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孤狼に愛の花束を (完)
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◇◆◇
煌びやかに着飾った人々で溢れるホテルのロビー。その片隅に立ちながら、涙に濡れた瞳で幸せそうに微笑みながら、参列客を見送る新郎新婦の姿をそっと眺める。
参列客のそれぞれが手に下げているホテルの紙袋の中には、小太郎がデザインに手を加えて俺が焼き上げたペアのカップが入っている。
「良かったね、すごく喜んでくれてた」
「ああ、そうだな……」
昨夜はこのホテルの一室に一泊した。
俺と小太郎との関係が、単なる仕事上のパートナーから一歩進んだ関係へと変化したあの日。
昼近くに起きた俺たちの元に、一本の電話があった。ホテルで出会った澤田というホテルマンから掛かってきた電話によれば、カップを作ることを引き受けた俺達に、新郎新婦がどうしても礼をしたいと言っていたという。
俺と小太郎の、初の正式な仕事の受注だった。
俺たちにとってはそれだけで十分だったというのに、式までの日にちも迫っている中で、個人的なワガママを聞いてもらえるとは思わなかったと、新郎新婦は大層喜んでくれたらしい。その礼として、披露宴前日にこのホテルに一泊し、ついでに自分達の晴れ姿を見てはもらえないかという打診をされた。もちろん食事代もホテル代も新郎新婦が持つと言う。
顔も知らない新郎新婦を祝う必要性も感じられず、俺としてはそんな面倒なことはごめんだと断ろうと思ったのだ。隣で耳を欹てていた小太郎が、期待に目を輝かせさえしなければ。
ホテルに泊まるのは初めてだとはしゃぐ小太郎と共に、結局は新郎新婦の初夜にも負けないだろう夜を過ごしたことは認めよう。
チェックアウトはゆっくりで構わないという言葉を受けて、昼近くまで惰眠を貪り、先ほどランチを取って来たところだった。
『そろそろお見送りになりますので、よろしければ顔を出してあげて下さい』
良い思いをさせてもらったことは事実なだけに、わざわざレストランに俺達を呼びに来た澤田に素直に連れられて来た俺たちは、今こうして幸せに満ち溢れた二人を眺めているというわけだ。
「あっ、新婦さんがこっち来るよっ」
「森下さん、ですよね? 本当にありがとうございました! 素敵なカップを作っていただいて……澤田さんから、ネットショップをオープンしたって聞きました。今度はそちらで新居で使うお皿を買わせて頂きますね」
「……喜んでもらえたなら、それで構わない――過剰な礼をしてもらって、却って申し訳なかった」
人並みが途切れたところで、新婦がドレスの裾を持ち上げながら俺達のところへ近づいて来た。礼なら十分過ぎるほどもらったというのに、そこまで喜ばれると、さすがの俺も恐縮してしまう。
「これ良かったら、記念にもらって下さい。幸せのお裾分けです! それじゃあ、本当にありがとうございました」
「あっ、オイ!」
女性スタッフが二次会がどうのと呼びに来て、新婦はあっという間に去って行く。俺の手に、今の今まで自分が握っていたブーケを押し付けて。
「明日のチェックアウト後はそのままハネムーンに向かわれるってことだったので、良かったら持って帰って下さい。枯らすのも可哀想ですし。ではまた、サンプル品の納品おまちしてますね」
新婦の奔放さに苦笑した澤田が、そんな言葉を俺たちに残して慌ただしく去って行く。
「うわぁ、銀さん、これすごく綺麗だね! それに良い匂い!」
手渡されたブーケを唖然としたまま見つめていると、少しを背伸びをした小太郎が鼻先をブーケへと寄せて来る。
「そうだな……帰るぞ」
「待って銀さん!」
彩り鮮やかな暖色系を基調にしたブーケ。女性ならば喜ぶだろう花束も、俺がもらってどうしろと言うんだと思わなくもないが、俺達の作品を気に入ってくれた結果なのだと思えば素直に嬉しい。
こんな風に直接客の声を聞くことなど、これまでの俺には無かったことだった。
花束を小太郎に持たせて足早にホテルを後にしたけれど、初めて味わう充足感が、俺の心を満たしていた。
「帰ったらこれ、ドライフラワーにしたいなあ」
