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番外編
メディテラーネ編
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世界に、価値はない。
強大な帝国の第一皇女として生まれたメディテラーネは、一歳を迎える頃には、そう感じていた。
歳を重ねるごとに、知識も経験も増えていく。
けれど、やはり世界に価値があるとは思えなかった。
「あら、申し訳ありません、皇女殿下」
髪を梳いていた女官が、悪びれた様子もなく謝罪をした。雑に櫛を通したため、髪が引っ張られて数本の髪の毛が抜けた。この女官、地位や身分など、権力に嫉妬をする人間だった。幼いながらも人を使う側の人間であるメディテラーネを、良く思っていなかった。鏡越しに意地の悪い笑みを浮かべる女官を振り返る。
「何ですか」
無言でジッと見つめるメディテラーネに、女官は片眉を上げてなお不遜な態度を取る。幼子だ。何をしても気付かれないとたかを括っていたのだろう。
凄まじい叫び声に、衛兵や女官が急ぐ。そこは、メディテラーネの私室。
立っているメディテラーネは、床にのたうち回る女官を睥睨していた。そしてその手には、無数の髪の毛が絡まる。女官の頭は血塗れだった。髪が無い部位があり、そこの頭皮が剥がれている。
「わたくしの髪の毛を抜くのよ。だから、同じことをしただけ」
三歳にもならない子どもが、何をされたからどうしたのか、きちんと説明をした。聡明であると言われてはいた。言われてはいたが、これは。
「メディ、父様に教えて欲しいことがあるんだ」
メディテラーネの奇行は、すぐに親である皇帝と皇妃に伝えられた。まだまだ幼い子であるから、間違った方向へ行かないように出来る。だから、話をした。メディテラーネがどんなことを考え、何を思い、どう感じるのか。
「陛下」
皇妃が青ざめながら首を振る。
もう、いい。これ以上は、もう。
そんな皇妃の思いが痛いほどわかる。
最初の奇行から五年以上。時間を見つけては、話をしてきた。メディテラーネを知るために。けれど、話をすればするほど、底なし沼を覗いている気持ちになった。その間にも、メディテラーネの奇行は修まるどころか、酷くなっていった。
癇癪をおこされた方が、まだ対処しやすい。
「あの子は、メディテラーネは、人の心を持って生まれてこなかったのよ」
皇妃は、そう嘆き悲しんだ。
「宰相、“むこのたみ”とは何かしら」
聡明な彼女を間違った方向へ行かせないよう、皇帝たちは彼女の興味のあることに目を向かせようとした。彼女が「学びたい」と言ったことから、国一番の頭脳、若くして宰相の地位に就いた者を、側に置いた。
執務時間は、宰相の仕事をただジッと見ていた。邪魔をすることなく、ただおとなしくそこにいる。休憩時間になると、見聞きしたものの中で疑問に思ったことをこうして聞く。そんな毎日も、繰り返す内に少しずつ変化していった。メディテラーネが五歳になる頃には、宰相は彼女の性癖を知り、また己の性癖にも気付いてしまっていた。
「それがわたくしに、何の関係があるのかしら」
美しく成長したメディテラーネは、その性格も相まって、“悪魔の化身”と囁かれていた。残忍な性格だとわかっているのに、その美しさに目を奪われる。誰もが羨み、誰もが恐れた。
絶対的な悪に惹かれるものは、一定数いる。そしてその悪を、善の裏返しだと勘違いした者も、一定数いた。学園でのメディテラーネは、そんな二極化した取り巻きに囲まれていた。メディテラーネを慕う気持ちは同じだが、慕う理由が違うのだ。相容れるはずのない取り巻きたちの諍いは絶えない。ただし、メディテラーネの知らないところで、だ。それはもちろん、仲が悪いことを知られないためではなく、側で騒がしくされることを嫌うからである。
ある日、一人の男子生徒がメディテラーネに詰め寄った。
メディテラーネが、自身の愛する婚約者に傷を負わせたため婚約が白紙になった、と。
悪魔の化身と言われる、まして貴族からしても格上どころか殿上人である皇族に対して詰め寄るなど、正気とは思えない行動だった。けれど男子生徒は、死を覚悟で抗議したのだ。
しかし、メディテラーネから返ってきた言葉は、そんな何の感情もないものだった。
