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1巻「第一章 邂逅」一部試し読み公開中
4.リョウの頼み事
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勇者と魔法使いの話が一段落した頃合いを見計らって、ホシがリョウの目の前に皿を置いた。
「リョウ、お待たせ、リョウが大好きな特製ホットサンド、できたよ!」
リョウは目を輝かせてホシに礼を言い、ケチャップとチーズがたっぷり入った、ほかほかのナポリタンサンドイッチにかぶりついた。
「あ~~~、んまい!」
「…………」
隣の席から凝視するような勇者の視線を感じ、リョウはまたもや肩を震わせた。身を縮ませ口をもぐもぐ動かしながら、独り言のような言い訳を話し出す。
「こ、これ、食べたら、『焔(ほむら)闇(やみ)』撃退の説明をして、すぐ、出発……するから。は、は、腹をすかせては、い、い、戦は出来ぬと、言うしな、うん……」
「……そういう理由で、塔の一階が食事処になっているのか?」
そう問いかけた勇者に、ホシが答えた。
「そういうわけじゃ、ないのニャ。このスターニャックスの誕生秘話は、話せば長くなるのニャ。リョウ、はい、いつもの四次元バッグ」
「ありがとう、ホシ」
リョウはショルダー型のバッグを受け取ると、すぐにナナメ掛けして身に付けた。
「ヨジゲンバッグ?」
勇者の問いに、ホシが答える。
「神さまが魔法使いのために用意してくれた、不思議なバッグなのニャ。このスターニャックスの倉庫とつながっていて、魔法使いが欲しいものを取り出せるのニャ」
そう言いながらホシは、勇者の目の前の、食事の済んだ食器を片付けていく。
四次元バッグという名称は、リョウが付けたものだ。
彼が子供のころに好きだった物語に登場する、よく似た用途の道具からネーミングしただけで、このバッグ自体は四次元とは何の関係もない。
首を傾げているディートフリート同様、ホシも最初の頃は、「四次元って何かニャ?」と思っていたが、すぐにどうでもよくなった。
やがてリョウはホットサンドを食べ終えると、勇者に必要事項を伝えるため、意を決したように口を開いた。
「ゆ、ゆ、勇者ディー……ディー……?」
「ディートフリート、ニャ」
勇者の名前を忘れてしまったリョウに、ホシが助け舟を出す。
リョウはホシに礼を言い、小さく頷くと、話を続けた。
「勇者、ディートフリート、この100年、『焔闇(ほむらやみ)』が発生しなかったので、色々と忘れられている部分があると思うから、せ、せ、説明しておく……」
「ああ、頼む。……その前に、言いにくければ私のことは、ディーと呼んでくれて構わない。私もあなたのことを、リョウと呼び捨てにしても、構わないだろうか?」
リョウは頷くと、相変わらず勇者の方を見ずに、視線を伏せて、淡々と説明をはじめた。
「まず、『焔闇』の性質だけど、見た目は黒い霧の塊だ。発生した当初は小さくても、どんどん大きくなり、放置すると、時間とともに際限なく広がってゆく。……知っていると思うけど、『焔闇』に触れてしまうと、この世界の生き物は心を焼かれ、最悪の場合、命を落とす」
ディートフリートは、知っていることを示すために、小さく頷いた。
リョウは一呼吸おくと、説明を続行する。
「『焔闇』は、地球という、こことは違う世界からきた災厄だ。だから、同じ地球からきた魔法使いが、撃退に向かう。魔法使いはこの世界の勇者から召喚されてはじめて、力を発揮できるため、勇者と魔法使いの二人一組で現場に向かうけど、実際闘うのは、勇者に召喚された魔法使いだけだ。勇者は絶対に、『焔闇』に手を出しちゃ、いけない」
「私は、何もできないのか?」
「いや……『焔闇』の瘴気(しょうき)に当てられた生き物や人が、たまに荒ぶって襲ってくることがあるから、そちらの対処をお願いしたい。ただ、俺の傍を離れないでほしい。だいたい50メートルくらい離れてしまうと、もう俺は力を発揮できなくなる……」