「好きにすれば良いさ」
「もう、何だよ銀さん。折角花嫁さんが銀さんにくれたのに……すごく綺麗だよ?」
「気持ちだけで十分なだけだ。俺には必要ないからな」
俺の受け答えに、助手席に座った小太郎が少しばかり膨れた顔をする。かと思えば次の瞬間、手荷物から小さなスケッチブックを取り出して、一心不乱に鉛筆を動かし始めた。
花束を眺めているうちに、新しいデザインでも思い付いたのだろう。真剣な表情浮かべる小太郎を横目で見ながら、俺はあの日のことを思い返していた。
◇◆◇
「……んっ」
「目が覚めたか? すまなかったな、無理をさせた」
「え、銀さん? あれ?」
初めて小太郎と身も心も結ばれた後。くたりとしたまま動かなくなった小太郎を抱えて風呂に入った。使い勝手のいい風呂場にリフォームしていたことを、あれほど良かったと思ったことは無い。
本当はあのまま小太郎を抱き締めて眠りたかったところだが、内へと注ぎ込んだ欲望の証をそのままにしておくわけにはいかなかった。
自身の欲望の跡を掻き出し、汚れた身体を洗い流すことで多少むずがりはしたけれど、それでも小太郎は目を覚まさなかった。やっとその瞳を開いたのは、湯を溜めたバスタブへ、小太郎を抱えた状態で浸かって少ししてからだった。
「……ん……ぁ、れ……?」
「目が覚めたか? 良かった――心配した」
抱きかかえていた小太郎が僅かに身を揺らし、自分の置かれた状況が飲み込めずにきょろきょろと周囲を見回し始めた。
抱き締めた腕に力を籠めながらホッとしたと告げれば、抱えた腕の中で小太郎の項が赤く染まった。
「うわ……何か、恥ずかしいね……へへ」
「そうか?」
「それに……何か、これ……」
「ああ――すまん、夢中になり過ぎた」
小太郎が照れているのは、どうやらこの状況にだけではなかったらしい。身体中至るところに付いたキスマークの痕が目に付いて、居た堪れなくなったというところだろうか。
チラリと俺を振り返った小太郎の瞳に耐え切れず、視線を逸らしたのは俺の方が早かった。
「あはは、珍しい! 銀さんも照れるんだね!」
「うるさい……」
「でもオレ、嬉しいよ」
「何がだ?」
「だってこれ、俺っていうキャンパスの上に花弁がいっぱい舞ってるみたいで……幸せじゃない?」
俺の態度に小太郎が笑い声を上げる。この家の中にこんな風に楽しげな声が響いたことは一度も無かった。
小太郎が幸せだと微笑むけれど、それは俺の台詞だ。愛しい相手を腕に抱きとめる幸せを、改めて実感する。そして俺の幸せはそれだけでは終わらなかった。
「何だかこれってさ、オレ自身が花束みたいにも見えるよね? オレね、銀さんにあげられるようなものって何も持ってないけど、でも、だからね……銀さんに、オレっていう花束をあげる。返品不可だからね!」
「小太郎――」
得意気に微笑む小太郎が愛し過ぎて、生まれて初めてもらった掛け替えの無い贈り物に、俺は優しく口づけを返したのだった。
◇◆◇
(早いものだな――あれからもう、半年か)
季節は廻り春が来て、小太郎と二人で本格的に始まった仕事も、今日訪れたホテルでの紹介もあって起動に乗り始めている。
約束通り一番初めに作った作品は、小太郎の双子の兄へのプレゼントのクローバーの皿とカップだった。
『はい、これ……二人で使って』
獣人界へと吾郎を迎えに来た孤珀と二人、俺たちの元に挨拶に寄った彼らへと小太郎が差し出したは、試作を繰り返して作り上げた、二人の旅立ちを祝う品々だ。開けていいかと了承を得た吾郎が、軽くリボンでラッピングされた箱を開けた瞬間、小太郎によく似たその目を瞠ったのが目に留まった。
『何? 皿と、カップ?』
『俺とコタの初仕事だ』
『おお、すごいな。これはコタがデザインしたのか?』
『うん……ゴローちゃん、幸せになってね。琥珀、ゴローちゃんのこと、お願いするね』
四葉を模ったプレートとカップが、それぞれ2組ずつ。驚きに箱の中身と外に立つ俺たちへと交互に視線を寄越した吾郎が、何とも言えない表情を浮かべて視線を逸らした。
『俺には家族も兄弟もいないから良く分からないが、お前らには切っても切れない繋がりがあることは分かってる。小太郎のことは心配するな』
『……コタを、よろしく……琥珀っ、車出して!』
