59 / 78
第四章 聖都への帰還と決意
2.
しおりを挟む
2.
聖都周辺に広がった瘴気の話は、瞬く間に周辺の街や村にも広がった。瘴気が局所的に発生するという今までに無い現象に、耳にした者は皆一様に驚きはするが、その被害が未だ及ばないハイロビの街では、そこに逼迫した空気は感じられない。
市場での買い物ついで、噂話の類いの情報を仕入れた後、まだ日の高いうちから向かうのは、トーコの元。
トーコを拐ったという男が倒れてから、トーコは部屋に閉じ籠るようになった。呼びかければ返事をするし、食事を運べば、僅かではあるが、手をつけてはくれる。だが、その量の少なさに、そろそろトーコの体が心配になってきている。
あの夜、何があったのか、トーコが話したくないと言うのなら、聞くつもりはない。ただ、彼女の元気な顔が見たい、声が聞きたい。腕の中、かかえた袋を確かめる。彼女は、また、笑ってくれるだろうか―
娼館の扉を押し開けたところで、女の叫ぶような声が聞こえて来た。
「だから!魔王が復活したんだって!!」
「何よ、『魔王』って?」
「だからー!瘴気撒き散らす悪の親玉なの!こんなとこでボーッとしてたら、ここもあっと言う間に瘴気に、」
「別に、ボーッとはしてないわよ」
トーコと仲のいい女二人が、何かを言い争っている。その周囲では、店の他の女達や用心棒の男達までが、面白そうに二人の様子を眺めている。
「シェーン!逃げよう!」
「相手は瘴気撒き散らすんでしょ?どこに逃げるっていうのよ?」
「あー!わかんない!でも、聖都からなるべく遠く!」
叫んだ女と目があった。こちらに気づいた女が駆け寄ってくる。
「ヴォルフ!アルマは!?出てきた!?復活した!?」
「…いや、」
「もーやだ!何よこれ、本当もう!続編開始前からヒロインが娼館に引きこもりなんて、どんなハードモードよ!完全に詰んでる!世界救うなんて絶対に無理じゃない!」
叫び続ける女の言葉の半分も理解出来ずに、その場を後にする。トーコの部屋の前に立ち、扉を叩いた。中から、小さな声が返ってくる。
「トーコ、開けてくれ」
「…」
細く開けられた扉からのぞく、ベールをしていないトーコの、その顔色がひどく悪い気がして不安が募る。彼女の衰弱を何とかしたくて、抱えていた紙袋を無理矢理押し付けた。
「トーコ、頼む。これだけでも口にしろ」
「…」
袋の中をのぞきこんだトーコの目から、一筋、涙が流れた。
「…ヴォルフは、」
「?」
聞き取れないほど小さな声に、耳を寄せる。
「ヴォルフは、私を泣かせるのが、本当に上手いね」
「…トーコ?」
「私、そんなに泣く方じゃなかったんだけどな。自分でも我慢強い方だと思ってたくらいなのに」
上げられたトーコの顔、その瞳に、僅かながら、先程まではなかった光が灯っている。
「…ありがとう、この時期にカリルなんて、大変だったよね?ありがとう、ちゃんと、食べるよ」
「…お前に、元気になって欲しい」
「うん、そうだね。このままじゃダメだね。わかってるんだけど、ごめんなさい、もう少しだけ、待っててくれる?」
その言葉にうなずいた。
トーコが必要だと言うのなら、彼女が戻ってきてくれるのなら、いつまででも待つことが出来る。恐いのは、彼女の命が失われること―
ありがとうというお礼の言葉と共に、扉が閉まるのを最後まで見守った。
聖都周辺に広がった瘴気の話は、瞬く間に周辺の街や村にも広がった。瘴気が局所的に発生するという今までに無い現象に、耳にした者は皆一様に驚きはするが、その被害が未だ及ばないハイロビの街では、そこに逼迫した空気は感じられない。
市場での買い物ついで、噂話の類いの情報を仕入れた後、まだ日の高いうちから向かうのは、トーコの元。
トーコを拐ったという男が倒れてから、トーコは部屋に閉じ籠るようになった。呼びかければ返事をするし、食事を運べば、僅かではあるが、手をつけてはくれる。だが、その量の少なさに、そろそろトーコの体が心配になってきている。
あの夜、何があったのか、トーコが話したくないと言うのなら、聞くつもりはない。ただ、彼女の元気な顔が見たい、声が聞きたい。腕の中、かかえた袋を確かめる。彼女は、また、笑ってくれるだろうか―
娼館の扉を押し開けたところで、女の叫ぶような声が聞こえて来た。
「だから!魔王が復活したんだって!!」
「何よ、『魔王』って?」
「だからー!瘴気撒き散らす悪の親玉なの!こんなとこでボーッとしてたら、ここもあっと言う間に瘴気に、」
「別に、ボーッとはしてないわよ」
