんです。死の床にあって、わりとしっかりとした口調だったのが意外でしたから、それで覚えているんでしょうね」

 京子は水を一口飲んだ。

「そして祖母は、フクちゃんのことで私にお願いがあるというんですよ。『京子や、フクちゃんがお前に何か尋ねてきても、知らないと言うんだよ』と」

 そこで、京子は困ったように笑った。

「死んでいく祖母の願いだから聞いてやろうと思いました。もう必死でしたね。そもそも、いったい、何について知らないと通せば良いのかわからないですし。そうしたら」

 京子は白井を強い眼差しで見つめた。

「歌とお墓のこと――そう言ったのです」

 白井は、胸の中で何かが落ちる感覚を覚えた。

「やっぱり……墓地の中の【白井麻人】は……フクさんの……」

 ――縁のある人。

 京子はため息をついた。

「聞いた当時は、それでも何のことかさっぱりでしたが、今回の巡り合わせのおかげで、歌のことも昔の麻人さんのことも私の中で一気に形になってしまったんです。それでも全貌が見えないから困っていたんですよ。結局、フクちゃんもボケ始めちゃって……もう諦めていたんです」

 たぶん、ここにいる全員が何となく答えはわかっているのだ。

 その断片が上手く繋がらないから気分が悪い。

 伊藤フクは昔から歌を詠んでいた。これは、一筆箋にあった詠み手の名前、そして今の京子の話でほぼ当たりだ。 

 さらに、京子の祖母――フクの実姉が妹に抱く後悔というものが墓に関することなら、白井の大伯父【白井麻人】は伊藤フクと何か関係していると言えるだろう。

 そして、そこには何だかの想いがあったと予想される。

 藤石は偶然だと言っていたが、あのタイミングで呼ばれたからこそ意味があるのだ。

 ――帰り際、苦しそうに名前を。

 もし違うなら、もはや答えは認知症の老人にしかわからない。

 フクが詠んだ歌と【白井麻人】への想い。

 如月の――。

「ラブレターとかだろうな。俺も昔はよくもらったなあ」

 突然の藤石の声に白井も京子もビクッと肩を震わせた。その反応に、藤石はなぜか不機嫌そうな顔をした。

 慌てて京子が身を乗り出した。

「そ、そうなんですよ先生。祖母も言っていました。フクちゃんはかわいそうな人だと。周りには何も言わないけれど、今でも好きな人をを信じて待っているんだと。病気がちの妹が、傷つくのを見たくなくて、祖母はずっと黙っていたそうです。でも、かえって気の毒な目に遭わせたのかもしれないと、祖母は悔やんでいたんです。だから祖母自身も辛い思いをしてきたんです。想い人が誰か、今回ようやくわかりました。あそこの墓地で眠っている人だったんですね」

「僕の大伯父とフクさんは……どれくらい一緒にいたんでしょうか」

 白井は自分で口にして、少し後悔した。

 何となく、悲しい予感がしたのだ。

「長くはないと思いますよ……八十年以上は昔の話ですから、フクちゃんは十代半ばくらいでしょう。それに祖母の記憶も怪しいですし」

 京子は、申し訳ないような顔をした。

 そこへ、藤石がパフェを食べながら言った。

「京子さん、知りようのない真実なんて無意味ですよ。当事者の全員が死亡しているんですから。フクさんも、あれではね」

 消沈する京子を前に、さすがの白井も横目で威嚇した。

 すると、藤石は面倒くさそうな顔でため息をついた。

「誤解しないでいただきたいのは、真実を予測することはできます。意味づけをして、無理矢理に納得する。それは新しい事象が発見されるたびに姿かたちを変えてしまうもので、真実とはいえませんが、一つの指針にはなります。歴史の教科書や恐竜化石と同じですよ。それが本当のことだと信じるに足りればいいわけです」

 これでいいか、藤石は白井を睨みつけた。かえって難解な物言いに、京子は戸惑いを隠せていないが、どうにか話を続けた。

「そうですよね。先生が言うこともわかります。では私の祖母であり、フクちゃんの実の姉でもある伊藤カヨから聞いたことを真実とした上で……この続きを話をします」
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