取り巻きたちが男に対して騒ぎ立てる。その様子さえ、メディテラーネには思うことはないようで。一人さっさと行こうとし。
「待ってください!あなたのせいで」
男子生徒の言葉は続かなかった。
進路を塞がれたメディテラーネは、不快に眉を寄せ、容赦なく鉄扇で男子生徒の頬を打った。男子生徒は倒れ、顎が外れて歯が折れ、血を流してもがいた。
メディテラーネはそれを冷たく一瞥し、去って行った。
「ほら、不敬を働いた者に、この程度で済ませて差し上げているのよ」
「皇女殿下に盾突いたのだ。一族郎党処刑されてもおかしくなかったというのに」
「お優しい皇女殿下に感謝なさい。おまえ一人を罰するだけで済ませてくださったのだから」
「本当にあなたたちのお花畑論理には辟易しますわ」
「殿下はこんなクズにいちいち構っていられないだけですよ」
「目の前を飛び回る鬱陶しいハエを処理したに過ぎないというのに」
二つの派閥はこうして対立していく。
メディテラーネが暴言を吐いても暴力を振るっても、互いの論理でいがみ合う。
けれど、メディテラーネの容赦のなさに、時を重ねる度、一人、また一人と離れていった。
十五になる頃には、片手で足りるほどの取り巻きしかいなくなっていた。
メディテラーネは、それにも何も思うことはなかった。
気に入らない者から、地位を奪い、財を奪い、権力を、名誉を、命さえも、容赦なく奪い取る。
「わたくしを不快にしなければよろしいのよ」
奪われたくないのなら。
メディテラーネへの不満は高まり、ついに抑えられなくなった。
罪を犯した皇族は幽閉される。しかし、周囲はそれを許さず、貴族牢さえ過ぎたものとし、一般牢以外認めなかった。更には即刻処刑を求められ、投獄僅か一週間後に処刑されることが決まった。
メディテラーネと宰相は、多くの騎士に囲まれ、それを告げられた。あまりに馬鹿げた内容に宰相が猛抗議をしかけて。
メディテラーネがあっさりと承諾したことに、宰相は初めてメディテラーネに異を唱えかけた。その目を見て、宰相は開きかけた口を閉ざす。
焦りでも諦めでも、起死回生のチャンスを狙っているでもなく。
それは、高いところから低いところへ水が流れることと同じ。息を吸って吐き出すことと同じ。
いつも通り。
何も変わらない、美しく気高いメディテラーネだったから。
宰相、五十三歳十一ヶ月。
メディテラーネ、十六歳と四ヶ月の出来事だった。
最期の日。
帝国の元第一皇女と元宰相は、美しく澄み渡る青空の下、処刑された。
二人の最期の姿は、後世に語り継がれ、歴史に残るほど、人々を惹きつけた。
姫様をお守り出来なかった。
ああ、守るだなんて烏滸がましい。
だから私は失敗したのだ。
死後の世界というものがあるのなら、そこでは間違えない。
“次”を夢想してしまうほど、悔やまれる。
姫様姫様ああ姫様。
姫様を理解しないこの世界になど未練はない。
ただ、姫様の側にいられないことだけが、悔やまれてならない。
だが、姫様と同じ日に、同じ場所で死ねるなんて。
こんなに幸せな最期を迎えられるなんて。
けれど、ああ、願わくは。
姫様、“次”も、姫様のお側に。
処刑台に上がる前、宰相いや、元宰相は、前を歩くメディテラーネの後ろ姿にそう祈る。
首を落とすために、その首を狙い定めやすいよう短く切られた髪。薄汚れた粗末な服。靴下すらなく裸足のまま。
罪人に、これまでのことを悔い改められるようにと、わざと惨めな気持ちにさせる待遇をする。
けれど。
見よ。
これから死に逝く者とは思えない、美しく伸びた背中。
彼女を惨めにさせることなど、何人たりとも出来はしない。
メディテラーネの、最期までメディテラーネであった姿をしっかりと目に焼き付けた元宰相は、一刻も早く彼女を追いかけるために。
「最期に」
「姫様。姫様よりも長く生き存えた不忠者ですが、今お側に参ります」
メディテラーネの落ちた首を見つめる元宰相は、メディテラーネのいない世界に用はない。
皇帝の言葉を聞かず、すでに断頭台にて喜々として待ち構える元宰相の姿に、誰もが複雑な表情を浮かべた。
それは、皇帝を軽んじることへの怒りか、反省のないことへの憎しみか、状況を理解していないのかもしれないことへの嘲りか。
それとも、そこまで想える誰かがいたことへの嫉妬か。
