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第四章 聖都への帰還と決意
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10.
―ここで、待っていてくれる?
トーコに望まれ、神殿の一室、固く閉ざされた扉の前に立つ。扉の向こう、部屋の中では、トーコの要請に応えた三人の守護者が、トーコの身の内に溜まった瘴気の浄化作業を行っている。
―手を握るとか、そういうので何とか浄化してみるから
―その分、時間がかかるだろうけど、ここで、待っていてくれる?
部屋に入る直前、不安げに見上げてくるトーコに、否やとは言えなかった。黙ってうなずき返せば、一瞬、ホッとしたように表情を緩ませ、しかしまた直ぐにその顔が暗く翳る。
―お医者さんの診察か何かだと思えば、平気、我慢できる
自身に言い聞かせるように呟いたトーコが、守護者達と部屋の中に消えて、既に三刻近くが経とうとしていた。
待つだけというのが、ここまで辛いとは―
トーコの力に成ることも出来ず、彼女を助ける男達が、彼女のそば近くに居ることをただ眺めていることしかできない。トーコと自分を隔てるのは扉一枚。その距離がやけに遠い。
ふと、部屋に近づいてくる気配を感じて、顔を上げる。トーコの指示で、部屋周辺は人払いが成されているはずなのだが―
距離が近づくにつれて、その気配の正体がわかった。果たして、廊下の向こうから現れた予想通りの男の姿に、警戒を強める。トーコにとって、男が招かれざる客であることは確かだ。
やがてあちらも己の存在に気づいたのか、遠目にも男の表情が歪むのがわかった。足早に近づいて来た男の視線には、憎悪が満ちている。
「なぜ、貴様がここに居る!?」
「…」
かつて、トーコを妻としながらも、切り捨てた男が吠える―
「答えろ!この辺りは立ち入りが禁じられている!何故、貴様の様な冒険者風情がこんなところに!!」
「…望まれたからだ」
「!?」
誰に、とは言わずとも、男には伝わっただろう。
「…お前こそ、ここで何をしている?お前の立ち入りは認められていない」
「っ!?ふざけるな!!俺は、守護者なのだぞ!巫女の力となるべき存在だ!なぜ俺が拒まれねばならぬ!?」
トーコが、男を望まなかったからだ―
そんな当然のことを理解しようとせずに激昂する男を、どう処理するかと思案していたところで、扉の内側、近づく気配を感じた。
ゆっくりと開いた扉の中から現れたトーコ。こちらを交互に見比べた後、男に不審な眼差しを向けた。
「…何をしているの?」
「巫女!俺は、お前に話があって!」
「…近寄らないで」
自身に近づこうとした男を避けて、トーコが己の隣に立つ。見上げてくる視線、大丈夫かと小さな声で問われ、うなずき返した。
「っ!巫女!頼む、俺の話を聞いてくれ!」
「嫌、聞く気はない」
男を避けて歩き出そうとしたトーコの前に、男が立ち塞がる。
「俺もお前の力になりたい!」
「無理。あなたでは私の力にはならない」
「っ!?」
切って捨てるトーコの言葉に、男が一瞬、怯んだ。しかし直ぐに持ち直した男は、トーコを真っ直ぐに見つめる。
「…お前が、今の俺を信頼出来ないと言うのは、仕方のないことかもしれない。だが、」
男の優越に満ちた視線が、己に向けられる。
「思い出してくれ。かつて、俺との婚姻が、お前の浄化の力を飛躍的に高めたことも事実だろう?当時も、俺のことを好いていたわけではなくとも、頼りにはしてくれていたはずだ」
男の言葉に、トーコが大きく首を振る。
「そんなことは、全くない。当時も、今も、私が好きで、頼りにしているのは、ずっと変わらずにヴォルフだけだから」
「しかしっ!?」
焦りの声を上げ、トーコに近づこうとする男。一歩前に出て、トーコを背後に庇う。
「前回の浄化も、あなたは全然関係ない」
「…そんな」
トーコの言葉に、男の顔から血の気が引いた。
「行こう、ヴォルフ」
「待ってくれ!」
歩き出したトーコを、男の声が呼び止める。それを振り切るように足早に進むトーコの後を追った。しばらく進んでも、背後から男が追いかけてくる様子はない。
「トーコ」
「?」
振り向いた彼女はいつも通り。足を止め、首を傾けてこちらの言葉を待つ姿にも、特別な何かは感じられない。
だけど、確かめなければ。先ほどの、彼女の言葉―
「…お前は、俺が好きなのか?」
一瞬、動きを止めたトーコ。その瞳が大きく見開かれ、顔がみるみる赤く染まっていく。潤む目元、反らされた顔に、今すぐ抱き締めてしまいたい思いに駆られる。
だけど、彼女の想いを、その言葉で聞きたいから―
反らされた横顔を見つめ、トーコの言葉を待つ。
「…そうだよ」
小さな声。だが、はっきりと聞こえた答えに体が熱くなる。
「…そうか」
知らず伸びた手の内に、華奢な体を捕らえた。
抱き締めた彼女の体がいつもより熱いのは、先ほど見せた羞恥によるものなのか、それとも己の熱が移ってしまったからか。
どちらにしろ―
腕の中の最愛を、しばらくは手放せそうにない。懐深く抱き込んだ腕に力がこもる。
大人しく懐に収まる存在に、この上ない充足を感じながら、同時に一つ、大きな欲が生まれた―
―ここで、待っていてくれる?
