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141 ごめん、ごめんねカミユ

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ミールとミシェルが手を繋いでいるのを見た。

それだけで、私は逃げてしまった。


しょうがないから、キセの街に行くことにした。

結構な危険地帯の草むらで泣いていて、オオカミ6匹に囲まれた。

だけどシカトして寝転んでいた。

やっぱり噛まれた。

寝たまんま『超回復』と「等価交換」で3匹を戦闘不能にした。3匹は恐れをなして逃げていった。

寝転がったまま、猛獣を撃退してしまう私は何者なんだろうか。


ミールは魂で結び付いた妹のような存在。

ミシェルと彼女が結ばれることに嫉妬の気持ちは沸いてこない。

ただ冷静でいられなかった。

私がミールの前に姿を現せば、ミシェルを諦めるかも知れない。

それはして欲しくない。

しばらく、違う場所で活動しよう。

気持ちの整理が付かない。それどころか乱れている。まだ、オルシマに帰るべきではなかった。

魔物と図太く戦えるから、神経まで強くなったと勘違いしていた。

いっそ、すごく慕ってくれるカミユに彼氏の振りをしてもらうか・・

いや、私はカミユ達には「聖女」だった。

偽装彼氏なんてやらせたら、深く傷つくじゃないか。

「なんて最低なことを考えるんだよ、私」

歩いたり走ったり、2日くらいうだうだしていると、キセの街が近付いてきた。

まっすぐ行けば10キロでキセ、左で西に8キロ細道を行けばダンジョンがある。

「あと10キロくらいでキセか。カミユ達と、西にある上級爬虫類ダンジョンでも踏破するかな」

そこに2ヶ月くらい潜ってもいい。

ミールとミシェルは私を探すにせよ何にせよ、一緒にいて仲を深めていくだろう。


「ユリナ様!」
「うわっ」

いきなり、林から出てきた男の子に名前を呼ばれた。

「あなた確か、カミユ達の教育係をやってくれてる、ホセ君・・」

数日前にカナワで会ったときの、冷静な表情が崩れている。

「申し訳ありませんが来てください。カミユが!」

血相が変わった彼を見て嫌な予感がした。

「私をおぶって何キロ出せる」

「瞬間なら50キロ・・」

ホセの背に飛び乗って、走らせた。

素肌を手を当てて、ホセ君に『超回復』をかけ続けて走らせた。

「ユリナ様、これは一体・・」

「ホセ君、カミユに何かあったのね。説明はいい。お願い、全力で走って。急いで!」
「はい!」

ホセ君が私を背負って10分走った場所は、ダンジョンの出入口だった。

ドクン。

自分の胸が鳴る音が、はっきり聞こえた。

10人くらいの闇の子がいて、真ん中には・・

「カミユ!」

そこには、血まみれのカミユが横たわっていた。

何が起こったかなんて、見れば想像できる。

私は飛びかかるようにカミユをつかんだ。

『超回復』

「『超回復』『超回復』」


「カミユ、何してんのよ。『超回復』」

「目を開けなさい。『超回復』」

「命令したよね。『超回復』」

「死ぬのは許さないって言ったでしょ。『超回復』」

「あんたは私の子供でしょ。『超回復』」

「お母さんって呼んだんだくせに。『超回復』」

「死なないって言ったよね。嘘つき、嘘つき、嘘つき・・。ねえ、嘘って言ってよ・・」



いつの間にか彼らのリーダー・ミハイルさんも来ていた。

「『超回復』『超回復』『超回復』『超回復』『超回復』」

だけど、もう冷たくなったカミユは何も言ってくれない。

「・・ユリナ様、もうカミユは」
「目を開けてよ」
「ユリナ様」

私のせいだ。彼を死なせない手段はあった。

「私のせいだ」
「・・」

「私のスキルなら、ランドドラゴン相手だって、戦えるようにしてあげられた」

「ユリナ様に責任はありません」

「カミユがスキルに恵まれてないなら、オルシマに連れて行けば良かった」

必死で慕ってくれるのに、ほんの一瞬でも身代わり彼氏にしようとか思った。

「ミシェルに早く会いたいからって、カミユ達のことを後回しにした」

馬鹿なまんまだ、私は。

「会って間もないのに、私のためにカミユが魔法使い相手に命懸けで戦った。そんな子だって分かってたのに」

「いえ、カミユをダンジョンで守れなかった我々の責任です」

「カミユ、カミユ、目を開けてよ。無茶するなって言ったでしょ。死なないって言ってくれたでしょ」

『超回復』『超回復』『超回復』

力いっぱいカミユを抱き締めていた。


何時間たったのだろう。

周りが薄暗くなってきた。

「『超回復』。ううっ、うっ、うっ、うっ、うっ」

「ユリナ様、カミユはわずかな期間でしたが、あなたと触れ合うことまでできて、喜んでいました。死の間際まで、ユリナ様への感謝を口にしていました・・」

「そんなこと、どうでもいい!」 

「は?」

「これからだったんだ。聞いたよ。沢山つらい思いをしてきたんだ。私と会ったことが何になる。そんなもん疑似の幸せだ」

「な、何を」

「私はただ、死にかけたとき、オーブを拾っただけだ!」

カミユ、ごめん。

「オーブに体を治せるスキルを望んだ。そんだけの、ただの女だ」

ミハイルさんが、私の言葉を聞いて、目を見開いている。

「簡単に死なないから、魔物を倒してるだけの、元劣等人だ」

みんな、うつむいている。私になんか、愛想を尽かしてくれ。

「カミユの本物の幸せは、これからつかむはずだった。自分の思った通りに生きて良かったんだよ」

涙が止まらない。

「視界が開けたら、私なんか大したことないって分かる。そっからが、カミユの本物の人生なんだ」

カミユ、目を空けない。

「私なんか踏み台でいいんだよ。ほんの少しの間でも、カミユ達の心の支えになれれば良かったんだよ」

もう、カミユの口元に付いた血が固まっている。

「偽物のくせに、聖女とか言われて・・。お母さんだから、何でもしてやるのが当たり前とか・・。何にもしてやんなかった。嘘つきは私だ。ごめん、ごめんよカミユ・・」


カミユは何も返事をしてくれなかった。



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