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結婚編
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「ああ、あの簪、ディレイガルドの贈り物だって?センスいいじゃない。それならこれも気に入るんじゃないかな」
そう言って部屋に呼ばれ見せられたのは、一振りの剣。ただ、刀身が反っているように見える。
「変わった剣だな」
「刀って言うんだ」
「抜いても?」
「構わないよ」
護衛がララを守る位置に立ち、いつでも剣を抜ける体勢を取る。それを確認し、スラリと鞘から抜くと、美しい刀身が現れた。
「ふむ、見事だな」
刀身の美しさもさることながら、鞘からの抜きやすさにも驚いた。
「アリス嬢の簪を買った所なら扱っているんじゃないかな」
「そうか」
鞘に戻し、護衛に刀を渡す。
「そうそう、本題ね。アリス嬢の美しい黒髪には、着物も似合うと思うよ。ううん、絶対似合う。あの簪とセットにするといいよ」
ぜひ着て欲しい。そして帯を解きたい。くるくる回って欲しい。
「ふむ。それも同じ商会にあるものか」
着物を知らないエリアストは、ララの邪な妄想に気付かない。
「あるはずだよ。簪とか刀とか着物とか、総じて和物って言うんだ。遠い東の国の独特な文化を、和風って言うんだって」
ニヤリ。ララは内心ほくそ笑む。着物を買え。着物を買え。アリス嬢に着させてこい。
「これ以上エルシィを美しくしてしまうと、閉じ込めなくてはならなくなるが、まあいい」
あれ?
「ちょ、まあいいって何?!綺麗になってもいいってこと?!閉じ込めてもいいってこと?!」
エリアストは答えずに部屋を去って行った。
「ちょっと!ディレイガルド!ダメだからね!閉じ込めたらダメだからー!」
*~*~*~*~*
エリアストに、少しでも社交をして欲しい、と思っていた。他人と交われば、もっと人間としての厚みが増し、エリアストの人生はもっと豊かになる。アリスは、エリアストにたくさんの幸せを贈りたいと思っていたのに。
ダメなのに。この感情は、いけない。
エリアストとアリスの結婚式を二週間後に控えた本日は、王家主催の歓迎会。諸国公賓の歓迎会だ。クロバレイス国に関しては実際は二ヶ月以上前からこの国に来ていたが、外交官を兼任している王女は、仕事と休暇を兼ねて来ていた。王女としての立場で姿を見せるのは、今日が初めてだ。
出たくないエリアストであったが、王女がアリスと交流がある以上、アリスのために無視をするわけにはいかないと、仕方なく出席していた。
そんなエリアストが談笑している。相手は主賓の一人、クロバレイス国第二王女、ララ・クロバレイス。初対面の時こそ険悪であったが、王城で何度か(ララから無理矢理)交流をしているうちに、二人は打ち解けていったようだ。
その光景は、他の貴族からは衝撃的であった。
あのエリアストが、社交をしているのだ。何の話をしているかはわからないが、明らかに相槌だけではなく、会話をしている。周囲のざわめきが、止まるところを知らない。何かの異変か前触れか。はたまたファナトラタ伯爵令嬢様のお導きの賜か。
みんなの注目を浴びる中、アリスはひとり、葛藤していた。
ダメなのに。この感情は、いけない。
アリスは二人を見ないように、そっと俯く。
王女だというのに、とても気さくに接してくれるララを、アリスは好ましく思っていた。スキンシップが少々過剰だが、裏表のない彼女に、アリスの頬は自然と緩む。そんな素敵な人なのだから、エリアストの交流相手には申し分ない。
そのはずなのに。
アリスの心は晴れなかった。エリアストのことを考えれば、喜ぶべき、大きな成長の兆しだというのに。
愛する人の成長を喜べないなんて。
アリスは自分にがっかりする。こんなに了見の狭いことでどうする、と自身を窘めるが、うまくいかない。
嫉妬。
アリスはその言葉を思い、眉を寄せた。そんなつまらない感情で、エリアストの邪魔をしてはいけない。そう思うのに。
いつからこんなにも、欲深くなったのだろう。
そう思って、ひとり、悲しく笑った。
何故、そんな悲しい顔で笑うんだ、エルシィ。
「エル、シィ?」
ララとの話の最中、ふとアリスが悲しげに笑ったのがわかって、エリアストは焦る。
「はい、エル様」
いつも通りに見せようとするアリスに、焦燥が募る。エリアストは抱いていたアリスの腰を更に引き寄せる。
「あ、あの、エル様」
エリアストは苦しそうに告げた。
「エルシィ、すまない。私は何を間違えた?わからなくてすまない。エルシィ、そんな顔をしないでくれ」
ララはギョッとした。
あのディレイガルドが。この世のすべてをくだらないと思っているような男が。こんなにもアリス嬢を想って心を砕いているなんて!
独占欲が異常なことはわかっていた。アリス以外興味がないこともわかっていた。だが、こんなにも躊躇いもなく、人前で感情を露わにするとは思ってもいなかった。ララとレンフィ、シャールも呆然としている。
アリスは目を丸くした。そして恥ずかしそうに俯く。気付かれてしまった、と。
*つづく*
そう言って部屋に呼ばれ見せられたのは、一振りの剣。ただ、刀身が反っているように見える。
「変わった剣だな」
「刀って言うんだ」
「抜いても?」
「構わないよ」
護衛がララを守る位置に立ち、いつでも剣を抜ける体勢を取る。それを確認し、スラリと鞘から抜くと、美しい刀身が現れた。
「ふむ、見事だな」
刀身の美しさもさることながら、鞘からの抜きやすさにも驚いた。
「アリス嬢の簪を買った所なら扱っているんじゃないかな」
「そうか」
鞘に戻し、護衛に刀を渡す。
「そうそう、本題ね。アリス嬢の美しい黒髪には、着物も似合うと思うよ。ううん、絶対似合う。あの簪とセットにするといいよ」
ぜひ着て欲しい。そして帯を解きたい。くるくる回って欲しい。
「ふむ。それも同じ商会にあるものか」
着物を知らないエリアストは、ララの邪な妄想に気付かない。
「あるはずだよ。簪とか刀とか着物とか、総じて和物って言うんだ。遠い東の国の独特な文化を、和風って言うんだって」
ニヤリ。ララは内心ほくそ笑む。着物を買え。着物を買え。アリス嬢に着させてこい。
「これ以上エルシィを美しくしてしまうと、閉じ込めなくてはならなくなるが、まあいい」
あれ?
「ちょ、まあいいって何?!綺麗になってもいいってこと?!閉じ込めてもいいってこと?!」
エリアストは答えずに部屋を去って行った。
「ちょっと!ディレイガルド!ダメだからね!閉じ込めたらダメだからー!」
*~*~*~*~*
エリアストに、少しでも社交をして欲しい、と思っていた。他人と交われば、もっと人間としての厚みが増し、エリアストの人生はもっと豊かになる。アリスは、エリアストにたくさんの幸せを贈りたいと思っていたのに。
ダメなのに。この感情は、いけない。
エリアストとアリスの結婚式を二週間後に控えた本日は、王家主催の歓迎会。諸国公賓の歓迎会だ。クロバレイス国に関しては実際は二ヶ月以上前からこの国に来ていたが、外交官を兼任している王女は、仕事と休暇を兼ねて来ていた。王女としての立場で姿を見せるのは、今日が初めてだ。
出たくないエリアストであったが、王女がアリスと交流がある以上、アリスのために無視をするわけにはいかないと、仕方なく出席していた。
そんなエリアストが談笑している。相手は主賓の一人、クロバレイス国第二王女、ララ・クロバレイス。初対面の時こそ険悪であったが、王城で何度か(ララから無理矢理)交流をしているうちに、二人は打ち解けていったようだ。
その光景は、他の貴族からは衝撃的であった。
あのエリアストが、社交をしているのだ。何の話をしているかはわからないが、明らかに相槌だけではなく、会話をしている。周囲のざわめきが、止まるところを知らない。何かの異変か前触れか。はたまたファナトラタ伯爵令嬢様のお導きの賜か。
みんなの注目を浴びる中、アリスはひとり、葛藤していた。
ダメなのに。この感情は、いけない。
アリスは二人を見ないように、そっと俯く。
王女だというのに、とても気さくに接してくれるララを、アリスは好ましく思っていた。スキンシップが少々過剰だが、裏表のない彼女に、アリスの頬は自然と緩む。そんな素敵な人なのだから、エリアストの交流相手には申し分ない。
そのはずなのに。
アリスの心は晴れなかった。エリアストのことを考えれば、喜ぶべき、大きな成長の兆しだというのに。
愛する人の成長を喜べないなんて。
アリスは自分にがっかりする。こんなに了見の狭いことでどうする、と自身を窘めるが、うまくいかない。
嫉妬。
アリスはその言葉を思い、眉を寄せた。そんなつまらない感情で、エリアストの邪魔をしてはいけない。そう思うのに。
いつからこんなにも、欲深くなったのだろう。
そう思って、ひとり、悲しく笑った。
何故、そんな悲しい顔で笑うんだ、エルシィ。
「エル、シィ?」
ララとの話の最中、ふとアリスが悲しげに笑ったのがわかって、エリアストは焦る。
「はい、エル様」
いつも通りに見せようとするアリスに、焦燥が募る。エリアストは抱いていたアリスの腰を更に引き寄せる。
「あ、あの、エル様」
エリアストは苦しそうに告げた。
「エルシィ、すまない。私は何を間違えた?わからなくてすまない。エルシィ、そんな顔をしないでくれ」
ララはギョッとした。
あのディレイガルドが。この世のすべてをくだらないと思っているような男が。こんなにもアリス嬢を想って心を砕いているなんて!
独占欲が異常なことはわかっていた。アリス以外興味がないこともわかっていた。だが、こんなにも躊躇いもなく、人前で感情を露わにするとは思ってもいなかった。ララとレンフィ、シャールも呆然としている。
アリスは目を丸くした。そして恥ずかしそうに俯く。気付かれてしまった、と。
*つづく*
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