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第六章
お忍びのお偉い様
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僕――クルト・ロックハンスが見ているのは、東と南の城壁を拡張している工事現場の様子と、建てられている建築物、次々にやってくる馬車だった。
ホムーロス帝国の最西端に位置し、魔領から最も近い町ヴァルハ。
その町は大きく変わろうとしていた。
実は魔族の王様の一人だったヒルデガルドちゃんが、ホムーロス王国との終戦の意向を示したことで、人々が次に期待したのは魔族との交易だった。
魔領の文化には僕はあまり詳しくないんだけれど、魔族は数は少ないけれど魔力の平均値は人族の数十倍あるため、その魔力を使って魔法晶石の製造が盛んらしい。
これまでヴァルハは東のサマエラ市、南のタイコーン辺境伯の領主町、北の諸島都市連盟コスキートと繋ぐ岬の町マクリスを繋ぐ重要な場所であったが、これからは魔族との交易の拠点ともなる。
目敏い商人たちは、交易が始まるより先に、魔族の領地から最も近いこの町に、交易の拠点を作ろうと集まってきた。それに便乗し、様々な商売の種があると見越した人が仕事を求め、この町に集まってきている。
ヴァルハの町は生まれ変わろうとしていた。
それを知り、僕はリクト様がこの町の太守になる前に、ひとりで指揮を執っていたアルレイド将軍の先見の明に驚かされた。
何のことを言っているのかというと、町の城壁についてだ。
どういうわけか、この町の城壁のうち、南と西の壁は形が歪で、正直耐久性にも少し不安があった。
なんでわざわざそんな城壁を作ったのだろう? と不思議に思っていたけれど、いまならわかる。
アルレイド将軍は、町が近い未来拡張されることを見越し、わざと崩しやすい城壁を作っていたのだ。
おそらく、あの人が現場監督として工事現場にいたのも、現場を見ながら将来どのように町を拡張するか前もって調べていたに違いない。
天は二物を与えずと言うけれど、アルレイド将軍は文武共に優れた素晴らしい将軍であることを僕に知らしめた。
僕なんて、料理と採掘くらいしか取り柄はないけれど、天が与えたっていうほどの才能ではないからな。
「よ、クルト士爵! なんだ、浮かない顔をして」
「あ……ジェネリク副将軍」
ジェネリク様は、リクルトの町ができてからそっちで警備をしていたけれど、とある理由によりヴァルハに戻ってきた。
その理由というのは、アルレイド様のことだ。
「アルレイド様、本当にこの町を去るのかなって思いまして」
「……そうなるだろうな」
アルレイド様がこの町にいたのは、王都で別の将軍と大喧嘩をしたせい――というのもあるけれど、一番の理由は魔族の脅威から国を守るためだった。
だけれど、今回の武勲によりアルレイド将軍は国王より褒章を賜ると同時に、王都に戻るか、もしくは帝国との国境付近に行くことになるだろうというのがタイコーン辺境伯の予測だ。
そのため、ジェネリク様をこの町に戻し、そうなったときに速やかに騎士隊を纏めさせようとしている
「俺も――いや、俺たち全員、本当はアルレイド将軍についていきたいんだけれど、でもこの町に対しても恩が大きすぎる」
「町のみんな、本当にいい人ばかりですからね」
「だな……(本当はクルト、お前に対する恩なんだけどな)」
「え? すみません、工事の音で最後の方ほとんど聞こえませんでした」
「いや、なんでもないよ」
ジェネリク様はそう言って、
「それより、クルト。叙勲式の準備はできているのか?」
「それは……服の準備はできましたし、マナーについてもリーゼさんが教えてくれています……ただ、僕なんかがお城に行って本当にいいのか? この前、王都に行って遠くからお城を見たんですけど、中に入るとなると――」
「気にするなって。跪いていれば終わるだけだよ」
「それはそうですけど……でも王様に声を掛けられたらどう返事をしたらいいのか」
「クルトはタイコーン辺境伯の娘さんと友達なんだろ? 上級貴族も王様もほとんど変わらないさ。その人と会話して慣れたらどうだ?」
「うっ、そう言われるとファミルさんと話すのも緊張しそうだ」
それでも緊張することには変わりない。
