東京妖刀奇剣伝

どるき

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帯刀許可証試験

二次試験

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 黒壇の妖は本体である木刀と一体化した腕をダラリと下げた形の無構え。
 一方の甫は刀を中段に構えて妖の出方を伺う。
 妖は一見すると右腕のみの隻腕に見えるわけだが妖というだけのこともあり実際には左右など関係ないフレキシブルさである。
 伸縮も可能で人間の可動域では測れない。

「シャァァァァァ!」

 先手を出したのは妖。
 腕をしならせた鋭い突きが甫の胸を狙いすます。
 それを甫は刀の腹を使って弾きそのまま間合いを詰めて腕の付け根を斬りつけた。

(浅いか)

 妖の身体を切り裂くのには剣気に欠けるようでこれでは一刀両断には程遠い。
 しかも頑丈さが取り柄の黒壇の特性によるものか半端な傷もすぐに塞がってしまう。
 奇剣本体を狙おうにも頑丈な木刀のため刃引きされた刀では難しい。
 かといって単純な木刀故に構造的な弱点もない。
 せめてこの刀が妖気を含む妖刀奇剣の類であれば妖気で剣気を増幅できるものなのに。
 歯がゆさに甫は唇を噛む。

(あの若さで筋が良いとは思ったがこの程度か。もしやあの技を納めているかと期待もしたが、あの様子では教わってすらいないな。まあ彼なら今回が不合格でも次かその次では合格できるだろう。残念だが長引かせずに終わりにしようか)

 甫の一太刀から試験官の烏丸は彼の技量を望むレベルに至っていない未熟と判断。
 妖への指示をマニュアル操作に切り替えて決めにかかった。
 グルリと腕を一回転させて甫の右側──通常の人体ならば左上段からの加速をつけた一撃が甫を襲う。
 生身の人間ではあり得ない角度からの攻撃のため意識の隙間を縫ってくる。
 ハッと気づいた甫は咄嗟に前に出ると腕を周回させたことで空いた妖の右脇を通って斬撃の最大速度を回避した。
 妖もそのまま腕をグルリと回して後ろにまで攻撃を加えるが威力は低下しており甫の刀は元より研ぎのない刃先の一部が歪んでこぼれただけにとどまる。
 間一髪の回避だが妖の手は止まらない。
 そのまま胴体を軸に腕の回転を強める妖はさながら回転鋸のように木刀を振るい始めた。
 ガードの後、距離を置いた甫は巻き込まれずに済んだのだがこれでは不用意に近づけない。
 遠心力のせいか妖も足を止めていることが少し甫には幸運か。
 だが指示を送る烏丸がこのままお見合いさせるわけもない。

(伸ばせ)

 烏丸の指示を受けた妖は加速した切っ先を引き伸ばした腕の間合いで甫に届くように叩きつけた。
 受け流そうにも流しきれるとは到底思えない加速度であり当たれば命すら危うい。
 試験である以上は殺すことはないとは思いたいが甫にも確信は持てない。
 降参するか死中に活を求めるか。
 決断を迫られた中で甫は妙に耳に残った誰かの声に従っていた。

「合撃打ちよ」

 若い女性であろうか。
 雑音すら遮断するほどに研ぎ澄まされた神経でありながら甫の耳はその人の声を拾っていた。
 合撃打ちとは新陰流などで見られる相手の振り下ろしに対して角度とタイミングを合わせて刀の腹を弾きながら斬りつけることで、相手の攻撃を逸らしつつ自分の攻撃を当てる後の先を取る技。
 甫も師匠から習ったことのある技とはいえこの速度を相手に出しても力押しで破られると思っていた。
 だが耳に残る女性の声に甫は無意識に惹かれていた。
 誘蛾灯のように引き寄せられた甫は合撃打ちに挑む。

 ドクン。

 剣気を込めた自分の刀身と妖気を漂わせる木刀が触れた瞬間、甫の胸に動悸が走る。
 何かが身体の中に押し込まれるような感覚。
 おそらく妖気なのだろう。
 それを弾き出すように振り絞った剣気は甫自身も思わぬほどの力になったようだ。
 直感では押しつぶされると思っていた妖の一撃が軽い。

(これならイケる)

 そのまま勢いに任せて振り下ろされた甫の刀は妖の身体と木刀の継ぎ目まで刀身を滑らせた後、そこから腕と胴体を一刀のもとに切り裂いていた。
 このダメージで大きく裂けた妖は崩れ去り、甫の後ろには妖気を失ってただの黒壇製の木刀となった祓われた奇剣が転がっている。

「76番、合格だ」

 古流剣術における合撃打ちの妙である「相手の妖気を飲み、増幅した己が剣気を叩き込む」交差。
 女性の声に導かれて、知識としては知らぬままに真髄を掴んだ甫の合格に異を唱えるものなどいなかった。
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