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第三章 堕とされた先で見つけたもの
16.
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16.
「さて、何か言いたいことがありそうだね?」
部屋の中に放り込まれて転びそうになるが、何とか踏みとどまる。振り返れば、私が逃げ出せないように、閉じた扉に背を預ける男。その顔に張り付いた笑みを、引き剥がしてやりたい思いに駆られる。
「…ナハトというのが、本当の名前なの?」
「まあ、そうだね」
躊躇なく返ってくる答え。
「…ソフィーに何かしたら、許さない」
「…」
先ほどのソフィーへの態度に男を牽制するが、それには、男は何も言わずに肩をすくめてみせるだけ。私の言葉など、歯牙にもかけていない。
「…私を、『巫女』を召喚したのは、あなたなの?」
口にするだけで、怒りが抑えられなくなりそうなのに、
「頼まれたんだ、ドロテアに」
「…」
男の口にした名前に、心の中が荒れ狂う。あの、女が。だけど、一体何故―?
「『巫女の間』の奥にある、『石』に触れて欲しいって」
「…あなたは、それで何が起こるか、わかっていたの?」
「いや?その時点では知らなかった。だけど、それが彼女の望みだったからね」
男は、事も無げに言う。
「…どうして、ドロテアはあなたにそんなことを頼んだの?理由は?」
「理由?そんなものが必要?」
「っ!あなた達のせいで、私はこの世界に連れてこられて、望みもしない巫女にされたのよ!元の世界に還ることも出来なくなった!」
顔色一つ変えない男が、首を傾げる。
「そう、それで?」
「!?」
「それが何か、俺にとっての不利益になるかな?大事なのは『ドロテアが望んだ』ということ。それだけで、それは俺にとって最大の使命になるんだよ」
男の言葉に、怒りで我を忘れそうになる。
―絶対に、許せない
沸騰した頭の中で、男への呪詛がぐるぐるとめぐる。
「…さて、君の質問には全部答えたかな。もう、あまり時間もないだろうしね」
そう言うと、一歩、ナハトがこちらに踏み出した。その手にはナイフが握られている。
「私を殺すつもりなの?」
「…ドロテアはね、君のことはもう忘れてる。用済みの巫女は、何の力も持たないただの女だと」
用済み?勝手に喚んだのは、あなた達だというのに―?
「俺もね、そう思ってたんだ。だから、娼館に君を捨てるだけで終わらせるつもりだった」
その言い種に、吐き気がする。
「それでも一応、監視は続けてたわけだけど。そしたら、ヴォルフだっけ?『白銀の冒険者』が君を守ろうとしている。あの男なら、君をここから救い上げてしまうかもしれない」
また一歩、ナハトが近づいた。
「だからやっぱり、君はここで殺しておくよ」
鋭い刃先がこちらに向けられる。感じるのは恐怖ではなく、憎しみと怒り。私から何もかも奪った男が、今度は、私の命まで奪おうとしている。憎悪に塗りつぶされていく思考、私は、この男を―
「…私に触れないで、死にたくなかったら」
「ふーん?殺されそうだってのに、怯えていないね?あの男に、何か護身用の古代遺物でも持たされてる?」
探る視線。だけど、こちらの言葉にナハトが警戒する様子も、引こうとする様子も見られない。
「それかな?あの男にもらったものだよね?」
ナイフが指すのは、私の髪、そこに着けている髪飾り。
「まあ、そんなもの、使わせなければいいだけの話、」
瞬間、視界から男が消えた。背後に感じる気配。避けるまもなく掴まれた髪を、痛いほど後ろに引かれ、切り落とされた。ヴォルフにもらった髪飾りが、音を立てて床に転がる。視界に映る、散って広がる黒髪に、動けなくなった。
母が触れた、髪を―
残されていた、母との思い出の縁までもが、無くなってしまった。
「ぁっ!」
茫然として、逃げることも出来なかった。剥き出しにされ、無防備になっていた首を背後から絞められる。息が、苦しい。
ああ、駄目だ。覚悟は出来ている、平気だと、思っていたのに―
感じるはずのなかった恐怖、込み上げてくるそれに、叫び出したいのに、声が出ない。
「君の質問に答えたのはね、誰かに知ってて欲しかったんだ。誰も知らない、誰にも言えない、俺の想いを」
―やめて!離して!
