辺境の娘 英雄の娘

リコピン

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第三章(最終章)

4-1.

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4-1.

剣術大会当日、ラギアスは結局、領軍として出場することとなった。前回優勝者である彼が出場するのは本選のみ、予選を勝ち抜いてきた猛者達を四人倒せば優勝となる。

「ラギアス」

一回戦の相手を危なげなく―約束通り剣のみで―下して帰った男に労いの言葉をかける。汗一つかかずに戻った男にはやはり驚嘆するが、この先も同じようにとはいかないだろう。

「次まで時間があるからよ、」

何かを言いかけたラギアスが、視界に何かをとらえ、言葉を止めた。

「これはこれは!ヂアーチ殿!」

背後から響く大声に振り返れば、国軍の制服を見にまとった男が、侮蔑の笑みを浮かべて立っていた。その男が己を認めて、笑みを深める。

「おや?こちらが噂の?」

声に嘲笑を滲ませる男に、ラギアスから苛立ちが発せられる。魔力をまとい始めた―最近ではあまり感じることの無かった―それに、いささか驚いてラギアスを振り仰ぐ。

「ラギアス?知り合いか?」

「は!?」

ラギアスが虚をつかれたのか、驚きの声をあげ、同時に感じていた魔力が霧散する。

「いや、知り合いじゃねえが!え?ヴィア、お前、こいつ覚えてねえのかよ?」

「?どこかで会ったか?」

任務で会ったか?こちらのやり取りに顔をひきつらせ、怒りをたぎらせている目の前の男を注視するが、やはり見覚えはない。

「あー。えっと、まあいいや。じゃあ、飯でも食い行くか?」

「!?待て!ヂアーチ!」

言って、さっさと歩き出すラギアスの背に、男が罵声を浴びせる。

「貴様の次の相手はこの私だ!今の貴様など恐るるに足らず!完膚なきまでに叩き潰してくれる!」

ラギアスが振り返りもしないので、自分もその後へと続いた。

「女にうつつを抜かし、魔力付与もまともに扱えぬ貴様が!サリアリア様に捧げるため、磨き続けた私の剣に敵うと思うな!」

背後に遠ざかる声を聞きながら、ラギアスの隣へと並んだ。ラギアスを見上げるが、

「あ?どうした?」

「…いや」

彼が気にしないというのならば、それでいいのだろう。『彼女』の名が出たことに気をとられ過ぎたが、ここはラギアスの戦場、己はただ信じて見守るのみだ。





闘技場の中央に対峙する二人の男。ラギアスに敵意を燃やす対戦相手は、かなりの魔力量と、それを無駄にしない剣への魔力付与で、既に四半刻近くをラギアスと打ち合っている。

―なるほど、豪語しただけのことはある

しかし、流石に魔力操作をしながらラギアスのあの速さについていくのは難しい。少しずつ仕損じが目立つようになってきた。ラギアスの方も彼らしくなく、止めを刺さずになぶるような攻撃が続く。

刃を潰してあるとは言え、ラギアスの重い斬撃をその身に受け続けたのだ、とうとう相手の男は崩れ落ち、立ち上がれずに敗北を宣言した。

その男に剣を突きつけたラギアスが何かを告げる。途端に、遠目でも顔色を無くした男に既視感を覚え、思い出した―





「おう。…つまんねえ試合見せたな」

「ラギアス」

戻ってきたラギアスを、闘技場への通路でつかまえた。彼自身、先程の試合内容を恥じているのか、こちらと目を合わせようとしない。それ以上、何も告げる様子の無いラギアスを見上げる。

―ああ、これだ

未だ目の合わない横顔に思う。彼のこの態度が、行動が、私の心を温かくする。嬉しいのか、苦しいのか、わからなくて、時に涙さえ零れそうで。だけど、このあふれる何かを外に出すすべさえわからずに―

「ありがとう、ラギアス」

結局、そんな言葉しか出てこない。けれど、その言葉にさえ反応して、こちらを確かめるように目を向けたラギアス。

「…先ほどの男、いつだったか、士官学校で私に手をあげた男だな。確か、セウロン達と共にいた」

「…んだよ。思い出しちまったのか?」

そっと頬に添えられる武骨な手。傷などとうに消えた。痕など残るはずもないというのに。

「…嫌なもん、わざわざ思い出させたくなかったんだよ。…ムカついたから、ボコボコにはしちまったけど」

「残ってなどいない。顔にも心にも」

実際、本当に忘れていたし、思い出すのも難しかったほど。ラギアスがそんなことを覚えていたことに驚いたくらいだ。

「あの時も、あなたが仲裁してくれたしな。例え相手が憎んでいる私でも」

「!?は!?憎んでって何だ!?いや、仲裁したとも言えねえけど!」

慌て出したラギアスに言葉がまずかったかと言い直す。

「ああ。いや、今ではなく、過去の、」

「昔っから憎んでなんかねえよ!」

「?そうなのか?」

ラギアスの瞳が信じられないと言わんばかりに見開かれる。

「いや待て!前にもこんなことがあった!くそっ!今は時間ねえんだよ!」

「そうだな。すぐに準決勝、そのまま決勝戦か」

「ヴィア!ヴィアンカ!」

「何だ?」

ラギアスに両腕を捕まれる。

「後でお前にはきっちり話す!昔のことも!何かとんでもねえ勘違いされてそうだからな!だから、お前ももっとちゃんと話せ!」

顔をのぞき込んで、な?と尋ねられ、頷いた。

「よし!んじゃ、とりあえず優勝してくるから、今度こそお前は俺の勇姿でも見とけ」

アンネリエに言われた言葉に拘っているのか、ラギアスが念を押す。

「わかった」

「おう!後でな」

手をあげて闘技場への薄暗い廊下へと歩き出すラギアス。遠ざかるその背を呼び止める。

「ラギアス!」

少し遠目、振り返った姿に頬が緩む。

「私はあなたを、あなたの剣を誇りに思う!」

手を振ればラギアスが硬直し、次いでこちらに足を向け―時間が押していることを思い出したのか―踏み留まる。数瞬の逡巡を見せたラギアスが、何を思ったのか、突如壁を殴りつけた。にぶい音が廊下に響く。

殴った彼の手を案じたが、何事も無かったかのように手を振ったラギアス。その姿が廊下の向こうへと消えて行った。




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