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後日談
3.正義との対峙
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「あなたが、エリアス様を隷属しているステラさんかしら?」
「っ!?」
騎士団の詰所、いきなり押し掛けてきたお嬢様の第一声に、分かりやすく反応してしまった。
(…しまった。)
昨日、エリアスに、「もし会ってもすっとぼけとけ」って言われてたのに。
だけど、まさか、良いところのお嬢様が、ノックも無しに部屋に飛び込んでくるとは思わなかったから。
(というか、見張りは?騎士団ってそんなにフリーパスで侵入出来るようなとこなの?)
入室の許可も取らずに我が物顔で侵入してきたお嬢様、昨日ぶりの対面となったリリアージュは最初っから敵対モード、こちらを睨みつけている。
(…って言っても、全然、怖くないけど。)
可愛い顔で睨まれても恐怖は感じない。そういう意味で言うなら、リリアージュの後に入室してきた従者らしき人の無表情の方がよっぽど怖い。
(何考えてんのか分かんない…)
それでも、絶対、味方ではないだろうから、いきなりグサッとかやられそうで─
「…あなたがステラさんで間違いないかしら?」
「…」
「沈黙は肯定と捉えさせて頂きます。…貴方がここに勤めていることは調査済みなの。誤魔化しは通用しません。」
(だったら、態々聞かないでよ…)
心の中でだけ、性格悪い突っ込みを入れて、口をつぐむ。
「…単刀直入に言います。ステラさん、エリアス様を解放して差し上げて。」
「…」
「ただでとは申しません。ステラさんが望まれる額をお支払い致しますから、どうぞ、ご希望の額を仰って下さい。」
「嫌、です…」
「え?」
「嫌です。…エリアスを人に売るつもりはありません。」
従者の視線にビビりながら、それでも断固拒否、言いきった。こちらの言葉に、リリアージュが顔を歪める。
「…あなたは、ご自分のなされていることが罪深いとお思いにならないのですか?」
「罪深い…?」
「ええ。…エリアス様を隷属し、意のままにしようだなんて。…なんと、浅ましい…」
「…あなただって、エリアスを私からお金で買おうとしてるじゃないですか。」
「私は、エリアスを奴隷の身から解放するつもりでいます。…金銭を介することに抵抗はありますが、それであの方をお救いすることが出来るのなら。」
真っ直ぐに見つめられ、耐え切れずに視線を逸らしてしまった。
(私には無理だ…)
「エリアスを解放する」と、躊躇いもなく口に出来る彼女の清廉さが妬ましい─
「…人は、愛玩動物でも家畜でもありません。このようなおぞましい制度自体、本来なら、即刻、失くすべきなのです。…人を隷属させるなどと…」
(うっ…)
正論過ぎて耳が痛い。
「エリアス様は、高潔なる騎士。…隷属ではなく忠誠にて主を選ぶべきお方、一方的な支配など、エリアス様には一番、似つかわしくありません…」
(ぐっ…)
心を抉られる。
「エリアス様のような方を隷属させるなど、どんな冷血漢の仕業かと思っていましたが、それが、まさか、貴女のような方だったとは…」
(はぁー…)
泣きたい。目の前でディスられ続けて、逃げ出したくなってきた。
(…本気で逃げようかなぁ…)
詰所の入口をチラッと見たところで、従者がシレッと動いた。出入口を塞ぐように立ち、こちらをじっと見て来る。それから、徐に口を開いて、
「…あなたに選択肢はありません。お嬢様のご温情を理解し、早急にエリアス副長の身を明け渡しなさい。」
「…嫌です。」
繰り返した拒否の言葉に、男の瞳に剣吞な光が宿った。
「…選択肢は無いと申し上げたはずです。」
「…」
「先日の、ハイマットよりの訪問者の件…」
男の言葉に、ドキリとする。
(何で知ってるの?)
一応は非公式、つまり、国家的に内密なお話し合いだったはずなのだけど。それを把握しているのは、ベルツ公爵家とやらの権力によるものなんだろうか。
こちらの困惑に気づいているはずの男は、更に追い詰めるような言葉を口にする─
「貴女が、自身の保身のため、身柄引き渡しを拒否するために、エリアス副長との婚姻証明書を偽造したことは分かっています。」
「…」
(………え?)
「公文書の偽造は、言うまでもなく犯罪行為。公僕であるはずの騎士による文書偽造は厳罰に処されます。…今回の偽造には、エリアス副長だけでなく、騎士団長閣下も関わっておられる。露見すれば、その影響は騎士団全体に及ぶでしょう。」
(え?え?え?)
