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1巻

1-3

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「それは特別な鉱石なの?」
「この岩そのものは大したものではありませんけど、これを割ると」

 そう言いながら、ツルハシでこつこつと岩を叩く。
 脆い部分に当たると、簡単に岩は二つに割れた。中にはきらきら光る石がいっぱい詰まっている。

「これ、まさか宝石っ!?」
「水晶ですね。水晶そのものは宝石の中でも比較的価値は低いですが、それでもこの大きさは珍しいので金貨三枚くらいにはなります」
「金貨三枚!? いきなり目標額の三分の一じゃない! え? もしかしてここにある岩全部そうなの?」
「全部じゃありませんよ。ほんの一部だけです」

 全部水晶が入っていたら、価値が暴落してお金にならなくなっちゃうからね。
 水晶が入っている岩は、見える範囲はんいだと全体の一パーセントくらいしかない。
 売り物になるレベルなら、さらに数は絞られる。

「じゃあ、なんで宝石が入ってるってわかったの?」
「岩の形とかですかね? このあたりは直感としか言いようがありませんが、慣れたら結構簡単ですよ?」

 ゴルノヴァさんが無駄遣むだづかいばっかりするものだから、夜中に山に入って水晶を手に入れて店に売って、旅費にしていたなぁ。
 でも、なんでみんなこんな簡単に手に入るのに水晶を売らないんだろ?
 不思議だよね。

「わからないと思うけど……それに、今、岩を真っ二つに――脆い岩には見えないけど」
「あぁ、岩も人間と同じで弱い部分がありますから、結構簡単に割れるんですよ? ほら」

 僕がそう言って、近くの岩をツルハシで叩くと、岩は綺麗に割れた。残念、水晶は入ってなかったみたいだ。
 僕みたいな非力な人間でも、岩をふたつに割るくらいなら容易だ。

「……そ……そうなんだ」

 ユーリシアさんは歯切れが悪いけど、どうしたんだろう?
 それから僕とユーリシアさんは、お金になる水晶が入っている岩を探して歩いた。
 ユーリシアさんに岩の見分け方や岩の割り方を教えてあげたけど、慣れていない人には難しいのか、やっぱり僕の教え方が下手なのか、全然理解してもらえなかった。
 そして、その日の夜までには岩五十個を回収――推定金貨二枚分の水晶が手に入った。
 最初に見つけた金貨三枚相当の水晶は見つからなかったけれど、小さい水晶が結構落ちていた。
 うちの田舎なんて、水晶の入っている石を見つけたらあっという間にみんな持って帰っちゃうから、隣の隣のそのまた隣の山にまで行かないと水晶が見つかることはなかったもんな。
 それに、水晶を取りすぎるものだから、数カ月に一度来る行商人さんもあんまり買ってくれなかったし、値段もこのあたりの十分の一程度にしかならなかった。

「クルトさん、力持ちなんですね」
「まぁ、ずっとパーティで荷物持ちしていましたから。えっと、なんで敬語なんですか?」
「え……えっと、何となく。重くないの?」
「はい、まだ百キロくらいですよね。このくらいなら大丈夫です」

 荷物持ちなら五トンくらいの荷物くらい持ち運べないといけないって、田舎では教わっていたからね。
 まぁ、僕は力が弱いから一トンくらいしか運べないんだけどね。
 ゴルノヴァさんは優しかったから、パーティで僕の持つ荷物は八十キロくらいだった。
 かなり楽だったっけ。

「それで、これを売っていいの? 私が?」
「ダ、ダメですよ」

 ユーリシアさんの質問に、僕は慌てて首を横に振る。

「そうだよね、うん。クルトがほとんど――というか全部採ってたし、流石にね」
「そうですよ。このままだと売っても目標金額には届かないから、加工しておかないと」
「加工?」
「はい、魔法晶石まほうしょうせきにします」

 大きな水晶はそのまま売ってもいいけれど、小さな水晶は売っても二束三文にそくさんもんにしかならない。
 だけど魔法晶石に作り変えれば、値段が少し上がる。
 不思議そうにしているユーリシアさんの前で、僕は握り拳サイズの石の中にある親指サイズの水晶を削り出した。
 ちなみに魔法晶石とは、水晶のような宝石類に魔力を込めた石のことを言い、様々な魔道具の材料になったり魔法を使う際の補助になったりする。また、素材となる宝石の種類によって属性も変わる。水晶なら光属性、ルビーなら火属性という具合だ。

「魔法晶石って……そんなことができるの?」
「はい。前にいたパーティでもよくやっていましたから」

 バンダナさんの知り合いに魔法系の道具を扱う人がいるから、よくその人に預けて代わりに売ってもらった。魔法を使う適性はない僕だけど、魔力は誰にでもあるものだから、魔力を補充して魔法晶石にするのも簡単だ。
 ゴルノヴァさんが使っている炎の魔剣についているルビーはすぐに魔力切れを起こすから、僕が毎日魔力を補充していたっけ。
 はぁ、ゴルノヴァさん、ちゃんと魔力を補充してくれているかな?
 まぁ、マーレフィスさんは一流の法術師だから、きっと僕なんかよりもはるかに上手く魔力を補充しているよね。
 僕なんて、十秒くらい集中しないと完成しないのに。

「……魔法晶石にするのって、魔力を放出するための調整が難しいから、そんなことができる魔法技師って国内に十人もいなかった気がするんだけど」

 ユーリシアさんが何か言っているけれど、集中していてよくわからない。
 あとで聞こう。

「終わりました」

 そんな僕の言葉と同時に水晶がほんのり白く光った。
 これで魔法晶石が完成だ。
 すると作業を見ていたユーリシアさんが驚きの声を上げる。

「もう終わったの? 普通どんなに小さいのでも一時間くらいかかるって聞いた気がするんだけど」
「え? 一時間ですか? 僕、魔力が少ないからそんなにできませんよ」

 凄いなぁ、本場の魔法技師さんは一時間も魔力を放出できるんだ。
 僕も負けていられないな。
 そう思い、それから三十分くらいかけて五十個の魔法晶石を完成させた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 鉱山採掘一日目――のはずだったのに、なぜか私、ユーリシアとクルトは山を掘らずに石を拾っていた。
 しかも、その石というのが全部水晶というのが驚きだ。
 水晶は高価な宝石というわけではないけれど、それでも最初にクルトが見つけた水晶は私が今まで見た水晶の中でも最高純度だった。
 さらにクルトは水晶の入った石をいくつか拾って、あろうことか魔法晶石を五十個も作り上げた。

「それでは、ユーリシアさん。魔法晶石の売却をお願いします」

 魔法晶石一個あたりの値段を調べるため、町に戻ることにした私はクルトの言葉に頷く。

「う、うん。えっと、クルトは本当にここに残るの?」
「はい、僕はここでやることがありますので」

 本当は一緒に戻ろうかと思っていたんだけど、クルトはそれを断って、恥ずかしそうにテントの方を見た。
 あぁ、そっか。クルト、昨日外で寝たからあまり寝られなかったのかな? それならなおのこと、町の宿で寝たらいいと思うんだけど――町まで歩く間起きていられないのかな?
 そういえば、山の中を歩いている時も何度か欠伸あくびをしていたし。

「無理しないでゆっくり休んでね。明日の朝には戻るから」
「はい、やることが終われば眠らせてもらいます」

 クルトはにっこりと微笑んで私にそう言った。
 あぁ、可愛いな、ちくしょう。
 私が男だったらおよめさんにしたいくらい。
 って、ダメダメ。私も少し疲れているようだ。


 太陽が完全に沈む前に、町に戻ってこられた。
 本当なら期限ぎりぎりまで町に戻ることはないと思っていたのに、一日で戻ってくるとは思わなかった。
 列ができていたので、少し待ってから、町に入るための検問を受ける。するとそこで、兵に怪訝けげんそうな顔をされた。

「魔法晶石ですね。国外からの持ち込み証明書はありますか?」
「いや、これは国内で作られたものだから、ないよ」
「国内で? どこの工房でしょうか?」

 やっぱりそう言われるよね。
 野山でちゃちゃっと作ったって言っても信用してもらえそうにない。
 仕方がないので、私はポケットの中に乱暴に突っ込んでいた鎖の先についている銀のアクセサリーを乱暴に取り出して見せた。剣の形をしているけれど、とても小さなもので当然刃はついていない。

「それは!? ……失礼しました。魔法晶石を持ち込んだ記録は残りますが、よろしいでしょうか?」

 そのアクセサリーを見た兵は目を見開き、敬礼してきた。

「そこまでの越権行為をするつもりはないよ。仕事ご苦労様」

 私はそう言って敬礼する兵の肩を叩いて、検問所に併設されている転移石で、王都に向かった。


 王都の検問所でも似たような問答があったが、私は無事、目的の店に辿り着く。

「いらっしゃい……ってユーリシアちゃんか。挨拶あいさつして損したよ」

 軍御用達ごようたしの魔道具屋ミミコカフェ――ふざけた名前だけれども一流の魔道具屋だ――の店長、ミミコは、営業スマイルから一瞬にして無邪気な笑みに変わり、私を出迎えた。
 一見十二歳くらいの容姿の彼女だが立派な魔術師で、私よりも年上である。

「何だい、客に向かって」
「客って、ユーリシアちゃん冒険者やめてかなり貧乏やってるんでしょ? ハントスさんが、貸したお金を返してもらえないってぼやいていたよ」
「今日はちゃんと客として来たんだよ。ミミコ、これを買い取ってもらおうと思ってね」

 私はそう言って、魔法晶石を一個、ミミコの前に置いた。

「へぇ、魔法晶石か。でも、光も弱いし、これじゃあ大した価値にはならないよ」
「そうだよね、でも最低銀貨十枚くらいにはなるんじゃない?」
「そのくらいにはなるかな」

 まぁ、三十秒で完成させた魔法晶石だから、それでも十分すぎる。
 銀貨百枚で金貨一枚になるから、五十個も売れば銀貨五百枚――金貨五枚になる。
 あとは魔法晶石にしていない大きな水晶を金貨三枚で売れれば、残りは金貨二枚、一週間の採掘でなんとかなる希望が見えてくる。
 でも、私は何もしていないし、このお金はやっぱりクルトに全部渡したほうが――

「あれ? ちょっと待って」
「どうしたの? 何か欠陥けっかんがあった?」
「いいから待ってて」

 ミミコはそう言うと、魔法晶石を持って、わたしそっちのけで店の奥へと入っていった。
 そして、待たされること三十分。

「ユーリシアちゃん、ごめん。査定間違えていたよ」

 仕方ないか。あんな適当に作った魔法晶石だし、多少の問題はあるだろう。

「で、いくらに下がったの?」
「金貨十枚」
「え?」

 ミミコから返ってきた答えに、私は耳を疑った。
 今、金貨十枚って言った? それだけで税金が払えるじゃないか。
 金貨十枚の魔法晶石なんて、金剛石ダイヤモンドを使った無属性のものレベルの値段だ。金剛石ダイヤモンドは貴重で加工しにくいからその値段にも納得だけど、これはただの水晶だろ?

「ユーリシアちゃんはわからないかもしれないけど、中に込められている魔力は通常の魔法晶石の十倍――これなら国王陛下への献上品けんじょうひんとしても通用するはずよ」
「こんな弱い光なのに?」

 そんな私の疑問に、ミミコは頷いた。

「うん、私も最初はだまされたよ。光量が少ないのは、中の魔力を外に漏らさないための処理がされているからみたい」
「魔力を漏らさない処理? そんな方法があるなんて聞いたこともないよ」
「当然だよ。魔法晶石の価値はふつう、外に漏れている魔力の光で判別するんだから。こんなの、純金インゴットの周りを銀メッキで覆うようなものだから誰も研究しないよ。でもたしかに、この方法は正しい。これなら魔法晶石特有の経年劣化も最小限で済むだろうからね。これ、どこの工房で作られたの?」

