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第一章 純真妖狐(?)といっしょ
4-1.
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4-1.
実家を出て一人暮らしをするにあたって、両親が一番心配したのが「住む場所のセキュリティ」だった。その結果、女性専用の、しかも学生限定のワンルームマンションを借りることになったわけで、だから―
「お?よう、お帰り!」
「…」
見慣れない、というより居るはずのない『男の人』が自分の部屋の前に居るという状況に、一瞬、思考が停止した。
見た目的にも少々派手な、サングラスをかけた社会人らしき男性。しかも、見ず知らずにも関わらずかなり親しげな態度をとられて動揺する。ただ、彼が手にする大きな段ボール、空き部屋だったお隣の部屋の前に積まれた家具や開きっぱなしの部屋のドアから、『男の人』が居ることの理由に何となく察しがついて、
「…お隣の?」
「おお、そうそう!綾香ー!お隣さん、帰って来たぞー」
男性が、明かりのついた部屋の奥に向かって声をかけた。それに帰って来た返事が―当然ながら―女の人の声だったことにほっとする。
「あ!こんにちはー!お隣の、鈴原さん?」
「あ、はい。鈴原です」
「わー!よろしくね?『山藤綾香』って言います!」
「山藤さん…」
自分よりも少し年上、恐らくは大学生であろう女性。
「良かったらコレ、貰ってくれる?引っ越しの『ご挨拶』。後で行こうと思ってたんどけど、ついでだから渡しちゃう!」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえー。甘いもの、好きだといいんだけど」
手渡されたものに視線を落とせば、有名菓子店の包装が目に入った。
「わ、ありがとうございます。好きです。嬉しいです」
「良かったー」
ふと視線を感じて顔を上げれば、黙ったままこちらを見つめている先程の男性。その雰囲気が、先程の態度とはかけ離れた真剣さ、凄みを帯びている気がして―
「あ、お邪魔してますね。えっと、それじゃあ、失礼します。お引っ越し、頑張って下さい」
「うん、ありがとう!またお話しようね?」
「はい」
焦り気味に自分の部屋に引っ込んでから、何となく詰めていた息を吐き出した。肩から下げていた鞄から、シロがひょっこり顔だけのぞかせて、小首を傾げる。
「イチカ、あたらしいお友だちなの?」
「お友達…。うーん、新しいお隣さん、『お知り合い』かな?」
『知り合い』の言葉がよくわからなかったらしいシロの首が更に傾いた。
「…お隣さんから、お菓子貰ったよ。一緒に食べようか?」
「!」
『お菓子』の言葉に一瞬で顔を輝かせたシロが、鞄から飛び出してきて、
「あまいの!?あまいのなの?」
「うん。甘いよー。多分、クッキー、だと思う」
「わーい!食べるの!シロ、クッキー大すきなのよ!」
クルクル回り始めたシロの姿に笑って、キッチンへと向かう。電気ケトルに新しい水を注いだところで思い出した、コンロに置かれた大鍋。中には、朝のうちに仕込んで置いた大量の料理が入っている。
「…山藤さん、夕ごはん、どうするのかな?」
まだ6時前とはいえ、外は既に日が落ちてしまっている。この辺りに食事が出来るお店は無いし、コンビニも、駅前まで歩かなくてはいけない。何か、買ってきている可能性ももちろんあるけれど―
「…」
もう一度、鍋に視線をやって、決意する。
「シロちゃん、ちょっとクッキー食べててくれる?」
「?」
クッキーを皿に開けて、オモチャのコップに入れたミルクと一緒にシロの前に並べた。
「ちょっとだけお隣に行ってくるね?直ぐに帰ってくるから」
「おでかけ…?」
自分の顔ほどもあるサイズのクッキーにかじりついていたシロが不安そうに顔を上げる。
「大丈夫。お鍋渡してくるだけだから、直ぐだよ?何かあったら大きな声で叫んでね?走って戻ってくるから」
「わかったのよ!シロ、クッキー食べてまってるの!」
「うん」
再び、一抱えもあるクッキーに挑み出したシロに安心して、お裾分け用の小鍋を手にする。朝仕込んだ段階ではそこそこ美味しく出来ていたと思うツユごと、鍋の中身を移して、
「じゃあ、ちょっと行ってくるね?」
「いってらっしゃいなの!」
部屋を後にし、歩いて数歩の隣の部屋の前に立つ。引っ越しの荷物はまだ積まれたまま、開きっぱなしのドアの向こうに声をかけた。
「すみませーん、こんにちはー!鈴原です!」
「…はーい!はいはい!」
慌てたような返事のあと、直ぐに顔を出した山藤さん。かえって手間をとらせてしまっている気がしてきたけれど、
「…あの、これ。多目に作ってしまったので、良かったら貰って頂けないかと…」
「え!なになに?『お裾分け』?わー!嬉しい!」
鍋を受け取り喜んでくれる彼女の期待に見合うものか、段々自信が無くなってきて、
「おでんなんですけど、お口に合うかは…」
「合うよー!おでん、嬉しー!」
「…良かったです。」
食べる前から「口に合う」と即答してくれたことも、わかりやすく喜んでくれたことも嬉しくて。余計なお世話かと緊張していた気持ちを一気に軽くしてくれた彼女に、こちらがお礼を言いたい気持ちになる。
「あの、それじゃあ」
「うん、ありがとう!またね?」