トーコに望まれ、神殿の一室、固く閉ざされた扉の前に立つ。扉の向こう、部屋の中では、トーコの要請に応えた三人の守護者が、トーコの身の内に溜まった瘴気の浄化作業を行っている。
―手を握るとか、そういうので何とか浄化してみるから
―その分、時間がかかるだろうけど、ここで、待っていてくれる?
部屋に入る直前、不安げに見上げてくるトーコに、否やとは言えなかった。黙ってうなずき返せば、一瞬、ホッとしたように表情を緩ませ、しかしまた直ぐにその顔が暗く翳る。
―お医者さんの診察か何かだと思えば、平気、我慢できる
自身に言い聞かせるように呟いたトーコが、守護者達と部屋の中に消えて、既に三刻近くが経とうとしていた。
待つだけというのが、ここまで辛いとは―
トーコの力に成ることも出来ず、彼女を助ける男達が、彼女のそば近くに居ることをただ眺めていることしかできない。トーコと自分を隔てるのは扉一枚。その距離がやけに遠い。
ふと、部屋に近づいてくる気配を感じて、顔を上げる。トーコの指示で、部屋周辺は人払いが成されているはずなのだが―
距離が近づくにつれて、その気配の正体がわかった。果たして、廊下の向こうから現れた予想通りの男の姿に、警戒を強める。トーコにとって、男が招かれざる客であることは確かだ。
やがてあちらも己の存在に気づいたのか、遠目にも男の表情が歪むのがわかった。足早に近づいて来た男の視線には、憎悪が満ちている。
「なぜ、貴様がここに居る!?」
「…」
かつて、トーコを妻としながらも、切り捨てた男が吠える―
「答えろ!この辺りは立ち入りが禁じられている!何故、貴様の様な冒険者風情がこんなところに!!」
「…望まれたからだ」
「!?」
誰に、とは言わずとも、男には伝わっただろう。
「…お前こそ、ここで何をしている?お前の立ち入りは認められていない」
「っ!?ふざけるな!!俺は、守護者なのだぞ!巫女の力となるべき存在だ!なぜ俺が拒まれねばならぬ!?」
トーコが、男を望まなかったからだ―
そんな当然のことを理解しようとせずに激昂する男を、どう処理するかと思案していたところで、扉の内側、近づく気配を感じた。
ゆっくりと開いた扉の中から現れたトーコ。こちらを交互に見比べた後、男に不審な眼差しを向けた。
「…何をしているの?」
「巫女!俺は、お前に話があって!」
「…近寄らないで」
自身に近づこうとした男を避けて、トーコが己の隣に立つ。見上げてくる視線、大丈夫かと小さな声で問われ、うなずき返した。
「っ!巫女!頼む、俺の話を聞いてくれ!」
「嫌、聞く気はない」
男を避けて歩き出そうとしたトーコの前に、男が立ち塞がる。
「俺もお前の力になりたい!」
「無理。あなたでは私の力にはならない」
「っ!?」
切って捨てるトーコの言葉に、男が一瞬、怯んだ。しかし直ぐに持ち直した男は、トーコを真っ直ぐに見つめる。
「…お前が、今の俺を信頼出来ないと言うのは、仕方のないことかもしれない。だが、」
男の優越に満ちた視線が、己に向けられる。
「思い出してくれ。かつて、俺との婚姻が、お前の浄化の力を飛躍的に高めたことも事実だろう?当時も、俺のことを好いていたわけではなくとも、頼りにはしてくれていたはずだ」
男の言葉に、トーコが大きく首を振る。
「そんなことは、全くない。当時も、今も、私が好きで、頼りにしているのは、ずっと変わらずにヴォルフだけだから」
「しかしっ!?」
焦りの声を上げ、トーコに近づこうとする男。一歩前に出て、トーコを背後に庇う。
「前回の浄化も、あなたは全然関係ない」
「…そんな」
トーコの言葉に、男の顔から血の気が引いた。
「行こう、ヴォルフ」
「待ってくれ!」
歩き出したトーコを、男の声が呼び止める。それを振り切るように足早に進むトーコの後を追った。しばらく進んでも、背後から男が追いかけてくる様子はない。
「トーコ」
「?」
振り向いた彼女はいつも通り。足を止め、首を傾けてこちらの言葉を待つ姿にも、特別な何かは感じられない。
だけど、確かめなければ。先ほどの、彼女の言葉―
「…お前は、俺が好きなのか?」
一瞬、動きを止めたトーコ。その瞳が大きく見開かれ、顔がみるみる赤く染まっていく。潤む目元、反らされた顔に、今すぐ抱き締めてしまいたい思いに駆られる。
だけど、彼女の想いを、その言葉で聞きたいから―
反らされた横顔を見つめ、トーコの言葉を待つ。
「…そうだよ」
小さな声。だが、はっきりと聞こえた答えに体が熱くなる。
「…そうか」
知らず伸びた手の内に、華奢な体を捕らえた。
抱き締めた彼女の体がいつもより熱いのは、先ほど見せた羞恥によるものなのか、それとも己の熱が移ってしまったからか。
どちらにしろ―
腕の中の最愛を、しばらくは手放せそうにない。懐深く抱き込んだ腕に力がこもる。
大人しく懐に収まる存在に、この上ない充足を感じながら、同時に一つ、大きな欲が生まれた―
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