 そう聞かれて、私は素直に話すことにした。

「山の中で、道具は一切使わないでちゃちゃっと」
「私、真面目に聞いてるんだけど」
「私も真面目に言っているつもりだよ」

 ミミコは私の話を信じるつもりはないようだ。
 そりゃそうだ。私だって、目の前で見ていなかったら信用できない。
 一応、残り四十九個の魔法晶石をカウンターの上に置いた。

「……これ全部?」
「うん、買い取りお願いできるかな」

 私がそう言うと、ミミコは無言で店の入口に行き、扉を開け、看板をオープンからクローズに変える。
 そして、一個一個、時間をかけて査定した。

「……ユーリシアちゃん。全部金貨十枚で買い取るよ。でも、ふたつお願いがあるんだけど」
「何?」
「まずひとつ、この魔法晶石は、私の店以外に売らないこと。作った人にもそう言って。私以外の店で正しい査定をされるとは思えないし、何より、このレベルの魔法晶石が一般に出回るのは国としても避けたいはずだから」
「はいはい、第三席宮廷魔術師だいさんせききゅうていまじゅつし様の言葉に従います」
「冗談じゃないよ――それでもうひとつ、この魔法晶石を作った人、教えて」
「それはダメ」

 私は間髪かんはつれずに答えた。
 ミミコの顔がむっとなる。

「どうして? このレベルの魔法晶石を作れるのなら、国が保護するべき人材よ。それとも、その人を独占してもうけたいの?」
「そうじゃない、ただその人の許可なく話したくないだけ」
「ユーリシアちゃん、これは友達としてではなく、名誉伯爵めいよはくしゃく相当の地位を持つ宮廷魔術師の立場から、王家直属冒険者に命令してるの」

 王家直属冒険者――それは冒険者ギルドではなく、王家の命令で動く冒険者のことだ。騎士と違って雑用係のような仕事が多いし、時には傭兵のような仕事をさせられることもあったけれど、それでも最下級の貴族の権限と同様の権力を行使することができる。
 代わりに、国家の命令には従わないといけない。
 そして、宮廷魔術師であるミミコには、国家としての命令を下す権利があった。

王家直属冒険者だよ。今はただの女鉱夫だからね」
「それにしては、その身分をたまに乱用しているみたいだけど?」

 ミミコは、王家直属冒険者の証であるアクセサリーの入ったポケットを見て言った。
 私ならば間違った使い方はしないだろうと、上官が持たせたままにしてくれていた。本当に助かっている。
 私とミミコのにらいは三分程続き、結局ミミコが折れた。

「わかった……じゃあ友達としてお願い。この魔法晶石を作った人が他国に流れるのをできるだけ防いでちょうだい。それと、王立魔法技師研究所の所長待遇と、私の権限で名誉男爵めいよだんしゃく――陛下へいかから許可が下りれば名誉伯爵待遇で迎える用意があるって伝えてもらっていい?」
「そんな大盤振おおばんぶいな条件を勝手に出していいの?」
「それでも足りないと思ってるよ」
「わかった、伝えておくよ」

 そして、私は魔法晶石の報酬として金貨五百枚を受け取った。
 でも、このお金で税金を納める気にはなれない。
 これはクルトが一人で稼いだお金だから。


 再び転移石を使って元の町に戻り、私はハロワに向かった。
 もう太陽もすっかり沈み、営業終了の看板がかかっていたけれど、私は迷わずに扉を開けた。

「すみません、本日の営業は……あら? あなたは――」

 運がいいことに、出迎えてくれたのは昨日クルトと一緒にいた受付嬢だった。
 だから、私はすぐに問うた。

「「クルト(くん)について聞きたいことがっ! え?」」

 私と受付嬢が同時に質問をした。
 どういうこと?
 不思議に思いつつ、こちらから質問することにした。

「……聞きたいことって何?」
「クルトくんはいまどこにいるんですか?」

 あぁ、そういうことか。
 私が一人でここに来たから、心配になったってことかな?

「クルトなら、私の山のテントで寝てるはずだよ」
「そうですか……」

 少し残念そうに受付嬢が言った。
 次は私の質問の番だ。

「クルトについて知りたい。あいつは何者だ?」
「それを聞きたいのはこっちの方です」
「……? じゃあ適性を教えてくれないかい?」
「すみません、適性には守秘義務が――」

 想定の範囲内の答えだったので、私はポケットから王家直属冒険者の証を取り出して見せた。
 それを見た受付嬢は驚きの表情を私に向けたが、何か納得したらしく、奥の部屋へと私を誘導ゆうどうした。
 ハロワの個室――魔法による盗聴防止措置が施された特別な部屋だ。
 王家直属冒険者という身分の効果は絶大らしく、受付嬢は紅茶をれ、そしてクルトに関する資料を持ってきた。

「これは……」

 その資料を見て私は絶句した。
 魔法、武器、格闘、すべての適性が最低ランクのGランクだったから。
 魔力の量と魔法の適性は別物――クルトには莫大ばくだいな魔力があると予想されるけれど、これだけ見ればその魔力も無駄、宝の持ち腐れに見えてくる。

「ん? え? 『炎の竜牙』のメンバーだったの?」

「炎の竜牙」といえば、新進気鋭の冒険者パーティだ。一週間程前にフェンリルを討伐したと噂になっていたので覚えている。

「はい、クルトくんは長年『炎の竜牙』の雑用係として働いていたみたいなんですけど、どうもそのパーティをクビになったみたいで」
「クビに? あのクルトが?」

 クルトの異常性はたった一日、二日一緒にいただけの私でも把握できる。
 その彼が、どうしてクビになったのだろう。どうも妙な話だ。
「炎の竜牙」の面々は、クルトの異常性を確認できなかったのだろうか?
 さらに私は資料を読み進めていった。
 クルトがハロワに来てから受けた仕事は工事現場の仕事一件のみ。しかも三日でクビになっている。
 しかし、支払われた報酬が異常だった。

「報酬金貨二百枚っ!?」

 通常、工事現場の仕事で支払われる金額は、三日間だと銀貨二枚程度のはず。クビになっているのなら報酬が支払われない可能性もある。
 にもかかわらず、このバカのような金額。

「一体これは?」
「クルトくん、一人で城壁の半分の補修を終わらせてしまったようです」
「半分って、一面の半分をっ!?」

 あの辺境伯領の町の壁って、一面十キロくらいあった気がするんだけど……その半分を三日間で終わらせたっていうの?

「いいえ、東西南北の壁を補修する予定だったのですが、北と西の壁の補修を終わらせてしまったらしく……」

 ……そりゃクビになるわけだ。
 城壁の補修は貧困対策にもなっている公共工事だから、そのままのペースで全部の仕事を一人で終わらせられれば困るだろう。
 そして、金貨二百枚という金額も納得できる。

「……あぁ、そうだ。これ、クルトの口座に振り込んでおいて」

 私はそう言って、金貨四百九十九枚が入った革袋をテーブルの上に置いた。
 金貨一枚だけは、クルトには悪いけど私の今夜の宿代として借りることにした。もちろん後で返すつもりだ。
 受付嬢さんは中に入っているのが銅貨だと思ったのか笑顔で受け取ったが、手に取った瞬間、その重みで自分の間違いに気付いたらしい。

「これは――」
「彼の二日分の報酬だよ。それと、王家直属冒険者として命令します。クルトに関する情報の口外を一切禁止します」

 私は王家直属冒険者として振る舞い、そう命令した。
 本当は王家直属冒険者なのだけれども、彼に関する情報統制は絶対に必要だと思った。
 まぁ、いつまでもつかわからないけれども。

「かしこまりました、現在、彼に関する情報は私と一部の職員しか知りませんのでご安心ください」

 そんなこととは露知らず、受付嬢さんは頷いた。
 これでしばらくは大丈夫だろう。


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