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第四章 聖都への帰還と決意
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聖都周辺に広がった瘴気の話は、瞬く間に周辺の街や村にも広がった。瘴気が局所的に発生するという今までに無い現象に、耳にした者は皆一様に驚きはするが、その被害が未だ及ばないハイロビの街では、そこに逼迫した空気は感じられない。
市場での買い物ついで、噂話の類いの情報を仕入れた後、まだ日の高いうちから向かうのは、トーコの元。
トーコを拐ったという男が倒れてから、トーコは部屋に閉じ籠るようになった。呼びかければ返事をするし、食事を運べば、僅かではあるが、手をつけてはくれる。だが、その量の少なさに、そろそろトーコの体が心配になってきている。
あの夜、何があったのか、トーコが話したくないと言うのなら、聞くつもりはない。ただ、彼女の元気な顔が見たい、声が聞きたい。腕の中、かかえた袋を確かめる。彼女は、また、笑ってくれるだろうか―
娼館の扉を押し開けたところで、女の叫ぶような声が聞こえて来た。
「だから!魔王が復活したんだって!!」
「何よ、『魔王』って?」
「だからー!瘴気撒き散らす悪の親玉なの!こんなとこでボーッとしてたら、ここもあっと言う間に瘴気に、」
「別に、ボーッとはしてないわよ」
トーコと仲のいい女二人が、何かを言い争っている。その周囲では、店の他の女達や用心棒の男達までが、面白そうに二人の様子を眺めている。
「シェーン!逃げよう!」
「相手は瘴気撒き散らすんでしょ?どこに逃げるっていうのよ?」
「あー!わかんない!でも、聖都からなるべく遠く!」
叫んだ女と目があった。こちらに気づいた女が駆け寄ってくる。
「ヴォルフ!アルマは!?出てきた!?復活した!?」
「…いや、」
「もーやだ!何よこれ、本当もう!続編開始前からヒロインが娼館に引きこもりなんて、どんなハードモードよ!完全に詰んでる!世界救うなんて絶対に無理じゃない!」
叫び続ける女の言葉の半分も理解出来ずに、その場を後にする。トーコの部屋の前に立ち、扉を叩いた。中から、小さな声が返ってくる。
「トーコ、開けてくれ」
「…」
細く開けられた扉からのぞく、ベールをしていないトーコの、その顔色がひどく悪い気がして不安が募る。彼女の衰弱を何とかしたくて、抱えていた紙袋を無理矢理押し付けた。
「トーコ、頼む。これだけでも口にしろ」
「…」
袋の中をのぞきこんだトーコの目から、一筋、涙が流れた。
「…ヴォルフは、」
「?」
聞き取れないほど小さな声に、耳を寄せる。
「ヴォルフは、私を泣かせるのが、本当に上手いね」
「…トーコ?」
「私、そんなに泣く方じゃなかったんだけどな。自分でも我慢強い方だと思ってたくらいなのに」
上げられたトーコの顔、その瞳に、僅かながら、先程まではなかった光が灯っている。
「…ありがとう、この時期にカリルなんて、大変だったよね?ありがとう、ちゃんと、食べるよ」
「…お前に、元気になって欲しい」
「うん、そうだね。このままじゃダメだね。わかってるんだけど、ごめんなさい、もう少しだけ、待っててくれる?」
その言葉にうなずいた。
トーコが必要だと言うのなら、彼女が戻ってきてくれるのなら、いつまででも待つことが出来る。恐いのは、彼女の命が失われること―
ありがとうというお礼の言葉と共に、扉が閉まるのを最後まで見守った。
聖都周辺に広がった瘴気の話は、瞬く間に周辺の街や村にも広がった。瘴気が局所的に発生するという今までに無い現象に、耳にした者は皆一様に驚きはするが、その被害が未だ及ばないハイロビの街では、そこに逼迫した空気は感じられない。
市場での買い物ついで、噂話の類いの情報を仕入れた後、まだ日の高いうちから向かうのは、トーコの元。
トーコを拐ったという男が倒れてから、トーコは部屋に閉じ籠るようになった。呼びかければ返事をするし、食事を運べば、僅かではあるが、手をつけてはくれる。だが、その量の少なさに、そろそろトーコの体が心配になってきている。
あの夜、何があったのか、トーコが話したくないと言うのなら、聞くつもりはない。ただ、彼女の元気な顔が見たい、声が聞きたい。腕の中、かかえた袋を確かめる。彼女は、また、笑ってくれるだろうか―
娼館の扉を押し開けたところで、女の叫ぶような声が聞こえて来た。
「だから!魔王が復活したんだって!!」
「何よ、『魔王』って?」
「だからー!瘴気撒き散らす悪の親玉なの!こんなとこでボーッとしてたら、ここもあっと言う間に瘴気に、」
「別に、ボーッとはしてないわよ」
トーコと仲のいい女二人が、何かを言い争っている。その周囲では、店の他の女達や用心棒の男達までが、面白そうに二人の様子を眺めている。
「シェーン!逃げよう!」
「相手は瘴気撒き散らすんでしょ?どこに逃げるっていうのよ?」
「あー!わかんない!でも、聖都からなるべく遠く!」
叫んだ女と目があった。こちらに気づいた女が駆け寄ってくる。
「ヴォルフ!アルマは!?出てきた!?復活した!?」
「…いや、」
「もーやだ!何よこれ、本当もう!続編開始前からヒロインが娼館に引きこもりなんて、どんなハードモードよ!完全に詰んでる!世界救うなんて絶対に無理じゃない!」
叫び続ける女の言葉の半分も理解出来ずに、その場を後にする。トーコの部屋の前に立ち、扉を叩いた。中から、小さな声が返ってくる。
「トーコ、開けてくれ」
「…」
細く開けられた扉からのぞく、ベールをしていないトーコの、その顔色がひどく悪い気がして不安が募る。彼女の衰弱を何とかしたくて、抱えていた紙袋を無理矢理押し付けた。
「トーコ、頼む。これだけでも口にしろ」
「…」
袋の中をのぞきこんだトーコの目から、一筋、涙が流れた。
「…ヴォルフは、」
「?」
聞き取れないほど小さな声に、耳を寄せる。
「ヴォルフは、私を泣かせるのが、本当に上手いね」
「…トーコ?」
「私、そんなに泣く方じゃなかったんだけどな。自分でも我慢強い方だと思ってたくらいなのに」
上げられたトーコの顔、その瞳に、僅かながら、先程まではなかった光が灯っている。
「…ありがとう、この時期にカリルなんて、大変だったよね?ありがとう、ちゃんと、食べるよ」
「…お前に、元気になって欲しい」
「うん、そうだね。このままじゃダメだね。わかってるんだけど、ごめんなさい、もう少しだけ、待っててくれる?」
その言葉にうなずいた。
トーコが必要だと言うのなら、彼女が戻ってきてくれるのなら、いつまででも待つことが出来る。恐いのは、彼女の命が失われること―
ありがとうというお礼の言葉と共に、扉が閉まるのを最後まで見守った。
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