34 / 78
第二章 巫女という名の監禁生活
19.
しおりを挟む
19.
いつものご機嫌うかがい、部屋を訪れたハイリヒの笑顔が、常よりずっと深い。
「巫女様!フリッツ殿より婚姻の申し込みがあったとおうかがい致しました。歴代巫女様も、いずれかの守護者と結ばれていらっしゃいますから、これは大層喜ばしいことでございますね」
「…」
ハイリヒの喜びように、嫌な予感がする。彼の中では、私とフリッツの結婚が決定事項で、私がそれを進んで受け入れることになっていそうだ。
「結婚なんてしないから」
「…巫女様?」
「…」
問いかけを無視すれば、ハイリヒの顔に貼り付いていた笑顔が崩れ落ちた。酷薄とも言えるほど怜悧な眼差しが、私の背後に向けられる。
「まさか、お断りするおつもりでしょうか?理由をおうかがいしても?」
私への問いかけでありながら、ハイリヒの視線はずっと私の後方、ヴォルフへと向けられたまま。
「っ、フリッツが好きじゃないから。結婚なんてしない」
「…左様でございますか。では、フリッツ殿の他に、巫女様の御心をとらえた不埒者でもいるのでしょうか?もしやとは思いますが、」
薄く笑んでいるはずの視線が恐い。突き刺さる視線の先に居るはずのヴォルフ。だけど、振り向けない。振り向いて確かめたら、きっとハイリヒはヴォルフを排除しようとする。男の態度に、ヴォルフの命さえも危険に晒されてしまいそうなほどの危うさを感じた。
「…巫女様、お心に留め置いて頂きたいのですが、」
「…」
向けられたハイリヒの視線。正面から受け止めたそこには、静かな狂気が宿る。
「…その想いは許されません。あなたは、貴き巫女様であらせられる。フリッツ殿を選ばれぬとおっしゃるのなら、」
「っ!?」
「…ヴォルフ、下がっていろ」
突如目の前に立ち塞がった背に、また庇われた。ハイリヒの視線にいすくめられて硬直していた体の強張りが、それだけで解けていく。
「下がれ。命が聞けぬと言うなら、護衛騎士の任を解く」
「…」
ハイリヒの脅しに、それでもヴォルフの背が揺らぐことはない。このまま、彼が護衛騎士でなくなれば、私の中の巫女の力は弱まるかもしれない。それは、私が望んでいることではあるけれど。
「…ヴォルフ、大丈夫だから。下がってて」
結局―
彼が離れていくのは嫌だと思う、弱い心に負けた。ずっとは一緒に居られなくても、未だ、今だけは、側に居て欲しくて。
「…」
振り向いたヴォルフに見下ろされた。その瞳が、こちらを気遣ってくれているように見える。それに小さくうなずけば、ヴォルフが身を引いて下がる。控えるのは、いつもの場所ではなくて、座った私の隣、直立して側に立つ彼の姿を視界の端でとらえた。
―守ろうと、してくれてる
込み上げるものに、唇をきつく噛んだ。
「…巫女様、神殿は全力で巫女様をお守り致します。巫女様を害する全てのものから。万が一、巫女様ご自身が、御身を危うくされると判断した場合には、巫女様ご自身からも」
「っ!」
「そうですね。巫女様がフリッツ殿を選ばれぬのなら、いっそのこと、ずっとこのまま神殿に―」
ハイリヒの瞳に灯る薄暗い炎。初めてそこに、男の情欲のようなものを感じて、身体中が総毛立つ。
「…フリッツ殿へ降嫁なさるか、神殿に留まられるか、巫女様の御心のままに。…私としましては、巫女様に生涯をかけてお仕えする覚悟にございます」
粘度を増した視線、恐怖に震えそうになる両手をきつく握り込む。低く、頭を垂れて部屋を辞したハイリヒの言葉が、グルグルと頭を巡る。
―恐い、神殿に居続けるのは
最後に見せたハイリヒの視線。その意味するところを考えて、吐き気が込み上げる。
―嫌だ
恐い、逃げ出したい。神殿に居る限り、ハイリヒを避け続けることは難しい。ここでは、何もかもが彼の意のままだから。
今までは、巫女としての存在を優先されているのか、彼から何かを感じたり、されたりしたことがなかった。だけど、一度感じてしまった恐怖は、もう無かったことには出来ない。
巫女としての役目が終わってしまえば。いや、例え役目が終わっていなくても―
今すぐ逃げたしたい恐怖。身体中に広がる震えに、自分の体を強く抱き締めた。
いつものご機嫌うかがい、部屋を訪れたハイリヒの笑顔が、常よりずっと深い。
「巫女様!フリッツ殿より婚姻の申し込みがあったとおうかがい致しました。歴代巫女様も、いずれかの守護者と結ばれていらっしゃいますから、これは大層喜ばしいことでございますね」
「…」
ハイリヒの喜びように、嫌な予感がする。彼の中では、私とフリッツの結婚が決定事項で、私がそれを進んで受け入れることになっていそうだ。
「結婚なんてしないから」
「…巫女様?」
「…」
問いかけを無視すれば、ハイリヒの顔に貼り付いていた笑顔が崩れ落ちた。酷薄とも言えるほど怜悧な眼差しが、私の背後に向けられる。
「まさか、お断りするおつもりでしょうか?理由をおうかがいしても?」
私への問いかけでありながら、ハイリヒの視線はずっと私の後方、ヴォルフへと向けられたまま。
「っ、フリッツが好きじゃないから。結婚なんてしない」
「…左様でございますか。では、フリッツ殿の他に、巫女様の御心をとらえた不埒者でもいるのでしょうか?もしやとは思いますが、」
薄く笑んでいるはずの視線が恐い。突き刺さる視線の先に居るはずのヴォルフ。だけど、振り向けない。振り向いて確かめたら、きっとハイリヒはヴォルフを排除しようとする。男の態度に、ヴォルフの命さえも危険に晒されてしまいそうなほどの危うさを感じた。
「…巫女様、お心に留め置いて頂きたいのですが、」
「…」
向けられたハイリヒの視線。正面から受け止めたそこには、静かな狂気が宿る。
「…その想いは許されません。あなたは、貴き巫女様であらせられる。フリッツ殿を選ばれぬとおっしゃるのなら、」
「っ!?」
「…ヴォルフ、下がっていろ」
突如目の前に立ち塞がった背に、また庇われた。ハイリヒの視線にいすくめられて硬直していた体の強張りが、それだけで解けていく。
「下がれ。命が聞けぬと言うなら、護衛騎士の任を解く」
「…」
ハイリヒの脅しに、それでもヴォルフの背が揺らぐことはない。このまま、彼が護衛騎士でなくなれば、私の中の巫女の力は弱まるかもしれない。それは、私が望んでいることではあるけれど。
「…ヴォルフ、大丈夫だから。下がってて」
結局―
彼が離れていくのは嫌だと思う、弱い心に負けた。ずっとは一緒に居られなくても、未だ、今だけは、側に居て欲しくて。
「…」