メディテラーネのすべてを肯定し続けた元宰相。己のすべてが彼女であった。彼女の処刑など到底受け入れられないはずだが、彼女が受け入れたのなら従うのみ。
喉が裂けるほど叫び、すべてをかなぐり捨てて、その尊い手を取り連れ去りたかった。だが、それは彼女の望みではないと知っているから。歯が砕けるほど噛みしめ、血の涙を流して耐え。
誰にも穢されることのない、己の唯一の気高い姿を見届け、その生涯を閉じた。
民衆の怒号で埋め尽くされた広場に、二つの処刑台が設置されている。
そこに執行人の姿が現れると、民衆の熱はますます高まった。続いて本日処刑台の露となる者、元第一皇女と元宰相が姿を見せる。怒号は最高潮に達し、空が割れんばかりの振動が王侯貴族たちを震え上がらせた。
だが。
徐々にその声は小さくなっていき、やがて不気味なほどの静寂に包まれた。
元第一皇女、メディテラーネのその姿に、誰もが息をのんだ。
美しく長かった髪は首をすべて晒す位置で切られ、薄汚れた布を纏うだけの小汚い憐れな小娘の姿のはずだったのに。
メディテラーネは何も持たない姿となっても、すべてを圧倒するほどの、堂々たる美しさを放っていた。その姿は、不要なものを限界まで削ぎ落としたことによる、メディテラーネ自身の美しさ、魅力であった。
我に返った皇帝は、最期の声かけをする。
「最期に言いたいことはあるか」
静まり返った広場に響く、皇帝の声。
感情を極限まで抑えつけた父である皇帝の心内を正確に読み解けるのは、同じ親である皇妃だけだろう。
メディテラーネは何も言わず、自ら断頭台に頭を置く。
「失敗は赦さなくてよ」
メディテラーネは微笑んだ。
後に語り継がれる。
悪魔の化身と呼ばれた元第一皇女は、誰もが恐れ、敬遠し、いなくなることを望まれた存在。
けれど最期は、誰をも魅了した。
最期の瞬間まで自分を貫ける、希有な人間だった、と。
あれほど慕う臣下を、一体どれほどの皇族が手に入れられるだろうか、と。
美しく、潔く散ったその姿は、歴代のどの皇帝よりも圧倒的な威厳と輝きを放っていた、と。
*おしまい*
これにて”願いの代償”はおしまいです。
また彼女たちに会いたくなったら、何かしら投稿するかもしれません。
初めてお気に入り登録が四桁越えた作品で、感慨深い作品となりました。
改めて、お読みいただいた皆さまに感謝申し上げます。
また機会がありましたらお会い出来ることを願って。
強大な帝国の第一皇女として生まれたメディテラーネは、一歳を迎える頃には、そう感じていた。
歳を重ねるごとに、知識も経験も増えていく。
けれど、やはり世界に価値があるとは思えなかった。
「あら、申し訳ありません、皇女殿下」
髪を梳いていた女官が、悪びれた様子もなく謝罪をした。雑に櫛を通したため、髪が引っ張られて数本の髪の毛が抜けた。この女官、地位や身分など、権力に嫉妬をする人間だった。幼いながらも人を使う側の人間であるメディテラーネを、良く思っていなかった。鏡越しに意地の悪い笑みを浮かべる女官を振り返る。
「何ですか」
無言でジッと見つめるメディテラーネに、女官は片眉を上げてなお不遜な態度を取る。幼子だ。何をしても気付かれないとたかを括っていたのだろう。
凄まじい叫び声に、衛兵や女官が急ぐ。そこは、メディテラーネの私室。
立っているメディテラーネは、床にのたうち回る女官を睥睨していた。そしてその手には、無数の髪の毛が絡まる。女官の頭は血塗れだった。髪が無い部位があり、そこの頭皮が剥がれている。
「わたくしの髪の毛を抜くのよ。だから、同じことをしただけ」
三歳にもならない子どもが、何をされたからどうしたのか、きちんと説明をした。聡明であると言われてはいた。言われてはいたが、これは。
「メディ、父様に教えて欲しいことがあるんだ」
メディテラーネの奇行は、すぐに親である皇帝と皇妃に伝えられた。まだまだ幼い子であるから、間違った方向へ行かないように出来る。だから、話をした。メディテラーネがどんなことを考え、何を思い、どう感じるのか。
「陛下」
皇妃が青ざめながら首を振る。
もう、いい。これ以上は、もう。
そんな皇妃の思いが痛いほどわかる。
最初の奇行から五年以上。時間を見つけては、話をしてきた。メディテラーネを知るために。けれど、話をすればするほど、底なし沼を覗いている気持ちになった。その間にも、メディテラーネの奇行は修まるどころか、酷くなっていった。
