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第1部 第7章 ライバル -最高の盾-
第68話 どうして、壊そうとするのですか
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「そうだ、村を作っちゃおう」
おれはみんなを集めて、有り余る資金の使い道を提案した。
「今のところはおれたちだけでなんとかしてるけど、発注量はどんどん増えてる。人手を増やさないといけない」
「はい。このまま、わたしたちが生産に付きっきりでは、次の製作にも移れませんし……」
おれたちだけでなく、ガルベージ家の家人にも頼っていたが、彼らにも屋敷や領内の仕事がある。これ以上の負荷はかけられない。
そこで人員を雇用したいが、ガルベージ領の民にもそれぞれ仕事があるゆえ、雇うならランサスの街などの労働者となる。
「遠い街から働きに来てもらうには、泊まれる場所がないのがネックだったけど、だったらいっそ、労働者が住める村を作ればいいと思うんだ」
……というわけで、資金にものを言わせて、廃村となっていた工房の周辺を改めて村として開発し直すことになったのである。
家屋だけでなく、魔物の飼育施設も増設する。
新素材を大量生産に対応できるよう、魔物の数を増やさなければならない。捕獲や躾はアリシアがやらねばならないにしても、飼育員の雇入れも必要だ。
順調だった。
いや、順調すぎたのだ。
金銭的にも精神的にも余裕が生まれていたがゆえに、油断してしまっていた。
人の出入りが激しくなるこんなときにこそ、注意するべきだったのに……。
村が形になりつつあったある晩のこと。
――おれたちの工房は燃やされた。
◇
報せを受けておれたちが駆けつけたときには、工房は炎に包まれ、立ち入ることなどできなくなっていた。
すでに住み込んでいた労働者たちは、村の井戸や周辺の川から水を汲んできては、消火しようと奮闘している。
「アタシに任せて!」
ノエルが魔力を全開にして、井戸や川の水を巻き上げ、工房のみに一気に降らせる。
その強力な消火活動によって、工房の火は消し止められる。全焼とまではいかなかったが、中にあった資料や道具、装置は無事では済まないだろう。
呆然と立ち尽くしていたソフィアが、おれの胸に飛び込んできた。
「う……うぅう、ひぐ……っ。そんな……。いや、いやです……! どうして……どうして、みんなと……ショウさんと作ってきた、大切なものなのに……!」
普段では考えられないほどの感情の発露だった。
悲痛な泣き声が、おれの心にもひどく響いてくる。
やがて、マロンと共にアリシアが神妙な顔をしてやってくる。捕縛した、ひとりの男を連れて。
「マロンの鼻で追い詰めた。放火をしたのは、この男のようだ」
「放火……?」
ソフィアはおれから離れ、ふらふらとその男の前に歩いていく。
「どうして……なのですか……?」
訴えるように問いかけるが、放火犯は返事をしない。
「どうして……どうして! どうして、いつもこうなのですか……! ただ、物を作っていたいだけなのに……。ただ作った物で、人に喜んで欲しいだけなのに……。どうして邪魔をするのですか……。どうして、追放までして……。その上、どうして、壊そうとするのですか……!」
言葉を発するたびに、涙がぼろぼろと零れていく。
放火犯は返事をしない。だが、顔を背け、つらそうに表情を歪めていた。
消火後の工房の様子を確認しに行っていたノエルが戻ってくる。
「ソフィア……大丈夫。装置は無事みたい。細かい修理は必要かもだけど、あれくらい、アタシたちなら楽勝だから……ね?」
「……っ、う、ぅ」
嗚咽を漏らしながら、辛うじて頷く。
おれはそんなソフィアを、後ろから抱きしめる。
「大丈夫、ソフィア。ノエルの言う通り、大丈夫なんだ。これくらいでおれたちは負けたりしない。壊れたら直せばいい。失くしたらまた作ればいい。おれたちには、それができる」
ソフィアは抱きしめたおれの手を、ぎゅっと強く掴む。
「……はい……。わかって、います。わかっていても……思い出の全部が、焼けてしまいそうで……」
「大丈夫。消えないよ。おれたちはみんないる。この火事だって、みんなで乗り越えたいい思い出にできる。また一緒に、新しい物を作ろう。ね……?」
「はい……」
それきり、ソフィアは泣かなかった。ときどき鼻をすんすん鳴らすだけだった。
おれはアリシアに目を向ける。
「尋問は、おれがやらせてもらう」
その場はノエルやアリシアに任せて、放火犯の男を連れて行く。
すでに完成している家屋の一部屋を借りて、男と向き合った。
放火犯は、どうやらもともとは善良な男だったらしい。
話をしていくうちに、後悔して自白してくれた。
アリシアたちのところへ戻り、告げる。
「ヒルストンの指示でやったそうだよ」
「やはりそうか」
「アリシア、ヒルストンがどこにいるかわかるかい?」
「それはわからな――いや、確か明日は職人ギルド幹部の定例会があるはずだ。ヒルストンも参加するはず。ランサスの街の職人ギルド本部に来るはずだ」
「わかった。みんな、ソフィアを頼むよ」
