55 / 78
第三章 堕とされた先で見つけたもの
17.
しおりを挟む
17.
―トーコを娼館に売った男が現れた
遠距離通信によるその知らせを受け取ったのは、高額報酬の護衛依頼でハイロビの街を留守にしていた時。娼館の女達の騒ぎを、トーコの周囲に張り付かせていた密偵の一人が知らせてきた。
依頼を途中放棄し、最速―移動に使える手持ちの古代遺物を全て使いきる勢い―で、トーコの元へと急ぐ。
トーコを、あの場所から解放してやりたいと思った。それに、どうしても手に入れたい古代遺物もある。そのためには資金が必要で。
だが―
それもトーコの命が失われてしまっては意味がないのだ。
「トーコ!!」
娼館の前で己の到着を待っていた女達、彼女らに教えられた部屋の扉を、掛けられた錠ごと弾き飛ばす。扉を開ける前に感じた気配は一人分。危険は承知の上で飛び込んだ室内、目にした光景に、息をついた。
部屋の隅、床の上に倒れている男の姿、その横に座り込んでいる人影。ゆっくりと、その人影へ近づいて床に膝をつく。
「…トーコ、怪我はないか?」
伏せられた顔、覗きこんだ己の声に、虚ろな視線が向けられる。目が合い、徐々に焦点が合い始め、その瞳に光が戻っていく。
「っ!?ヴォルフ!?」
叫ぶなり、トーコが座り込んだまま後ずさろうとする。
「いやぁあ!来ないで!」
必死に首を振り、全身で己を拒絶する姿に、胸が軋む。それでも、混乱している彼女をどうにか落ち着かせてやりたい。
「…トーコ、もう大丈夫だ。安心しろ」
これ以上、トーコを脅えさせないよう、なるべく感情を抑えて話しかける。気を抜けば、トーコの短くなった髪、抵抗して乱れたのであろう着衣に、トーコを襲った男への怒りが爆発しそうになる。
一呼吸し、首を振り続けるトーコに近づいた。縮こまる体に己の外套を掛け、全身を包んでやる。トーコの指が外套の前を強く掴んでかき合わせた。
―可愛そうに
震えている体を抱き締めてやりたい。もう、何も心配することなどないのだと、慰めてやりたい。だが―
「…また、間に合わなかったな、本当にすまない。怪我はしていないか?」
「…」
小さくうなずいたトーコだが、顔を上げようとはしない。
「…そうか。何があったか、話せるか?」
今度ははっきりと首を振られた。
「…待っていろ」
倒れている男に近づき、呼吸を確かめて脈をとる。死んではいないようだが、完全に意識の無い男をこのままトーコの側に置いておきたくはない。
「人を呼んでくる。トーコはどうする?」
「…部屋に、戻りたい」
「わかった」
小さく返された返事に、一先ず男のことは放っておくことにする。
ふらつくトーコに手も貸せぬまま、彼女が立ち上がり、部屋を出るのを見守った。狭い廊下を並んで歩きながら、それでも決して触れぬように、彼女の部屋へと付き添う。
途中、廊下でトーコを心配げに見つめる女達とすれ違う。その中の見知った一人、いつぞやトーコの部屋に駆け込んできた女に、部屋で倒れている男のことを告げた。うなずいた女に、男のことは任せることにする。
トーコの部屋の前、扉を開けて、そっと彼女の背を押す。なされるがまま、部屋に入ったトーコに声をかける。
「扉を閉めたら、直ぐに鍵を掛けろ」
「…ヴォルフ、ありがとう」
「いや、俺は、何も出来なかった」
不甲斐ない事実に、トーコが首を振る。
「今、側に居てくれてありがとう」
「…気にするな。今日はもう休め」
疲れているだろうと思い、そう伝えるが、トーコはまた首を横に振る。
「…さっきの男、私を拐ってここに連れてきた人、ナハトって言うの」
「あの男に襲われたんだな?トーコはあの男をどうしたい?」
「…どうしたいとかは、無い。ただ、あの人がどうなったか、容態を後で教えて欲しい」
掠れるような声で告げるトーコに、わかったと短く返事を返す。その返事で安心出来たのか、ようやくトーコが部屋の扉を閉めた。
鍵が閉まる音が鳴るのを確めたのは、己が安心したいがため。それでも、トーコの側から離れがたくはあるが、男の様子を確認しておく必要がある。トーコは不要だと言ったが、場合によっては何らかの対処も。
彼女の安全のため―己に言い聞かせて―トーコの部屋を後にした。
―トーコを娼館に売った男が現れた
遠距離通信によるその知らせを受け取ったのは、高額報酬の護衛依頼でハイロビの街を留守にしていた時。娼館の女達の騒ぎを、トーコの周囲に張り付かせていた密偵の一人が知らせてきた。
依頼を途中放棄し、最速―移動に使える手持ちの古代遺物を全て使いきる勢い―で、トーコの元へと急ぐ。
トーコを、あの場所から解放してやりたいと思った。それに、どうしても手に入れたい古代遺物もある。そのためには資金が必要で。
だが―
それもトーコの命が失われてしまっては意味がないのだ。
「トーコ!!」
娼館の前で己の到着を待っていた女達、彼女らに教えられた部屋の扉を、掛けられた錠ごと弾き飛ばす。扉を開ける前に感じた気配は一人分。危険は承知の上で飛び込んだ室内、目にした光景に、息をついた。
部屋の隅、床の上に倒れている男の姿、その横に座り込んでいる人影。ゆっくりと、その人影へ近づいて床に膝をつく。
「…トーコ、怪我はないか?」
伏せられた顔、覗きこんだ己の声に、虚ろな視線が向けられる。目が合い、徐々に焦点が合い始め、その瞳に光が戻っていく。
「っ!?ヴォルフ!?」
叫ぶなり、トーコが座り込んだまま後ずさろうとする。
「いやぁあ!来ないで!」
必死に首を振り、全身で己を拒絶する姿に、胸が軋む。それでも、混乱している彼女をどうにか落ち着かせてやりたい。
「…トーコ、もう大丈夫だ。安心しろ」
これ以上、トーコを脅えさせないよう、なるべく感情を抑えて話しかける。気を抜けば、トーコの短くなった髪、抵抗して乱れたのであろう着衣に、トーコを襲った男への怒りが爆発しそうになる。
一呼吸し、首を振り続けるトーコに近づいた。縮こまる体に己の外套を掛け、全身を包んでやる。トーコの指が外套の前を強く掴んでかき合わせた。
―可愛そうに
震えている体を抱き締めてやりたい。もう、何も心配することなどないのだと、慰めてやりたい。だが―
「…また、間に合わなかったな、本当にすまない。怪我はしていないか?」
「…」
小さくうなずいたトーコだが、顔を上げようとはしない。
「…そうか。何があったか、話せるか?」
今度ははっきりと首を振られた。
「…待っていろ」
倒れている男に近づき、呼吸を確かめて脈をとる。死んではいないようだが、完全に意識の無い男をこのままトーコの側に置いておきたくはない。
「人を呼んでくる。トーコはどうする?」
「…部屋に、戻りたい」
「わかった」
小さく返された返事に、一先ず男のことは放っておくことにする。
ふらつくトーコに手も貸せぬまま、彼女が立ち上がり、部屋を出るのを見守った。狭い廊下を並んで歩きながら、それでも決して触れぬように、彼女の部屋へと付き添う。
途中、廊下でトーコを心配げに見つめる女達とすれ違う。その中の見知った一人、いつぞやトーコの部屋に駆け込んできた女に、部屋で倒れている男のことを告げた。うなずいた女に、男のことは任せることにする。
トーコの部屋の前、扉を開けて、そっと彼女の背を押す。なされるがまま、部屋に入ったトーコに声をかける。
「扉を閉めたら、直ぐに鍵を掛けろ」
「…ヴォルフ、ありがとう」
「いや、俺は、何も出来なかった」
不甲斐ない事実に、トーコが首を振る。
「今、側に居てくれてありがとう」
「…気にするな。今日はもう休め」
疲れているだろうと思い、そう伝えるが、トーコはまた首を横に振る。
「…さっきの男、私を拐ってここに連れてきた人、ナハトって言うの」
「あの男に襲われたんだな?トーコはあの男をどうしたい?」
「…どうしたいとかは、無い。ただ、あの人がどうなったか、容態を後で教えて欲しい」
掠れるような声で告げるトーコに、わかったと短く返事を返す。その返事で安心出来たのか、ようやくトーコが部屋の扉を閉めた。
鍵が閉まる音が鳴るのを確めたのは、己が安心したいがため。それでも、トーコの側から離れがたくはあるが、男の様子を確認しておく必要がある。トーコは不要だと言ったが、場合によっては何らかの対処も。
彼女の安全のため―己に言い聞かせて―トーコの部屋を後にした。
14
お気に入りに追加
710
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】一番腹黒いのはだあれ?
やまぐちこはる
恋愛
■□■
貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。
三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。
しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。
ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。
王子様と過ごした90日間。
秋野 林檎
恋愛
男しか爵位を受け継げないために、侯爵令嬢のロザリーは、男と女の双子ということにして、一人二役をやってどうにか侯爵家を守っていた。18歳になり、騎士団に入隊しなければならなくなった時、憧れていた第二王子付きに任命されたが、だが第二王子は90日後・・隣国の王女と結婚する。
女として、密かに王子に恋をし…。男として、体を張って王子を守るロザリー。
そんなロザリーに王子は惹かれて行くが…
本篇、番外編(結婚までの7日間 Lucian & Rosalie)完結です。
お城のお針子~キラふわな仕事だと思ってたのになんか違った!~
おきょう
恋愛
突然の婚約破棄をされてから一年半。元婚約者はもう結婚し、子供まで出来たというのに、エリーはまだ立ち直れずにモヤモヤとした日々を過ごしていた。
そんなエリーの元に降ってきたのは、城からの針子としての就職案内。この鬱々とした毎日から離れられるならと行くことに決めたが、待っていたのは兵が破いた訓練着の修繕の仕事だった。
「可愛いドレスが作りたかったのに!」とがっかりしつつ、エリーは汗臭く泥臭い訓練着を一心不乱に縫いまくる。
いつかキラキラふわふわなドレスを作れることを夢見つつ。
※他サイトに掲載していたものの改稿版になります。
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした
果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。
そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、
あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。
じゃあ、気楽にいきますか。
*『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。
破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました
平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。
王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。
ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。
しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。
ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる