37 / 74
第二章
7-3.
しおりを挟む
7-3.
もぎ取った休暇の一ヶ月が過ぎようとしていた。ダグストアからの帰還コールが一日置きから毎日、日に二回になった時点で、帝都へ戻る決心が着いた。
帰還のため、転移の間に入れば、見送りに来ている次期辺境伯夫妻。その隣にヴィアンカの顔を見つけ、胸に甘い痺れが走った。
結局、リュクムンドとの邂逅以来、ヴィアンカと二人で話す機会はなかった。今を逃せば、暫くは彼女に会うことも叶わない。
「…ヴィアンカ、少し二人で話がしてえ」
「ダメだよ」
ヴィアンカの前で立ち止まれば、彼女の横に立つヘスタトルに止められた。
この一ヶ月の付き合いで、彼の人となりを多少は理解したと思う。そして、今はその顔に楽しそうな―つまり、ろくでもない―笑みが浮かんでいる。
「ラギアス君には前科があるから。この前、中庭でヴィーに手を出したでしょ?あれ結構目撃者がいたんだよね。だから二人にはさせられない」
話があるならここでどうぞと笑顔で言ってのけるヘスタトル。この男は本当にいい性格をしている。
仕方がない、引く様子の無い男の態度に腹をくくる。
「…ヴィアンカ」
呼べば、まだ真っ直ぐに見てくれる瞳に安堵する。
「俺が間違っていた。すまなかった」
言って、頭を下げれば、
「それは?何に対する謝罪だ?」
ヴィアンカの眼差しがきつくなった。それを真正面から受け止める。
「俺はお前を全面的に信じることにした。いや、もう信じてる。俺の目は腐ってる。視野が狭すぎて、色んなものを取りこぼす。正しいのは、お前の方だ。サリアリアのことは、冤罪だったと認める。退学についても、」
「馬鹿な」
ヴィアンカの声に怒気が混じる。
「安直な答えを出すな。人を盲目的に信じることで、己の判断を、責任を放棄するな。盲信による信頼など、私は認めない」
そう、認めてはもらえないかもしれない。
「わかってんだよ。けど、俺は最初から間違えたからな」
出来るなら、最初から間違えずに、お前の隣にいたかった。だが、そう、過去を無かったことにはできない。だから―
「よほどの奇跡でも起こさない限り、俺に対するお前の気持ちなんてひっくり返んねえだろ?普通にやってたんじゃ巻き返しようがねえ。馬鹿だと言われてもやめねえよ」
諦めきれねえんだから―
「…私が道を誤った時はどうするつもりだ?帝国を滅ぼすとでも言い出したら?…私には出来ないとでも?」
「いや、出来んじゃねえかって思い始めてる。けど、止めねえ。お前がそう判断したことならな」
ヴィアンカの顔が不快に歪む。
「愚かだ」
「いいんだよ。お前のことに関しちゃ、俺はそれで。その代わり、ヘスタトル殿にでも話すさ」
「…何?」
それが、お前にとっての、最良の選択となるよう―
「辺境伯閣下やヘスタトル殿に相談する。俺はお前を止めねえし、そもそも俺には止められねえだろ?お前を止めれんのは、お前が大事にしてる人間だからな。閣下達に止められて、それでも止まんねえなら、最後まで付き合うさ」
「…」
「あははは!」
黙ってしまったヴィアンカの横で、ヘスタトルが腹を抱えて笑っている。彼女の答えはもらえていないが、まあ、いい、今は。
「ヴィアンカ、必ずまた口説きに戻って来る。だからそれまで考え、いや、とりあえず俺のこと忘れんな。それだけでいいから。頼む」
「…忘れはしないが」
「おう」
その答えに満足して、転移陣で待機していたマイワットに並ぶ。陣に魔力を流して起動しながら、横に立つ男に詫びる。
「またしばらくは忙しくする。悪ぃが、片が付くまでは付き合え」
「御意」
歪み始める視界。こちらを見送る紅玉に、覚悟を決める。
もぎ取った休暇の一ヶ月が過ぎようとしていた。ダグストアからの帰還コールが一日置きから毎日、日に二回になった時点で、帝都へ戻る決心が着いた。
帰還のため、転移の間に入れば、見送りに来ている次期辺境伯夫妻。その隣にヴィアンカの顔を見つけ、胸に甘い痺れが走った。
結局、リュクムンドとの邂逅以来、ヴィアンカと二人で話す機会はなかった。今を逃せば、暫くは彼女に会うことも叶わない。
「…ヴィアンカ、少し二人で話がしてえ」
「ダメだよ」
ヴィアンカの前で立ち止まれば、彼女の横に立つヘスタトルに止められた。
この一ヶ月の付き合いで、彼の人となりを多少は理解したと思う。そして、今はその顔に楽しそうな―つまり、ろくでもない―笑みが浮かんでいる。
「ラギアス君には前科があるから。この前、中庭でヴィーに手を出したでしょ?あれ結構目撃者がいたんだよね。だから二人にはさせられない」
話があるならここでどうぞと笑顔で言ってのけるヘスタトル。この男は本当にいい性格をしている。
仕方がない、引く様子の無い男の態度に腹をくくる。
「…ヴィアンカ」
呼べば、まだ真っ直ぐに見てくれる瞳に安堵する。
「俺が間違っていた。すまなかった」
言って、頭を下げれば、
「それは?何に対する謝罪だ?」
ヴィアンカの眼差しがきつくなった。それを真正面から受け止める。
「俺はお前を全面的に信じることにした。いや、もう信じてる。俺の目は腐ってる。視野が狭すぎて、色んなものを取りこぼす。正しいのは、お前の方だ。サリアリアのことは、冤罪だったと認める。退学についても、」
「馬鹿な」
ヴィアンカの声に怒気が混じる。
「安直な答えを出すな。人を盲目的に信じることで、己の判断を、責任を放棄するな。盲信による信頼など、私は認めない」
そう、認めてはもらえないかもしれない。
「わかってんだよ。けど、俺は最初から間違えたからな」
出来るなら、最初から間違えずに、お前の隣にいたかった。だが、そう、過去を無かったことにはできない。だから―
「よほどの奇跡でも起こさない限り、俺に対するお前の気持ちなんてひっくり返んねえだろ?普通にやってたんじゃ巻き返しようがねえ。馬鹿だと言われてもやめねえよ」
諦めきれねえんだから―
「…私が道を誤った時はどうするつもりだ?帝国を滅ぼすとでも言い出したら?…私には出来ないとでも?」
「いや、出来んじゃねえかって思い始めてる。けど、止めねえ。お前がそう判断したことならな」
ヴィアンカの顔が不快に歪む。
「愚かだ」
「いいんだよ。お前のことに関しちゃ、俺はそれで。その代わり、ヘスタトル殿にでも話すさ」
「…何?」
それが、お前にとっての、最良の選択となるよう―
「辺境伯閣下やヘスタトル殿に相談する。俺はお前を止めねえし、そもそも俺には止められねえだろ?お前を止めれんのは、お前が大事にしてる人間だからな。閣下達に止められて、それでも止まんねえなら、最後まで付き合うさ」
「…」
「あははは!」
黙ってしまったヴィアンカの横で、ヘスタトルが腹を抱えて笑っている。彼女の答えはもらえていないが、まあ、いい、今は。
「ヴィアンカ、必ずまた口説きに戻って来る。だからそれまで考え、いや、とりあえず俺のこと忘れんな。それだけでいいから。頼む」
「…忘れはしないが」
「おう」
その答えに満足して、転移陣で待機していたマイワットに並ぶ。陣に魔力を流して起動しながら、横に立つ男に詫びる。
「またしばらくは忙しくする。悪ぃが、片が付くまでは付き合え」
「御意」
歪み始める視界。こちらを見送る紅玉に、覚悟を決める。
85
あなたにおすすめの小説
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
「結婚しよう」
まひる
恋愛
私はメルシャ。16歳。黒茶髪、赤茶の瞳。153㎝。マヌサワの貧乏農村出身。朝から夜まで食事処で働いていた特別特徴も特長もない女の子です。でもある日、無駄に見目の良い男性に求婚されました。何でしょうか、これ。
一人の男性との出会いを切っ掛けに、彼女を取り巻く世界が動き出します。様々な体験を経て、彼女達は何処へ辿り着くのでしょうか。
公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる
夏菜しの
恋愛
十七歳の時、生涯初めての恋をした。
燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。
しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。
あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。
気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。
コンコン。
今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。
さてと、どうしようかしら?
※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
悪役令嬢はSランク冒険者の弟子になりヒロインから逃げ切りたい
鍋
恋愛
王太子の婚約者として、常に控えめに振る舞ってきたロッテルマリア。
尽くしていたにも関わらず、悪役令嬢として婚約者破棄、国外追放の憂き目に合う。
でも、実は転生者であるロッテルマリアはチートな魔法を武器に、ギルドに登録して旅に出掛けた。
新米冒険者として日々奮闘中。
のんびり冒険をしていたいのに、ヒロインは私を逃がしてくれない。
自身の目的のためにロッテルマリアを狙ってくる。
王太子はあげるから、私をほっといて~
(旧)悪役令嬢は年下Sランク冒険者の弟子になるを手直ししました。
26話で完結
後日談も書いてます。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる