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第129話 借りを返してもらいたい

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「これは一条さん、ご無沙汰しております。あなたに呼び出されるとは思ってもいませんでしたが」

「おれもだ。あんたたちの力を借りるつもりはないとは言ったが、撤回しなくちゃならない。その上、呼びつけるような真似をして申し訳ない。おれが直接事務所に出向いたら、ひどいことになると友達に注意されてね」

「お友達の判断は正しいでしょう。ネットには有名人を貶めたいやつは山ほどいる。あなたが反社と言われる私たちと会ってるのをネットに晒されでもしたら、ひとたまりもない」

 おれが役所の一室に呼び出したこのスーツの男は、以前、華子婆さんの借金を強引に取り立てにきた輩だ。

 おれがグリフィン退治で得た賞金を出すことで、その借金を払うことができたのだが、それは彼らの思惑とは違う形となり、敵対しかけた。

 しかし、おれが町に出たグリフィンを倒したリアルモンスタースレイヤーだと知ると、態度を一変させた。

 グリフィンを倒したことで、彼らの構成員の命も救うことにもなっていたらしく、感謝された。いずれ恩は返す、と名刺を渡されていたのだ。

 反社と関わるつもりのなかったおれは、その名刺を破いてバックパックにしまい、そのまま存在を忘れていた。

 今回の件で思い出し、バックパックを漁ったらまだ残っていたので、その名刺を頼りに連絡を取ったのだ。

 このスーツの男、名刺には八神やがみ達也たつやとあった。

「それで、今回はどのようなご用件で」

「平たく言うと、借りを返してもらいたい」

 おれは闇サイトの件を説明した。闇の依頼を受けた者たちが、その金で派手に遊んでいるのではないか、と考えていることも。

「なるほど。確かにここ最近、うちの店でも妙に羽振りのいい客は何人かいましたね。それも島に来たばかりといった様子の連中です」

「そういう連中の情報を提供して欲しい」

「あなたの頼みならお安い御用ですがね、そいつらが闇依頼を受けた連中だって証拠にはなりませんよ。それに、金の使い道は他にいくらでもある。探してる全員は網羅できないでしょうね」

「わかってる。でもいい材料にはなるさ。冒険者の収入はこちらで把握できてる。その稼ぎに対して、不自然な金の使い方をしてるやつが絞れるだけでも大きい」

「絞り込めたら、警察と情報共有するわけですね」

「現行犯を逮捕するならともかく、捜査は警察に任せるしかないからね。君らの上客を潰すことになって、悪いけどね」

「いえ構いませんよ。半グレだろうと、闇サイトだろうと、うちのシマで仕事をするなら仁義を通してもらうのがスジです。だが連中は挨拶もない。のさばらせていては、うちのメンツに関わる」

「なら心置きなく頼めそうだ」

「ええ、任せてもらいましょう。随時、匿名の郵送で資料や写真をお送りしますよ」

 メールやメッセージアプリのやり取りでは、彼らと繋がっていると履歴に残ってしまう。郵送ならそのリスクはない。

 彼の配慮は、正直ありがたい。

「助かるよ。よろしく頼む」

「それで一条さん、まさかそいつらを逮捕させて終わりというわけじゃないでしょうね?」

「ああ、冒険者ライセンスを剥奪することになる。闇サイトのほうも、運営してるやつを見つけて叩き潰すつもりだ」

「その後は?」

「ん? いや、それで終わりになるはずだけど」

「それでいいと言うなら、私はいいんですがね」

「……なにか、おれは思い違いでもしてるのか?」

「答える義理はないんですがね……。ま、私もあなたの動画チャンネルは好きだ。投げ銭代わりに、助言を受け取ってもらいましょうか」

 達也は少しばかり大きく息をついてから、こちらを見据えて口を開いた。

「一条さん、あなた分かってないんですよ。こういう輩は――まあ私らもですがね――今いる連中を潰したところで、いくらでもわいてくるんですよ。甘い汁が、そこに残ってるんですからね」

「……なるほど、そういうことか」

「ええ、逮捕してやったところで、後から来た連中からすれば、それでやめる理由にはならない。どうすりゃ逮捕されないかって教訓にして、活動するだけです」

 おれは異世界リンガブルームでは魔物モンスター退治が専門で、人間の犯罪者を相手にした経験はそう多くはない。

 だが、常に盗賊やならず者を相手にする衛兵から、そんな話を聞かせてもらったことがあった。

 ひとつの犯罪組織を潰しても、すぐ次が出てくる。永遠に続く仕事だと、あの衛兵も言っていた。

「……終わりはないのか」

「それは今後次第でしょうかね。少なくとも、減らすことはできる。リスクに対してリターンが少ないなら、バカ以外はやろうとはしないでしょう」

「今は闇依頼を受けるリスクがほとんどないから、のさばっているわけか……。ならリスクが増えれば、大人しくなるんだろうけど……警察が動き出しても逃げ道を探すだけなら、大したリスクにならない……」

 ふと思い至り、達也に目を向ける。

「それなら、むしろ君たちが先に始めててもよさそうなものだけど、どうしてやらなかったんだ?」

 達也はにやりと笑った。

「それは私たちが、あなたに一目置いているからですよ。あなたを敵に回したときのリスクを考えれば、割に合わない。闇サイトの連中は、それが分かってないバカなのでしょう」

 過大評価だとは思わない。

 もしおれが彼らを本気で叩き潰す気になれば、それも難しくはない。あらゆる手段を用いて消滅させることだろう。

「まあ要するに、あなたがたはもっとアピールすべきだ。スジの通らないことをしたら、逮捕やライセンスの剥奪なんて目じゃないリスクがある、とね」

「うちは一応、公的な機関なんだ。そんなヤクザみたいなアピールができるわけがない」

「なにも組織の看板背負ってやることはないでしょう。方法はいくらでもあります。そこまでの世話はできませんがね」

「……考えとくよ」

「それか、より大きいリターンをあなたがたが提示するか。リスク背負しょってやる犯罪より、ノーリスクの仕事のほうが稼げるなら、誰も犯罪などしませんからね」

「参考にさせてもらうよ」

「この助言と、ご依頼の仕事で、借りはチャラということでよろしいですかね?」

「ああ、充分だ。おれたちが会うのは、これっきりだ」

「私としては、いい儲け話に噛ませていただけるなら、何度でもお手伝いしたいところですがね」

「こちらにその気はない。もし今回の接触をネタに、ゆすろうと考えてるなら……」

「ご心配なく。先ほども言った通り、あなたを敵に回す気はない」

 ひとまずこれで手がかりは得られるだろう。

 そして数日後、達也から情報が届いた頃。丈二たちのほうでも、進展があった。
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