もしも何か粗相をしでかしたら、僕を推薦してくれたタイコーン辺境伯と、なによりリクト様の迷惑になる。
「クルトにとって王様は特別な人間かもしれんが、王様にとってクルトは大勢叙勲される士爵の一人に過ぎないんだ。向こうもいちいち気に留めないさ」
「そうか……そうですよね! ありがとうございます」
ジェネリク様にそう言われて、僕の心は少し軽くなった気がした。
「おう! じゃあ、俺はそろそろ巡回に行ってくるわ」
「あ、僕も工房に戻らないと」
よし、買い物を済ませて工房に帰ろう。
酒場の方に歩いていくジェネリク様と別れ、僕は交易所に行き、足りなくなっていた小麦を百キロほど担ぐ。
小麦粉を買ったら少しは軽くなるんだけど、小麦のまま買った方が安いし、使える料理の幅も増える。やっぱりみんなには曳きたての小麦粉で作った料理を食べてほしいから。
そして、僕は工房に戻る。
すると、見たことのない人が門の前にいた。
立派な髭をたくわえた壮年の男性と、ここからだと顔は見えないけれど、若い男の人だ。
「(なるほど、ファントムが五人も護衛を……中は安全なようだな。よし、お主たちは外で見張りをしておれ。なに、ファントムがいれば危険はあるまい。宰相を言い負かし、ようやくここまで来られたのだ。ここの工房主の本性、儂の目で見極めてくれよう)」
壮年の男性が若い男の人に何か話している。
すると、若い男の人が一瞬で消え、壮年の男性は門の呼び鈴を鳴らした。
どうやら、工房に用事があったらしい
「あの、何か御用でしょうか?」
「ん? お主は?」
「僕はこの工房の雑用係です」
「そうか。ここの工房主に用事がある。取り次いでもらえるか?」
「申し訳ありません。工房主は現在留守にしておりまして。よろしければ中で要件を伺いましょう」
「そうか、よろしい。案内を頼もう」
僕はそう言って、壮年の男性を中に案内する。
この人、着ている服はお金持ちの商人が着ているような服だ。
しかし、話し方から察するに、貴族様がお忍びで用事があってやってきているんだろうということは、最近、自分はちょっとだけ鈍感なんじゃないかな? と疑問に思う僕でも想像できた。
ジェネリク様との話を思い出す。
王様に話しかけられた時の練習に、貴族と会話をしたらいいと。
そうだ、僕はこの人が王様のつもりで会話をすればいいんだ。
よし、工房主代理としてしっかり話をしよう!
ホムーロス帝国の最西端に位置し、魔領から最も近い町ヴァルハ。
その町は大きく変わろうとしていた。
実は魔族の王様の一人だったヒルデガルドちゃんが、ホムーロス王国との終戦の意向を示したことで、人々が次に期待したのは魔族との交易だった。
魔領の文化には僕はあまり詳しくないんだけれど、魔族は数は少ないけれど魔力の平均値は人族の数十倍あるため、その魔力を使って魔法晶石の製造が盛んらしい。
これまでヴァルハは東のサマエラ市、南のタイコーン辺境伯の領主町、北の諸島都市連盟コスキートと繋ぐ岬の町マクリスを繋ぐ重要な場所であったが、これからは魔族との交易の拠点ともなる。
目敏い商人たちは、交易が始まるより先に、魔族の領地から最も近いこの町に、交易の拠点を作ろうと集まってきた。それに便乗し、様々な商売の種があると見越した人が仕事を求め、この町に集まってきている。
ヴァルハの町は生まれ変わろうとしていた。
それを知り、僕はリクト様がこの町の太守になる前に、ひとりで指揮を執っていたアルレイド将軍の先見の明に驚かされた。
何のことを言っているのかというと、町の城壁についてだ。
どういうわけか、この町の城壁のうち、南と西の壁は形が歪で、正直耐久性にも少し不安があった。
なんでわざわざそんな城壁を作ったのだろう? と不思議に思っていたけれど、いまならわかる。
アルレイド将軍は、町が近い未来拡張されることを見越し、わざと崩しやすい城壁を作っていたのだ。
おそらく、あの人が現場監督として工事現場にいたのも、現場を見ながら将来どのように町を拡張するか前もって調べていたに違いない。
天は二物を与えずと言うけれど、アルレイド将軍は文武共に優れた素晴らしい将軍であることを僕に知らしめた。
僕なんて、料理と採掘くらいしか取り柄はないけれど、天が与えたっていうほどの才能ではないからな。
「よ、クルト士爵! なんだ、浮かない顔をして」
「あ……ジェネリク副将軍」
ジェネリク様は、リクルトの町ができてからそっちで警備をしていたけれど、とある理由によりヴァルハに戻ってきた。
その理由というのは、アルレイド様のことだ。
「アルレイド様、本当にこの町を去るのかなって思いまして」
「……そうなるだろうな」
アルレイド様がこの町にいたのは、王都で別の将軍と大喧嘩をしたせい――というのもあるけれど、一番の理由は魔族の脅威から国を守るためだった。
だけれど、今回の武勲によりアルレイド将軍は国王より褒章を賜ると同時に、王都に戻るか、もしくは帝国との国境付近に行くことになるだろうというのがタイコーン辺境伯の予測だ。
そのため、ジェネリク様をこの町に戻し、そうなったときに速やかに騎士隊を纏めさせようとしている
「俺も――いや、俺たち全員、本当はアルレイド将軍についていきたいんだけれど、でもこの町に対しても恩が大きすぎる」
「町のみんな、本当にいい人ばかりですからね」
「だな……(本当はクルト、お前に対する恩なんだけどな)」
「え? すみません、工事の音で最後の方ほとんど聞こえませんでした」
「いや、なんでもないよ」
ジェネリク様はそう言って、
「それより、クルト。叙勲式の準備はできているのか?」
「それは……服の準備はできましたし、マナーについてもリーゼさんが教えてくれています……ただ、僕なんかがお城に行って本当にいいのか? この前、王都に行って遠くからお城を見たんですけど、中に入るとなると――」
「気にするなって。跪いていれば終わるだけだよ」
「それはそうですけど……でも王様に声を掛けられたらどう返事をしたらいいのか」
「クルトはタイコーン辺境伯の娘さんと友達なんだろ? 上級貴族も王様もほとんど変わらないさ。その人と会話して慣れたらどうだ?」
「うっ、そう言われるとファミルさんと話すのも緊張しそうだ」
それでも緊張することには変わりない。
もしも何か粗相をしでかしたら、僕を推薦してくれたタイコーン辺境伯と、なによりリクト様の迷惑になる。
「クルトにとって王様は特別な人間かもしれんが、王様にとってクルトは大勢叙勲される士爵の一人に過ぎないんだ。向こうもいちいち気に留めないさ」
「そうか……そうですよね! ありがとうございます」
ジェネリク様にそう言われて、僕の心は少し軽くなった気がした。
「おう! じゃあ、俺はそろそろ巡回に行ってくるわ」
「あ、僕も工房に戻らないと」
よし、買い物を済ませて工房に帰ろう。
酒場の方に歩いていくジェネリク様と別れ、僕は交易所に行き、足りなくなっていた小麦を百キロほど担ぐ。
小麦粉を買ったら少しは軽くなるんだけど、小麦のまま買った方が安いし、使える料理の幅も増える。やっぱりみんなには曳きたての小麦粉で作った料理を食べてほしいから。
そして、僕は工房に戻る。
すると、見たことのない人が門の前にいた。
立派な髭をたくわえた壮年の男性と、ここからだと顔は見えないけれど、若い男の人だ。
「(なるほど、ファントムが五人も護衛を……中は安全なようだな。よし、お主たちは外で見張りをしておれ。なに、ファントムがいれば危険はあるまい。宰相を言い負かし、ようやくここまで来られたのだ。ここの工房主の本性、儂の目で見極めてくれよう)」
壮年の男性が若い男の人に何か話している。
すると、若い男の人が一瞬で消え、壮年の男性は門の呼び鈴を鳴らした。
どうやら、工房に用事があったらしい
「あの、何か御用でしょうか?」
「ん? お主は?」
「僕はこの工房の雑用係です」
「そうか。ここの工房主に用事がある。取り次いでもらえるか?」
「申し訳ありません。工房主は現在留守にしておりまして。よろしければ中で要件を伺いましょう」
「そうか、よろしい。案内を頼もう」
僕はそう言って、壮年の男性を中に案内する。
この人、着ている服はお金持ちの商人が着ているような服だ。
しかし、話し方から察するに、貴族様がお忍びで用事があってやってきているんだろうということは、最近、自分はちょっとだけ鈍感なんじゃないかな? と疑問に思う僕でも想像できた。
ジェネリク様との話を思い出す。
王様に話しかけられた時の練習に、貴族と会話をしたらいいと。
そうだ、僕はこの人が王様のつもりで会話をすればいいんだ。
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