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第六章

国王陛下という人物

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 儂――国王カルロス・ホムーロス三世は頭を悩ませていた。
 時代は大きく変わろうとしている。

 つい最近、魔族の間で大きな戦いがあった。
 魔神王と老帝――四魔王のうち、二つの頂点による争いだ。
 しかも、その戦いの舞台となるはずだった剣聖の里という魔領の中にありながら人族が自治を許されているという町には、我が領土に通じる転移石が存在するというのだ。もしも魔神王にその土地を奪われたら、今度は魔神王の軍勢が我が国に攻め入るきっかけを与えることになる。
 当然、我が国は軍を派遣することを検討したが、しかしそれは敵わなかった。
 一部の人間を除き、転移石を利用することができなかったのだ。
 なんでも、転移石を利用できるのは、大賢者というよくわからない高位の存在の許可が必要であり、我々にできるのは剣聖の里が堕ちたとき、ヴァルハ西のラプラスの遺跡とサマエラ市近郊の洞窟の防備を高めることだけだった。
 防備を高めるだけなら演習という名目で国民に黙って守備を高めることができる。
 とくにヴァルハ西の森は魔族対策の要であるし、サマエラ市近郊の森は騎士団が演習でゴブリン退治をする土地である。
 どちらも兵を置くのに不自然な話ではない。
 だが、それが一週間、一カ月となるとそうはいかない。
 国民たちは不満に思うだろう。
 だが、二大魔王の戦い、一日や二日で終わる話ではない。一体どれだけの規模の戦いになるのかわからないが、その戦いが終わるまで常に兵を配置させなければならないだろう。
 と思ったが、戦争は、魔神王の本隊が出陣しなかったとはいえ、僅か一日で終わる結果となった。
 その戦いの中心にいたのは、現在はヴァルハと呼ばれる辺境町で将軍をしているアルレイドの功績であるそうだ。

 その後、魔神王は失踪、魔神王の軍は解体、結果、老帝は最小限の被害でその力を吸収することとなった。
 何百年も続いた魔領内における魔族の抗争の終結。それは、完全ではないにしろ魔族が一つにまとまりつつあるという話だ。魔族が一つにまとまったとき、それは人類と魔族との戦いが始まるということになる……はずだった。
 しかし、蓋を開けてみれば、待っていたのは終戦と和平交渉という予想とは百八十度逆の話であった。
 我々が軍を出して支援をしている以上、交渉はうまく運ぶだろう。

 しかし――

「陛下、いつまで姫殿下を自由にさせておくつもりですか? いい加減に王都に呼び戻すべきです。いくらなんでも、王族が自ら戦場の最前線に出向くなど――」

 宰相が儂に意見をぶつける。

「成果を上げているのも事実だ」

 リーゼロッテはこれまで大きな手柄を挙げている。
 無数の魔物に襲われた当時はまだ名前のなかった辺境砦を救い、貴族の中でも最大派閥の長であるタイコーン辺境伯の懐柔。コスキート諸島連合では、もっとも交渉が困難だと思われていたイシセマのローレッタ島主と親しい関係を築き、さらに大精霊と友好的な立場となった。
 ヴィトゥキントの不正を暴き、他国とのつながりのある貴族を一掃できたのも大きな手柄なのだが、そのせいで愛しの妻のイザドーラと可愛い娘のイザベラに会えなくなったのは辛いが。
 そして、最後に長年我が国にとって目の上のたんこぶであった魔族との争いの終結。

「その手柄が問題なのです。貴族の中には、リーゼロッテ姫殿下を次期女王にするべきだとの声も上がっています」
「ふん。自分の息子と結婚させたいバカ共だ」
「陛下の考えだという噂もあります。リーゼロッテ姫殿下の修行先が教会ではなく工房だったのは、タイコーン辺境伯とのつながりを強固にし、来るべき魔族との和平の立役者にするためだと」
「誰があの豚だるまとリーゼロッテが親しくなるなどと思う! 誰が魔族との和平を予想できる! そんなことがわかっているなら、儂は王をやめて預言者になるわ! 誰だ、その馬鹿者はっ!」
「第一王子派の貴族です。もしもリーゼロッテ様の修行先に王の意向がないのであれば、いますぐ姫殿下を呼び戻し、修行先をポラン教会に変えさせるべきだと」
「そのバカどもは、リーゼロッテに、自分殺そうとした教会の下で修行をしろというのか?」

 リーゼロッテは呪いを受けていた。
 一体どこの誰が自分に呪いをかけたのかわからない中で、彼女は家庭教師であった工房主オフィリアに助けを求めた。
 その呪いを掛けた犯人は教会のトリスタン・メーノルフ司教――この国におけるポラン教会のトップであった。おそらく裏では、ポラン皇国が糸を操っているのであろうが、トリスタン・メーノルフ司教が何者かによって暗殺されてしまい、それ以上の情報は見つかっていない。
 ともかく、娘の命を狙った事実がある以上、今後王族が教会の下で修行をするなどあり得ない。
 同じ王都の中に大聖堂があることすら腹立たしいのだが、国民の中にはいまだにポラン教会の信徒も多く、教会を壊すことはできない。

