辺境の娘 英雄の娘

リコピン

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第三章(最終章)

7-5.

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7-5.

広くは無い山道を、一列に馬を並べて下る。結局、コルネルトの馬の後ろ、サリアリアを乗せたマクライド達の馬も続いていた。

手綱を握らされた己の手の上から、ラギアスの硬い掌が包み込むように重ねられている。彼との接触で、確実に楽になっていく身体。目を閉じ、息を吐いて、こもる熱を逃がす。

重なる手に力が入り、頭上からはラギアスの声。

「…服脱がせて抱いときてぇ」

「さすがに馬上でそれは遠慮したいな」

降ってきた声音の真剣さに、知らず笑いがこぼれる。

「冗談じゃねえんだよ。ったく、無理すんなっつっただろーが」

「怪我をするなとは言われたな。怪我は、してないだろ?」

「弱ってりゃ意味ねぇ」





山道を抜け、広い街道へと戻ってきたところで、付かず離れずだった背後の蹄の音が近づいてくる。ディノールがラギアスの隣に馬を並べた。

「あのさぁ。皆、何事も無いように流しちゃってるから僕が聞くけど」

ディノールの視線が、ラギアスに抱き込まれている己をのぞく。

「さっきの君のあれって、何?素手で魔人ボコボコにするって…何なの?あの身体能力」

「…何でもいいだろ」

己の代わり、不機嫌を隠さずにラギアスが応える。

「良くないよ!ていうか、ラギアスには聞いてないから!」

「うっせぇ」

「…身体強化、ですか?」

ディノールとは反対側に馬を寄せたクレストが核心をつく。探る視線を感じるが、これについては、特に隠すつもりはない。

「…そうだ」

「冗談でしょ!?」

肯定したというのに、ディノールがそれを否定する。

「無理でしょ!不可能だよ!どんだけ正確な魔力操作が出来るって言うのさ!しかも、四半刻近く?あー!計っとけば良かった!どんだけ魔力消費し続けてたと思うの!?」

「…慣れだ」

「そういう問題!?」

国家魔術師であるディノールの魔術に関する知識は深い。その知識に外れる部分も確かにあるが、

「…そういう問題だな。操作の練度をあげ、消費効率を向上させた」

これも嘘ではない。己の場合、魔力操作自体は本当に慣れでしかないのだ。だが、消費魔力に関しては魔人から吸収した魔力で補っているという裏がある。

「本当に?それで?才能、適性かな?…はぁ。身体強化は本当に畑違いだから。…どれだけの習練を積めば、あんな動きが出来るようになるのか、見当もつかない。生半可では無理ってことはわかるけど」

