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12.過去 後編

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 「これ以上貴様のようなものに煩わされるなど我慢ならん!」
 父である人物からそう言われたのは、六歳になった頃。
 自分付きになったリイザと一緒に領地に送られたときは、嬉しかった。
 やっと自分の努力が実を結んだと思った。
 口うるさい家族や煩わしい使用人たちから解放されることももちろんだが、王都には精霊が少なすぎた。王都に比べて自然豊かな領地は、精霊たちの宝庫だ。さっさと領地に行きたくて、わざと苛立たせる言動を取っていた。大丈夫、怒らない、と常々口にしていたのは、使用人たちに対してではない。精霊たちに対してのものだった。シーナにくっついてきた精霊たちも、やはり自然が多い方が嬉しいようだ。とても生き生きとしている。
 まあ、あの家の人たちをいじってイラつかせて失敗させ、精霊たちとニヤニヤするのもキライではなかったが。

 ある日、ファルシレアが言った。
 「ねぇ、シーナ。精霊界に遊びに行きましょう」
 その言葉に、シーナは目を輝かせた。
 「やっと行けるのね!今すぐ行くわよ、レア!」

 人間は、肉体がないと存在できない弱い存在だ。精神体だけで存在する精霊界には、ある程度の年齢にならないと連れて行けない。肉体と精神が一定時間離れても支障のない年齢まで待つ必要があった。その年齢は七歳。七歳を超えると、体と精神のバランスが安定する。少し前に七歳を迎えていたので、シーナは今か今かと待ち続けていたのだ。やっとお許しが出た。
 「リイザ!留守をよろしくね!」
 たった一人の侍女にそう告げると、リイザは頭を下げて、お気をつけて、とベッドに横たわる元気な主人を見送った。
 こうしてシーナは、意気揚々とファルシレアと共に精霊界へ向かうと、思いがけない出来事が待っていた。

………
……


 精霊界に着くと、なんと、先客がいた。
 「おや、キミもか。女王」
 そう声をかけてきたのは、黒髪に黒い瞳の恐ろしいほど整った顔立ちの青年だった。
 「あら、あなたも?王」
 精霊の王と女王は夫婦ではない。空を司るのが女王であり、地を司るのが王である。
 精霊が人を気に入って加護を与えることは滅多にない。王や女王が与えることは、もっとない。それがなんの偶然か。王と女王、それぞれ気に入った人間が、同時期に存在するとは。
 シーナは、王が連れていた人間と目が合った。
 肉体という枷を脱ぎ捨てているせいなのだろうか。剥き出しの魂が叫ぶ。
 二人はどちらともなく手を伸ばし、しっかりと握り合った。
 「リュシーナ」
 「ルシスティーア」

 魂は廻る。

 王女システィアの前世は、ルシスティーア。
 精霊王ケイが人であった頃。ケイに愛され、ケイを守り、命を落とした美しい少女。
 シーナの前世は、リュシーナ。ルシスティーアの親友であり、最後までルシスティーアを守った少女。
 ここで、運命の邂逅を果たす。

 こうしてシーナとシスティアは、精霊界で交流を重ねていったのだ。


*~*~*~*~*


 「水晶が光らなくても、見ていればわかるだろう?精霊と戯れていると」
 「水晶が反応できないほどの加護。とても強い加護を持っているのですよ」
 リュクスとリュセスが嗤う。
 「しかし本当にあいつの家の者は精霊たちから嫌われているな」
 面白そうな声音で精霊王は、アビアント家を見る。だが、その声とは裏腹に、その目は酷く冷たい。アビアント家はビクリと体を震わせる。
 「シーナへの扱いが酷すぎましたもの。精霊たちをシーナが抑えていなかったら、今頃どうなっていたのかしら」
 シーナが幼い頃から、大丈夫、怒らない、と笑っていたのは、精霊たちに対してだ。ワザと煽っているだけだから気にするな、の意味が大きかったが。
 「家が問題なく存続出来ていたのは、シーナがいるからに他ならないわ。シーナが嫁ぐなり精霊になるなりしたら、没落まっしぐらですわね」
 精霊たちは、シーナが困らないよう家を存続させていたに過ぎない。もし、シーナを愛情もって育てていたら、類を見ないほどの繁栄が、アビアント家には約束されていたというのに。今の王家のように。

 「ところでアビアント侯爵」
 リュクスが侯爵に声をかける。
 情報に頭が追いつかない侯爵は、肩を揺らす。

 「何故あなたが次期宰相に任命されたのか、わかるかい?」

 国王が、ゆっくりと組んでいた足を組み替えると、言った。
 「宰相補佐は三人。誰が次期宰相になってもおかしくないほどの能力だ。そうなると、プラスアルファが必要になるだろう?」
 「王家が精霊を深く尊ぶことを知っているよね」
 重要な役職に着くには、王族の承認が不可欠。王族が集まり、選定する。

 「ま、まさか」

 青ざめる侯爵に、リュクスは笑った。



*つづく*
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