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第四話 不思議な昼食
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海を眺めたり、甲板掃除の手伝いをしていると日が高く上がってきた。海賊船にも、昼がやってきたのだ。金髪の料理人エツナブにより昼食を知らせる鐘が鳴らされる。シルク少年は鐘の音で空腹を思い出していた。
ジョージ・セイル号で反乱が起きたのはつい昨日の昼のことだった。海軍の船員とはいえ、下っ端はお金を貰って雇われているだけの水夫だ。彼らはその日の夜のうちに計算して管理されていたありったけの食糧や酒を船倉から取り出し宴を開いていた。陸に辿り着く前に食糧が尽きることなど理解していなかった。事実に気付いた時には既に手遅れだった。
(そうだ、父さんが海に沈んだのはつい昨日のことだったんだ)
シルク少年は海を眺めたまま動かなかった。
「隣、失礼するよ」
赤髪で右目の下にホクロがひとつ、涙のように飾られた船医アハウがパイプを咥えながら肩を並べる。吐き出された煙は風下の船首へと抜けていく。
「シルク、といったね。君、後頭部が腫れているようだが、何かに殴られて気絶でもさせられたのかい?」
シルク少年はふさふさの髪で隠れた頭の後ろを撫でる。ある箇所に手が当たると痛みが走った。少し硬くなった、たんこぶだ。自身も気付いていなかった怪我によく気付いたものだ。シルクは船医アハウの腕は確かだと信じることにした。
「おそらく、そうなんです。アハウさん。僕は反乱に巻き込まれたときに手足を拘束されて、船倉に閉じ込められました。その後連れ出された時に銃床で殴られたんだと思います」
船医アハウは顔をしかめた。
「我々よりも酷いことをするものだね、愚かな人間だ」
煙を再び吐き出すと、言葉を続ける。
「そうだね……今更施す治療は無いが、体力を付けてくるといい。呼び止めていたならすまないね」
「いえ、いいんです。お気遣いありがとうございます」
シルク少年は船医アハウに頭を下げ、見張り台に立つ掌帆長イクの下を通り食堂へ向かった。
船内には芳ばしい香りが漂っている。イカロス海軍船ジョージ・セイル号では嗅いだことの無い香りだが、記憶にうっすらと残る母の作るスープの香りによく似ていた。
「よう、新入りくん!やっと来たね」
厨房から顔を覗かせたエクリュベージュの髪と緑の瞳。それは料理人ムルクである。彼はシルク少年に温かなスープと塩漬け肉、それに加えてビスケットの代わりらしき物を渡した。代替品は丸く薄黄色い。
「これは、なんですか?」
料理人ムルクは「ナンじゃないよ」と答え、少し首を傾げて笑った。
「ああ、これは『トラシュカリ』と呼ばれるパン……船上だとビスケットみたいな物だね。たまに食べる主食さ」
海賊だとこういう物も食べるのか、とシルク少年は興味深く見ていた。食堂の席の方を見ると、水夫アクバルがこちらへ来いと言わんばかりに腕を振っている。シルクは親切なアクバルの向かいに座ることにした。
「腹減っただろう、シルク。さあガブっといけ」
アクバルの皿の上を見る。トラシュカリで塩漬け肉を包み、齧り付いた跡が残っていた。シルク少年は彼の真似をして、半月の薄黄色に噛み付いた。ゴムのように固いと思っていた塩漬け肉はとても柔らかく、前歯ですぐに噛み切ってしまった。トラシュカリは甘く感じる。
「どうだ、こんなの海軍なんかじゃ食えないだろ?」
「僕、トラシュカリを初めて食べました。なにで出来ているんだろう」
隣の机で食べていた小太りでそばかすの操舵手ベンが話を聞いていたらしく、答えた。
「それはトウモロコシで出来てるんだよ。石灰水と粒を混ぜて乾燥させてから、すり潰して粉にして水と混ぜて焼くんだ」
シルク少年は興味深い話を聞き、思わず目を輝かせた。ベンによるトラシュカリの説明が延々と続くので、聞き飽きたアクバルがシルクに声をかけた。
「スープが冷めちまうぞ。今日は珍しく手をかけてたみたいだからな、温かいうちに飲んどけ」
シルク少年が慌ててスプーンを手に持ち、スープを口に含んだ。魚介が中心の優しい味に、懐かしさを覚えていた。
「これ、母さんのスープと同じだ……。塩気が少なくて、まろやかな味。懐かしいな……」
絹の肌に小さな涙が伝う。アクバルは心配そうにシルク少年を見ている。
「どうした、体調でも悪いのか?」
視線を上げるとベンも一緒に慌てている。シルク少年は涙を拭うと、「いえ、大丈夫です。お腹空きすぎたのかな?」と笑ってみせた。
シルク少年の脳裏には、暖炉の灯りに照らされ優しく微笑む母の姿が浮かんでいた。
ジョージ・セイル号で反乱が起きたのはつい昨日の昼のことだった。海軍の船員とはいえ、下っ端はお金を貰って雇われているだけの水夫だ。彼らはその日の夜のうちに計算して管理されていたありったけの食糧や酒を船倉から取り出し宴を開いていた。陸に辿り着く前に食糧が尽きることなど理解していなかった。事実に気付いた時には既に手遅れだった。
(そうだ、父さんが海に沈んだのはつい昨日のことだったんだ)
シルク少年は海を眺めたまま動かなかった。
「隣、失礼するよ」
赤髪で右目の下にホクロがひとつ、涙のように飾られた船医アハウがパイプを咥えながら肩を並べる。吐き出された煙は風下の船首へと抜けていく。
「シルク、といったね。君、後頭部が腫れているようだが、何かに殴られて気絶でもさせられたのかい?」
シルク少年はふさふさの髪で隠れた頭の後ろを撫でる。ある箇所に手が当たると痛みが走った。少し硬くなった、たんこぶだ。自身も気付いていなかった怪我によく気付いたものだ。シルクは船医アハウの腕は確かだと信じることにした。
「おそらく、そうなんです。アハウさん。僕は反乱に巻き込まれたときに手足を拘束されて、船倉に閉じ込められました。その後連れ出された時に銃床で殴られたんだと思います」
船医アハウは顔をしかめた。
「我々よりも酷いことをするものだね、愚かな人間だ」
煙を再び吐き出すと、言葉を続ける。
「そうだね……今更施す治療は無いが、体力を付けてくるといい。呼び止めていたならすまないね」
「いえ、いいんです。お気遣いありがとうございます」
シルク少年は船医アハウに頭を下げ、見張り台に立つ掌帆長イクの下を通り食堂へ向かった。
船内には芳ばしい香りが漂っている。イカロス海軍船ジョージ・セイル号では嗅いだことの無い香りだが、記憶にうっすらと残る母の作るスープの香りによく似ていた。
「よう、新入りくん!やっと来たね」
厨房から顔を覗かせたエクリュベージュの髪と緑の瞳。それは料理人ムルクである。彼はシルク少年に温かなスープと塩漬け肉、それに加えてビスケットの代わりらしき物を渡した。代替品は丸く薄黄色い。
「これは、なんですか?」
料理人ムルクは「ナンじゃないよ」と答え、少し首を傾げて笑った。
「ああ、これは『トラシュカリ』と呼ばれるパン……船上だとビスケットみたいな物だね。たまに食べる主食さ」
海賊だとこういう物も食べるのか、とシルク少年は興味深く見ていた。食堂の席の方を見ると、水夫アクバルがこちらへ来いと言わんばかりに腕を振っている。シルクは親切なアクバルの向かいに座ることにした。
「腹減っただろう、シルク。さあガブっといけ」
アクバルの皿の上を見る。トラシュカリで塩漬け肉を包み、齧り付いた跡が残っていた。シルク少年は彼の真似をして、半月の薄黄色に噛み付いた。ゴムのように固いと思っていた塩漬け肉はとても柔らかく、前歯ですぐに噛み切ってしまった。トラシュカリは甘く感じる。
「どうだ、こんなの海軍なんかじゃ食えないだろ?」
「僕、トラシュカリを初めて食べました。なにで出来ているんだろう」
隣の机で食べていた小太りでそばかすの操舵手ベンが話を聞いていたらしく、答えた。
「それはトウモロコシで出来てるんだよ。石灰水と粒を混ぜて乾燥させてから、すり潰して粉にして水と混ぜて焼くんだ」
シルク少年は興味深い話を聞き、思わず目を輝かせた。ベンによるトラシュカリの説明が延々と続くので、聞き飽きたアクバルがシルクに声をかけた。
「スープが冷めちまうぞ。今日は珍しく手をかけてたみたいだからな、温かいうちに飲んどけ」
シルク少年が慌ててスプーンを手に持ち、スープを口に含んだ。魚介が中心の優しい味に、懐かしさを覚えていた。
「これ、母さんのスープと同じだ……。塩気が少なくて、まろやかな味。懐かしいな……」
絹の肌に小さな涙が伝う。アクバルは心配そうにシルク少年を見ている。
「どうした、体調でも悪いのか?」
視線を上げるとベンも一緒に慌てている。シルク少年は涙を拭うと、「いえ、大丈夫です。お腹空きすぎたのかな?」と笑ってみせた。
シルク少年の脳裏には、暖炉の灯りに照らされ優しく微笑む母の姿が浮かんでいた。
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