4 / 8
第四話 不思議な昼食
しおりを挟む
海を眺めたり、甲板掃除の手伝いをしていると日が高く上がってきた。海賊船にも、昼がやってきたのだ。金髪の料理人エツナブにより昼食を知らせる鐘が鳴らされる。シルク少年は鐘の音で空腹を思い出していた。
ジョージ・セイル号で反乱が起きたのはつい昨日の昼のことだった。海軍の船員とはいえ、下っ端はお金を貰って雇われているだけの水夫だ。彼らはその日の夜のうちに計算して管理されていたありったけの食糧や酒を船倉から取り出し宴を開いていた。陸に辿り着く前に食糧が尽きることなど理解していなかった。事実に気付いた時には既に手遅れだった。
(そうだ、父さんが海に沈んだのはつい昨日のことだったんだ)
シルク少年は海を眺めたまま動かなかった。
「隣、失礼するよ」
赤髪で右目の下にホクロがひとつ、涙のように飾られた船医アハウがパイプを咥えながら肩を並べる。吐き出された煙は風下の船首へと抜けていく。
「シルク、といったね。君、後頭部が腫れているようだが、何かに殴られて気絶でもさせられたのかい?」
シルク少年はふさふさの髪で隠れた頭の後ろを撫でる。ある箇所に手が当たると痛みが走った。少し硬くなった、たんこぶだ。自身も気付いていなかった怪我によく気付いたものだ。シルクは船医アハウの腕は確かだと信じることにした。
「おそらく、そうなんです。アハウさん。僕は反乱に巻き込まれたときに手足を拘束されて、船倉に閉じ込められました。その後連れ出された時に銃床で殴られたんだと思います」
船医アハウは顔をしかめた。
「我々よりも酷いことをするものだね、愚かな人間だ」
煙を再び吐き出すと、言葉を続ける。
「そうだね……今更施す治療は無いが、体力を付けてくるといい。呼び止めていたならすまないね」
「いえ、いいんです。お気遣いありがとうございます」
シルク少年は船医アハウに頭を下げ、見張り台に立つ掌帆長イクの下を通り食堂へ向かった。
船内には芳ばしい香りが漂っている。イカロス海軍船ジョージ・セイル号では嗅いだことの無い香りだが、記憶にうっすらと残る母の作るスープの香りによく似ていた。
「よう、新入りくん!やっと来たね」
厨房から顔を覗かせたエクリュベージュの髪と緑の瞳。それは料理人ムルクである。彼はシルク少年に温かなスープと塩漬け肉、それに加えてビスケットの代わりらしき物を渡した。代替品は丸く薄黄色い。
「これは、なんですか?」
料理人ムルクは「ナンじゃないよ」と答え、少し首を傾げて笑った。
「ああ、これは『トラシュカリ』と呼ばれるパン……船上だとビスケットみたいな物だね。たまに食べる主食さ」
海賊だとこういう物も食べるのか、とシルク少年は興味深く見ていた。食堂の席の方を見ると、水夫アクバルがこちらへ来いと言わんばかりに腕を振っている。シルクは親切なアクバルの向かいに座ることにした。
「腹減っただろう、シルク。さあガブっといけ」
アクバルの皿の上を見る。トラシュカリで塩漬け肉を包み、齧り付いた跡が残っていた。シルク少年は彼の真似をして、半月の薄黄色に噛み付いた。ゴムのように固いと思っていた塩漬け肉はとても柔らかく、前歯ですぐに噛み切ってしまった。トラシュカリは甘く感じる。
「どうだ、こんなの海軍なんかじゃ食えないだろ?」
「僕、トラシュカリを初めて食べました。なにで出来ているんだろう」
隣の机で食べていた小太りでそばかすの操舵手ベンが話を聞いていたらしく、答えた。
「それはトウモロコシで出来てるんだよ。石灰水と粒を混ぜて乾燥させてから、すり潰して粉にして水と混ぜて焼くんだ」
シルク少年は興味深い話を聞き、思わず目を輝かせた。ベンによるトラシュカリの説明が延々と続くので、聞き飽きたアクバルがシルクに声をかけた。
「スープが冷めちまうぞ。今日は珍しく手をかけてたみたいだからな、温かいうちに飲んどけ」
シルク少年が慌ててスプーンを手に持ち、スープを口に含んだ。魚介が中心の優しい味に、懐かしさを覚えていた。
「これ、母さんのスープと同じだ……。塩気が少なくて、まろやかな味。懐かしいな……」
絹の肌に小さな涙が伝う。アクバルは心配そうにシルク少年を見ている。
「どうした、体調でも悪いのか?」
視線を上げるとベンも一緒に慌てている。シルク少年は涙を拭うと、「いえ、大丈夫です。お腹空きすぎたのかな?」と笑ってみせた。
シルク少年の脳裏には、暖炉の灯りに照らされ優しく微笑む母の姿が浮かんでいた。
ジョージ・セイル号で反乱が起きたのはつい昨日の昼のことだった。海軍の船員とはいえ、下っ端はお金を貰って雇われているだけの水夫だ。彼らはその日の夜のうちに計算して管理されていたありったけの食糧や酒を船倉から取り出し宴を開いていた。陸に辿り着く前に食糧が尽きることなど理解していなかった。事実に気付いた時には既に手遅れだった。
(そうだ、父さんが海に沈んだのはつい昨日のことだったんだ)
シルク少年は海を眺めたまま動かなかった。
「隣、失礼するよ」
赤髪で右目の下にホクロがひとつ、涙のように飾られた船医アハウがパイプを咥えながら肩を並べる。吐き出された煙は風下の船首へと抜けていく。
「シルク、といったね。君、後頭部が腫れているようだが、何かに殴られて気絶でもさせられたのかい?」
シルク少年はふさふさの髪で隠れた頭の後ろを撫でる。ある箇所に手が当たると痛みが走った。少し硬くなった、たんこぶだ。自身も気付いていなかった怪我によく気付いたものだ。シルクは船医アハウの腕は確かだと信じることにした。
「おそらく、そうなんです。アハウさん。僕は反乱に巻き込まれたときに手足を拘束されて、船倉に閉じ込められました。その後連れ出された時に銃床で殴られたんだと思います」
船医アハウは顔をしかめた。
「我々よりも酷いことをするものだね、愚かな人間だ」
煙を再び吐き出すと、言葉を続ける。
「そうだね……今更施す治療は無いが、体力を付けてくるといい。呼び止めていたならすまないね」
「いえ、いいんです。お気遣いありがとうございます」
シルク少年は船医アハウに頭を下げ、見張り台に立つ掌帆長イクの下を通り食堂へ向かった。
船内には芳ばしい香りが漂っている。イカロス海軍船ジョージ・セイル号では嗅いだことの無い香りだが、記憶にうっすらと残る母の作るスープの香りによく似ていた。
「よう、新入りくん!やっと来たね」
厨房から顔を覗かせたエクリュベージュの髪と緑の瞳。それは料理人ムルクである。彼はシルク少年に温かなスープと塩漬け肉、それに加えてビスケットの代わりらしき物を渡した。代替品は丸く薄黄色い。
「これは、なんですか?」
料理人ムルクは「ナンじゃないよ」と答え、少し首を傾げて笑った。
「ああ、これは『トラシュカリ』と呼ばれるパン……船上だとビスケットみたいな物だね。たまに食べる主食さ」