ソフィアが目元を拭いながら顔を上げる。
「どこへ行くのですか……?」
「ちょっと話をしてくるだけだよ」
おれはみんなを集めて、有り余る資金の使い道を提案した。
「今のところはおれたちだけでなんとかしてるけど、発注量はどんどん増えてる。人手を増やさないといけない」
「はい。このまま、わたしたちが生産に付きっきりでは、次の製作にも移れませんし……」
おれたちだけでなく、ガルベージ家の家人にも頼っていたが、彼らにも屋敷や領内の仕事がある。これ以上の負荷はかけられない。
そこで人員を雇用したいが、ガルベージ領の民にもそれぞれ仕事があるゆえ、雇うならランサスの街などの労働者となる。
「遠い街から働きに来てもらうには、泊まれる場所がないのがネックだったけど、だったらいっそ、労働者が住める村を作ればいいと思うんだ」
……というわけで、資金にものを言わせて、廃村となっていた工房の周辺を改めて村として開発し直すことになったのである。
家屋だけでなく、魔物の飼育施設も増設する。
新素材を大量生産に対応できるよう、魔物の数を増やさなければならない。捕獲や躾はアリシアがやらねばならないにしても、飼育員の雇入れも必要だ。
順調だった。
いや、順調すぎたのだ。
金銭的にも精神的にも余裕が生まれていたがゆえに、油断してしまっていた。
人の出入りが激しくなるこんなときにこそ、注意するべきだったのに……。
村が形になりつつあったある晩のこと。
――おれたちの工房は燃やされた。
◇
報せを受けておれたちが駆けつけたときには、工房は炎に包まれ、立ち入ることなどできなくなっていた。
すでに住み込んでいた労働者たちは、村の井戸や周辺の川から水を汲んできては、消火しようと奮闘している。
「アタシに任せて!」
ノエルが魔力を全開にして、井戸や川の水を巻き上げ、工房のみに一気に降らせる。
その強力な消火活動によって、工房の火は消し止められる。全焼とまではいかなかったが、中にあった資料や道具、装置は無事では済まないだろう。
呆然と立ち尽くしていたソフィアが、おれの胸に飛び込んできた。
「う……うぅう、ひぐ……っ。そんな……。いや、いやです……! どうして……どうして、みんなと……ショウさんと作ってきた、大切なものなのに……!」
普段では考えられないほどの感情の発露だった。
悲痛な泣き声が、おれの心にもひどく響いてくる。
やがて、マロンと共にアリシアが神妙な顔をしてやってくる。捕縛した、ひとりの男を連れて。
「マロンの鼻で追い詰めた。放火をしたのは、この男のようだ」
「放火……?」
ソフィアはおれから離れ、ふらふらとその男の前に歩いていく。
「どうして……なのですか……?」
訴えるように問いかけるが、放火犯は返事をしない。
「どうして……どうして! どうして、いつもこうなのですか……! ただ、物を作っていたいだけなのに……。ただ作った物で、人に喜んで欲しいだけなのに……。どうして邪魔をするのですか……。どうして、追放までして……。その上、どうして、壊そうとするのですか……!」
言葉を発するたびに、涙がぼろぼろと零れていく。
放火犯は返事をしない。だが、顔を背け、つらそうに表情を歪めていた。
消火後の工房の様子を確認しに行っていたノエルが戻ってくる。
「ソフィア……大丈夫。装置は無事みたい。細かい修理は必要かもだけど、あれくらい、アタシたちなら楽勝だから……ね?」
「……っ、う、ぅ」
嗚咽を漏らしながら、辛うじて頷く。
おれはそんなソフィアを、後ろから抱きしめる。
「大丈夫、ソフィア。ノエルの言う通り、大丈夫なんだ。これくらいでおれたちは負けたりしない。壊れたら直せばいい。失くしたらまた作ればいい。おれたちには、それができる」
ソフィアは抱きしめたおれの手を、ぎゅっと強く掴む。
「……はい……。わかって、います。わかっていても……思い出の全部が、焼けてしまいそうで……」
「大丈夫。消えないよ。おれたちはみんないる。この火事だって、みんなで乗り越えたいい思い出にできる。また一緒に、新しい物を作ろう。ね……?」
「はい……」
それきり、ソフィアは泣かなかった。ときどき鼻をすんすん鳴らすだけだった。
おれはアリシアに目を向ける。
「尋問は、おれがやらせてもらう」
その場はノエルやアリシアに任せて、放火犯の男を連れて行く。
すでに完成している家屋の一部屋を借りて、男と向き合った。
放火犯は、どうやらもともとは善良な男だったらしい。
話をしていくうちに、後悔して自白してくれた。
アリシアたちのところへ戻り、告げる。
「ヒルストンの指示でやったそうだよ」
「やはりそうか」
「アリシア、ヒルストンがどこにいるかわかるかい?」
「それはわからな――いや、確か明日は職人ギルド幹部の定例会があるはずだ。ヒルストンも参加するはず。ランサスの街の職人ギルド本部に来るはずだ」
「わかった。みんな、ソフィアを頼むよ」
ソフィアが目元を拭いながら顔を上げる。
「どこへ行くのですか……?」
「ちょっと話をしてくるだけだよ」
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