上 下
67 / 162
第1部 第6章 事業推進! -レンズ量産-

第67話 番外編⑩-2 無知なる者と無垢の少女

しおりを挟む
 装備を無力化した用心棒など、ジェイクの相手にならなかった。

 その場にいた敵をすべて殴り倒し、増援が来る前に麻薬工場を脱出した。

 工場から充分に離れた目立たない路地裏で、助けた少女と向かい合う。

「ありがとう、おじさん!」

「ああ。お前、衛兵の屯所の場所はわかるか?」

「わかんない」

「ここからなら――」

 ジェイクは説明しようとするが、少女は首を振る。

「道を言われても、わかんない。わたし、よく見えないから」

「……そうだったな。どのくらい見えないんだ?」

「なんかね、全部ぼやけて見えるの。ちっちゃい頃はもっとはっきり見えてたのに」

 どうやら極度の近眼らしい。

「なら衛兵が通りがかったら教えるから、そいつにさっきのことを全部話すんだ」

「そしたらどうなるの?」

「悪いやつらはみんな捕まって、お前は家に帰れる」

「わたし、家なんかないよ」

「……とにかく、悪いやつらに襲われる心配はなくなる」

「なんでおじさんが連れて行ってくれないの?」

「俺も悪いやつだから、衛兵に見つかったらまずいんだよ」

「ええ、嘘だぁ。おじさん、わたしのこと助けてくれたよ。絶対いい人だよ!」

「あの状況なら、大抵のやつは助けるだろ。いい人とは限らねえよ」

「でも、わたしを助けてくれたのは、おじさんだけだよ。わたしが会った中で、おじさんが一番いい人だったよ!」

 家もなく、極度に目が悪いこの少女が、これまでどんな境遇にあってきたのか、ジェイクは容易に想像できてしまった。ずっと誰かに邪険にされ続けてきたのだろう。その挙げ句に、麻薬組織に売られたのだ。

「衛兵のところへ行けば、もっといい人に保護してもらえるだろうよ」

「前のパパもおんなじこと言ってた」

「そう、か……」

 ジェイクは掛ける言葉が見つからなくなる。

 困っていると、そこに足音が近づいてくる。巡回中の衛兵だった。

「こんなところでなにを――ん? お前、どこかで……」

 すぐ顔を背けるがもう遅い。衛兵が脱獄囚ジェイクの顔を思い出すのは時間の問題だ。

 どう切り抜ける? いや、いっそ牢獄でまた死を待つのもいいかもしれない。

 そう考えていると――。

「衛兵さんなの? よかった、パパ、教えてあげなきゃ!」

 少女にパパと言われ、ジェイクは呆気にとられてしまう。

 衛兵は小さく首を傾げる。

「なにかあったのかい、お嬢ちゃん?」

「うん、あのね、パパが悪い人たちをやっつけてきたの!」

「悪い人たち? その前に、君のパパ、私が知ってる悪い人に顔が似ているんだ。名前を教えてくれないかな?」

 どきりとするが、ジェイクは下手に身動きが取れない。

「名前? パパの、名前……。えーっと、ね……バーンっていうんだよ!」

「バーン? ジェイクではなくて?」

「ジェイク? だぁれ、それ?」

「そっか。似てると思ったんだけどな……よく見ると、聞いてた体型とも少し違うか」

 衛兵はジェイクのほうへ向き直る。

「失礼。詳しい事情をお聞かせください」

 ジェイクは、麻薬組織に攫われた娘を助け出してきたばかり、という設定で話をした。

 麻薬工場の位置や、製造員たちはされた被害者であり保護が必要であることも含め、詳しく話す。

 しかし、親子設定のため、少女を保護して欲しいとは言えない。

 衛兵はまだ話を聞きたそうにしていたが、少女がしびれを切らしたように足踏みをする。

「あのね衛兵さん、わたしたちこれからママに会いに行くの。でも馬車に遅れたら、またお仕事でどこか行っちゃうの。だからもうお話は終わりにして」

「ああ、これは申し訳ない。バーンさん、街外れの乗り場ならまだ馬車があったはずです。お急ぎなら、そちらへご案内しますよ」

「いや、それには及ばない。麻薬工場の件だけ、よろしく頼む」

 最後に連絡先を聞いてくる衛兵に、でたらめな情報を伝えると、ジェイクは少女の手を引いて足早にその場を離れた。ひとまず馬車乗り場の方向へ。

 充分に離れてから、少女の手を離す。

「なんだよ、バーンって」

「だって、おじさん、わたしの前にバーンって出てきて助けてくれたから」

「勝手にパパにしやがって。お前を預けられなくなっちまった」

「だっておじさん困ってたでしょ。ああでも言わなきゃ、捕まってたよ」

「俺は構わねえんだよ」

「わたしが構うもん。おじさんがいなくなったら、誰を頼ればいいの?」

 この少女は、どういうわけか自分を必要としている。

 それに気づいて、ジェイクは思わず足を止めた。

 ジェイクもまた、自分を必要としてくれる誰かを求めていたから。

 しかし少女は立ち止まらず、べつの通行人を追いかけて行ってしまう。

「ねえ、おじさん。これからどこ行くの?」

 あまつさえジェイクと勘違いして話しかけてしまっている。

 慌ててジェイクは通行人に謝り、再び少女の手を取った。

「お前は危なっかしいな」

「ごめんなさい。でも、えへへっ、すぐ来てくれたね」

「とりあえず、ついてこい。お前にはアレが必要だ」

 ジェイクが少女を連れて行ったのは、眼鏡屋だった。

 本来なら高価過ぎて手など出せないが、最近、新技術が開発されたとかで庶民にも買える価格になったのだ。

「わあ! 凄いよ、なんでもよく見える! おじさん、ありがとう!」

 少女の喜びはしゃぐ様子に、ジェイクもなぜだか胸があたたかくなる。

 誰かになにかをしてやることで、自分も嬉しくなれるなんて初めて知った。

「ん~、あれぇ? よく見ると、おじさんじゃなくてお兄さん?」

「どっちでもいい。それよりお前、名前は?」

「レジーナだよ」

「年は?」

「たぶん十二」

「そうか。レジーナ、お前、行きたい場所はあるか?」

「海が見たい!」

 ジェイクは久しぶりに――もしかしたら初めて、優しい気持ちで微笑んだ。

「……いいぜ。連れてってやるよ」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

追放薬師は人見知り!?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,889pt お気に入り:1,415

私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:220pt お気に入り:4,158

婚約破棄をされて、王子と言い合いになりましたが

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:12

「婚約破棄、ですね?」

恋愛 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:75

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:404pt お気に入り:2,423

処理中です...