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フルシュターゼの町編
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外に出ると、厩舎へ向かう。ディレイガルド家の馬丁が頭を下げる。
「少し出る」
そう言うと、従者のユレスと侍女のルタが走って来た。
「ご当主様、馬に乗られるなら、奥様のお召し替えを」
「すぐそこだ。着替えている時間が惜しい」
「大丈夫よ、ルタ。旦那様にお任せして」
「かしこまりました。ではせめてこちらを」
そう言ってルタはショールを手渡した。
「ありがとう、ルタ。行ってくるわね」
「はい。お気をつけて」
そんな僅かなやり取りの間に、馬丁は用意を調えていた。エリアストが馬に跨がり、アリスを抱き上げる。
「晩餐までには戻る」
頭を下げた三人に見送られる。
街へ至る道の途中、馬を止め、エリアストは、渡されたショールでアリスの頭と顔の下半分を覆う。目だけが出ている状態だ。
「どんな危険があるかわからない。すまないが、少し我慢してくれ、エルシィ」
街中を通るため、アリスを隠す。いつもアリスの身を慮ってくれることに、アリスは笑みを零す。
「我慢など。エル様と早速お出かけが出来て、とても嬉しいです」
エリアストが馬を走らせようと握った手綱から手を離し、自分の顔を押さえている。
「エルシィ、あまり、可愛いことを、言ってくれるな。このまま引き返して、部屋に、閉じ込めたくなる」
「まあ、エル様ったら」
クスクスと笑うアリスの顔下半分のショールを押し下げると、その唇に、自身のそれを重ねる。離れるときに、ペロリと唇を舐めて、再びショールを掛け直す。
「行こうか」
真っ赤になったアリスは、恥ずかしそうにエリアストの胸に顔を埋めた。
街の喧噪が引いていく。
そこには、立派な馬に乗り、大層身分の高そうな服を着て、シルクハットを目深に被った貴族がいた。見たこともないほど豪華なドレスに身を包む女性を、その腕に抱いている。女性も顔を隠すように、すっぽりと頭にショールを被り、顔を男性の体に向けていた。
「なに、あれ」
誰かの呟きが漏れる。あんな立派な人、見たことがない。顔だって見えないけれど、美しいことがわかる。本当に高貴な人は、見た目まで高貴なのか。誰もが凝視してしまう。
速歩で街を抜けていく貴族に、憧れと羨望の視線を向ける。
何に興味を向けることもなく、貴族は去って行った。街中が、感嘆の溜め息と共にその背中を見送る。貴族の姿が見えなくなると、人々が口々に騒ぎ出す。
「おい、すげえな、何だあれ」
「領主様も伯爵様だけど、全然違うじゃないか。もっと高貴な方だろう」
「顔は見えなかったけど、とんでもなく美人だろ、あれは」
「公爵様が来ているって噂だよ」
「こっ?!」
全員が絶句する。
「そんなに雲の上の方までおいでなさるとは」
「領主様も鼻が高いだろうねえ」
「だけど、公爵様はどこに行くんだろうね」
「星が出る時間には早すぎるよね」
「あ、あれじゃない?」
「始まりの樹か」
「そうそう、始まりの樹」
*つづく*
「少し出る」
そう言うと、従者のユレスと侍女のルタが走って来た。
「ご当主様、馬に乗られるなら、奥様のお召し替えを」
「すぐそこだ。着替えている時間が惜しい」
「大丈夫よ、ルタ。旦那様にお任せして」
「かしこまりました。ではせめてこちらを」
そう言ってルタはショールを手渡した。
「ありがとう、ルタ。行ってくるわね」
「はい。お気をつけて」
そんな僅かなやり取りの間に、馬丁は用意を調えていた。エリアストが馬に跨がり、アリスを抱き上げる。
「晩餐までには戻る」
頭を下げた三人に見送られる。
街へ至る道の途中、馬を止め、エリアストは、渡されたショールでアリスの頭と顔の下半分を覆う。目だけが出ている状態だ。
「どんな危険があるかわからない。すまないが、少し我慢してくれ、エルシィ」
街中を通るため、アリスを隠す。いつもアリスの身を慮ってくれることに、アリスは笑みを零す。
「我慢など。エル様と早速お出かけが出来て、とても嬉しいです」
エリアストが馬を走らせようと握った手綱から手を離し、自分の顔を押さえている。
「エルシィ、あまり、可愛いことを、言ってくれるな。このまま引き返して、部屋に、閉じ込めたくなる」
「まあ、エル様ったら」
クスクスと笑うアリスの顔下半分のショールを押し下げると、その唇に、自身のそれを重ねる。離れるときに、ペロリと唇を舐めて、再びショールを掛け直す。
「行こうか」
真っ赤になったアリスは、恥ずかしそうにエリアストの胸に顔を埋めた。
街の喧噪が引いていく。
そこには、立派な馬に乗り、大層身分の高そうな服を着て、シルクハットを目深に被った貴族がいた。見たこともないほど豪華なドレスに身を包む女性を、その腕に抱いている。女性も顔を隠すように、すっぽりと頭にショールを被り、顔を男性の体に向けていた。
「なに、あれ」
誰かの呟きが漏れる。あんな立派な人、見たことがない。顔だって見えないけれど、美しいことがわかる。本当に高貴な人は、見た目まで高貴なのか。誰もが凝視してしまう。
速歩で街を抜けていく貴族に、憧れと羨望の視線を向ける。
何に興味を向けることもなく、貴族は去って行った。街中が、感嘆の溜め息と共にその背中を見送る。貴族の姿が見えなくなると、人々が口々に騒ぎ出す。
「おい、すげえな、何だあれ」
「領主様も伯爵様だけど、全然違うじゃないか。もっと高貴な方だろう」
「顔は見えなかったけど、とんでもなく美人だろ、あれは」
「公爵様が来ているって噂だよ」
「こっ?!」
全員が絶句する。
「そんなに雲の上の方までおいでなさるとは」
「領主様も鼻が高いだろうねえ」
「だけど、公爵様はどこに行くんだろうね」
「星が出る時間には早すぎるよね」
「あ、あれじゃない?」
「始まりの樹か」
「そうそう、始まりの樹」
*つづく*
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