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ディレイガルド事変編

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 「あるじ、奥方様の仰る通りでした」
 アリスの助言から十日後。国内の局を調べることは続いていたが、護衛に例の伯爵家の娘を張らせた。そして本日、アリスの言っていた通りの人物が、言っていた通りの行動で手紙を届けさせたのだ。
 三通目の手紙が、今、手元にある。
 「素晴らしいな、エルシィは」
 膝の上の愛しい妻を抱き締め、顔中にくちづける。
 「お役に立てて何よりです、旦那様」
 真っ赤になりながら微笑むアリスに、エリアストも笑った。
 「見たくもないが、どうする、エルシィ」
 「そうですわね。まったく予想の出来ないことが綴られていることも考えて、開けてみましょう、旦那様」
 エリアストは頷いて封を切る。
 「まあ。アサギリソウですわ、旦那様」
 中には怪文書ではなく、アサギリソウを押し花にした栞が入っていた。
 「これはどういう意味だ、エルシィ」
 「そうですわね、確か、お慕いしています、でしたかしら」
 エリアストは眉をひそめた。たった一度の出来事だ。事件とも事故とも言えないほど些細なもの。言葉を交わしたわけでもなく、目が合ったわけでもない。何より、一年以上前の出来事だ。今更、何故行動を起こしたのか。不可解すぎる。
 「旦那様、花言葉はひとつとは限りません。少々調べて参ります」
 アリスがエリアストの膝から立ち上がろうとしたが、エリアストは許さない。
 「どこへ行く。私から離れてはダメだ、エルシィ」
 「あの、図鑑を」
 「もうユレスが走っている」
 栞を見た瞬間、エリアストの従者ユレスが図書館に走っていた。少しして、ユレスが戻る。
 「お待たせいたしました」
 分厚く重たい図鑑をエリアストは軽々と受け取ると、机に広げた。そして目的のものを見つけ、もうひとつの花言葉を知る。
 よみがえる思い出。
 「やはり、旦那様との出会いのことのようですわね」
 だがエリアストはやはり納得出来なかった。一年以上前の出来事で、たった一度の出来事。何故今更行動を起こしたのか、という部分がどうしてもわからない。
 「一年以上夜会以外でお会い出来ないことに、痺れを切らした、と言うことでしょうか」
 アリスも首を傾げる。シズワナと何度か顔を合わせて話をしているが、正直ピンとこない。とても大人しく、話しかけても慌てたように相槌や返事をするだけで、顔を真っ赤にして俯いてしまうようなご令嬢なのだ。こんなことをしでかすほどの激情を、どれほどの忍耐力で抑え込んでいたのだろう。
 「次の夜会は、その娘も来るだろう」
 一週間後に控えた王家主催の夜会。王家主催のものは、余程の事情がない限り出席を義務付けられている。
 本当は今すぐにでもオーシェン家に乗り込んで切り捨ててやりたい。だが、ディレイガルドに盾突く者がどうなるか。改めて国中に知らしめておこう。そうすれば、少しでもアリスの出席するお茶会は穏やかになる。
 定期的な意識の誘導プロパガンダは必要だ。


*つづく*
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