海賊だとこういう物も食べるのか、とシルク少年は興味深く見ていた。食堂の席の方を見ると、水夫アクバルがこちらへ来いと言わんばかりに腕を振っている。シルクは親切なアクバルの向かいに座ることにした。
「腹減っただろう、シルク。さあガブっといけ」
アクバルの皿の上を見る。トラシュカリで塩漬け肉を包み、齧り付いた跡が残っていた。シルク少年は彼の真似をして、半月の薄黄色に噛み付いた。ゴムのように固いと思っていた塩漬け肉はとても柔らかく、前歯ですぐに噛み切ってしまった。トラシュカリは甘く感じる。
「どうだ、こんなの海軍なんかじゃ食えないだろ?」
「僕、トラシュカリを初めて食べました。なにで出来ているんだろう」
隣の机で食べていた小太りでそばかすの操舵手ベンが話を聞いていたらしく、答えた。
「それはトウモロコシで出来てるんだよ。石灰水と粒を混ぜて乾燥させてから、すり潰して粉にして水と混ぜて焼くんだ」
シルク少年は興味深い話を聞き、思わず目を輝かせた。ベンによるトラシュカリの説明が延々と続くので、聞き飽きたアクバルがシルクに声をかけた。
「スープが冷めちまうぞ。今日は珍しく手をかけてたみたいだからな、温かいうちに飲んどけ」
シルク少年が慌ててスプーンを手に持ち、スープを口に含んだ。魚介が中心の優しい味に、懐かしさを覚えていた。
「これ、母さんのスープと同じだ……。塩気が少なくて、まろやかな味。懐かしいな……」
絹の肌に小さな涙が伝う。アクバルは心配そうにシルク少年を見ている。
「どうした、体調でも悪いのか?」
視線を上げるとベンも一緒に慌てている。シルク少年は涙を拭うと、「いえ、大丈夫です。お腹空きすぎたのかな?」と笑ってみせた。
シルク少年の脳裏には、暖炉の灯りに照らされ優しく微笑む母の姿が浮かんでいた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
スコウキャッタ・ターミナル
nono
児童書・童話
「みんなと違う」妹がチームの優勝杯に吐いた日、ついにそのテディベアをエレンは捨てる。すると妹は猫に変身し、謎の二人組に追われることにーー 空飛ぶトラムで不思議な世界にやってきたエレンは、弱虫王子とワガママ王女を仲間に加え、妹を人間に戻そうとするが・・・
児童絵本館のオオカミ
火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版

こちら御神楽学園心霊部!
緒方あきら
児童書・童話
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。
灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。
それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。
。
部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。
前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。
通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。
どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。
封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。
決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。
事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。
ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。
都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。
延々と名前を問う不気味な声【名前】。
10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。
シャルル・ド・ラングとピエールのおはなし
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
ノルウェジアン・フォレスト・キャットのシャルル・ド・ラングはちょっと変わった猫です。人間のように二本足で歩き、タキシードを着てシルクハットを被り、猫目石のついたステッキまで持っています。
以前シャルル・ド・ラングが住んでいた世界では、動物たちはみな、二本足で立ち歩くのが普通なのでしたが……。
不思議な力で出会った者を助ける謎の猫、シャルル・ド・ラングのお話です。
【完結】アシュリンと魔法の絵本
秋月一花
児童書・童話
田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。
地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。
ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。
「ほ、本がかってにうごいてるー!」
『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』
と、アシュリンを旅に誘う。
どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。
魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。
アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる!
※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。
※この小説は7万字完結予定の中編です。
※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。
飛べ、ミラクル!
矢野 零時
児童書・童話
おもちゃのロボット、ミラクルは、本当のロボットになることを夢みていたのです。お兄ちゃんはそんなことを知らずに、他のロボットに目をうつし、ないがしろにし始めていました。そんなミラクルをカナは助け出そうとしましたが、遠足につれていき、山の中に落としてしまいました。それでも、ミラクルは……。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる