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番外編
王侯貴族編
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ああ、堪らない。
リグラスは熱のこもる目で、その光景を見つめた。
「たまにはお掃除もしなくてはね」
王家主催の夜会。
暇潰しという気まぐれで参加をしたメルナーゼは、エスコートをする執事にそう言った。それは、メルナーゼに不快な思いをさせるものに、容赦などいらないということ。
さあ、一体どれだけの人数が、生き残れるだろうか。
「わ、わ、わたわた、わたしは、要職に就いておるのだぞっ。私に何かあったら、この国が」
メルナーゼの入場と同時に絡もうとした子女たちを、執事が容赦なくねじ伏せていく。その中に自分の娘を見つけた侯爵が、メルナーゼたちに怒鳴りつけたところ。手酷い返り討ちに遭い、先のセリフを伝家の宝刀よろしく口にしかけて、止まった。
二人が、あまりに冷たい目をしていたからだ。
広がっていく被害と騒ぎに集まった人々だったが、そこにいた令嬢の姿に息をのんだ。
メルナーゼ・カーマイン公爵令嬢。
王太子の婚約者だというのに、いつだって壁の花で、ほとんど口を開かずひっそりと佇んでいるだけの令嬢。人々の嫉妬と嘲笑の的でしかなかった
だというのに。
美しく結い上げられた髪に、彼女を引き立てるに充分なドレスを纏い、華美ではないが、目を惹く宝飾類。何より、その堂々たる立ち居振る舞いに、彼女がとても、自分たちの知る令嬢だと思えなかった。
怒鳴りつけた侯爵に、メルナーゼは微笑んだ。その妖艶さに、誰もが見惚れたのだが。
「おまえに何かあったら?おかしなこと。おまえごときで、何が変わるというの?」
彼は、ハクハクと口を開閉させるだけで、声が出ない。
「たとえおまえたちが死に絶えても、わたくし、何も困らなくてよ?」
「く、くにが、くに、が」
「国?必要な国なら、残るのではないかしら」
ねえ、みなさん?
メルナーゼは、楽しそうに周囲を見回した。
「あああああなた様にぃっ、忠誠、忠誠をぉぉっ!!」
誰に取り入るべきか。いち早く状況を悟った、群衆よりまろび出た一人の男。メルナーゼに媚び諂うように縋りつこうとして。
トン、と何かが群衆の方へ転がった。
群衆は、縋りつこうとした、首だけになった男と、目が合った。
「許しもなく姫様に近付くな。下郎が」
メルナーゼの側に控える男が、残った体を首の方へと蹴り上げた。
あまりのことに、状況が理解出来ずに叫び声すら上がらない。
「まあ、国の行く末はどうでもいいのよ。ただ、おまえたちがわたくしに必要かどうか」
男のことなど微塵も気に止めることのないメルナーゼは、笑った。
「選別をして差し上げてよ?」
王族が入場し、その惨事に呆然としている。こんな状態になっているというのに、何故誰も報告に来なかったのだろう。
あちこちで人が倒れ、血を流している。無事な者は壁により、身を寄せ合っていた。
中央で優雅に椅子に座り、倒れる人々と血の海の中、ゆったりと紅茶を口に運ぶ元凶であろう人物の姿が、ひどく美しいものに見えた。
「へえ、本当に別人のようだね」
興奮したような、どこか喜々としたものを感じる声がした。
王太子ヤトラスから、報告はあった。その報告に半信半疑であったが、神が顕現して告げた言葉だ。大勢が見聞きしている。間違いはないのだろう。
以前のメルナーゼは陰気で、まったく興味などなかった。けれど、中身が変わると見た目まで違って見える。
なんと美しいのだろう。
「兄上にはもったいないなあ」
頬を紅潮させ、恍惚とした目でメルナーゼを見つめる弟、第二王子リグラスの狂気に、ヤトラスは息をのんだ。
「兄として、いや、人として忠告しよう、止めておくんだ。私も、出来るなら婚約を解消する方向に進めていく。頼むから、関わらないでくれ、頼む」
何故、まだ婚約者でいられていると思っているのだろう。あの彼女を見れば、すぐにわかるではないか。書面での制約など、無意味で無価値であることなど。すべて、彼女がルールであることなど。
「そう言えば、兄上の愛人はどうしたの?最近姿見ないけど」