癇癪をおこされた方が、まだ対処しやすい。
「あの子は、メディテラーネは、人の心を持って生まれてこなかったのよ」
皇妃は、そう嘆き悲しんだ。
「宰相、“むこのたみ”とは何かしら」
聡明な彼女を間違った方向へ行かせないよう、皇帝たちは彼女の興味のあることに目を向かせようとした。彼女が「学びたい」と言ったことから、国一番の頭脳、若くして宰相の地位に就いた者を、側に置いた。
執務時間は、宰相の仕事をただジッと見ていた。邪魔をすることなく、ただおとなしくそこにいる。休憩時間になると、見聞きしたものの中で疑問に思ったことをこうして聞く。そんな毎日も、繰り返す内に少しずつ変化していった。メディテラーネが五歳になる頃には、宰相は彼女の性癖を知り、また己の性癖にも気付いてしまっていた。
「それがわたくしに、何の関係があるのかしら」
美しく成長したメディテラーネは、その性格も相まって、“悪魔の化身”と囁かれていた。残忍な性格だとわかっているのに、その美しさに目を奪われる。誰もが羨み、誰もが恐れた。
絶対的な悪に惹かれるものは、一定数いる。そしてその悪を、善の裏返しだと勘違いした者も、一定数いた。学園でのメディテラーネは、そんな二極化した取り巻きに囲まれていた。メディテラーネを慕う気持ちは同じだが、慕う理由が違うのだ。相容れるはずのない取り巻きたちの諍いは絶えない。ただし、メディテラーネの知らないところで、だ。それはもちろん、仲が悪いことを知られないためではなく、側で騒がしくされることを嫌うからである。
ある日、一人の男子生徒がメディテラーネに詰め寄った。
メディテラーネが、自身の愛する婚約者に傷を負わせたため婚約が白紙になった、と。
悪魔の化身と言われる、まして貴族からしても格上どころか殿上人である皇族に対して詰め寄るなど、正気とは思えない行動だった。けれど男子生徒は、死を覚悟で抗議したのだ。
しかし、メディテラーネから返ってきた言葉は、そんな何の感情もないものだった。
取り巻きたちが男に対して騒ぎ立てる。その様子さえ、メディテラーネには思うことはないようで。一人さっさと行こうとし。
「待ってください!あなたのせいで」
男子生徒の言葉は続かなかった。
進路を塞がれたメディテラーネは、不快に眉を寄せ、容赦なく鉄扇で男子生徒の頬を打った。男子生徒は倒れ、顎が外れて歯が折れ、血を流してもがいた。
メディテラーネはそれを冷たく一瞥し、去って行った。
「ほら、不敬を働いた者に、この程度で済ませて差し上げているのよ」
「皇女殿下に盾突いたのだ。一族郎党処刑されてもおかしくなかったというのに」
「お優しい皇女殿下に感謝なさい。おまえ一人を罰するだけで済ませてくださったのだから」
「本当にあなたたちのお花畑論理には辟易しますわ」
「殿下はこんなクズにいちいち構っていられないだけですよ」
「目の前を飛び回る鬱陶しいハエを処理したに過ぎないというのに」
二つの派閥はこうして対立していく。
メディテラーネが暴言を吐いても暴力を振るっても、互いの論理でいがみ合う。
けれど、メディテラーネの容赦のなさに、時を重ねる度、一人、また一人と離れていった。
十五になる頃には、片手で足りるほどの取り巻きしかいなくなっていた。
メディテラーネは、それにも何も思うことはなかった。
気に入らない者から、地位を奪い、財を奪い、権力を、名誉を、命さえも、容赦なく奪い取る。
「わたくしを不快にしなければよろしいのよ」
奪われたくないのなら。
メディテラーネへの不満は高まり、ついに抑えられなくなった。
罪を犯した皇族は幽閉される。しかし、周囲はそれを許さず、貴族牢さえ過ぎたものとし、一般牢以外認めなかった。更には即刻処刑を求められ、投獄僅か一週間後に処刑されることが決まった。
メディテラーネと宰相は、多くの騎士に囲まれ、それを告げられた。あまりに馬鹿げた内容に宰相が猛抗議をしかけて。
メディテラーネがあっさりと承諾したことに、宰相は初めてメディテラーネに異を唱えかけた。その目を見て、宰相は開きかけた口を閉ざす。
焦りでも諦めでも、起死回生のチャンスを狙っているでもなく。
それは、高いところから低いところへ水が流れることと同じ。息を吸って吐き出すことと同じ。
いつも通り。