笑いあって手を振り、胸の中、ポカポカと温かい気持ちのまま、部屋へと戻った。
実家を出て一人暮らしをするにあたって、両親が一番心配したのが「住む場所のセキュリティ」だった。その結果、女性専用の、しかも学生限定のワンルームマンションを借りることになったわけで、だから―
「お?よう、お帰り!」
「…」
見慣れない、というより居るはずのない『男の人』が自分の部屋の前に居るという状況に、一瞬、思考が停止した。
見た目的にも少々派手な、サングラスをかけた社会人らしき男性。しかも、見ず知らずにも関わらずかなり親しげな態度をとられて動揺する。ただ、彼が手にする大きな段ボール、空き部屋だったお隣の部屋の前に積まれた家具や開きっぱなしの部屋のドアから、『男の人』が居ることの理由に何となく察しがついて、
「…お隣の?」
「おお、そうそう!綾香ー!お隣さん、帰って来たぞー」
男性が、明かりのついた部屋の奥に向かって声をかけた。それに帰って来た返事が―当然ながら―女の人の声だったことにほっとする。
「あ!こんにちはー!お隣の、鈴原さん?」
「あ、はい。鈴原です」
「わー!よろしくね?『山藤綾香』って言います!」
「山藤さん…」
自分よりも少し年上、恐らくは大学生であろう女性。
「良かったらコレ、貰ってくれる?引っ越しの『ご挨拶』。後で行こうと思ってたんどけど、ついでだから渡しちゃう!」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえー。甘いもの、好きだといいんだけど」
手渡されたものに視線を落とせば、有名菓子店の包装が目に入った。
「わ、ありがとうございます。好きです。嬉しいです」
「良かったー」
ふと視線を感じて顔を上げれば、黙ったままこちらを見つめている先程の男性。その雰囲気が、先程の態度とはかけ離れた真剣さ、凄みを帯びている気がして―
「あ、お邪魔してますね。えっと、それじゃあ、失礼します。お引っ越し、頑張って下さい」
「うん、ありがとう!またお話しようね?」
「はい」
焦り気味に自分の部屋に引っ込んでから、何となく詰めていた息を吐き出した。肩から下げていた鞄から、シロがひょっこり顔だけのぞかせて、小首を傾げる。
「イチカ、あたらしいお友だちなの?」
「お友達…。うーん、新しいお隣さん、『お知り合い』かな?」
『知り合い』の言葉がよくわからなかったらしいシロの首が更に傾いた。
「…お隣さんから、お菓子貰ったよ。一緒に食べようか?」
「!」
『お菓子』の言葉に一瞬で顔を輝かせたシロが、鞄から飛び出してきて、
「あまいの!?あまいのなの?」
「うん。甘いよー。多分、クッキー、だと思う」
「わーい!食べるの!シロ、クッキー大すきなのよ!」
クルクル回り始めたシロの姿に笑って、キッチンへと向かう。電気ケトルに新しい水を注いだところで思い出した、コンロに置かれた大鍋。中には、朝のうちに仕込んで置いた大量の料理が入っている。
「…山藤さん、夕ごはん、どうするのかな?」
まだ6時前とはいえ、外は既に日が落ちてしまっている。この辺りに食事が出来るお店は無いし、コンビニも、駅前まで歩かなくてはいけない。何か、買ってきている可能性ももちろんあるけれど―
「…」
もう一度、鍋に視線をやって、決意する。
「シロちゃん、ちょっとクッキー食べててくれる?」
「?」
クッキーを皿に開けて、オモチャのコップに入れたミルクと一緒にシロの前に並べた。
「ちょっとだけお隣に行ってくるね?直ぐに帰ってくるから」
「おでかけ…?」
自分の顔ほどもあるサイズのクッキーにかじりついていたシロが不安そうに顔を上げる。
「大丈夫。お鍋渡してくるだけだから、直ぐだよ?何かあったら大きな声で叫んでね?走って戻ってくるから」
「わかったのよ!シロ、クッキー食べてまってるの!」
「うん」
再び、一抱えもあるクッキーに挑み出したシロに安心して、お裾分け用の小鍋を手にする。朝仕込んだ段階ではそこそこ美味しく出来ていたと思うツユごと、鍋の中身を移して、
「じゃあ、ちょっと行ってくるね?」
「いってらっしゃいなの!」
部屋を後にし、歩いて数歩の隣の部屋の前に立つ。引っ越しの荷物はまだ積まれたまま、開きっぱなしのドアの向こうに声をかけた。
「すみませーん、こんにちはー!鈴原です!」
「…はーい!はいはい!」
慌てたような返事のあと、直ぐに顔を出した山藤さん。かえって手間をとらせてしまっている気がしてきたけれど、
「…あの、これ。多目に作ってしまったので、良かったら貰って頂けないかと…」
「え!なになに?『お裾分け』?わー!嬉しい!」
鍋を受け取り喜んでくれる彼女の期待に見合うものか、段々自信が無くなってきて、
「おでんなんですけど、お口に合うかは…」
「合うよー!おでん、嬉しー!」
「…良かったです。」
食べる前から「口に合う」と即答してくれたことも、わかりやすく喜んでくれたことも嬉しくて。余計なお世話かと緊張していた気持ちを一気に軽くしてくれた彼女に、こちらがお礼を言いたい気持ちになる。
「あの、それじゃあ」
「うん、ありがとう!またね?」
笑いあって手を振り、胸の中、ポカポカと温かい気持ちのまま、部屋へと戻った。
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