リョウが神にスカウトされて、こちらの世界ではじめて『焔闇』と闘った時、思ったことがある。
ああ、俺は、いわゆる「召喚獣」扱いなんだな……と。
神は、勇者という存在を作り上げて、「勇者に魔法使いを召喚させる」という形を取っているのだ。
そういえば神は、「世界の創造も神の在り方も、それなりに、面倒くさいルールがあるのよ……」と、何やら言い訳じみた説明をしていた。
リョウはしばらく黙り込んでいたが、再び口を開いた。
「それから……その……言いにくいんだが……」
リョウは言いよどみながら、相変わらず勇者の方を見ずに下を向き、小声で話を続ける。
「『焔闇』の撃退が完了したら、俺は、しばらくの間、無力化するから、後のことを頼みたい」
「無力化……? どういうことだ?」
「疲れ切って、動けなくなる。電池の切れた、おもちゃみたいに……」
「今、何と言った? 切れた、おもちゃ? その前が、聞き取れなかったが」
リョウの言葉は自動翻訳されるが、この世界に無いものを表す言葉は、不明瞭になる。
良平、というリョウの本名も、おかしな言葉になってしまうため、この世界でも存在する「リョウ」という音の名前に改名したのである。
当然ながら「電池」はこの世界に無いため、ディートフリートには聞き取れなかったのだろう。それに思い当たり、リョウは言葉を替えて言い直した。
「糸の切れた、操り人形みたいに、まったく動けなくなる。だから……『焔闇』の撃退後、も、も、申し訳ないんだが……誰も近づけない、どこか安全なところに、俺を運んで、ほしいんだ……。くっ……!」
リョウは屈辱に震えながら、やっと言い終えた。
最後の「くっ……!」は天敵に頼みごとをしなければいけない悔しさから、思わず漏れ出た音だった。
――でも、仕方ない。彼に頼むしか、ないのだ。
<帰還魔法>を使えば魔法使いの塔へ一瞬で戻れるが、『焔闇』撃退後は異常な疲労状態になるため、どの魔法も使えなくなる。
だから誰かに自分の体を保護してもらう必要があるのだ。
そうしないと、リョウは安心して『焔闇』を撃退することもできない。
それというのも、スプラッター系の恐ろしい話を聞いたからである。
昔どこかの国で、『焔闇』の撃退後に無力化した魔法使いが、変質者に誘拐され、手足を切断され、生きたまま解剖されたとか……。
その話を思い出し、リョウはブルブルと恐怖に身を震わせた。
様子のおかしいリョウを訝(いぶか)し気(げ)に見つめながら、勇者が口を開く。
「それは……構わないが……」
勇者ディートフリートは、戸惑ったような声で続きを濁(にご)した。
その様子から、リョウはディートフリートが苛立っているのを何となく感じて縮みあがり、もう一度頼み込んだ。
「い、い、嫌だろうが、よろしく、頼む。動けなくはなるが、しばらくしたら自然に回復する。だから、安全なところに運んで、俺の身の安全を確保してくれさえすれば、あとは、放置して、いいから」
それを聞いてディートフリートは、反発した。
「なぜ私が、嫌だと思うと、決めつけるのだ?」
「え? 嫌だろ、普通? 気絶してる大の男を運ぶなんて、大変な重労働だし、何より、対象は俺だぞ? キモいだろ?」
リョウの劣等感は根深い。外見に関して、いまだ自分は「救いようのない不細工」という自己認識なのだ。客観的に見れば、そこまで悲観するほどでもなかったにもかかわらず。
しかも今のリョウは、地球で死亡した元の体を手放し、神に用意してもらった新しい体になっている。
その顔は以前の彼の顔をベースにしているものの、細かいところが改良されているため、もう不細工とは言えず、普通の範疇(はんちゅう)に入る見た目だ。
しかしリョウは鏡を滅多に見ないせいか、自分の外見に関する感覚が、なかなか抜けない。
そんなことは知らないディートフリートは、リョウの「当然だろ?」という口調に、ますますイラッとした。
「私がどう感じるかは、私が決める。それより、さっきから気になっているのだが、あなたはなぜ、こちらを見ないのだ? 人と話す時は、相手を見るのが礼儀だと思うが、あなたが育った世界では、違うのか?」
強い口調で咎(とが)められ、リョウは心臓をわしづかみにされたかのような恐怖を感じた。
ビクッと体が震え、冷や汗が流れてくる。
「リョウ、お待たせ、リョウが大好きな特製ホットサンド、できたよ!」
リョウは目を輝かせてホシに礼を言い、ケチャップとチーズがたっぷり入った、ほかほかのナポリタンサンドイッチにかぶりついた。
「あ~~~、んまい!」
「…………」
隣の席から凝視するような勇者の視線を感じ、リョウはまたもや肩を震わせた。身を縮ませ口をもぐもぐ動かしながら、独り言のような言い訳を話し出す。
「こ、これ、食べたら、『焔(ほむら)闇(やみ)』撃退の説明をして、すぐ、出発……するから。は、は、腹をすかせては、い、い、戦は出来ぬと、言うしな、うん……」
「……そういう理由で、塔の一階が食事処になっているのか?」
そう問いかけた勇者に、ホシが答えた。
「そういうわけじゃ、ないのニャ。このスターニャックスの誕生秘話は、話せば長くなるのニャ。リョウ、はい、いつもの四次元バッグ」
「ありがとう、ホシ」
リョウはショルダー型のバッグを受け取ると、すぐにナナメ掛けして身に付けた。
「ヨジゲンバッグ?」
勇者の問いに、ホシが答える。
「神さまが魔法使いのために用意してくれた、不思議なバッグなのニャ。このスターニャックスの倉庫とつながっていて、魔法使いが欲しいものを取り出せるのニャ」
そう言いながらホシは、勇者の目の前の、食事の済んだ食器を片付けていく。
四次元バッグという名称は、リョウが付けたものだ。
彼が子供のころに好きだった物語に登場する、よく似た用途の道具からネーミングしただけで、このバッグ自体は四次元とは何の関係もない。
首を傾げているディートフリート同様、ホシも最初の頃は、「四次元って何かニャ?」と思っていたが、すぐにどうでもよくなった。
やがてリョウはホットサンドを食べ終えると、勇者に必要事項を伝えるため、意を決したように口を開いた。
「ゆ、ゆ、勇者ディー……ディー……?」
「ディートフリート、ニャ」
勇者の名前を忘れてしまったリョウに、ホシが助け舟を出す。
リョウはホシに礼を言い、小さく頷くと、話を続けた。
「勇者、ディートフリート、この100年、『焔闇(ほむらやみ)』が発生しなかったので、色々と忘れられている部分があると思うから、せ、せ、説明しておく……」
「ああ、頼む。……その前に、言いにくければ私のことは、ディーと呼んでくれて構わない。私もあなたのことを、リョウと呼び捨てにしても、構わないだろうか?」
リョウは頷くと、相変わらず勇者の方を見ずに、視線を伏せて、淡々と説明をはじめた。
「まず、『焔闇』の性質だけど、見た目は黒い霧の塊だ。発生した当初は小さくても、どんどん大きくなり、放置すると、時間とともに際限なく広がってゆく。……知っていると思うけど、『焔闇』に触れてしまうと、この世界の生き物は心を焼かれ、最悪の場合、命を落とす」
ディートフリートは、知っていることを示すために、小さく頷いた。
リョウは一呼吸おくと、説明を続行する。
「『焔闇』は、地球という、こことは違う世界からきた災厄だ。だから、同じ地球からきた魔法使いが、撃退に向かう。魔法使いはこの世界の勇者から召喚されてはじめて、力を発揮できるため、勇者と魔法使いの二人一組で現場に向かうけど、実際闘うのは、勇者に召喚された魔法使いだけだ。勇者は絶対に、『焔闇』に手を出しちゃ、いけない」
「私は、何もできないのか?」
「いや……『焔闇』の瘴気(しょうき)に当てられた生き物や人が、たまに荒ぶって襲ってくることがあるから、そちらの対処をお願いしたい。ただ、俺の傍を離れないでほしい。だいたい50メートルくらい離れてしまうと、もう俺は力を発揮できなくなる……」
リョウが神にスカウトされて、こちらの世界ではじめて『焔闇』と闘った時、思ったことがある。
ああ、俺は、いわゆる「召喚獣」扱いなんだな……と。
神は、勇者という存在を作り上げて、「勇者に魔法使いを召喚させる」という形を取っているのだ。
そういえば神は、「世界の創造も神の在り方も、それなりに、面倒くさいルールがあるのよ……」と、何やら言い訳じみた説明をしていた。
リョウはしばらく黙り込んでいたが、再び口を開いた。
「それから……その……言いにくいんだが……」
リョウは言いよどみながら、相変わらず勇者の方を見ずに下を向き、小声で話を続ける。
「『焔闇』の撃退が完了したら、俺は、しばらくの間、無力化するから、後のことを頼みたい」
「無力化……? どういうことだ?」
「疲れ切って、動けなくなる。電池の切れた、おもちゃみたいに……」
「今、何と言った? 切れた、おもちゃ? その前が、聞き取れなかったが」
リョウの言葉は自動翻訳されるが、この世界に無いものを表す言葉は、不明瞭になる。
良平、というリョウの本名も、おかしな言葉になってしまうため、この世界でも存在する「リョウ」という音の名前に改名したのである。
当然ながら「電池」はこの世界に無いため、ディートフリートには聞き取れなかったのだろう。それに思い当たり、リョウは言葉を替えて言い直した。
「糸の切れた、操り人形みたいに、まったく動けなくなる。だから……『焔闇』の撃退後、も、も、申し訳ないんだが……誰も近づけない、どこか安全なところに、俺を運んで、ほしいんだ……。くっ……!」
リョウは屈辱に震えながら、やっと言い終えた。
最後の「くっ……!」は天敵に頼みごとをしなければいけない悔しさから、思わず漏れ出た音だった。
――でも、仕方ない。彼に頼むしか、ないのだ。
<帰還魔法>を使えば魔法使いの塔へ一瞬で戻れるが、『焔闇』撃退後は異常な疲労状態になるため、どの魔法も使えなくなる。
だから誰かに自分の体を保護してもらう必要があるのだ。
そうしないと、リョウは安心して『焔闇』を撃退することもできない。
それというのも、スプラッター系の恐ろしい話を聞いたからである。
昔どこかの国で、『焔闇』の撃退後に無力化した魔法使いが、変質者に誘拐され、手足を切断され、生きたまま解剖されたとか……。
その話を思い出し、リョウはブルブルと恐怖に身を震わせた。
様子のおかしいリョウを訝(いぶか)し気(げ)に見つめながら、勇者が口を開く。
「それは……構わないが……」
勇者ディートフリートは、戸惑ったような声で続きを濁(にご)した。
その様子から、リョウはディートフリートが苛立っているのを何となく感じて縮みあがり、もう一度頼み込んだ。
「い、い、嫌だろうが、よろしく、頼む。動けなくはなるが、しばらくしたら自然に回復する。だから、安全なところに運んで、俺の身の安全を確保してくれさえすれば、あとは、放置して、いいから」
それを聞いてディートフリートは、反発した。
「なぜ私が、嫌だと思うと、決めつけるのだ?」
「え? 嫌だろ、普通? 気絶してる大の男を運ぶなんて、大変な重労働だし、何より、対象は俺だぞ? キモいだろ?」
リョウの劣等感は根深い。外見に関して、いまだ自分は「救いようのない不細工」という自己認識なのだ。客観的に見れば、そこまで悲観するほどでもなかったにもかかわらず。
しかも今のリョウは、地球で死亡した元の体を手放し、神に用意してもらった新しい体になっている。
その顔は以前の彼の顔をベースにしているものの、細かいところが改良されているため、もう不細工とは言えず、普通の範疇(はんちゅう)に入る見た目だ。
しかしリョウは鏡を滅多に見ないせいか、自分の外見に関する感覚が、なかなか抜けない。
そんなことは知らないディートフリートは、リョウの「当然だろ?」という口調に、ますますイラッとした。
「私がどう感じるかは、私が決める。それより、さっきから気になっているのだが、あなたはなぜ、こちらを見ないのだ? 人と話す時は、相手を見るのが礼儀だと思うが、あなたが育った世界では、違うのか?」
強い口調で咎(とが)められ、リョウは心臓をわしづかみにされたかのような恐怖を感じた。
ビクッと体が震え、冷や汗が流れてくる。
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