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本編

56 空蝉(ウツセミ) 3

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源氏物語のなかに「空蝉」というエピソードがある。主人公の光源氏に見初められた女性が、自分は人妻で身分も低いため相手に釣り合わないと衣だけを残して逃げてしまう。すごくざっくりいうと、そんな話だ。

ちゃんと読んだわけではなく、学校の授業で聞いた程度の知識ではあったものの、「応える気がないのに、何故未練がましく脱いだ衣なんて置いていくのか」と、色恋が理解できなかったわたしは思ったものだ。

でも今ならば彼女の気持ちが想像できなくもない。相手の気持ちに応えられないけれども、本心では恋しい。事情があって身は引くけれども、自分のことを探して見つけ出してほしい。そんな複雑な想いがあったのかもしれないと思う。

*****

部屋を訪れたセイは、無地の黒いシャツに黒いスラックスという恰好だった。夜だからか髪は少しラフな感じでいつもと違う印象だ。少し若く、年相応の青年に見える。

近づくと、ブラックベリーと胡椒を混ぜたような甘く濃厚な香りがした。

記憶に奥に刷り込まれた懐かしい香り。愛しい人に捧げる、夜にだけ纏う秘密の香水だ。刺激的な香りが鼻をかすめた瞬間に、わたしのからだは快楽の記憶が引き出されてだらしなく涎を垂らす。パブロフの犬みたい。こういうときに自分の快楽への弱さを実感する。

セイも今夜を待ち望んでいてくれたのかとも思ったが、眉間には皺が寄っていて、お世辞にも楽しそうには見えなかった。アレクから言われて嫌々部屋を訪れたのかと邪推してしまうほどだ。

わたしの姿を一瞥すると、想定外だったのか少しだけ驚いたような表情を見せた。

「・・・そんな恰好でお会いするのは初めてですね。」

ぼそり、とセイが呟いた。

「え?」

聞きただそうかと思ったが、セイはそれだけ言ったっきり、黙ってしまった。

いつもはもうすこしきちんとしていたともいう意味だろうか?

意味を測りかねて彼を見上げると、またもや顔を背けられた。眼鏡越しの視線は不自然にあらぬ方向を向いている。

とりあえずソファに案内し、用意していたブランデーをグラスに少し注いで渡す。確か好きだったはず。セイは軽く頭を下げると無言で一口飲んだ。

(うーーん、困ったなあ)

隣に座っていいものかどうかわからず、立ちすくむ。

会話がなりたたない。いつもは蕩けるような笑顔でわたしを見るのに、今夜はこちらを見ようともしない。

時折グラスに口をつけるが、飲みたいというよりは、間が持たなくてしかたなく飲んでいる感じだ。わたしもコミュニケーション能力が高いわけではないので、こういう場合の対処方法がわからない。

さっき見た夢での幸せそうな姿が残っているだけに落差が激しい。

(アルコール度数が高いから何かつまんだほうがいいよ、と言ってみるとか。いやそれもどうか)

しかたがないので直球で尋ねることにした。

「ひょっとしてアナスタシアが他人と肉体関係を持ったことに嫌悪感がある?」

身もふたもない言い方だけど、と思い切って声をかけると、相手はげほげほと咽せた。ようやくこちらを見る。

「なっ・・・肉体関係って。」

「だって目も合わせてくれないし。他の相手に肌を許したから顔も見たくないのかと。」

そう切り出すと、セイは涙目で、真っ赤になった顔でこちらを向いた。ぐいっと乱暴に手の甲で口を拭う。
あ、ようやく目が合った。わたしは隣に座って、彼の目を見つめた。

「いや・・・あの。すみません。別に貴方に嫌悪感を持っているのではなく、自己嫌悪だっただけです。」

「自己嫌悪?」

「はい、私は別にナーシャの恋人ではありません。それなのに独占欲や嫉妬心ばかり強くて、陛下とナーシャが結ばれたことを素直に喜べなくて・・・。」

少しお酒が入って本音が出ているのかもしれない。弱音を吐く姿は耳をへにょりと下げた大型犬のように見えて頭を撫でたくなる。

背も高く理知的で、冷たい美貌もあいまって近寄りがたい印象を与える彼が、急にかわいく見えるのだから不思議なものだ。

わたしは、改めて隣に座るセイを見上げた。

泣きそうな顔でこちらを見ている。何か言ってほしいと彼の目が語っている。たぶん何を求めているのかも手に取るようにわかってしまう。ああ、もう、なんてわかりやすい男なんだろう。


つい、と白い腕を彼の目の前にかざして短く告げた。

「舐めて」

セイは、息を飲んでわたしを見つめた。

「舐めて」

もう一度、今度は命令するように。

おずおずと私の手を取ると、セイはためらいがちに小指を口に含んだ。

「んぅ・・・ふっ・・・。」

指を口に含むちゃぷ、という音だけで全身が次の期待に震える。声を殺そうとしても、快感がまさって自然と喘ぎ声が漏れる。だって既にわたしの下半身は彼の匂いでとっくに濡れていて、待ちわびていた刺激にがまんできなかったから。

先ほど見た夢の光景と重なる。セイは慣れたようにぴちゃぴちゃと、一本ずつの指を順番に舐めだした。わたし自身も知らない感じる個所に刺激を与える。彼の舌の動きに逐一反応してしまう。

「ふっ、、、、。はあっ。」

声を聞いて彼の瞳にどろりとした欲望の色が浮かぶ。わたしは、かつて彼女がしていたようにセイの下半身を撫でた。

一心不乱に舌を動かしていたセイが、びくりと身を強張らせた。服の下のモノが一瞬で大きくなった。

もう一度、同じ場所をやさしく撫でる。

「ねえ、アナスタシアを愛してあげて?」

耳元で小さく囁くと、彼と目が合った。深い青の瞳が戸惑うようにわたしを見つめていたが、小さく息を吐くとスラックスを脱いだ。

初めて見る彼のモノは、硬くそそり立ち、期待に濡れていた。

セイは夜着の下から手を入れて、わたしの割れ目を指先で撫でた。そのまま前後に動かしながら擦る。

「・・・指を、入れてもいいでしょうか?痛くはしませんから。」

かすれたような声で、それだけ言った。
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