しばし、ディノールと視線を交わし、その目が伏せられる。

「貴女に敬意と謝意を。…それから、過去に対する謝罪を」

「…受け取っておこう」

己の言葉にラギアスが不機嫌を募らせるのがわかるが、こちらにわだかまりはない。不服そうなままのラギアスの視線がクレストを向く。

「…お前は、こいつに何かねえのかよ?」

「…ありません」

ラギアスの怒気が膨らむ。クレストの視線はそらされることなく、ラギアスに向けられている。

「…謝罪だけが、贖罪の仕方ではないと思っていますから」

クレストの言葉に頬が緩む。

―この男の在りようが、私は嫌いではない

形だけ、頭だけ下げて終わらせてしまえば良いものを。口にしてしまえば、成さねばならないではないか、形ある『贖罪』を。何と真面目で、何て面倒な―

「…クレスト、やっぱお前はもうヴィアに近づくな」

「?何ですか、いきなり」

ラギアスの腕に力がこもる。

「何か知んねぇが、ヴィアがお前のこと気に入ってるから、お前は今後一切こいつに近づくな」

「は!?何で今ので気に入っちゃうの!?ていうか、何でそれがわかるの!?」

驚きの声はディノールから。

「っせぇ!俺にも何がこいつの気に入るのかなんてわかんねえよ!けどな、気に入ったのはわかった。クレスト、お前、命が惜しかったら本気でヴィアに近寄んな」

「…よく、わかりませんが。貴方の居ないところで夫人に接触はしないと約束しましょう」

男達の戯れが続く。そこには、年月を感じさせない、確かな繋がりがあって。

一度は、己のせいで壊れてしまったかと思った、己には真似の出来ない、けれど何処か憧れる、友との繋がり。簡単には切れてしまわない信頼を築けるという強さ。

やはり、ラギアスはすごい。いや、ラギアスだけではないのか―

「…凄いな、あなた達は」

「…ディノール、わかったな?お前も今後ヴィアに近づくんじゃねぇ」

「ちょっと待ってよ!何、その流れ!何でそうなるわけ!?」

彼らはサリアリアで繋がっていたのではない。彼らが、己の知らない過去に紡いだ絆。背後、妻を乗せて沈黙する男との間にも、きっとそれは有るのだろう。





街道の分かれ道が近づいて来た。遠目に見えていた人影が、その場に留まり続けていることに小さく警鐘が鳴る。

「…あれは」

ここまで問いかけに対して返事はするものの、会話に加わることのなかったコルネルトが自ら口を開いた。

「コルネルト、誰かわかるのか?」

「…イエルク様。…何で?」

「ゼクレス辺境伯閣下か。お前を迎えに来たのだろう」

自ら迎えにきてくれる人がいるか。そのことに、思いの外、安堵した。

あちらも、こちらに気づいたのか、数名が馬車を離れて近寄ってくる。先頭に立つ壮年の男が南の辺境伯か、馬を降りたコルネルトが駆け寄った。

「…イエルク様」

「コルネルト、怪我は無いな?」

「はい、申し訳、申し訳ありませんでした」

頭を垂れるコルネルトの声が震える。辺境伯の視線がこちらを向いた。その顔に、コルネルトと血筋を同じくするのだとわかる共通点を見つける。

警戒しているであろう彼らに近づくため、馬から降りようとすれば、先に降りたラギアスに抱え降ろされる。

「ゼクレス閣下、お初にお目にかかります。ダーマンドル領軍所属、ヴィアンカ・ヂアーチと申します」

正式な紹介も挨拶もないままに、こちらから勝手な名乗りをあげたが、辺境伯は鷹揚に頷くことで、許しを与えてくれる。

「山越えの小屋でコルネルトを保護しました。今回の騒ぎに関しては、既に彼が負う責任は無いと判断されています」

「それは、どういう?」

「よくある、若さ故の向こう見ずだったということです。詳細は本人が話すと思いますから、叱って、諭して、赦してやって頂きたい」

辺境伯が今回の件をどこまで知り、どこまで関わっているのかはわからない。彼の真意を問う眼差しに見つめられるが、苦く笑ってやり過ごす。

「…貴殿方がそれで良いと言うのなら。こちらはこれ以上、国との溝を広げたくはない」

「我々も、思いは同じです」

頷く男にどこまで信用を得られたかは不明だが、まあ、今はそれでいい。信用はこれから築いていけばいいだけのこと。

「…時に、辺境伯閣下。コルネルトの行動から推察したのですが、南は魔のものの被害にお困りなのではないですか?」

「…北と同じく、だな」

魔による苦難を易々と認めるわけにいかないのは、辺境の矜持か。コルネルトが口を開く。

「僕が弱いから…。僕は弱いんです。肝心な時に、恐くて動けなくなってしまう」

「全ての魔のものに対してではないのだろう?」

現に山小屋が襲われた時も、ウルフの襲撃には全く動じて居なかった。不滅者が出現するまでは、魔人の現れる危険性にも頓着していなかったくらいだ。

気づいてはいないのだろうが、彼が恐怖を覚える、反応しているのは不滅者に対して。彼のそのスキルと口振りから、過去に南でも不滅者が現れたことは確実だろう。

「コルネルト、大丈夫だ。お前が怖がるのなら、私がその相手を全て倒す」

「!」

「私の強さを見ていただろう?安心しろ」

実際に不滅者との戦闘、倒した事実を見ていたコルネルトの後押しがあれば―

「辺境伯閣下、北から南への転移移動の許可を頂きたい。領主館にでも転移陣を置かせてもらえれば、いつでも参上致します」

「…急な話過ぎるな。この場では何とも言えん。君にそのような権限が持たされているのかもわからん」

当然の反応に、首肯しゅこうする。

「北に戻った後、主君を通して再度、お願いにあがります」

「…であれば、連絡があった時点で考えよう」

「感謝致します」

それから、もう一つ。己が、彼にしてやれること。

「コルネルトを帝都の士官学校に入れる予定は無いのですか?」

「…こちらの事情だが、その予定は無い」

「ならば、彼を北に学びに来させる気はありませんか?」

コルネルトが弾かれたように顔をあげる。動揺に揺れる瞳が、しかし直ぐに伏せられる。

「僕では駄目です。学ばせてもらっても戦えない、戦力になれない」

「コルネルト、お前の可能性を自分で潰すな。私は、強大な敵を見抜くお前のその能力をかっている」

あげられた顔、瞳に迷いが見える。

「おいで、北へ学びに」

あなたに、教えたいこと、伝えたいことがたくさんある。

「辺境伯閣下。コルネルトの留学の件についても、併せて主君よりご連絡差し上げます。是非、ご一考を」

「…南と北の結び付きなど、下手に国を刺激することはできん」

「それは、どうとでもなるかと、いえ、してみせましょう。幸い、軍に顔がきく身内がおりますし、」

―先ほど、言質はとった

「政の中枢にも、強力な伝手を獲たばかりですので。お任せ頂ければ」

「…考えておこう」

寛大な許しに頭を垂れて、不安げなままの顔に向き直る。

「…コルネルト、元気で」

暇を告げれば、またラギアスに抱き抱えられ、鞍の上へと持ち上げられた。見上げるコルネルトのもの問いたげな眼差し。

「…ヴィアンカ様、あの、貴女は…」

続かぬ言葉の先を思う。

「コルネルト、あなたの名は父親がつけたといったな?」

大きく見開かれる目。

「私の名も、父がつけた」

「!じゃあ、やっぱり貴女は…」

「コルネルト、コルト、必ずまた会おう。北で待っている。弟にも会わせたい。弟の名は、リュクムンドと言うんだ」

「!ヴィアンカ様!僕、あの、迷惑かけて申し訳ありませんでした。それから、ありがとうございます」

「ヴィアでいい、コルト」

こちらを見上げる顔が、輝く。

「はい!ヴィア!僕、必ずあなたに会いに行きます!」

やっと見れた年相応のその表情に―もうその頃はとうに過ぎ去ってしまったけれど―もう一人の弟がかつて見せた顔が重なった。




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