41 / 68
結婚編
3
しおりを挟む
「あ、女神」
エリアストに呼ばれ、登城して回廊を歩いていた時だ。聞き覚えのある声に、アリスは振り向いた。相変わらずの騎士服で、満面の笑みで走り寄ってくるのは、クロバレイス国第二王女ララだ。アリスはつい、全力で尻尾を振って喜ぶ大型犬を想像してしまった。
「まあ殿下。先日は有意義なお時間をいただき、ありがとうございました」
カーテシーをすると、ララがピタリと止まった。
「殿下?」
アリスが不思議そうに首を傾げる。
「見た?レンフィ。女神のお辞儀はこの世のものとは思えないほど美しいよ。女神だから?」
「左様でございます」
何を言っても無駄なのだろう。レンフィは肯定する。
「あ、アリス嬢、その髪飾り、もしかして簪?」
「はい。ご存知でしたか。婚約者からの贈り物にございます」
アリスは幸せそうに、柔らかく微笑む。その顔に、ララはキュン死しかけた。
「はああああ。アリス嬢、私に会いに来てくれて嬉しいよ」
自己都合の言葉と感嘆の息と共にアリスを抱き締めようとして止まる。
アリスの後ろに凍てつく空気を纏わせた、この世のものとは思えない美しい男がいた。レンフィとシャールは息を呑む。見たこともない、圧倒的な美。恐ろしいほどの美しさだ。そんな男が、ララを射殺さんばかりに見ている。
「エルシィに触るな。何者だ、貴様」
今にも抜剣しそうな声音に、ララは臆することなく言う。
「心の狭い男は嫌われるよー」
「誰だと聞いている」
「そっちこそ人に聞く前に名乗ったらどう?」
一触即発の空気を破ったのは、アリスだ。
「お止めくださいませ。殿下、こちらはわたくしの婚約者、エリアスト・カーサ・ディレイガルド公爵令息様です。エル様、この方はクロバレイス国の第二王女、ララ・クロバレイス殿下です」
「王女?」
格好から男だと思っていた。確かに声も男にしては高い。
「そうか。女なら、まだいい。だがエルシィにむやみに触れるな。気安く名を呼ぶな。いいな」
エリアストの発言に、ララとララ付きの女官レンフィは頬を引きつらせた。曲がりなりにもと言ったら失礼だが、一国の王女に対する発言ではない。
「ちょ、アリス嬢、こんなのが婚約者で大丈夫?ウチにおいでよ。私が面倒見るし」
「おい、貴様。寝言は寝て言え」
ララの発言に、回廊の温度が明らかに下がった。エリアストが凍てつく冷気を放っている。
「ひぃぃっ、で、殿下、戻りましょう、ええ、早く戻りましょう」
レンフィがガタガタと震えながらララの背中をグイグイ押す。
「ディレイガルド公爵令息様。殿下への無礼な発言、許し難い。即刻謝罪を求めます」
シャール隊長が頑張って抗議する。だが、エリアストに一瞥されただけで回れ右をしてレンフィを手伝う。
「殿下、部屋、早く!ハウス!」
二人に押されながら、ララは、またね、とアリスに手を振った。
騒がしかった回廊が、再び静寂を取り戻す。
「エル様。あの方が、先日お話をいたしましたクロバレイス国の王女です」
「何かされなかったか、エルシィ。私が呼んだばかりにすまない」
「はい、大丈夫です、エル様」
微笑むアリスをそっと抱き締め、腰に手を回して並んで歩く。
「お迎えに来てくださったのですね、エル様。嬉しいです」
「少しでも早くエルシィに会いたかった」
目を合わせて微笑みあう。
数日後、再び父のディレイガルド公爵と共に登城すると、また回廊でララに会った。エリアストは眉を顰める。
「わあお。仮にも公賓にそれはないでしょ。まあいいや、ちょっと時間ある?」
ララは臆することなくエリアストに話しかける。レンフィは泣きそうだ。もう関わりたくない、と如実に物語っている。
エリアストは無視をして通り過ぎようとした。
「アリス嬢に関することなんだけどなあ」
ピクリとエリアストの耳が反応した。
*つづく*
エリアストに呼ばれ、登城して回廊を歩いていた時だ。聞き覚えのある声に、アリスは振り向いた。相変わらずの騎士服で、満面の笑みで走り寄ってくるのは、クロバレイス国第二王女ララだ。アリスはつい、全力で尻尾を振って喜ぶ大型犬を想像してしまった。
「まあ殿下。先日は有意義なお時間をいただき、ありがとうございました」
カーテシーをすると、ララがピタリと止まった。
「殿下?」
アリスが不思議そうに首を傾げる。
「見た?レンフィ。女神のお辞儀はこの世のものとは思えないほど美しいよ。女神だから?」
「左様でございます」
何を言っても無駄なのだろう。レンフィは肯定する。
「あ、アリス嬢、その髪飾り、もしかして簪?」
「はい。ご存知でしたか。婚約者からの贈り物にございます」
アリスは幸せそうに、柔らかく微笑む。その顔に、ララはキュン死しかけた。
「はああああ。アリス嬢、私に会いに来てくれて嬉しいよ」
自己都合の言葉と感嘆の息と共にアリスを抱き締めようとして止まる。
アリスの後ろに凍てつく空気を纏わせた、この世のものとは思えない美しい男がいた。レンフィとシャールは息を呑む。見たこともない、圧倒的な美。恐ろしいほどの美しさだ。そんな男が、ララを射殺さんばかりに見ている。
「エルシィに触るな。何者だ、貴様」
今にも抜剣しそうな声音に、ララは臆することなく言う。
「心の狭い男は嫌われるよー」
「誰だと聞いている」
「そっちこそ人に聞く前に名乗ったらどう?」
一触即発の空気を破ったのは、アリスだ。
「お止めくださいませ。殿下、こちらはわたくしの婚約者、エリアスト・カーサ・ディレイガルド公爵令息様です。エル様、この方はクロバレイス国の第二王女、ララ・クロバレイス殿下です」
「王女?」
格好から男だと思っていた。確かに声も男にしては高い。
「そうか。女なら、まだいい。だがエルシィにむやみに触れるな。気安く名を呼ぶな。いいな」
エリアストの発言に、ララとララ付きの女官レンフィは頬を引きつらせた。曲がりなりにもと言ったら失礼だが、一国の王女に対する発言ではない。
「ちょ、アリス嬢、こんなのが婚約者で大丈夫?ウチにおいでよ。私が面倒見るし」
「おい、貴様。寝言は寝て言え」
ララの発言に、回廊の温度が明らかに下がった。エリアストが凍てつく冷気を放っている。
「ひぃぃっ、で、殿下、戻りましょう、ええ、早く戻りましょう」
レンフィがガタガタと震えながらララの背中をグイグイ押す。
「ディレイガルド公爵令息様。殿下への無礼な発言、許し難い。即刻謝罪を求めます」
シャール隊長が頑張って抗議する。だが、エリアストに一瞥されただけで回れ右をしてレンフィを手伝う。
「殿下、部屋、早く!ハウス!」
二人に押されながら、ララは、またね、とアリスに手を振った。
騒がしかった回廊が、再び静寂を取り戻す。
「エル様。あの方が、先日お話をいたしましたクロバレイス国の王女です」
「何かされなかったか、エルシィ。私が呼んだばかりにすまない」
「はい、大丈夫です、エル様」
微笑むアリスをそっと抱き締め、腰に手を回して並んで歩く。
「お迎えに来てくださったのですね、エル様。嬉しいです」
「少しでも早くエルシィに会いたかった」
目を合わせて微笑みあう。
数日後、再び父のディレイガルド公爵と共に登城すると、また回廊でララに会った。エリアストは眉を顰める。
「わあお。仮にも公賓にそれはないでしょ。まあいいや、ちょっと時間ある?」
ララは臆することなくエリアストに話しかける。レンフィは泣きそうだ。もう関わりたくない、と如実に物語っている。
エリアストは無視をして通り過ぎようとした。
「アリス嬢に関することなんだけどなあ」
ピクリとエリアストの耳が反応した。
*つづく*
139
お気に入りに追加
683
あなたにおすすめの小説

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。
そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。
お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。
愛の花シリーズ第3弾です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

恋心を封印したら、なぜか幼馴染みがヤンデレになりました?
夕立悠理
恋愛
ずっと、幼馴染みのマカリのことが好きだったヴィオラ。
けれど、マカリはちっとも振り向いてくれない。
このまま勝手に好きで居続けるのも迷惑だろうと、ヴィオラは育った町をでる。
なんとか、王都での仕事も見つけ、新しい生活は順風満帆──かと思いきや。
なんと、王都だけは死んでもいかないといっていたマカリが、ヴィオラを追ってきて……。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる