辺境の娘 英雄の娘

リコピン

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第三章(最終章)

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2.

「帝都の建国祭に夫婦で、辺境伯代理として出席して来て欲しいんだ」

ラギアスと共に呼び出された、ヘスタトルの執務室。上司の言葉を聞いて、ラギアスから不穏な空気が漂う。

「仕方ないでしょ?本人はいい年だからいざという時が怖いし、私は、というかユニは子ども達と長く離れたくないみたいだしね」

「…転移で行って、さっさと、」

「去年までは私がそうしてたんだけどね。今年は建国百五十年とやらで盛大にやるらしい。実際、既にいくつか、皇家主宰以外の茶会やら夜会やらの招待状が届いている」

面倒くさいという態度を隠さないラギアスだが、こればかりは自分も同じ気持ちなので注意する気も起きない。

「いくつか顔を繋いでおいて欲しい相手もいるから、そこには挨拶してきて欲しいのと、」

ラギアスの表情にヘスタトルが苦笑する。

「ラギアス君はさ、こういうこと込みで、ラスタードの後を継いで軍団長になったんじゃないの?ヴィーから『上級士官』資格を、次期領軍団長の箔付けを奪ったのは誰だっけ?」

ラギアスから表情が消えた。あんまり我が儘言わないでくれる?と続けるヘスタトルは、やはり容赦がない。

「それと、君、ヴィーと結婚してから帝都に一度も帰ってないでしょ?ついでに、ご両親に結婚のご挨拶しておいでよ。そろそろいい頃合いだと思うしね」

ヘスタトルの言葉に、長く不義理を働いている、未だ顔を合わせることも叶っていない相手を思う。

「…ヘスタトル様の言うことも最もだな。いい機会だ。ラギアス、あなたのご家族に会いに行こう」

「…お前がいいなら」

乗り気ではなさそうなものの、それ以上の反対はなかった。

「あ、そうそう。あと、リリィの顔も見てきてくれる?あの子のことだから、心配はしてないんだけど、ヴィーには会いたがるはずだよ」

「そうですね。私も会いたいです」

「…誰だよ、そいつ?」

低い声に、ラギアスの機嫌がまた下降したのを知る。

「ユニファルアの妹だ。今年16で、今は帝都の女学校の寮に入っている。たまに戻って来てはいるが、私も一年ほど会っていないな」

「…ユニファルアに、妹がいたのか」

ラギアスの表情が陰った。

「そう言えば、言ってなかったかもね。…ラギアス君、そんな顔しないで。君もあの子に会ってみて。それで判断しなよ」

「…ああ」

ユニファルアから奪ったレイドの名を、今なお、ラギアスは消化しきれていない。もう一人のレイドだった娘の存在に心穏やかではいられないのだろう。

あの子に会うことで、彼の中の何かが変わるのだろうか―





ラギアスと調練に戻れば、休憩中だったのか、ダグストアとリュクムンドと共に談笑していたレイリアが、こちらに気づいて笑顔を向ける。

「ヴィアンカ様!ヘスタトル様のお話は何だったのですか?」

「帝都の建国祭に出席することになった。いつもより移動に時間が掛かるだろうから、一月ほど留守にする」

「えっ」

レイリアの表情が曇る。

「あの、それは私もお供しても、」

「ダメに決まってんだろ」

レイリアの言いかけた言葉を、ラギアスが切って捨て、レイリアはそのラギアスを睨み付ける。対峙し合う二人。どうにもこの二人は相性が良くない。

「遊びに行くんじゃねえんだよ。もしもの事態を想定して、お前がヴィアを守って戦えるか?逆になっちまったら意味ねえんだよ」

連れてくならダグを連れてくと言うラギアスの言葉に、レイリアは悔しそうな顔はするもののそれ以上は言葉をのむ。彼我ひがの力量の差は理解しているのだ。

「…ラギアス様、言い方。本当にヴィアンカ様のこととなると大人気ない」

ダグストアが諌めるが、ラギアスはそれに鼻を鳴らしてあしらう。諦めたダグストアが、話題を変えた。

「帝都の建国祭と言えば、剣術大会と大夜会ですね。ラギアス様は剣術大会にも出られるんですか?」

「出ねえよ。面倒くせえ」

「…剣術大会と言うのは?」

『剣術』の名にひかれたのか、珍しくリュクムンドが口を挟んだ。

「剣術大会ってのは、皇家主宰の御前試合のことだ。純粋な剣術だけじゃなく、魔力付与の力量も問われる。危なすぎるから魔術による直接攻撃は禁じられてるが、殴る蹴るは有り。総合的な戦闘能力を競うって感じだな」

