召喚巫女の憂鬱

リコピン

文字の大きさ
上 下
12 / 78
第一章 突然始まった非現実

11.

しおりを挟む
11.

無事にトーコの装束を預け終え、工房を後にする。持ち込んだ衣装はやはり珍しいものらしく、工房の主人には「どこで手に入れたのだ」と興奮ぎみに問い詰められてしまった。古代遺跡に潜った際に手に入れたと言えば、納得はしていたが、トーコの存在は伏せておいたままがいいだろう。

自分達とは顔立ちが異なるトーコは、街中にあっても人目をひくことが多い。己が傍に居るため、彼女に声をかけたり、深く関わってくる者は居ないが。彼女が身内から逃げている可能性を考えて、なるべく人との接触は避けておきたい。

いや、本当は―

トーコを他の人間に関わらせないようにしているのは、単に己自身の感情の問題だ。トーコの身の安全を考えていることも、全くの嘘ではないが。

彼女を保護した森からここまではかなりの距離がある。当初より彼女が捕まる可能性は格段に低くなっている。それでも、他人を近づかせたくないのは、トーコがその誰かを受け入れてしまったら。もっと悪く、その相手についていくと言い出したら。

出会って間もないはずのトーコが傍に居る心地よさ。仕事を終え、彼女の元に戻る。それを笑って迎え入れてくれるトーコ。意味までは理解できずとも、嬉しそうに『ありがとう』と言うトーコの明るい声。ずっと、泣きそうな顔をしていた彼女の顔に浮かぶその表情がもっと見たくて、何かをしてやりたいと、つい願ってしまう。装束を修復に出したのも同じ。

ずっと、物心つく頃には一人で旅を続けながら世界中を巡ってきた。瘴気に覆われ滅び行くこの世界で、病に人が絶え、魔獣が蔓延る辺境の村や町をいくつも見てきた。いつかは、己もそれに体を蝕まれ朽ちていく、それだけの生なのだと思っていたのだが。

浮かんだ顔に、口元が緩む。

突然、己の前に現れた存在、トーコが、日常を変えた。誰かを気遣い、何かをしてやれることにこれ程の楽しみを見いだすとは思いもしなかった。傍に居てくれる存在に、これ程、心満たされるとも。

だから、彼女がどう思っているのかはわからないまま。出来る限り長く、彼女と共に居ることを願ってしまっている。その気持ちが、彼女に近づこうとする者を遠ざける狭量に繋がっているのだが。

ギルドでいくつか仕事を受けた後、宿への道を急いだ。市場に寄って帰りたいが、工房に寄ったせいで時間がかかってしまっている。早足で宿へと帰り、出迎えた宿の主人の蒼白な顔を見て、嫌な予感がした。階段を駆け上がり、廊下を走り抜けてたどり着いた部屋、開いたままの扉の奥には、誰の気配も無い。部屋を見渡して、トーコの姿が無いことを確認し、後ろからついてきていた主人を問い詰める。

「彼女はどこだ!?」

血の気の無い顔、大量の汗をかきながらも、首を振るだけで答えない主人に、嫌な予感は膨らむ。

「…何があった?」

それでも、答えない男に頭が冷えていく。

突然、姿を消したトーコ。扉の惨状からも、連れ去られたのは間違いないだろう。そして、目の前の男の、この反応。ただの人さらいという話ではない。一体、誰がトーコを?彼女を、どこに連れ去った―




しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【男装歴10年】異世界で冒険者パーティやってみた【好きな人がいます】

リコピン
ファンタジー
前世の兄と共に異世界転生したセリナ。子どもの頃に親を失い、兄のシオンと二人で生きていくため、セリナは男装し「セリ」と名乗るように。それから十年、セリとシオンは、仲間を集め冒険者パーティを組んでいた。 これは、異世界転生した女の子がお仕事頑張ったり、恋をして性別カミングアウトのタイミングにモダモダしたりしながら過ごす、ありふれた毎日のお話。 ※日常ほのぼの?系のお話を目指しています。 ※同性愛表現があります。

処理中です...