 だが、宰相の言わんとすることもわかる。
 リーゼロッテの立場は危うい。
 彼女の行いはすべて、見るものが見ればすべて危うく思えてくる。

 人望:貴族最大派閥のタイコーン辺境伯は既に彼女の配下と言ってもいい状態だ。
 武力:魔神王軍を撃破したアルレイド将軍率いる部隊は彼女と親しく、そして剣聖の里の住民ともつながりが強い。
 財力:ヴァルハから納められている税金から逆算すると、彼女がいる工房は国家予算規模の収入があると予想される。
 実績:上に語った通り申し分がない。

 なるほど、担ぐ神輿としては十分に派手である。

「宰相、言いたいことをハッキリと言ったらどうだ?」

 リーゼロッテを王都に戻す。教会で修行をさせる。
 どちらも優秀な彼が言いたいこととは思えぬ。

「単刀直入に申し上げます。クルト・ロックハンスを抱え込むべきかと」
「つまり、リーゼロッテとクルト・ロックハンスを結婚させろと?」

 そうすれば、すべての問題が解決する。
 平民と結婚した王女が、王位を継承するはずがない。
 さらに、クルト・ロックハンスの実力にも調べがついている。
 戦闘以外の適性SSSランク。
 空飛ぶ災害と言われるドラゴンを食事で手懐け、一夜で魔道具に満ちた奇跡の町を築き、さらには不老の妙薬まで作り出す能力もあるとか。
 本来なら国立魔法技師研究所の所長と上級貴族の待遇で迎え入れたいところなのだが、その件は第三席宮廷魔術師ミミコが打診を行い、既に断られている。
 欲のない人間だということは報告にあるが、そういう人間は時に扱いに困る。
 それなら、たとえ王女を差し出してでも、そのクルト・ロックハンスを抱え込む必要があると。

「前例がない。そもそも、フランソワーズはグルマク皇帝の娘、リーゼロッテはその孫にあたる。その彼女を元平民の士族と結婚させれば外交問題に発展するであろう」
「剣聖の里の存在がありますから」

 知っている。
 剣聖の里――魔領で自治を持つかの里は、初代皇帝のアーサーの血を継ぐ者が治める里である。
 その里の住民が守護するべきハスト村の住民で唯一確認できているクルト・ロックハンスは、かつて初代皇帝アーサーに、聖剣エクスカリバーを授けた伝説の里として、秘密裏に語り継がれている。このことを知っているのは、この国では儂と宰相、第一王子のグラスを含め数人しかいない。帝国でも同様だろうが、かの少年を無碍に扱うことはできない。
 おそらく、このことが公になれば、帝国では上級貴族として彼を迎える準備をするであろう。
 だが、それには一つ大きな問題がある。
 グリムリッパーからの報告によると、クルト・ロックハンスは自分の実力を知れば、意識と記憶を失う特異体質であることがわかっている。つまり、彼には自分の実力を知られるわけにはいかない。
 王家に迎え入れるには、いささか厄介な話だ。

 その問題をクリアしたのがリーゼロッテだ。
 彼女は、王女リーゼロッテではなく、ひとりの女性リーゼとしてかの少年と接触し、いまも交流を深めている。
 このままリーゼとしてクルト・ロックハンスを抱え込み、その能力を王家のために役立てるべきだと、宰相は言っている。
 いや、言わされているのであろう。

「と、リーゼロッテがお主に言うようにと? こちらの持っている情報は筒抜けなのか?」
「……えぇ。その通りです。グリムリッパーがどこまで情報を掴んでいるのか、第三席が自ら調べたようでして」
「ならば仕方あるまい。彼女は八歳の頃からグリムリッパーを束ねていた傑物だ。かくいう、いまでも彼女のことを敬愛している部下は多い」
「そこまで掴まれているのなら、いっそ私を利用しようとしたみたいです。確かにクルト・ロックハンスの価値は無限大です。転移装置の技術を完成――いえ、蘇らせた工房主ヴィトゥキントの比ではありません」
「わかっておる」
「でしたら……」

 だが、儂は納得できん。

「娘はまだ十五だ! 嫁にやるにはまだ早い!」
「いえ、王女の立場で婚約していないのは遅すぎます」
「まだ早い!」

 大事なことなので儂は二度言った。
 そして――

「そもそも、クルト・ロックハンス。なんでも噂によるとかの少年は、リーゼロッテというものがありながら、あの冒険者ユーリシアとも良い仲であるというではないか。一途ではない男などに娘にやれるか!」
「王族、貴族が妻を複数人持つのは普通のことです、陛下。そもそも、陛下は亡きフランソワーズ様を含め、どの奥方を一番愛されているかおっしゃることができますか?」
「できるわけなかろう! 儂は昔馴染みで舌っ足らずだったころ、『でんかでんかー』と甘えて来たときの少女の心を忘れぬバイオレットも、皇帝の娘でありなが太陽のように何人にも束縛されずに輝いていたフランソワーズも、他人に誤解されながらも儂の愛を一身に受けるがために権力を追い求めることに必死だったイザドーラも等しく愛しておる!」
「まぁ、イザドーラ様が誤解されやすいお人なのは私も知っていますが……で、どうなさるつもりで?」
「無論――儂自らの目で見極めてくれよう」

 待っておれ、クルト・ロックハンス。
 儂が自らお前の化けの皮を剥がし、娘に相応しくない少年であることを見極めてくれよう。
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