何も変わらない、美しく気高いメディテラーネだったから。
宰相、五十三歳十一ヶ月。
メディテラーネ、十六歳と四ヶ月の出来事だった。
最期の日。
帝国の元第一皇女と元宰相は、美しく澄み渡る青空の下、処刑された。
二人の最期の姿は、後世に語り継がれ、歴史に残るほど、人々を惹きつけた。
姫様をお守り出来なかった。
ああ、守るだなんて烏滸がましい。
だから私は失敗したのだ。
死後の世界というものがあるのなら、そこでは間違えない。
“次”を夢想してしまうほど、悔やまれる。
姫様姫様ああ姫様。
姫様を理解しないこの世界になど未練はない。
ただ、姫様の側にいられないことだけが、悔やまれてならない。
だが、姫様と同じ日に、同じ場所で死ねるなんて。
こんなに幸せな最期を迎えられるなんて。
けれど、ああ、願わくは。
姫様、“次”も、姫様のお側に。
処刑台に上がる前、宰相いや、元宰相は、前を歩くメディテラーネの後ろ姿にそう祈る。
首を落とすために、その首を狙い定めやすいよう短く切られた髪。薄汚れた粗末な服。靴下すらなく裸足のまま。
罪人に、これまでのことを悔い改められるようにと、わざと惨めな気持ちにさせる待遇をする。
けれど。
見よ。
これから死に逝く者とは思えない、美しく伸びた背中。
彼女を惨めにさせることなど、何人たりとも出来はしない。
メディテラーネの、最期までメディテラーネであった姿をしっかりと目に焼き付けた元宰相は、一刻も早く彼女を追いかけるために。
「最期に」
「姫様。姫様よりも長く生き存えた不忠者ですが、今お側に参ります」
メディテラーネの落ちた首を見つめる元宰相は、メディテラーネのいない世界に用はない。
皇帝の言葉を聞かず、すでに断頭台にて喜々として待ち構える元宰相の姿に、誰もが複雑な表情を浮かべた。
それは、皇帝を軽んじることへの怒りか、反省のないことへの憎しみか、状況を理解していないのかもしれないことへの嘲りか。
それとも、そこまで想える誰かがいたことへの嫉妬か。
メディテラーネのすべてを肯定し続けた元宰相。己のすべてが彼女であった。彼女の処刑など到底受け入れられないはずだが、彼女が受け入れたのなら従うのみ。
喉が裂けるほど叫び、すべてをかなぐり捨てて、その尊い手を取り連れ去りたかった。だが、それは彼女の望みではないと知っているから。歯が砕けるほど噛みしめ、血の涙を流して耐え。
誰にも穢されることのない、己の唯一の気高い姿を見届け、その生涯を閉じた。
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そこに執行人の姿が現れると、民衆の熱はますます高まった。続いて本日処刑台の露となる者、元第一皇女と元宰相が姿を見せる。怒号は最高潮に達し、空が割れんばかりの振動が王侯貴族たちを震え上がらせた。
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元第一皇女、メディテラーネのその姿に、誰もが息をのんだ。
美しく長かった髪は首をすべて晒す位置で切られ、薄汚れた布を纏うだけの小汚い憐れな小娘の姿のはずだったのに。
メディテラーネは何も持たない姿となっても、すべてを圧倒するほどの、堂々たる美しさを放っていた。その姿は、不要なものを限界まで削ぎ落としたことによる、メディテラーネ自身の美しさ、魅力であった。
我に返った皇帝は、最期の声かけをする。
「最期に言いたいことはあるか」
静まり返った広場に響く、皇帝の声。
感情を極限まで抑えつけた父である皇帝の心内を正確に読み解けるのは、同じ親である皇妃だけだろう。
メディテラーネは何も言わず、自ら断頭台に頭を置く。
「失敗は赦さなくてよ」
メディテラーネは微笑んだ。
後に語り継がれる。
悪魔の化身と呼ばれた元第一皇女は、誰もが恐れ、敬遠し、いなくなることを望まれた存在。
けれど最期は、誰をも魅了した。
最期の瞬間まで自分を貫ける、希有な人間だった、と。
あれほど慕う臣下を、一体どれほどの皇族が手に入れられるだろうか、と。
美しく、潔く散ったその姿は、歴代のどの皇帝よりも圧倒的な威厳と輝きを放っていた、と。
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