トーコと仲のいい女二人が、何かを言い争っている。その周囲では、店の他の女達や用心棒の男達までが、面白そうに二人の様子を眺めている。
「シェーン!逃げよう!」
「相手は瘴気撒き散らすんでしょ?どこに逃げるっていうのよ?」
「あー!わかんない!でも、聖都からなるべく遠く!」
叫んだ女と目があった。こちらに気づいた女が駆け寄ってくる。
「ヴォルフ!アルマは!?出てきた!?復活した!?」
「…いや、」
「もーやだ!何よこれ、本当もう!続編開始前からヒロインが娼館に引きこもりなんて、どんなハードモードよ!完全に詰んでる!世界救うなんて絶対に無理じゃない!」
叫び続ける女の言葉の半分も理解出来ずに、その場を後にする。トーコの部屋の前に立ち、扉を叩いた。中から、小さな声が返ってくる。
「トーコ、開けてくれ」
「…」
細く開けられた扉からのぞく、ベールをしていないトーコの、その顔色がひどく悪い気がして不安が募る。彼女の衰弱を何とかしたくて、抱えていた紙袋を無理矢理押し付けた。
「トーコ、頼む。これだけでも口にしろ」
「…」
袋の中をのぞきこんだトーコの目から、一筋、涙が流れた。
「…ヴォルフは、」
「?」
聞き取れないほど小さな声に、耳を寄せる。
「ヴォルフは、私を泣かせるのが、本当に上手いね」
「…トーコ?」
「私、そんなに泣く方じゃなかったんだけどな。自分でも我慢強い方だと思ってたくらいなのに」
上げられたトーコの顔、その瞳に、僅かながら、先程まではなかった光が灯っている。
「…ありがとう、この時期にカリルなんて、大変だったよね?ありがとう、ちゃんと、食べるよ」
「…お前に、元気になって欲しい」
「うん、そうだね。このままじゃダメだね。わかってるんだけど、ごめんなさい、もう少しだけ、待っててくれる?」
その言葉にうなずいた。
トーコが必要だと言うのなら、彼女が戻ってきてくれるのなら、いつまででも待つことが出来る。恐いのは、彼女の命が失われること―
ありがとうというお礼の言葉と共に、扉が閉まるのを最後まで見守った。
15
お気に入りに追加
711
あなたにおすすめの小説
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので
ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。
しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。
異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。
異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。
公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。
『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。
更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。
だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。
ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。
モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて――
奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。
異世界、魔法のある世界です。
色々ゆるゆるです。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【完】皇太子殿下の夜の指南役になったら、見初められました。
112
恋愛
皇太子に閨房術を授けよとの陛下の依頼により、マリア・ライトは王宮入りした。
齢18になるという皇太子。将来、妃を迎えるにあたって、床での作法を学びたいと、わざわざマリアを召し上げた。
マリアは30歳。関係の冷え切った旦那もいる。なぜ呼ばれたのか。それは自分が子を孕めない石女だからだと思っていたのだが───
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる