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第三話 水夫シルク

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「イミシュ、開けるぜ」

 掌砲長のイシュは船長室の扉を開けながら言った。
 室内は広かったが、海賊船というよりは商船しょうせんの船長室のようにシンプルな内装をしていた。本棚がいくつか天井から吊るされており、本が落ちないように前に棒を通し、留金とめがねをつけていた。船長イミシュはどうやら読書家らしい。
 少年が辺りを見回していると、「彼が例の子供だな」と机越しの船長が話を始めた。少年の背中を押す水夫アクバルが応える。

「そうです、船長。ああそうだ。君、名前はなんだっけな」

 少年は自分が名乗っていないことに気づくとあわてて船長の瞳を見上げて言った。

「僕はシルクと言います。シルク・トール」

「背が高い(トール)ねぇ……ふぅん」

 掌砲長イシュの鼻で笑う声には、小さなシルク少年は応えなかった。その代わり、イシュの左足をアクバルが踏みつけ、彼は「ギャン」と悲鳴をあげた。

「二人とも、落ち着きなさい。それで、シルクくん。君はどうしたいのかね?」

 船長イミシュは誰よりも落ち着いた声色でシルク少年に訊ねた。シルクは船長を見つめて再び口を開いた。

「僕は、一度命が消えたようなものです。それでも、生き抜きたいのです。海に突き落とされ、行方不明になった父は昔から言っていました。『生き抜いた者が正しいのだ』と。だから、僕も知りたい。生き抜いて、何が正しいのかを……!」

 シルク少年の瞳は、部屋を照らす蝋燭ろうそくの灯りよりも激しく燃えていた。船長イミシュは後ろで腕を組み少年の目の前へと歩く。向かい合い、瞳と瞳を合わせる。

「……良いでしょう。シルク・トール、君の覚悟は見せてもらった。君には後ろのアクバルと同じ水夫としてチャルチウィトリクエ号で働いてもらおう。アクバル、イシュ、船内を案内してやってくれ」

「アイアイサー」

 船長室の扉を開けた途端とたん、野次馬の船員たちが蜘蛛くもの子を散らすように持ち場へと戻っていった。どうも皆で盗み聞きをしていたらしい。全く、おかしな海賊たちだ。

 シルク少年はまず、甲板掃除をする水夫キブとチュエンに挨拶あいさつをした。

「俺はキブ。戦うのと雑用が好きだから水夫をやっている」

 クールに振る舞う、独特の髪飾りを付けた赤い瞳のキブはシルクの手を握った。

「うちはチュエンや。若いけえ水夫や。よろしくな」

 女性のような高い声を持ち、青髪に青い瞳のチュエンもキブと同じように握手する。すると彼は甲高い悲鳴をあげた。「なんだなんだ」とアクバルとイシュがチュエンの顔を見る。

「シルク、あんためっちゃ肌スベスベやん!ええなあ、かわええなあ!」

 そう、シルク少年の肌はそれこそ絹のように滑らかな触り心地なのである。すると、「かわいい」という言葉を聞きつけた男が息を切らしながら甲板に上がってきた。

「ハア、ハア……『かわいい』と聞いてすっ飛んできたぜ……」

 茶色の跳ねた髪をした赤い瞳の変な男はシルク少年を見て真顔に戻った。

「子供への接触は俺の変態プライドに背くぜ……じゃあな」

 彼は再び船内へと去っていく。

(なんだったんだ……)というシルク少年の表情を見てアクバルが説明した。

「あいつはラマト。変態だ。よし、次は俺たちの自己紹介をしておくか。俺はアクバル。同じ水夫だから仲良くしてくれよな」

 アクバルの隣のイシュは、シルク少年の結んだ髪をぐしゃぐしゃにでながら言う。

「俺はイシュ。船長イミシュの弟なんかじゃねえぞ。火薬管理とか船員を鍛える掌砲長をやってる」

 シルク少年は「よろしくお願いします」と応えるが、「この船の上ではもっとラフでいい」と言われた。

 その後、船首せんしゅから船尾せんび船底ふなぞこまで挨拶をしながら案内をしてもらった。シルク少年は二十人の船員の名前と顔をすぐに覚えることができた。皆個性的だからだ。

 船長イミシュ、副船長キミ、海尉チクチャン、航海士カワク、掌帆長しょうはんちょうイク、掌砲長イシュ、主計長しゅけいちょうマニク、船医せんいアハウ、操舵手そうだしゅメン、ベン、縫帆手ほうはんしゅカン、ラマト、音楽家カバン、船大工ふなだいくエブ、オク、料理人ムルク、エツナブ、水夫アクバル、キブ、チュエン、そしてシルクが加わり、ブリッグ船チャルチウィトリクエ号は総勢そうぜい二十一人の命を乗せている。

 この船はどこを目指しているのか、そして何を成すのか。シルク少年は胸元に隠した鍵を握りしめ、沈黙の海を眺めた。
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