召喚巫女の憂鬱

リコピン

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第二章 巫女という名の監禁生活

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19.

いつものご機嫌うかがい、部屋を訪れたハイリヒの笑顔が、常よりずっと深い。

「巫女様!フリッツ殿より婚姻の申し込みがあったとおうかがい致しました。歴代巫女様も、いずれかの守護者と結ばれていらっしゃいますから、これは大層喜ばしいことでございますね」

「…」

ハイリヒの喜びように、嫌な予感がする。彼の中では、私とフリッツの結婚が決定事項で、私がそれを進んで受け入れることになっていそうだ。

「結婚なんてしないから」

「…巫女様?」

「…」

問いかけを無視すれば、ハイリヒの顔に貼り付いていた笑顔が崩れ落ちた。酷薄とも言えるほど怜悧な眼差しが、私の背後に向けられる。

「まさか、お断りするおつもりでしょうか?理由をおうかがいしても?」

私への問いかけでありながら、ハイリヒの視線はずっと私の後方、ヴォルフへと向けられたまま。

「っ、フリッツが好きじゃないから。結婚なんてしない」

「…左様でございますか。では、フリッツ殿の他に、巫女様の御心をとらえた不埒者でもいるのでしょうか?もしやとは思いますが、」

薄く笑んでいるはずの視線が恐い。突き刺さる視線の先に居るはずのヴォルフ。だけど、振り向けない。振り向いて確かめたら、きっとハイリヒはヴォルフを排除しようとする。男の態度に、ヴォルフの命さえも危険に晒されてしまいそうなほどの危うさを感じた。

「…巫女様、お心に留め置いて頂きたいのですが、」

「…」

向けられたハイリヒの視線。正面から受け止めたそこには、静かな狂気が宿る。

「…その想いは許されません。あなたは、貴き巫女様であらせられる。フリッツ殿を選ばれぬとおっしゃるのなら、」

「っ!?」

「…ヴォルフ、下がっていろ」

突如目の前に立ち塞がった背に、また庇われた。ハイリヒの視線にいすくめられて硬直していた体の強張りが、それだけで解けていく。

「下がれ。命が聞けぬと言うなら、護衛騎士の任を解く」

「…」

ハイリヒの脅しに、それでもヴォルフの背が揺らぐことはない。このまま、彼が護衛騎士でなくなれば、私の中の巫女の力は弱まるかもしれない。それは、私が望んでいることではあるけれど。

「…ヴォルフ、大丈夫だから。下がってて」

結局―

彼が離れていくのは嫌だと思う、弱い心に負けた。ずっとは一緒に居られなくても、未だ、今だけは、側に居て欲しくて。

「…」

振り向いたヴォルフに見下ろされた。その瞳が、こちらを気遣ってくれているように見える。それに小さくうなずけば、ヴォルフが身を引いて下がる。控えるのは、いつもの場所ではなくて、座った私の隣、直立して側に立つ彼の姿を視界の端でとらえた。

―守ろうと、してくれてる

込み上げるものに、唇をきつく噛んだ。

「…巫女様、神殿は全力で巫女様をお守り致します。巫女様を害する全てのものから。万が一、巫女様ご自身が、御身を危うくされると判断した場合には、巫女様ご自身からも」

「っ!」

「そうですね。巫女様がフリッツ殿を選ばれぬのなら、いっそのこと、ずっとこのまま神殿ここに―」

ハイリヒの瞳に灯る薄暗い炎。初めてそこに、男の情欲のようなものを感じて、身体中が総毛立つ。

「…フリッツ殿へ降嫁なさるか、神殿に留まられるか、巫女様の御心のままに。…私としましては、巫女様に生涯をかけてお仕えする覚悟にございます」

粘度を増した視線、恐怖に震えそうになる両手をきつく握り込む。低く、頭を垂れて部屋を辞したハイリヒの言葉が、グルグルと頭を巡る。

―恐い、神殿に居続けるのは

最後に見せたハイリヒの視線。その意味するところを考えて、吐き気が込み上げる。

―嫌だ

恐い、逃げ出したい。神殿に居る限り、ハイリヒを避け続けることは難しい。ここでは、何もかもが彼の意のままだから。

今までは、巫女としての存在を優先されているのか、彼から何かを感じたり、されたりしたことがなかった。だけど、一度感じてしまった恐怖は、もう無かったことには出来ない。

巫女としての役目が終わってしまえば。いや、例え役目が終わっていなくても―

今すぐ逃げたしたい恐怖。身体中に広がる震えに、自分の体を強く抱き締めた。




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