召喚巫女の憂鬱

リコピン

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第四章 聖都への帰還と決意

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―ここで、待っていてくれる?

トーコに望まれ、神殿の一室、固く閉ざされた扉の前に立つ。扉の向こう、部屋の中では、トーコの要請に応えた三人の守護者が、トーコの身の内に溜まった瘴気の浄化作業を行っている。

―手を握るとか、そういうので何とか浄化してみるから

―その分、時間がかかるだろうけど、ここで、待っていてくれる?

部屋に入る直前、不安げに見上げてくるトーコに、否やとは言えなかった。黙ってうなずき返せば、一瞬、ホッとしたように表情を緩ませ、しかしまた直ぐにその顔が暗く翳る。

―お医者さんの診察か何かだと思えば、平気、我慢できる

自身に言い聞かせるように呟いたトーコが、守護者達と部屋の中に消えて、既に三刻近くが経とうとしていた。

待つだけというのが、ここまで辛いとは―

トーコの力に成ることも出来ず、彼女を助ける男達が、彼女のそば近くに居ることをただ眺めていることしかできない。トーコと自分を隔てるのは扉一枚。その距離がやけに遠い。

ふと、部屋に近づいてくる気配を感じて、顔を上げる。トーコの指示で、部屋周辺は人払いが成されているはずなのだが―

距離が近づくにつれて、その気配の正体がわかった。果たして、廊下の向こうから現れた予想通りの男の姿に、警戒を強める。トーコにとって、男が招かれざる客であることは確かだ。

やがてあちらも己の存在に気づいたのか、遠目にも男の表情が歪むのがわかった。足早に近づいて来た男の視線には、憎悪が満ちている。

「なぜ、貴様がここに居る!?」

「…」

かつて、トーコを妻としながらも、切り捨てた男が吠える―

「答えろ!この辺りは立ち入りが禁じられている!何故、貴様の様な冒険者風情がこんなところに!!」

「…望まれたからだ」

「!?」

誰に、とは言わずとも、男には伝わっただろう。

「…お前こそ、ここで何をしている?お前の立ち入りは認められていない」

「っ!?ふざけるな!!俺は、守護者なのだぞ!巫女の力となるべき存在だ!なぜ俺が拒まれねばならぬ!?」

トーコが、男を望まなかったからだ―

そんな当然のことを理解しようとせずに激昂する男を、どう処理するかと思案していたところで、扉の内側、近づく気配を感じた。

ゆっくりと開いた扉の中から現れたトーコ。こちらを交互に見比べた後、男に不審な眼差しを向けた。

「…何をしているの?」

「巫女!俺は、お前に話があって!」

「…近寄らないで」

自身に近づこうとした男を避けて、トーコが己の隣に立つ。見上げてくる視線、大丈夫かと小さな声で問われ、うなずき返した。

「っ!巫女!頼む、俺の話を聞いてくれ!」

「嫌、聞く気はない」

男を避けて歩き出そうとしたトーコの前に、男が立ち塞がる。

「俺もお前の力になりたい!」

「無理。あなたでは私の力にはならない」

「っ!?」

切って捨てるトーコの言葉に、男が一瞬、怯んだ。しかし直ぐに持ち直した男は、トーコを真っ直ぐに見つめる。

「…お前が、今の俺を信頼出来ないと言うのは、仕方のないことかもしれない。だが、」

男の優越に満ちた視線が、己に向けられる。

「思い出してくれ。かつて、俺との婚姻が、お前の浄化の力を飛躍的に高めたことも事実だろう?当時も、俺のことを好いていたわけではなくとも、頼りにはしてくれていたはずだ」

男の言葉に、トーコが大きく首を振る。

「そんなことは、全くない。当時も、今も、私が好きで、頼りにしているのは、ずっと変わらずにヴォルフだけだから」

「しかしっ!?」

焦りの声を上げ、トーコに近づこうとする男。一歩前に出て、トーコを背後に庇う。

「前回の浄化も、あなたは全然関係ない」

「…そんな」

トーコの言葉に、男の顔から血の気が引いた。

「行こう、ヴォルフ」

「待ってくれ!」

歩き出したトーコを、男の声が呼び止める。それを振り切るように足早に進むトーコの後を追った。しばらく進んでも、背後から男が追いかけてくる様子はない。

「トーコ」

「?」

振り向いた彼女はいつも通り。足を止め、首を傾けてこちらの言葉を待つ姿にも、特別な何かは感じられない。

だけど、確かめなければ。先ほどの、彼女の言葉―

「…お前は、俺が好きなのか?」

一瞬、動きを止めたトーコ。その瞳が大きく見開かれ、顔がみるみる赤く染まっていく。潤む目元、反らされた顔に、今すぐ抱き締めてしまいたい思いに駆られる。

だけど、彼女の想いを、その言葉で聞きたいから―

反らされた横顔を見つめ、トーコの言葉を待つ。

「…そうだよ」

小さな声。だが、はっきりと聞こえた答えに体が熱くなる。

「…そうか」

知らず伸びた手の内に、華奢な体を捕らえた。

抱き締めた彼女の体がいつもより熱いのは、先ほど見せた羞恥によるものなのか、それとも己の熱が移ってしまったからか。

どちらにしろ―

腕の中の最愛を、しばらくは手放せそうにない。懐深く抱き込んだ腕に力がこもる。

大人しく懐に収まる存在に、この上ない充足を感じながら、同時に一つ、大きな欲が生まれた―




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