顔色の悪いヤトラスを蔑むような目で見つめながら話題を変える。
「性格も趣味も悪い伯爵令嬢だよ。兄上の趣味を疑うヤツ。もしかして、やっと趣味の悪さに気付いて別れた?」
「黙れ。彼女を悪く言うな」
睨まれ、リグラスはわざとらしく肩を竦める。
「はーいはい、わかりましたよ」
手をヒラヒラ振りながら、リグラスはヤトラスから離れる。
「待て、どこへ行く」
「もちろん、大注目の彼女、メルナーゼ・カーマイン公爵令嬢のところ、だよ」
「おまえっ」
「腰抜けは黙ってそこでおとなしくしててよ」
「おいっ」
弟の異常性に気を取られ、背後でもう一人、頬を染め、うっそりと笑う存在には気付かなかった。
どうすれば、何があれば、あれほどまでに、美しいまでに残酷になれるのだろう。
あちらこちらに散りばめられた容赦ないメルナーゼの残滓に、リグラスは目が離せなかった。
リグラスの感覚は、限りなく執事のものと近い。純粋な狂気に心酔する。
「こうしてきちんと話をするのは初めてですね、メルナーゼ嬢」
悦びから、声が上擦る。
チラリ、メルナーゼがリグラスに目を向けると、リグラスの鼓動は止まっていると勘違いするほどの速さになった。興奮に息が上がり、頬が、全身が紅潮する。メルナーゼがゆっくり目の高さに手を上げると、その指を鳴らした。手のひらほどの真っ白な炎が出現する。それを、軽く手で払う仕草をすると、それはリグラス目がけて飛んでいき。
会場に絶叫が響いた。
たとえ本来の名ではないとはいえ、今の体の名を軽々しく呼ばれることは不快だ。弁えぬ愚か者には、体に教える必要がある。同じ過ちを繰り返さぬように。見ていた者たちにも、同じ過ちを犯させぬように。愚者への躾は、徹底的にやらねば。
しかし。
顔半分を焼かれたリグラスは、痛みにのたうち回りながらも、笑い声を上げた。
「気でも触れたか」
蔑む執事に、リグラスは息も切れ切れに答える。
「ぐ、ふ、ははっ、オレは、元々、ぅぐぁっ、く、狂ってる、ん、だろうよ」
痛みに喘ぎながらも、リグラスは不敵に笑って見せた。
「あんたと、同じで、な」
執事の片眉が、僅かに動いた。
「な、なあ、オレも、あんたと、同じように、姫様、てなら、呼んでいいか」
執事はもの凄く嫌そうな顔をした。自分以外が彼女の側に仕えることが気に入らない。
「そこに、わたくしが入ることもよろしいでしょうか」
そこへ、鈴を転がすような声が割って入った。
リグラスのすぐ下の妹、第一王女ユラス。ヤトラスとリグラスのすぐ後ろに控えて入場していたユラスは、メルナーゼに近付くタイミングを見極めていた。そんなユラスの気質は、自分に似ているとリグラスは思っていた。
「あなた様にはお初にお目にかかります。第一王女ユラスにございます。あなた様の側に仕えることをお許し下さい」
王族が、最敬礼の臣下の礼を取った。
「お仕えするために、兄のように何か代償が必要であれば、この顔を焼くことも手足を捧げることも喜んでいたします」
伏せた顔を上げないままにそう宣言するユラスに、メルナーゼが口を開いた。
「手足がなくてはわたくしに全力で尽くせないでしょう?」
今失うとなると、その体に慣れるまでに時間がかかる。そんな時間を待ってやる理由などない。使えるものは使ってやるだけだ。
「ではこの顔を」
「不要よ。宰相、二人を」
それだけで通じる。
「仰せのままに、姫様」
今後、執事が二人の面倒を見る。と言っても、自分の側で、学び取ってもらうだけだ。教えられなくては出来ないような愚鈍はいらない。
「お、オレ、裏切り、ません、絶対」
リグラスも痛みを堪えながら、忠誠を誓うように、恍惚と最敬礼の臣下の礼を取る。
「裏切り?おかしなこと」
リグラスの言葉を、メルナーゼは嗤った。
裏切りというものは、信頼関係がある上での行為。
「わたくし、そんな目に遭ったことありませんのよ?」
自分以外信用することのない彼女は、前世含め、一度も裏切られたことなどない。
仕えたいなら仕えればいい。離れたいなら離れればいい。恨むなら、憎むなら、殺したいなら、そうすればいいのだ。
「おまえたちはおまえたちの好きなようになさい」
どんなことがあったとしても、すべてねじ伏せ、ひねり潰して差し上げてよ。
*おしまい*
次話はメディテラーネの話を予定しています。
リグラスは熱のこもる目で、その光景を見つめた。
「たまにはお掃除もしなくてはね」
王家主催の夜会。
暇潰しという気まぐれで参加をしたメルナーゼは、エスコートをする執事にそう言った。それは、メルナーゼに不快な思いをさせるものに、容赦などいらないということ。
さあ、一体どれだけの人数が、生き残れるだろうか。
「わ、わ、わたわた、わたしは、要職に就いておるのだぞっ。私に何かあったら、この国が」
メルナーゼの入場と同時に絡もうとした子女たちを、執事が容赦なくねじ伏せていく。その中に自分の娘を見つけた侯爵が、メルナーゼたちに怒鳴りつけたところ。手酷い返り討ちに遭い、先のセリフを伝家の宝刀よろしく口にしかけて、止まった。
二人が、あまりに冷たい目をしていたからだ。
広がっていく被害と騒ぎに集まった人々だったが、そこにいた令嬢の姿に息をのんだ。
メルナーゼ・カーマイン公爵令嬢。
王太子の婚約者だというのに、いつだって壁の花で、ほとんど口を開かずひっそりと佇んでいるだけの令嬢。人々の嫉妬と嘲笑の的でしかなかった
だというのに。
美しく結い上げられた髪に、彼女を引き立てるに充分なドレスを纏い、華美ではないが、目を惹く宝飾類。何より、その堂々たる立ち居振る舞いに、彼女がとても、自分たちの知る令嬢だと思えなかった。
怒鳴りつけた侯爵に、メルナーゼは微笑んだ。その妖艶さに、誰もが見惚れたのだが。
「おまえに何かあったら?おかしなこと。おまえごときで、何が変わるというの?」
彼は、ハクハクと口を開閉させるだけで、声が出ない。
「たとえおまえたちが死に絶えても、わたくし、何も困らなくてよ?」
「く、くにが、くに、が」
「国?必要な国なら、残るのではないかしら」
ねえ、みなさん?
メルナーゼは、楽しそうに周囲を見回した。
「あああああなた様にぃっ、忠誠、忠誠をぉぉっ!!」
誰に取り入るべきか。いち早く状況を悟った、群衆よりまろび出た一人の男。メルナーゼに媚び諂うように縋りつこうとして。
トン、と何かが群衆の方へ転がった。
群衆は、縋りつこうとした、首だけになった男と、目が合った。
「許しもなく姫様に近付くな。下郎が」
メルナーゼの側に控える男が、残った体を首の方へと蹴り上げた。
あまりのことに、状況が理解出来ずに叫び声すら上がらない。
「まあ、国の行く末はどうでもいいのよ。ただ、おまえたちがわたくしに必要かどうか」
男のことなど微塵も気に止めることのないメルナーゼは、笑った。
「選別をして差し上げてよ?」
王族が入場し、その惨事に呆然としている。こんな状態になっているというのに、何故誰も報告に来なかったのだろう。
あちこちで人が倒れ、血を流している。無事な者は壁により、身を寄せ合っていた。
中央で優雅に椅子に座り、倒れる人々と血の海の中、ゆったりと紅茶を口に運ぶ元凶であろう人物の姿が、ひどく美しいものに見えた。
「へえ、本当に別人のようだね」
興奮したような、どこか喜々としたものを感じる声がした。
王太子ヤトラスから、報告はあった。その報告に半信半疑であったが、神が顕現して告げた言葉だ。大勢が見聞きしている。間違いはないのだろう。
以前のメルナーゼは陰気で、まったく興味などなかった。けれど、中身が変わると見た目まで違って見える。
なんと美しいのだろう。
「兄上にはもったいないなあ」
頬を紅潮させ、恍惚とした目でメルナーゼを見つめる弟、第二王子リグラスの狂気に、ヤトラスは息をのんだ。
「兄として、いや、人として忠告しよう、止めておくんだ。私も、出来るなら婚約を解消する方向に進めていく。頼むから、関わらないでくれ、頼む」
何故、まだ婚約者でいられていると思っているのだろう。あの彼女を見れば、すぐにわかるではないか。書面での制約など、無意味で無価値であることなど。すべて、彼女がルールであることなど。
「そう言えば、兄上の愛人はどうしたの?最近姿見ないけど」
顔色の悪いヤトラスを蔑むような目で見つめながら話題を変える。
「性格も趣味も悪い伯爵令嬢だよ。兄上の趣味を疑うヤツ。もしかして、やっと趣味の悪さに気付いて別れた?」
「黙れ。彼女を悪く言うな」
睨まれ、リグラスはわざとらしく肩を竦める。
「はーいはい、わかりましたよ」
手をヒラヒラ振りながら、リグラスはヤトラスから離れる。
「待て、どこへ行く」
「もちろん、大注目の彼女、メルナーゼ・カーマイン公爵令嬢のところ、だよ」
「おまえっ」
「腰抜けは黙ってそこでおとなしくしててよ」
「おいっ」
弟の異常性に気を取られ、背後でもう一人、頬を染め、うっそりと笑う存在には気付かなかった。
どうすれば、何があれば、あれほどまでに、美しいまでに残酷になれるのだろう。
あちらこちらに散りばめられた容赦ないメルナーゼの残滓に、リグラスは目が離せなかった。
リグラスの感覚は、限りなく執事のものと近い。純粋な狂気に心酔する。
「こうしてきちんと話をするのは初めてですね、メルナーゼ嬢」
悦びから、声が上擦る。
チラリ、メルナーゼがリグラスに目を向けると、リグラスの鼓動は止まっていると勘違いするほどの速さになった。興奮に息が上がり、頬が、全身が紅潮する。メルナーゼがゆっくり目の高さに手を上げると、その指を鳴らした。手のひらほどの真っ白な炎が出現する。それを、軽く手で払う仕草をすると、それはリグラス目がけて飛んでいき。
会場に絶叫が響いた。
たとえ本来の名ではないとはいえ、今の体の名を軽々しく呼ばれることは不快だ。弁えぬ愚か者には、体に教える必要がある。同じ過ちを繰り返さぬように。見ていた者たちにも、同じ過ちを犯させぬように。愚者への躾は、徹底的にやらねば。
しかし。
顔半分を焼かれたリグラスは、痛みにのたうち回りながらも、笑い声を上げた。
「気でも触れたか」
蔑む執事に、リグラスは息も切れ切れに答える。
「ぐ、ふ、ははっ、オレは、元々、ぅぐぁっ、く、狂ってる、ん、だろうよ」
痛みに喘ぎながらも、リグラスは不敵に笑って見せた。
「あんたと、同じで、な」
執事の片眉が、僅かに動いた。
「な、なあ、オレも、あんたと、同じように、姫様、てなら、呼んでいいか」
執事はもの凄く嫌そうな顔をした。自分以外が彼女の側に仕えることが気に入らない。
「そこに、わたくしが入ることもよろしいでしょうか」
そこへ、鈴を転がすような声が割って入った。
リグラスのすぐ下の妹、第一王女ユラス。ヤトラスとリグラスのすぐ後ろに控えて入場していたユラスは、メルナーゼに近付くタイミングを見極めていた。そんなユラスの気質は、自分に似ているとリグラスは思っていた。
「あなた様にはお初にお目にかかります。第一王女ユラスにございます。あなた様の側に仕えることをお許し下さい」
王族が、最敬礼の臣下の礼を取った。
「お仕えするために、兄のように何か代償が必要であれば、この顔を焼くことも手足を捧げることも喜んでいたします」
伏せた顔を上げないままにそう宣言するユラスに、メルナーゼが口を開いた。
「手足がなくてはわたくしに全力で尽くせないでしょう?」
今失うとなると、その体に慣れるまでに時間がかかる。そんな時間を待ってやる理由などない。使えるものは使ってやるだけだ。
「ではこの顔を」
「不要よ。宰相、二人を」
それだけで通じる。
「仰せのままに、姫様」
今後、執事が二人の面倒を見る。と言っても、自分の側で、学び取ってもらうだけだ。教えられなくては出来ないような愚鈍はいらない。
「お、オレ、裏切り、ません、絶対」
リグラスも痛みを堪えながら、忠誠を誓うように、恍惚と最敬礼の臣下の礼を取る。
「裏切り?おかしなこと」
リグラスの言葉を、メルナーゼは嗤った。
裏切りというものは、信頼関係がある上での行為。
「わたくし、そんな目に遭ったことありませんのよ?」
自分以外信用することのない彼女は、前世含め、一度も裏切られたことなどない。
仕えたいなら仕えればいい。離れたいなら離れればいい。恨むなら、憎むなら、殺したいなら、そうすればいいのだ。
「おまえたちはおまえたちの好きなようになさい」
どんなことがあったとしても、すべてねじ伏せ、ひねり潰して差し上げてよ。
*おしまい*
次話はメディテラーネの話を予定しています。
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