「…なるほど」

「リュクは興味あるのか?出場するのは基本的には国軍の人間だが、領軍からも腕に覚えがあるってやつが毎年何人か出て来るぞ」

関心を示したリュクムンドに、ダグストアが楽しそうに言い、それが何かを企んだ笑いへと変わる。

「…ちなみに、ラギアス様は昨年の優勝者で、大会五連覇中だ」

「!」

リュクムンドだけでなく、レイリアまでも驚きの表情を浮かべる。

稽古や魔物の討伐でのラギアスの力量は二人も知るところ。しかし剣技、しかも対人においても圧倒的な強さを持つというのは、それだけの修練を積んだということに他ならない。

「ラギアスは候補生の頃から恐ろしい強さだったぞ?」

己の言葉に、ラギアスを見る二人の眼差しに敬意を含む光がうつる。

「…やめろ」

首筋に手をやるラギアスを、ダグストアが笑う。

「ははっ。あっ、けど、昨年の優勝者が剣術大会に出ないって言うのは問題ないんですかね?」

「別に構わねえよ。メインは大夜会だろ?そっちは嫌でも出なきゃなんねえしな」

心底嫌そうなラギアスが可笑しいのか、笑いを含んだダグストアがこちらを向いた。

「ヴィアンカ様は夜会服ですよね?俺、ヴィアンカ様の夜会服姿って見たことないんすよね。見てみたかっ、」

「…」

「…」

「…え?」

沈黙する私とラギアスを見て、ダグストアが動きを止める。こちらの顔を交互に見比べて、顔が驚愕に染まっていく。

「まさか…」

「失念していたな、夜会用の服か。確かに必要になるな」

己の過失を認め、ラギアスの顔を確認するが、同じく彼も考えが及んでいなかったらしい。

「いるか?領軍の礼装か正装でいいんじゃねえか?」

「いいわけないでしょう!」

「何を考えているのですか!」

ダグストアとレイリアに真っ向から否定されて、ラギアスの眉間に皺が寄る。己にも、流石にそれは不味いだろうということはわかった。

「帝都の建国祭か。手持ちでどうにかするわけにもいかないな。新調するか」

「あー、作んなら俺が贈る。仕立て屋呼ぶでも、店のぞくでもいいが、俺がつき合うからな。レイリア、店だけ教えてくれ」

レイリアが満足気に頷いて、はたと首を傾げる。

「ラギアス様は、ヴィアンカ様に服を、夜会用でなくとも普段着などを仕立てられたことはなかったんですか?装飾品なんかは隙を見ては贈っていらっしゃいますよね?」

確かに、戦闘の邪魔にならないようにと配慮された腕輪や首飾りはいくつか贈られたことがある。

「あー、ヴィアは普段、制服か稽古着しか着ねえから必要ねえだろ」

歯切れの悪くなったラギアスの言葉に、レイリアの目が剣呑になっていく。

ラギアスが肩をすくめ―

「…それに、俺が困んだろ。女物の服ってのは脱がせにくいんだよ」

「!?貴様!何ということを!」

「あーもう。なんでラギアス様はこの状況でその台詞が出てくんすかね?」

レイリアの怒声にも、ダグストアの嘆息にも、ラギアスには全く堪えた様子が無い。

「おのれ!ヴィアンカ様に!この不埒者め!」

「あー?誰が不埒だ。俺はヴィアにしか欲情しねえからいいんだよ」

「…ラギアス様、レイ。いや、もう二人ともその辺で」

会話の流れに不穏なものを感じたのか、ダグストアがこちらをチラチラと確認しながら二人を止めに入る。

「言っとくがな、俺はお前の素っ裸を、いや頼まれても見たくねえが、例え見せられてもピクリとも反応しねえからな」

「!?」

「!ちょっと待て、あんたもう本当に何言ってんの!?リュク!待てリュク!お前も構えんな!落ち着け!」

平然と言い放ったラギアスの言葉、レイリアが羞恥に赤く染まる。それを見て、今度はリュクムンドが怒気を放ち始めた。更にそれを何とか止めようとするダグストアと、場がかなり混沌とし始める。

「おう?何だよ?やるか、リュク?」

「…剣で」

とうとう、男二人が訓練用の剣を構えだした。ダグストアが一人慌てふためいているが、

「もう休憩も終わりだろう?ちょうどいい、このままやらせておけ」

「…そうですね。はあ、もういいや」

諦めた副官は、調練に集まりだした兵達へと足を向け、レイリアもその後を追う。背後では、男二人の剣戟けんげきの音が響き始めた。




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