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第五章 パラレル
第132話 恋の気配
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「華名咲さんとどういう繋がりがあるのか、突き止めてみせる。僕自身の身に起こったことについても、何か手がかりがあるかもしれないし」
そうだった。そもそも十一夜君が元々女子から男子に転換したのだということをともすれば忘れがちなんだけど、この人こそわたしよりずっと前に性転換を経験した人だったのだ。
「うん、そうだね。でもくれぐれも気をつけてね」
「あぁ」
短い返事の後、十一夜君はじゃあなと言って別れた。いつも通りの十一夜君だった。
「大丈夫だよね、十一夜君……」
誰に聞かせるわけでもなく思わず口を突いて出た独り言だったが、不意に薔薇の香りが漂った。
そっか……朧さんも大丈夫だって太鼓判を押しているんだから。そう思うと何だか安心できる気がした。
「ふふふ。朧さん、またお世話になりますね。よろしくお願いします」
姿の見えない朧さんに向けて挨拶をすると、再び薔薇が香ってきた。
帰宅すると母と妹がのんびりお茶の時間を楽しんでいるところだった。
「お帰り、夏葉ちゃん。あなたもお茶飲む?」
あぁ、たまには親子水入らず、そういうのもいいかな。
「うん、もらおっかな。じゃあ着替えてくるね」
部屋に戻って着替えてリビングに引き返すと、ちょうどわたしの分のお茶が入ったところだった。お茶請けのベルギーチョコは知らないブランドのものだったが、ブリュッセルの街には日本に紹介されていない専門店がたくさんあるらしい。大方お土産か何かでもらったものだろうか。
ソファに飛び乗るようにして腰掛ける。
「もう、ちょっとあなたはしたないわよ」
母からはしたないなんて言われて軽く驚いた。新鮮だったというか。母と過ごしたほとんどの時間は男だったわけで、はしたないなんて注意を受けたことはなかったのだ。
「なんか叔母さんがもうひとり増えたみたい」
「何言ってるのよ。本来はわたしの役目なんだから」
「ん、それもそうか。でもなんか新鮮だなぁ」
「まあそれにしても、あなたすっかりスカート姿も板について、本当に女の子なのねぇ……」
しみじみとわたしの姿を眺めてそう言われるとなんとも居心地が悪い。母にしてみればこの前まで男だったわけで、女子化して数日で離れ離れになったわけだしね。今更そんな風に思うのも仕方ないか。
「改めてそう言われると、何というかその……照れくさいね。そういう事言われる時期、とっくに過ぎた感じだったから」
わたしがそう言うと、母はとても寂しそうに目を伏せた。
「ごめんなさいね。あなたが大変なときに一緒にそばにいてあげられなくて……」
「あぁ……そこは全然気にしないでよ。代わりに叔父さんも叔母さんも秋菜もしっかりサポートしてくれてるしさ」
「わたしもお姉ちゃんと一緒にいたかったな」
梨々花……お前はいつからそんなにかわいい妹になったのだね。かわいいことばっか言ってからにもぉ……。
「ありがとね、梨々花」
愛おしく感じるあまり頭をポンポンしてあげると、喉を撫でられる猫のように嬉しそうにする。まったく、これだけでも女子化した甲斐があったってもんだな。男だったときにはろくに口も聞いてもらえなかったんだから。
「うーん、おいしぃっ!」
チョコレートを頬張ると幸せな気分になる。そう言えばこんなに甘いものが好きになったのも女子化してからだ。
「あなたそんなに甘いもの好きだった?」
わたしのそんな様子に母も意外だったようでそんなことを訊いてくる。
「いやぁ、これも正直女子になってからなんだよねぇ~。不思議と甘いものが好きになったんだよ。特に生理前とか甘いもの食べたくなる」
「やだ夏葉ちゃん、ほんとに女の子ねぇ」
「ん、そうだよ。この半年間、その現実を否応なしに突きつけられてきた」
「そうよねぇ……」
母は感慨深げだ。まぁ、こっちとしちゃ長男として育てたはずが、長女になっちゃってすまんって感じだけど。
「あ、そう言えば本当は梨々花はうちじゃ長女だったのに、いきなり次女になっちゃったわけだよね。なんかごめん」
とか言いながら、何だかおかしくなって笑いそうになる。
「まぁ、お兄ちゃんよりお姉ちゃんの方がかわいいからいいよ」
梨々花はそう言って本当に嬉しそうにしている。全くこの子の受容力ときたら大したもんだね。さすが我が家の元長女だけのことはある。
「ねぇ、ねぇ。それで夏葉ちゃんは、今好きな人とかいないの?」
うげっ、何だよいきなり。女子三人集まると女子トーク始まっちゃうんかい。叔母さんと秋菜と三人のときも、友紀ちゃんと楓ちゃんと三人のときもそういう話にはなりやすいなぁ。
とは言っても母親からいきなりそういう話を振られるなんてなぁ。記憶を遡る限り母とそんな話になったことはないような気がするけど。
「何、いきなり? そういうのは考えてないから。ていうか自分でも恋愛についてよく分かんないんだよ、どういうスタンスを取ればいいか」
「あらそうなの? 十一夜君とかいう素敵な男の子がいるんじゃなかった?」
「ぶふーーーっ⁉」
まさかの十一夜君の名前を出されて思わずお茶を吹いてしまう。誰に聞いたんだよ……って叔母さんか秋菜しかいないよなぁ。まったく何を言ってくれてるんだか。
「えぇーっ、お姉ちゃん、好きな人いるのっ? どんな人? ねぇ、教えて教えて!」
梨々花の食い付きっ⁉ 勘弁してよ、本当に。そういうのじゃないんだからもぉ。
「ちょっとちょっと。そういうんじゃないから。どうせ秋菜辺りがそういうこと言ってるんだろうけども、全然違うから」
「あらそうなの? なーんだ、残念」
「ざんねーん」
「ふたりともがっかりさせて悪いけど、男から急に女になったんだし、そうそう簡単に誰かを好きになったりしないよ」
「あら、そういうものなのかしらねぇ。つまんないわ」
「つまんなーい」
ふたりともそんなにがっかりしないでよ。しょうがないじゃん。
「その十一夜君って、誰か付き合ってる人がいるわけじゃないんでしょ?」
くっ、まだ食らいついてくるのか、しつこいな。
「まぁ、そういう人は今はいないかな。ちょっと前までいたようないないような微妙な感じだったけど」
「あら、そうなんだ。その時は夏葉ちゃんはどんな感じだったの? そのお相手の子のことでイライラしたりしなかった?」
「えぇ? それはイライラはある意味してたけど、それはそういうのとはちょっと違うっていうか……と、とにかくそういうのじゃなかったんだよ」
もうこの話はこれ以上掘らないでほしいんだけどなぁ。なんでみんな十一夜君とわたしのことをくっつけようとしたがるんだろ。
「十一夜君から連絡こないかな―ってしょっちゅう携帯確認してみちゃったり、しなかったの?」
「えぇ? それはまぁ、そういうこともなくもなかったけど、だけどそれは前は大事な用があって連絡をもらったりしてたからであって……だからそういうのじゃないんだってば」
「ふーん……」
「ふーん……」
な、なんだよ二人しておんなじリアクションて。
「それじゃあその十一夜君が別の女の子と一緒にいるのを見た時は? 何だかわけも分からずイライラすることなかった?」
「……知らないっ」
「あったんだ」
「おぉ、お姉ちゃん。それはね、恋だね恋」
おい、何だよ。何でこんなに追い込まれなきゃならないんだよぉ。恥ずかしいからやめてよ、こういうのは。
そもそも違うし。十一夜君のことが好きとかいうのとは違うし。
「うふふふ。恋ですってよ、夏葉ちゃん。おめでとう」
「お、おめでたくないっ!」
あんまり変なことばかり言われるから、わたしはその場にそれ以上いるのに耐えかねて自室へと戻った。
「お姉ちゃん、頑張ってね! 梨々花も応援してるから!」
「いらんわっ!」
大声を上げて否定したがドアの向こうの二人が楽しそうに笑っている気配がダダ漏れだった。
うぅ……何なのこの辱めは……。ていうか、みんなが言う通り、わたしって十一夜君のことが好きなわけ? そんなことある⁉
そうだった。そもそも十一夜君が元々女子から男子に転換したのだということをともすれば忘れがちなんだけど、この人こそわたしよりずっと前に性転換を経験した人だったのだ。
「うん、そうだね。でもくれぐれも気をつけてね」
「あぁ」
短い返事の後、十一夜君はじゃあなと言って別れた。いつも通りの十一夜君だった。
「大丈夫だよね、十一夜君……」
誰に聞かせるわけでもなく思わず口を突いて出た独り言だったが、不意に薔薇の香りが漂った。
そっか……朧さんも大丈夫だって太鼓判を押しているんだから。そう思うと何だか安心できる気がした。
「ふふふ。朧さん、またお世話になりますね。よろしくお願いします」
姿の見えない朧さんに向けて挨拶をすると、再び薔薇が香ってきた。
帰宅すると母と妹がのんびりお茶の時間を楽しんでいるところだった。
「お帰り、夏葉ちゃん。あなたもお茶飲む?」
あぁ、たまには親子水入らず、そういうのもいいかな。
「うん、もらおっかな。じゃあ着替えてくるね」
部屋に戻って着替えてリビングに引き返すと、ちょうどわたしの分のお茶が入ったところだった。お茶請けのベルギーチョコは知らないブランドのものだったが、ブリュッセルの街には日本に紹介されていない専門店がたくさんあるらしい。大方お土産か何かでもらったものだろうか。
ソファに飛び乗るようにして腰掛ける。
「もう、ちょっとあなたはしたないわよ」
母からはしたないなんて言われて軽く驚いた。新鮮だったというか。母と過ごしたほとんどの時間は男だったわけで、はしたないなんて注意を受けたことはなかったのだ。
「なんか叔母さんがもうひとり増えたみたい」
「何言ってるのよ。本来はわたしの役目なんだから」
「ん、それもそうか。でもなんか新鮮だなぁ」
「まあそれにしても、あなたすっかりスカート姿も板について、本当に女の子なのねぇ……」
しみじみとわたしの姿を眺めてそう言われるとなんとも居心地が悪い。母にしてみればこの前まで男だったわけで、女子化して数日で離れ離れになったわけだしね。今更そんな風に思うのも仕方ないか。
「改めてそう言われると、何というかその……照れくさいね。そういう事言われる時期、とっくに過ぎた感じだったから」
わたしがそう言うと、母はとても寂しそうに目を伏せた。
「ごめんなさいね。あなたが大変なときに一緒にそばにいてあげられなくて……」
「あぁ……そこは全然気にしないでよ。代わりに叔父さんも叔母さんも秋菜もしっかりサポートしてくれてるしさ」
「わたしもお姉ちゃんと一緒にいたかったな」
梨々花……お前はいつからそんなにかわいい妹になったのだね。かわいいことばっか言ってからにもぉ……。
「ありがとね、梨々花」
愛おしく感じるあまり頭をポンポンしてあげると、喉を撫でられる猫のように嬉しそうにする。まったく、これだけでも女子化した甲斐があったってもんだな。男だったときにはろくに口も聞いてもらえなかったんだから。
「うーん、おいしぃっ!」
チョコレートを頬張ると幸せな気分になる。そう言えばこんなに甘いものが好きになったのも女子化してからだ。
「あなたそんなに甘いもの好きだった?」
わたしのそんな様子に母も意外だったようでそんなことを訊いてくる。
「いやぁ、これも正直女子になってからなんだよねぇ~。不思議と甘いものが好きになったんだよ。特に生理前とか甘いもの食べたくなる」
「やだ夏葉ちゃん、ほんとに女の子ねぇ」
「ん、そうだよ。この半年間、その現実を否応なしに突きつけられてきた」
「そうよねぇ……」
母は感慨深げだ。まぁ、こっちとしちゃ長男として育てたはずが、長女になっちゃってすまんって感じだけど。
「あ、そう言えば本当は梨々花はうちじゃ長女だったのに、いきなり次女になっちゃったわけだよね。なんかごめん」
とか言いながら、何だかおかしくなって笑いそうになる。
「まぁ、お兄ちゃんよりお姉ちゃんの方がかわいいからいいよ」
梨々花はそう言って本当に嬉しそうにしている。全くこの子の受容力ときたら大したもんだね。さすが我が家の元長女だけのことはある。
「ねぇ、ねぇ。それで夏葉ちゃんは、今好きな人とかいないの?」
うげっ、何だよいきなり。女子三人集まると女子トーク始まっちゃうんかい。叔母さんと秋菜と三人のときも、友紀ちゃんと楓ちゃんと三人のときもそういう話にはなりやすいなぁ。
とは言っても母親からいきなりそういう話を振られるなんてなぁ。記憶を遡る限り母とそんな話になったことはないような気がするけど。
「何、いきなり? そういうのは考えてないから。ていうか自分でも恋愛についてよく分かんないんだよ、どういうスタンスを取ればいいか」
「あらそうなの? 十一夜君とかいう素敵な男の子がいるんじゃなかった?」
「ぶふーーーっ⁉」
まさかの十一夜君の名前を出されて思わずお茶を吹いてしまう。誰に聞いたんだよ……って叔母さんか秋菜しかいないよなぁ。まったく何を言ってくれてるんだか。
「えぇーっ、お姉ちゃん、好きな人いるのっ? どんな人? ねぇ、教えて教えて!」
梨々花の食い付きっ⁉ 勘弁してよ、本当に。そういうのじゃないんだからもぉ。
「ちょっとちょっと。そういうんじゃないから。どうせ秋菜辺りがそういうこと言ってるんだろうけども、全然違うから」
「あらそうなの? なーんだ、残念」
「ざんねーん」
「ふたりともがっかりさせて悪いけど、男から急に女になったんだし、そうそう簡単に誰かを好きになったりしないよ」
「あら、そういうものなのかしらねぇ。つまんないわ」
「つまんなーい」
ふたりともそんなにがっかりしないでよ。しょうがないじゃん。
「その十一夜君って、誰か付き合ってる人がいるわけじゃないんでしょ?」
くっ、まだ食らいついてくるのか、しつこいな。
「まぁ、そういう人は今はいないかな。ちょっと前までいたようないないような微妙な感じだったけど」
「あら、そうなんだ。その時は夏葉ちゃんはどんな感じだったの? そのお相手の子のことでイライラしたりしなかった?」
「えぇ? それはイライラはある意味してたけど、それはそういうのとはちょっと違うっていうか……と、とにかくそういうのじゃなかったんだよ」
もうこの話はこれ以上掘らないでほしいんだけどなぁ。なんでみんな十一夜君とわたしのことをくっつけようとしたがるんだろ。
「十一夜君から連絡こないかな―ってしょっちゅう携帯確認してみちゃったり、しなかったの?」
「えぇ? それはまぁ、そういうこともなくもなかったけど、だけどそれは前は大事な用があって連絡をもらったりしてたからであって……だからそういうのじゃないんだってば」
「ふーん……」
「ふーん……」
な、なんだよ二人しておんなじリアクションて。
「それじゃあその十一夜君が別の女の子と一緒にいるのを見た時は? 何だかわけも分からずイライラすることなかった?」
「……知らないっ」
「あったんだ」
「おぉ、お姉ちゃん。それはね、恋だね恋」
おい、何だよ。何でこんなに追い込まれなきゃならないんだよぉ。恥ずかしいからやめてよ、こういうのは。
そもそも違うし。十一夜君のことが好きとかいうのとは違うし。
「うふふふ。恋ですってよ、夏葉ちゃん。おめでとう」
「お、おめでたくないっ!」
あんまり変なことばかり言われるから、わたしはその場にそれ以上いるのに耐えかねて自室へと戻った。
「お姉ちゃん、頑張ってね! 梨々花も応援してるから!」
「いらんわっ!」
大声を上げて否定したがドアの向こうの二人が楽しそうに笑っている気配がダダ漏れだった。
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