叫びが音にならない。飛びそうになる意識、耳元で囁く男の声が聞こえた。
「…俺のドロテアへの想いを持ったまま、逝ってよ」
「さて、何か言いたいことがありそうだね?」
部屋の中に放り込まれて転びそうになるが、何とか踏みとどまる。振り返れば、私が逃げ出せないように、閉じた扉に背を預ける男。その顔に張り付いた笑みを、引き剥がしてやりたい思いに駆られる。
「…ナハトというのが、本当の名前なの?」
「まあ、そうだね」
躊躇なく返ってくる答え。
「…ソフィーに何かしたら、許さない」
「…」
先ほどのソフィーへの態度に男を牽制するが、それには、男は何も言わずに肩をすくめてみせるだけ。私の言葉など、歯牙にもかけていない。
「…私を、『巫女』を召喚したのは、あなたなの?」
口にするだけで、怒りが抑えられなくなりそうなのに、
「頼まれたんだ、ドロテアに」
「…」
男の口にした名前に、心の中が荒れ狂う。あの、女が。だけど、一体何故―?
「『巫女の間』の奥にある、『石』に触れて欲しいって」
「…あなたは、それで何が起こるか、わかっていたの?」
「いや?その時点では知らなかった。だけど、それが彼女の望みだったからね」
男は、事も無げに言う。
「…どうして、ドロテアはあなたにそんなことを頼んだの?理由は?」
「理由?そんなものが必要?」
「っ!あなた達のせいで、私はこの世界に連れてこられて、望みもしない巫女にされたのよ!元の世界に還ることも出来なくなった!」
顔色一つ変えない男が、首を傾げる。
「そう、それで?」
「!?」
「それが何か、俺にとっての不利益になるかな?大事なのは『ドロテアが望んだ』ということ。それだけで、それは俺にとって最大の使命になるんだよ」
男の言葉に、怒りで我を忘れそうになる。
―絶対に、許せない
沸騰した頭の中で、男への呪詛がぐるぐるとめぐる。
「…さて、君の質問には全部答えたかな。もう、あまり時間もないだろうしね」
そう言うと、一歩、ナハトがこちらに踏み出した。その手にはナイフが握られている。
「私を殺すつもりなの?」
「…ドロテアはね、君のことはもう忘れてる。用済みの巫女は、何の力も持たないただの女だと」
用済み?勝手に喚んだのは、あなた達だというのに―?
「俺もね、そう思ってたんだ。だから、娼館に君を捨てるだけで終わらせるつもりだった」
その言い種に、吐き気がする。
「それでも一応、監視は続けてたわけだけど。そしたら、ヴォルフだっけ?『白銀の冒険者』が君を守ろうとしている。あの男なら、君をここから救い上げてしまうかもしれない」
また一歩、ナハトが近づいた。
「だからやっぱり、君はここで殺しておくよ」
鋭い刃先がこちらに向けられる。感じるのは恐怖ではなく、憎しみと怒り。私から何もかも奪った男が、今度は、私の命まで奪おうとしている。憎悪に塗りつぶされていく思考、私は、この男を―
「…私に触れないで、死にたくなかったら」
「ふーん?殺されそうだってのに、怯えていないね?あの男に、何か護身用の古代遺物でも持たされてる?」
探る視線。だけど、こちらの言葉にナハトが警戒する様子も、引こうとする様子も見られない。
「それかな?あの男にもらったものだよね?」
ナイフが指すのは、私の髪、そこに着けている髪飾り。
「まあ、そんなもの、使わせなければいいだけの話、」
瞬間、視界から男が消えた。背後に感じる気配。避けるまもなく掴まれた髪を、痛いほど後ろに引かれ、切り落とされた。ヴォルフにもらった髪飾りが、音を立てて床に転がる。視界に映る、散って広がる黒髪に、動けなくなった。
母が触れた、髪を―
残されていた、母との思い出の縁までもが、無くなってしまった。
「ぁっ!」
茫然として、逃げることも出来なかった。剥き出しにされ、無防備になっていた首を背後から絞められる。息が、苦しい。
ああ、駄目だ。覚悟は出来ている、平気だと、思っていたのに―
感じるはずのなかった恐怖、込み上げてくるそれに、叫び出したいのに、声が出ない。
「君の質問に答えたのはね、誰かに知ってて欲しかったんだ。誰も知らない、誰にも言えない、俺の想いを」
―やめて!離して!
叫びが音にならない。飛びそうになる意識、耳元で囁く男の声が聞こえた。
「…俺のドロテアへの想いを持ったまま、逝ってよ」
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