「エリアス副長は騎士団を追われることになるでしょうが、…まさか、ご存じなかったとは言わせませんよ?」
(いやいやいや、知らなかったよ!て言うか、そもそも婚姻証明書って!?偽造ってなに!?)
聞きたいけど、弱みは見せたくないから、必死に「知ってて、バレて、焦ってる」振りを装う。
「こちらでは、偽造に加担した聖教会の司祭の証言を抑えています。…言い逃れは不可能だとお考え下さい。」
「…」
「…あなたも、どうすれば良いかはお分かりですね?あなたの命で成された不正、表沙汰にしたくなければ、直ちにエリアス副長の明け渡しを。」
「…」
分かりやすく圧をかけてきた男と、男の横で真剣な顔をしているリリアージュの顔を見比べる。男の話が事実かどうかは置いておくにしても、そんな話を調べるだかでっちあげるだかしてまで、エリアスを手にいれようとするリリアージュの執着。その、行きつく先が知りたくて、
「…あの、もし、仮にエリアスをあなたに譲ったとして、それで、あなたは、エリアスをどうするつもりなんですか?」
「先ほども申し上げたように、私はエリアス様を奴隷身分から解放するつもりでいます。隷属契約を破棄し、高位神官の元で、契約紋の治癒、抹消を行うつもりでいます。」
「…」
「…私ならば、それが可能です。」
(…だろうなぁ…)
高位神官による癒しの魔術。高額なお布施を積んでも、そう易々と受けることは出来ない「治癒」だけど、公爵家の力を持ってすれば、きっと直ぐに叶うんだろう。それは、間違いなく、「私では出来ないこと」。だけど、
(…エリアスは、奴隷紋、消さなくていいって言ってくれた。)
お嬢様は正論で追い詰めて来るし、従者は脅しで言うこと聞かせようとするし、本当にしんどい。
でも─
「…あの、時間を下さい。確認しなくちゃいけないこともあるし、今、この場で即決は出来ません。」
不満そうなリリアージュと、刺すような視線の従者にビビりながら、時間を稼ぐ。その場は、「持ち帰って検討させて頂きます」で、最後まで押し切った。
(だって、本当に、確認しないと…)
多分、私が知らされていないことがある。答えを出すのはそれを知ってから─
「っ!?」
騎士団の詰所、いきなり押し掛けてきたお嬢様の第一声に、分かりやすく反応してしまった。
(…しまった。)
昨日、エリアスに、「もし会ってもすっとぼけとけ」って言われてたのに。
だけど、まさか、良いところのお嬢様が、ノックも無しに部屋に飛び込んでくるとは思わなかったから。
(というか、見張りは?騎士団ってそんなにフリーパスで侵入出来るようなとこなの?)
入室の許可も取らずに我が物顔で侵入してきたお嬢様、昨日ぶりの対面となったリリアージュは最初っから敵対モード、こちらを睨みつけている。
(…って言っても、全然、怖くないけど。)
可愛い顔で睨まれても恐怖は感じない。そういう意味で言うなら、リリアージュの後に入室してきた従者らしき人の無表情の方がよっぽど怖い。
(何考えてんのか分かんない…)
それでも、絶対、味方ではないだろうから、いきなりグサッとかやられそうで─
「…あなたがステラさんで間違いないかしら?」
「…」
「沈黙は肯定と捉えさせて頂きます。…貴方がここに勤めていることは調査済みなの。誤魔化しは通用しません。」
(だったら、態々聞かないでよ…)
心の中でだけ、性格悪い突っ込みを入れて、口をつぐむ。
「…単刀直入に言います。ステラさん、エリアス様を解放して差し上げて。」
「…」
「ただでとは申しません。ステラさんが望まれる額をお支払い致しますから、どうぞ、ご希望の額を仰って下さい。」
「嫌、です…」
「え?」
「嫌です。…エリアスを人に売るつもりはありません。」
従者の視線にビビりながら、それでも断固拒否、言いきった。こちらの言葉に、リリアージュが顔を歪める。
「…あなたは、ご自分のなされていることが罪深いとお思いにならないのですか?」
「罪深い…?」
「ええ。…エリアス様を隷属し、意のままにしようだなんて。…なんと、浅ましい…」
「…あなただって、エリアスを私からお金で買おうとしてるじゃないですか。」
「私は、エリアスを奴隷の身から解放するつもりでいます。…金銭を介することに抵抗はありますが、それであの方をお救いすることが出来るのなら。」
真っ直ぐに見つめられ、耐え切れずに視線を逸らしてしまった。
(私には無理だ…)
「エリアスを解放する」と、躊躇いもなく口に出来る彼女の清廉さが妬ましい─
「…人は、愛玩動物でも家畜でもありません。このようなおぞましい制度自体、本来なら、即刻、失くすべきなのです。…人を隷属させるなどと…」
(うっ…)
正論過ぎて耳が痛い。
「エリアス様は、高潔なる騎士。…隷属ではなく忠誠にて主を選ぶべきお方、一方的な支配など、エリアス様には一番、似つかわしくありません…」
(ぐっ…)
心を抉られる。
「エリアス様のような方を隷属させるなど、どんな冷血漢の仕業かと思っていましたが、それが、まさか、貴女のような方だったとは…」
(はぁー…)
泣きたい。目の前でディスられ続けて、逃げ出したくなってきた。
(…本気で逃げようかなぁ…)
詰所の入口をチラッと見たところで、従者がシレッと動いた。出入口を塞ぐように立ち、こちらをじっと見て来る。それから、徐に口を開いて、
「…あなたに選択肢はありません。お嬢様のご温情を理解し、早急にエリアス副長の身を明け渡しなさい。」
「…嫌です。」
繰り返した拒否の言葉に、男の瞳に剣吞な光が宿った。
「…選択肢は無いと申し上げたはずです。」
「…」
「先日の、ハイマットよりの訪問者の件…」
男の言葉に、ドキリとする。
(何で知ってるの?)
一応は非公式、つまり、国家的に内密なお話し合いだったはずなのだけど。それを把握しているのは、ベルツ公爵家とやらの権力によるものなんだろうか。
こちらの困惑に気づいているはずの男は、更に追い詰めるような言葉を口にする─
「貴女が、自身の保身のため、身柄引き渡しを拒否するために、エリアス副長との婚姻証明書を偽造したことは分かっています。」
「…」
(………え?)
「公文書の偽造は、言うまでもなく犯罪行為。公僕であるはずの騎士による文書偽造は厳罰に処されます。…今回の偽造には、エリアス副長だけでなく、騎士団長閣下も関わっておられる。露見すれば、その影響は騎士団全体に及ぶでしょう。」
(え?え?え?)
「エリアス副長は騎士団を追われることになるでしょうが、…まさか、ご存じなかったとは言わせませんよ?」
(いやいやいや、知らなかったよ!て言うか、そもそも婚姻証明書って!?偽造ってなに!?)
聞きたいけど、弱みは見せたくないから、必死に「知ってて、バレて、焦ってる」振りを装う。
「こちらでは、偽造に加担した聖教会の司祭の証言を抑えています。…言い逃れは不可能だとお考え下さい。」
「…」
「…あなたも、どうすれば良いかはお分かりですね?あなたの命で成された不正、表沙汰にしたくなければ、直ちにエリアス副長の明け渡しを。」
「…」
分かりやすく圧をかけてきた男と、男の横で真剣な顔をしているリリアージュの顔を見比べる。男の話が事実かどうかは置いておくにしても、そんな話を調べるだかでっちあげるだかしてまで、エリアスを手にいれようとするリリアージュの執着。その、行きつく先が知りたくて、
「…あの、もし、仮にエリアスをあなたに譲ったとして、それで、あなたは、エリアスをどうするつもりなんですか?」
「先ほども申し上げたように、私はエリアス様を奴隷身分から解放するつもりでいます。隷属契約を破棄し、高位神官の元で、契約紋の治癒、抹消を行うつもりでいます。」
「…」
「…私ならば、それが可能です。」
(…だろうなぁ…)
高位神官による癒しの魔術。高額なお布施を積んでも、そう易々と受けることは出来ない「治癒」だけど、公爵家の力を持ってすれば、きっと直ぐに叶うんだろう。それは、間違いなく、「私では出来ないこと」。だけど、
(…エリアスは、奴隷紋、消さなくていいって言ってくれた。)
お嬢様は正論で追い詰めて来るし、従者は脅しで言うこと聞かせようとするし、本当にしんどい。
でも─
「…あの、時間を下さい。確認しなくちゃいけないこともあるし、今、この場で即決は出来ません。」
不満そうなリリアージュと、刺すような視線の従者にビビりながら、時間を稼ぐ。その場は、「持ち帰って検討させて頂きます」で、最後まで押し切った。
(だって、本当に、確認しないと…)
多分、私が知らされていないことがある。答えを出すのはそれを知ってから─
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