ぶっきらぼうに言い放った吾郎の言葉に、小太郎と顔を見合わせて微笑みを交わした事瞬間を、恐らく忘れることはないだろう。
あの吾郎が、俺たちのこれからを認め、俺に小太郎を託してくれた瞬間だったのだから。
照れ臭そうにしながらも、吾郎が俺たちの作品を喜んでくれたことは、これからの支えになるだろう。自分達の作品を喜んでくれる人がいてくれるなら、自分の生きた証が消えることはない。
「ねぇ銀さん、こういうのも良くない?」
「ん? 花弁の皿か……良いかもしれないな」
助手席に座る小太郎がようやく鉛筆を走らせるのを止め、信号待ちのタイミングでスケッチを見せてくる。そこには花弁を一枚切り取った型の皿の絵が描かれていた。
丸みを帯びた優しいフォルムに、キュッと締まった端の型が面白い。
クローバーの時と同様に、一筋縄では完成させられそうもないデザインに、作り手としての腕も鳴る。
「あ、明日はお母さんのところに行こうね? 今日の報告しなくちゃ! 喜んでもらえて良かった。花束も綺麗にドライフラワーにするからね!」
ニコニコと微笑む小太郎を前に、コイツと出会えた奇跡に感謝の気持ちが込み上げる。
神なんてものは信じちゃいないけれど、もしかしたら俺の両親や爺さんが、小太郎との出会いを導いてくれたのかもしれない。
「……俺の花束、か」
「うん? ……って、銀さん!」
「誰も見ちゃいない。帰ったら早速形にしてみるぞ」
俺の言葉に小太郎は、ダッシュボードに乗せていた花束に目をやり大きく頷く。
言葉の意味は自分だけが分かっていればそれでいい。
走り出す直前に掠め取った小太郎の唇。一瞬で眦を赤く染めた表情に満足しつつ横目で微笑みかければ、俺だけの花束が幸せそうに笑ってくれる。
独りより二人……前を向く俺達を、白昼の月が優しい光で照らしてくれていた。
end
煌びやかに着飾った人々で溢れるホテルのロビー。その片隅に立ちながら、涙に濡れた瞳で幸せそうに微笑みながら、参列客を見送る新郎新婦の姿をそっと眺める。
参列客のそれぞれが手に下げているホテルの紙袋の中には、小太郎がデザインに手を加えて俺が焼き上げたペアのカップが入っている。
「良かったね、すごく喜んでくれてた」
「ああ、そうだな……」
昨夜はこのホテルの一室に一泊した。
俺と小太郎との関係が、単なる仕事上のパートナーから一歩進んだ関係へと変化したあの日。
昼近くに起きた俺たちの元に、一本の電話があった。ホテルで出会った澤田というホテルマンから掛かってきた電話によれば、カップを作ることを引き受けた俺達に、新郎新婦がどうしても礼をしたいと言っていたという。
俺と小太郎の、初の正式な仕事の受注だった。
俺たちにとってはそれだけで十分だったというのに、式までの日にちも迫っている中で、個人的なワガママを聞いてもらえるとは思わなかったと、新郎新婦は大層喜んでくれたらしい。その礼として、披露宴前日にこのホテルに一泊し、ついでに自分達の晴れ姿を見てはもらえないかという打診をされた。もちろん食事代もホテル代も新郎新婦が持つと言う。
顔も知らない新郎新婦を祝う必要性も感じられず、俺としてはそんな面倒なことはごめんだと断ろうと思ったのだ。隣で耳を欹てていた小太郎が、期待に目を輝かせさえしなければ。
ホテルに泊まるのは初めてだとはしゃぐ小太郎と共に、結局は新郎新婦の初夜にも負けないだろう夜を過ごしたことは認めよう。
チェックアウトはゆっくりで構わないという言葉を受けて、昼近くまで惰眠を貪り、先ほどランチを取って来たところだった。
『そろそろお見送りになりますので、よろしければ顔を出してあげて下さい』
良い思いをさせてもらったことは事実なだけに、わざわざレストランに俺達を呼びに来た澤田に素直に連れられて来た俺たちは、今こうして幸せに満ち溢れた二人を眺めているというわけだ。
「あっ、新婦さんがこっち来るよっ」
「森下さん、ですよね? 本当にありがとうございました! 素敵なカップを作っていただいて……澤田さんから、ネットショップをオープンしたって聞きました。今度はそちらで新居で使うお皿を買わせて頂きますね」
「……喜んでもらえたなら、それで構わない――過剰な礼をしてもらって、却って申し訳なかった」
人並みが途切れたところで、新婦がドレスの裾を持ち上げながら俺達のところへ近づいて来た。礼なら十分過ぎるほどもらったというのに、そこまで喜ばれると、さすがの俺も恐縮してしまう。
「これ良かったら、記念にもらって下さい。幸せのお裾分けです! それじゃあ、本当にありがとうございました」
「あっ、オイ!」
女性スタッフが二次会がどうのと呼びに来て、新婦はあっという間に去って行く。俺の手に、今の今まで自分が握っていたブーケを押し付けて。
「明日のチェックアウト後はそのままハネムーンに向かわれるってことだったので、良かったら持って帰って下さい。枯らすのも可哀想ですし。ではまた、サンプル品の納品おまちしてますね」
新婦の奔放さに苦笑した澤田が、そんな言葉を俺たちに残して慌ただしく去って行く。
「うわぁ、銀さん、これすごく綺麗だね! それに良い匂い!」
手渡されたブーケを唖然としたまま見つめていると、少しを背伸びをした小太郎が鼻先をブーケへと寄せて来る。
「そうだな……帰るぞ」
「待って銀さん!」
彩り鮮やかな暖色系を基調にしたブーケ。女性ならば喜ぶだろう花束も、俺がもらってどうしろと言うんだと思わなくもないが、俺達の作品を気に入ってくれた結果なのだと思えば素直に嬉しい。
こんな風に直接客の声を聞くことなど、これまでの俺には無かったことだった。
花束を小太郎に持たせて足早にホテルを後にしたけれど、初めて味わう充足感が、俺の心を満たしていた。
「帰ったらこれ、ドライフラワーにしたいなあ」
「好きにすれば良いさ」
「もう、何だよ銀さん。折角花嫁さんが銀さんにくれたのに……すごく綺麗だよ?」
「気持ちだけで十分なだけだ。俺には必要ないからな」
俺の受け答えに、助手席に座った小太郎が少しばかり膨れた顔をする。かと思えば次の瞬間、手荷物から小さなスケッチブックを取り出して、一心不乱に鉛筆を動かし始めた。
花束を眺めているうちに、新しいデザインでも思い付いたのだろう。真剣な表情浮かべる小太郎を横目で見ながら、俺はあの日のことを思い返していた。
◇◆◇
「……んっ」
「目が覚めたか? すまなかったな、無理をさせた」
「え、銀さん? あれ?」
初めて小太郎と身も心も結ばれた後。くたりとしたまま動かなくなった小太郎を抱えて風呂に入った。使い勝手のいい風呂場にリフォームしていたことを、あれほど良かったと思ったことは無い。
本当はあのまま小太郎を抱き締めて眠りたかったところだが、内へと注ぎ込んだ欲望の証をそのままにしておくわけにはいかなかった。
自身の欲望の跡を掻き出し、汚れた身体を洗い流すことで多少むずがりはしたけれど、それでも小太郎は目を覚まさなかった。やっとその瞳を開いたのは、湯を溜めたバスタブへ、小太郎を抱えた状態で浸かって少ししてからだった。
「……ん……ぁ、れ……?」
「目が覚めたか? 良かった――心配した」
抱きかかえていた小太郎が僅かに身を揺らし、自分の置かれた状況が飲み込めずにきょろきょろと周囲を見回し始めた。
抱き締めた腕に力を籠めながらホッとしたと告げれば、抱えた腕の中で小太郎の項が赤く染まった。
「うわ……何か、恥ずかしいね……へへ」
「そうか?」
「それに……何か、これ……」
「ああ――すまん、夢中になり過ぎた」
小太郎が照れているのは、どうやらこの状況にだけではなかったらしい。身体中至るところに付いたキスマークの痕が目に付いて、居た堪れなくなったというところだろうか。
チラリと俺を振り返った小太郎の瞳に耐え切れず、視線を逸らしたのは俺の方が早かった。
「あはは、珍しい! 銀さんも照れるんだね!」
「うるさい……」
「でもオレ、嬉しいよ」
「何がだ?」
「だってこれ、俺っていうキャンパスの上に花弁がいっぱい舞ってるみたいで……幸せじゃない?」
俺の態度に小太郎が笑い声を上げる。この家の中にこんな風に楽しげな声が響いたことは一度も無かった。
小太郎が幸せだと微笑むけれど、それは俺の台詞だ。愛しい相手を腕に抱きとめる幸せを、改めて実感する。そして俺の幸せはそれだけでは終わらなかった。
「何だかこれってさ、オレ自身が花束みたいにも見えるよね? オレね、銀さんにあげられるようなものって何も持ってないけど、でも、だからね……銀さんに、オレっていう花束をあげる。返品不可だからね!」
「小太郎――」
得意気に微笑む小太郎が愛し過ぎて、生まれて初めてもらった掛け替えの無い贈り物に、俺は優しく口づけを返したのだった。
◇◆◇
(早いものだな――あれからもう、半年か)
季節は廻り春が来て、小太郎と二人で本格的に始まった仕事も、今日訪れたホテルでの紹介もあって起動に乗り始めている。
約束通り一番初めに作った作品は、小太郎の双子の兄へのプレゼントのクローバーの皿とカップだった。
『はい、これ……二人で使って』
獣人界へと吾郎を迎えに来た孤珀と二人、俺たちの元に挨拶に寄った彼らへと小太郎が差し出したは、試作を繰り返して作り上げた、二人の旅立ちを祝う品々だ。開けていいかと了承を得た吾郎が、軽くリボンでラッピングされた箱を開けた瞬間、小太郎によく似たその目を瞠ったのが目に留まった。
『何? 皿と、カップ?』
『俺とコタの初仕事だ』
『おお、すごいな。これはコタがデザインしたのか?』
『うん……ゴローちゃん、幸せになってね。琥珀、ゴローちゃんのこと、お願いするね』
四葉を模ったプレートとカップが、それぞれ2組ずつ。驚きに箱の中身と外に立つ俺たちへと交互に視線を寄越した吾郎が、何とも言えない表情を浮かべて視線を逸らした。
『俺には家族も兄弟もいないから良く分からないが、お前らには切っても切れない繋がりがあることは分かってる。小太郎のことは心配するな』
『……コタを、よろしく……琥珀っ、車出して!』
ぶっきらぼうに言い放った吾郎の言葉に、小太郎と顔を見合わせて微笑みを交わした事瞬間を、恐らく忘れることはないだろう。
あの吾郎が、俺たちのこれからを認め、俺に小太郎を託してくれた瞬間だったのだから。
照れ臭そうにしながらも、吾郎が俺たちの作品を喜んでくれたことは、これからの支えになるだろう。自分達の作品を喜んでくれる人がいてくれるなら、自分の生きた証が消えることはない。
「ねぇ銀さん、こういうのも良くない?」
「ん? 花弁の皿か……良いかもしれないな」
助手席に座る小太郎がようやく鉛筆を走らせるのを止め、信号待ちのタイミングでスケッチを見せてくる。そこには花弁を一枚切り取った型の皿の絵が描かれていた。
丸みを帯びた優しいフォルムに、キュッと締まった端の型が面白い。
クローバーの時と同様に、一筋縄では完成させられそうもないデザインに、作り手としての腕も鳴る。
「あ、明日はお母さんのところに行こうね? 今日の報告しなくちゃ! 喜んでもらえて良かった。花束も綺麗にドライフラワーにするからね!」
ニコニコと微笑む小太郎を前に、コイツと出会えた奇跡に感謝の気持ちが込み上げる。
神なんてものは信じちゃいないけれど、もしかしたら俺の両親や爺さんが、小太郎との出会いを導いてくれたのかもしれない。
「……俺の花束、か」
「うん? ……って、銀さん!」
「誰も見ちゃいない。帰ったら早速形にしてみるぞ」
俺の言葉に小太郎は、ダッシュボードに乗せていた花束に目をやり大きく頷く。
言葉の意味は自分だけが分かっていればそれでいい。
走り出す直前に掠め取った小太郎の唇。一瞬で眦を赤く染めた表情に満足しつつ横目で微笑みかければ、俺だけの花束が幸せそうに笑ってくれる。
独りより二人……前を向く俺達を、白昼の月が優しい光で照らしてくれていた。
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コタの可愛さと意志の強さにメロメロになりました。コタ自身を花束にたとえるって、さすがデザインする側のコタならですね😊
気持ち表現出来ない銀だけど、少しずつ行動でコタに接してるのか堪りません😆それを、ちゃんとわかってるコタがまた可愛すぎる。
とても素敵な作品でした。ありがとうございました😊
終わってしまいましたね〜
お気に入りで、更新されるのを楽しみに待っていました。
もうちょっとラブラブしてるところを見たかったかもです。
更新も早く、キリのいいところで完結、
お話もとっても良かったです。
また次回作楽しみに待っています。
ありがとうございました。