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第一章 突然始まった非現実
12.
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12.
ぼんやりと、意識が覚醒し始める。
「…巫女様、お気付きですか?」
すぐ側で、男の人の優しい声がする。でも、これは、
―ヴォルフじゃない
『っ!?』
「巫女様?」
跳ね起きて、周囲を見回す。目の前には、自分をさらった男の姿。寝かされているのは、豪華なベッドの上。部屋の出入口、ドアの前と窓辺にも、白い服を身にまとった女の人達が並んでいる。
「巫女様、どうか落ち着かれて下さい。手荒な真似をしてしまいましたが、私達はあなた様に害を加えるつもりはございません」
にっこりと笑う目の前の男が、手を差し出す。それから反射的に遠ざかって、ベッドの端に寄った。
「ふふっ。本当に困りますね。言葉が通じないと言うのは。『巫女の間』にお入りいただければ、それも解消されるのですが」
『…』
男が、女の人に合図を送った。女の人が開いた扉から、宿にも押し掛けてきた、あの兵士達が入ってくる。
「申し訳ありません、巫女様。あなたを傷つけないためですので、どうか大人しく私達についてきていただきたい」
『…』
どこかに連れていかれるのだろう。また、拘束されて運ばれるのは嫌だ。もう一度差し出された手を―だけど、絶対にとりたくはなかったから―無視して、一人でベッドを下りる。苦笑した男が、先頭に立って歩き出した。ついてこい、と言うことなのだろう。直ぐに周囲を兵士たちに囲まれて、逃げることも出来ない。大人しく、男の後に従った。
真っ白な廊下をしばらく進んで、男が一つの扉の前で立ち止まった。大きくはないが、立派な装飾が施された扉。左右には、周囲を取り囲んでいる男達と同じ格好の兵士が、扉を守るように立っている。
「巫女様。ここより先、私どもは、召喚の儀以外での立ち入りを禁じられております。『巫女の間』に入ることが許されるのは巫女様だけ。私はここでお待ちしておりますので、どうか、お一人でお入りください」
何かを言った男に背中を押されて、入室を促される。触れられたことにゾッとして、その手を振り払った。
「申し訳ありません」
『…』
また、苦笑する男。今度は、手で部屋の中を示されるが、何があるのかもわからない場所に入りたくはない。抵抗すれば、今度は背後から兵士たちに肩を掴まれた。
「…仕方ありません。これも巫女様のためですから。巫女様を部屋へ」
『っ!?』
男の言葉に、左右の肩を掴む兵士たちの手に力が入り、痛みが走る。そのまま、部屋へと押し込まれた。抵抗するが、男二人の力にかなうはずもなく、足が入口を越える。
『キャア!?』
最後に力いっぱい押されて、部屋へと倒れこんだ。両手を床について、慌てて振り返ったけれど、扉は既に閉じられた後。今度は、何もない真っ白な空間を急いで見回す。円形のホール、その中心の床には何かが描かれている。奥の方に扉が一つあるけれど、それ以外は何もない。人の姿も。
『っ開けて!出してよ!』
閉じられた扉を何度も叩くけれど、返る返事はない。完全に閉じ込められたのだ。彼らが何をしたいのかがわからない。奥のあの扉の向こうに、誰か、何かがあるのだろうか。身構えるが、何も現れる気配はない。動けずに扉の前で立ち尽くしていると、徐々に部屋が変化していることに気づいた。
―部屋が、明るくなっている?
元から明るかった部屋が、だんだん眩しくなってきている気がする。ハッとして、天井を、その明るさの元を探して見上げた。そこに有ったのは、光輝くガラス玉みたいな何か。サッカーボールくらいの大きさがありそうなそれが、ゆっくりと天井から降りてきている。それに合わせて、光がますます眩しくなっていく。
とうとう、目線の高さまで降りてきたガラス玉が、光を爆発させた。堪らずに目をつぶって背を向けるけれど、光と共に突如として頭の中に流れ込んで来るたくさんの映像、感情、知識。無理矢理、拒絶することも出来ずに送り込まれる情報の波に、頭が痛くなる。気分が悪くなって、立っていられずに床に倒れこんだ。
頭が割れる。
途切れることの無い情報。動かせない体。何も出来ずに床に転がったまま、ひたすらに耐えた。この苦痛が少しでも早く終わることを祈って―
どのくらい、そうしていたのだろう。いつの間にか流れ込む情報は絶え、ガラス玉、『巫女の宝珠』と呼ばれるそれが光を失っていることに気づく。それでも、床に伏したまま、立ち上がれない。先ほどまでの、大量の情報を流し込まれた苦痛よりも、今はその情報から知ってしまった事実に打ちのめされていた。
なぜ、こんな世界に来たのか、わからなかった。
―世界の瘴気を祓う巫女として
知ってしまった知識が、そう答える。
どうやったら、帰れるのか。その方法を探そうと思っていたのに。
―帰り道を失った。帰れない
何で、何で私が!?
それに返る知識はない。なぜ、私だったのか。なぜ、私が呼ばれてしまったのか。
こんな世界、私は知らない。私には、私の世界があった―
お母さん!お姉ちゃん!二人に会いたい!帰りたいよ!
悲しくて、つらくて涙が溢れる。
―汝、世界を愛せよ
頭に響く声。巫女が巫女たるための要素。
―汝、世界を愛せよ
「うるさい!!」
何を、誰が愛せるというのか!私から、大切なものを奪った、この世界を!絶対に、愛することなど出来ない!愛さない!
膨らむ感情は明確な憎悪。これほど誰かを、何かを憎んだことなんて無かった。だけど、この世界だけは、許せない。
私を喚んだこんな世界など、
―滅びてしまえばいい
ぼんやりと、意識が覚醒し始める。
「…巫女様、お気付きですか?」
すぐ側で、男の人の優しい声がする。でも、これは、
―ヴォルフじゃない
『っ!?』
「巫女様?」
跳ね起きて、周囲を見回す。目の前には、自分をさらった男の姿。寝かされているのは、豪華なベッドの上。部屋の出入口、ドアの前と窓辺にも、白い服を身にまとった女の人達が並んでいる。
「巫女様、どうか落ち着かれて下さい。手荒な真似をしてしまいましたが、私達はあなた様に害を加えるつもりはございません」
にっこりと笑う目の前の男が、手を差し出す。それから反射的に遠ざかって、ベッドの端に寄った。
「ふふっ。本当に困りますね。言葉が通じないと言うのは。『巫女の間』にお入りいただければ、それも解消されるのですが」
『…』
男が、女の人に合図を送った。女の人が開いた扉から、宿にも押し掛けてきた、あの兵士達が入ってくる。
「申し訳ありません、巫女様。あなたを傷つけないためですので、どうか大人しく私達についてきていただきたい」
『…』
どこかに連れていかれるのだろう。また、拘束されて運ばれるのは嫌だ。もう一度差し出された手を―だけど、絶対にとりたくはなかったから―無視して、一人でベッドを下りる。苦笑した男が、先頭に立って歩き出した。ついてこい、と言うことなのだろう。直ぐに周囲を兵士たちに囲まれて、逃げることも出来ない。大人しく、男の後に従った。
真っ白な廊下をしばらく進んで、男が一つの扉の前で立ち止まった。大きくはないが、立派な装飾が施された扉。左右には、周囲を取り囲んでいる男達と同じ格好の兵士が、扉を守るように立っている。
「巫女様。ここより先、私どもは、召喚の儀以外での立ち入りを禁じられております。『巫女の間』に入ることが許されるのは巫女様だけ。私はここでお待ちしておりますので、どうか、お一人でお入りください」
何かを言った男に背中を押されて、入室を促される。触れられたことにゾッとして、その手を振り払った。
「申し訳ありません」
『…』
また、苦笑する男。今度は、手で部屋の中を示されるが、何があるのかもわからない場所に入りたくはない。抵抗すれば、今度は背後から兵士たちに肩を掴まれた。
「…仕方ありません。これも巫女様のためですから。巫女様を部屋へ」
『っ!?』
男の言葉に、左右の肩を掴む兵士たちの手に力が入り、痛みが走る。そのまま、部屋へと押し込まれた。抵抗するが、男二人の力にかなうはずもなく、足が入口を越える。
『キャア!?』
最後に力いっぱい押されて、部屋へと倒れこんだ。両手を床について、慌てて振り返ったけれど、扉は既に閉じられた後。今度は、何もない真っ白な空間を急いで見回す。円形のホール、その中心の床には何かが描かれている。奥の方に扉が一つあるけれど、それ以外は何もない。人の姿も。
『っ開けて!出してよ!』
閉じられた扉を何度も叩くけれど、返る返事はない。完全に閉じ込められたのだ。彼らが何をしたいのかがわからない。奥のあの扉の向こうに、誰か、何かがあるのだろうか。身構えるが、何も現れる気配はない。動けずに扉の前で立ち尽くしていると、徐々に部屋が変化していることに気づいた。
―部屋が、明るくなっている?
元から明るかった部屋が、だんだん眩しくなってきている気がする。ハッとして、天井を、その明るさの元を探して見上げた。そこに有ったのは、光輝くガラス玉みたいな何か。サッカーボールくらいの大きさがありそうなそれが、ゆっくりと天井から降りてきている。それに合わせて、光がますます眩しくなっていく。
とうとう、目線の高さまで降りてきたガラス玉が、光を爆発させた。堪らずに目をつぶって背を向けるけれど、光と共に突如として頭の中に流れ込んで来るたくさんの映像、感情、知識。無理矢理、拒絶することも出来ずに送り込まれる情報の波に、頭が痛くなる。気分が悪くなって、立っていられずに床に倒れこんだ。
頭が割れる。
途切れることの無い情報。動かせない体。何も出来ずに床に転がったまま、ひたすらに耐えた。この苦痛が少しでも早く終わることを祈って―
どのくらい、そうしていたのだろう。いつの間にか流れ込む情報は絶え、ガラス玉、『巫女の宝珠』と呼ばれるそれが光を失っていることに気づく。それでも、床に伏したまま、立ち上がれない。先ほどまでの、大量の情報を流し込まれた苦痛よりも、今はその情報から知ってしまった事実に打ちのめされていた。
なぜ、こんな世界に来たのか、わからなかった。
―世界の瘴気を祓う巫女として
知ってしまった知識が、そう答える。
どうやったら、帰れるのか。その方法を探そうと思っていたのに。
―帰り道を失った。帰れない
何で、何で私が!?
それに返る知識はない。なぜ、私だったのか。なぜ、私が呼ばれてしまったのか。
こんな世界、私は知らない。私には、私の世界があった―
お母さん!お姉ちゃん!二人に会いたい!帰りたいよ!
悲しくて、つらくて涙が溢れる。
―汝、世界を愛せよ
頭に響く声。巫女が巫女たるための要素。
―汝、世界を愛せよ
「うるさい!!」
何を、誰が愛せるというのか!私から、大切なものを奪った、この世界を!絶対に、愛することなど出来ない!愛さない!
膨らむ感情は明確な憎悪。これほど誰かを、何かを憎んだことなんて無かった。だけど、この世界だけは、許せない。
私を喚んだこんな世界など、
―滅びてしまえばいい
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