振り向いたヴォルフに見下ろされた。その瞳が、こちらを気遣ってくれているように見える。それに小さくうなずけば、ヴォルフが身を引いて下がる。控えるのは、いつもの場所ではなくて、座った私の隣、直立して側に立つ彼の姿を視界の端でとらえた。
―守ろうと、してくれてる
込み上げるものに、唇をきつく噛んだ。
「…巫女様、神殿は全力で巫女様をお守り致します。巫女様を害する全てのものから。万が一、巫女様ご自身が、御身を危うくされると判断した場合には、巫女様ご自身からも」
「っ!」
「そうですね。巫女様がフリッツ殿を選ばれぬのなら、いっそのこと、ずっとこのまま神殿に―」
ハイリヒの瞳に灯る薄暗い炎。初めてそこに、男の情欲のようなものを感じて、身体中が総毛立つ。
「…フリッツ殿へ降嫁なさるか、神殿に留まられるか、巫女様の御心のままに。…私としましては、巫女様に生涯をかけてお仕えする覚悟にございます」
粘度を増した視線、恐怖に震えそうになる両手をきつく握り込む。低く、頭を垂れて部屋を辞したハイリヒの言葉が、グルグルと頭を巡る。
―恐い、神殿に居続けるのは
最後に見せたハイリヒの視線。その意味するところを考えて、吐き気が込み上げる。
―嫌だ
恐い、逃げ出したい。神殿に居る限り、ハイリヒを避け続けることは難しい。ここでは、何もかもが彼の意のままだから。
今までは、巫女としての存在を優先されているのか、彼から何かを感じたり、されたりしたことがなかった。だけど、一度感じてしまった恐怖は、もう無かったことには出来ない。
巫女としての役目が終わってしまえば。いや、例え役目が終わっていなくても―
今すぐ逃げたしたい恐怖。身体中に広がる震えに、自分の体を強く抱き締めた。
15
お気に入りに追加
710
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】一番腹黒いのはだあれ?
やまぐちこはる
恋愛
■□■
貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。
三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。
しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。
ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。
破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました
平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。
王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。
ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。
しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。
ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
クラスの双子と家族になりました。~俺のタメにハーレム作るとか言ってるんだがどうすればいい?~
いーじーしっくす
恋愛
ハーレムなんて物語の中の事。自分なんかには関係ないと思っていた──。
橋本悠聖は普通のちょっとポジティブな陰キャ。彼女は欲しいけど自ら動くことはなかった。だがある日、一人の美少女からの告白で今まで自分が想定した人生とは大きくかわっていく事になった。 悠聖に告白してきた美少女である【中村雪花】。彼女がした告白は嘘のもので、父親の再婚を止めるために付き合っているフリをしているだけの約束…の、はずだった。だが、だんだん彼に心惹かれて付き合ってるフリだけじゃ我慢できなくなっていく。
互いに近づく二人の心の距離。更には過去に接点のあった雪花の双子の姉である【中村紗雪】の急接近。冷たかったハズの実の妹の【奈々】の危険な誘惑。幼い頃に結婚の約束をした従姉妹でもある【睦月】も強引に迫り、デパートで助けた銀髪の少女【エレナ】までもが好意を示し始める。
そんな彼女達の歪んだ共通点はただ1つ。
手段を問わず彼を幸せにすること。
その為だけに彼女達は周りの事など気にせずに自分の全てをかけてぶつかっていく!
選べなければ全員受け入れちゃえばいいじゃない!
真のハーレムストーリー開幕!
この作品はカクヨム等でも公開しております。
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
お城のお針子~キラふわな仕事だと思ってたのになんか違った!~
おきょう
恋愛
突然の婚約破棄をされてから一年半。元婚約者はもう結婚し、子供まで出来たというのに、エリーはまだ立ち直れずにモヤモヤとした日々を過ごしていた。
そんなエリーの元に降ってきたのは、城からの針子としての就職案内。この鬱々とした毎日から離れられるならと行くことに決めたが、待っていたのは兵が破いた訓練着の修繕の仕事だった。
「可愛いドレスが作りたかったのに!」とがっかりしつつ、エリーは汗臭く泥臭い訓練着を一心不乱に縫いまくる。
いつかキラキラふわふわなドレスを作れることを夢見つつ。
※他サイトに掲載していたものの改稿版になります。
【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜
まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。
【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。
三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。
目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。
私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。
ムーンライトノベルズにも投稿しています。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる