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第三章(最終章)
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『ヂアーチ』へと姓が変わり、もうすぐ季節が一巡しようとしている。夫となったラギアスとは、これまでそれなりに上手くやって来れた。そう、思っていたのだが―
特務官としての二週間の任務を終え、辺境の領主館、その転移の間へと戻った。
部下二人を伴って上司の執務室へと直行し、帰還を報告していたその時、廊下を凄まじい速さで近づいて来る気配。
扉が壊れるのでは、という勢いで開かれた。現れたのはやはり自分の夫であるラギアスで、何故かその顔には憤怒が浮かんでいる。
「長すぎんだよ!!」
「?報告は、今始めた、」
「違う!」
顔を合わせるなり、帰還の挨拶でも労いの言葉でもなく、突然怒りをあらわにするラギアス。
「二週間もかかる任務なんて聞いてねぇ!」
「期間は未定だったからな」
確かにラギアスと結婚してからここ一年程は、数日程度の任務が常だった。それでも、二週間というのは、任務期間としてそれほど長くはないと思うのだが。
「大体、なんでこいつら二人は連れてくのに、俺がついてけねぇんだよ!」
傍らの部下二人を指差す。
「それは何度も言っている。領軍の軍団長がおいそれと辺境を離れるわけにはいかないだろう?」
「軍団長なんざやめる!俺をお前の補佐官にしろっつってんだろ!」
ラギアスは憤慨するが、前任の―自身の養父でもある―軍団長が勇退するという時にちょうどよく現れたのが、彼なのだ。
名声、実力ともに申し分なく、多少あった反発も力でねじ伏せた。能力のある人間を遊ばせておくほど辺境に余裕があるわけではない。正に、最高の人選だったわけだが。
「何を言っている。特務は各地の軍事行動に派遣されるのだぞ?誰もが、あなたを『ヂアーチ』だと知っている。補佐官として連れ回すわけにはいかないだろう?」
さっきから、憤懣やるかたないと言わんばかりのラギアスだが、何がそんなに気に入らないというのか?
その目に宿る感情を読み取ろうとするが、顔ごと目を逸らされた。
「っ!くっそ…」
「?」
顔を背けたまま、宙に向かってラギアスの言葉が紡がれる。
「…お前。何で、転移陣使って毎日帰って来ないんだよ。ユニファルアはそうしてただろうが」
確かに、かつて南でユニファルアに助力を得た際には、彼女を毎日家へと送り返していた。しかし今回、己に関しては―
「必要を感じなかった。ユニファルアには、幼い子ども達がいたからな」
「…」
ラギアスが黙り込んでしまった。なるほど、つまり―
「帰って来た方が良かったか?」
「当たり前だろ!」
間髪入れずに返される言葉に、黙って成り行きを眺めていたヘスタトルが吹き出した。
大笑いを始めた男に―上司を追いかけて来たのだろう―いつの間にかラギアスの背後に立っていたダグストアがため息をつく。
「はぁ、本当うちの上司がすみません。…ラギアス様、調練中です。戻りますよ」
「待て!ダグ!まだ話が!」
部下に部屋から押し出されそうになり、ラギアスが抵抗する。調練を抜け出したことには問題があるし、上司の部屋に怒鳴り込むのももってのほかだが―
「ラギアス、先に行っててくれ。調練に私も参加しよう。話も、後できちんとする」
「!」
彼の態度に、言葉に、帰りを待つ人のいる温かさを確かに感じたから。望んでくれる人の願いに応えたいと思ったのだ。
大人しくなった男は、渋々ながらも部下に続いていく。
さて、とりあえずは、目の前でひどく楽しそうな顔をする上司への報告を終わらせよう。さっさと済ませたいところだが、―そうはさせないと言っている目と視線が合う―簡単には解放されそうにない。
だが、約束したからな。ラギアスが待っている。彼には、まず「ただいま」を言おう。彼の返事をもらったら、私達は話をしよう。
直ぐに噛み合わなくなってしまう私達の思いが、噛み合うため。外れて遠く、転がって行ってしまわぬように―
『ヂアーチ』へと姓が変わり、もうすぐ季節が一巡しようとしている。夫となったラギアスとは、これまでそれなりに上手くやって来れた。そう、思っていたのだが―
特務官としての二週間の任務を終え、辺境の領主館、その転移の間へと戻った。
部下二人を伴って上司の執務室へと直行し、帰還を報告していたその時、廊下を凄まじい速さで近づいて来る気配。
扉が壊れるのでは、という勢いで開かれた。現れたのはやはり自分の夫であるラギアスで、何故かその顔には憤怒が浮かんでいる。
「長すぎんだよ!!」
「?報告は、今始めた、」
「違う!」
顔を合わせるなり、帰還の挨拶でも労いの言葉でもなく、突然怒りをあらわにするラギアス。
「二週間もかかる任務なんて聞いてねぇ!」
「期間は未定だったからな」
確かにラギアスと結婚してからここ一年程は、数日程度の任務が常だった。それでも、二週間というのは、任務期間としてそれほど長くはないと思うのだが。
「大体、なんでこいつら二人は連れてくのに、俺がついてけねぇんだよ!」
傍らの部下二人を指差す。
「それは何度も言っている。領軍の軍団長がおいそれと辺境を離れるわけにはいかないだろう?」
「軍団長なんざやめる!俺をお前の補佐官にしろっつってんだろ!」
ラギアスは憤慨するが、前任の―自身の養父でもある―軍団長が勇退するという時にちょうどよく現れたのが、彼なのだ。
名声、実力ともに申し分なく、多少あった反発も力でねじ伏せた。能力のある人間を遊ばせておくほど辺境に余裕があるわけではない。正に、最高の人選だったわけだが。
「何を言っている。特務は各地の軍事行動に派遣されるのだぞ?誰もが、あなたを『ヂアーチ』だと知っている。補佐官として連れ回すわけにはいかないだろう?」
さっきから、憤懣やるかたないと言わんばかりのラギアスだが、何がそんなに気に入らないというのか?
その目に宿る感情を読み取ろうとするが、顔ごと目を逸らされた。
「っ!くっそ…」
「?」
顔を背けたまま、宙に向かってラギアスの言葉が紡がれる。
「…お前。何で、転移陣使って毎日帰って来ないんだよ。ユニファルアはそうしてただろうが」
確かに、かつて南でユニファルアに助力を得た際には、彼女を毎日家へと送り返していた。しかし今回、己に関しては―
「必要を感じなかった。ユニファルアには、幼い子ども達がいたからな」
「…」
ラギアスが黙り込んでしまった。なるほど、つまり―
「帰って来た方が良かったか?」
「当たり前だろ!」
間髪入れずに返される言葉に、黙って成り行きを眺めていたヘスタトルが吹き出した。
大笑いを始めた男に―上司を追いかけて来たのだろう―いつの間にかラギアスの背後に立っていたダグストアがため息をつく。
「はぁ、本当うちの上司がすみません。…ラギアス様、調練中です。戻りますよ」
「待て!ダグ!まだ話が!」
部下に部屋から押し出されそうになり、ラギアスが抵抗する。調練を抜け出したことには問題があるし、上司の部屋に怒鳴り込むのももってのほかだが―
「ラギアス、先に行っててくれ。調練に私も参加しよう。話も、後できちんとする」
「!」
彼の態度に、言葉に、帰りを待つ人のいる温かさを確かに感じたから。望んでくれる人の願いに応えたいと思ったのだ。
大人しくなった男は、渋々ながらも部下に続いていく。
さて、とりあえずは、目の前でひどく楽しそうな顔をする上司への報告を終わらせよう。さっさと済ませたいところだが、―そうはさせないと言っている目と視線が合う―簡単には解放されそうにない。
だが、約束したからな。ラギアスが待っている。彼には、まず「ただいま」を言おう。彼の返事をもらったら、私達は話をしよう。
直ぐに噛み合わなくなってしまう私達の思いが、噛み合うため。外れて遠く、転がって行ってしまわぬように―
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