無冠の皇帝

有喜多亜里

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【05】始まりの終わり(中)

31 わかってくれていませんでした

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 杞憂で終わるかもしれないと言っていたドレイクの予想は、寸分違わず的中した。
 アーウィンはドレイクの〝お願い〟どおり、進言という名の命令をされたと同時に、キャルにアルスター大佐隊を強制撤収させ、無人護衛艦群一〇〇隻を左翼に向かわせた。そして、強制撤収させたアルスター大佐隊一〇一隻を無人護衛艦群の穴埋めに使った。
 〈フラガラック〉のブリッジクルーたちは、ドレイクの怒声にも驚いていたが――ドレイクが通信士を介さずに通信を入れられることにはもう慣れていた――そんな怒声を浴びせられても、まったく気分を害さなかったアーウィンのほうにもっと驚いていた。
 艦長席の傍らに立っていたヴォルフは、無論そのどちらにも驚かなかった。
 ただ、あのアルスターがこうなるのかという無常感に打たれて言葉を失っていた。

「あの男があれほど怒っているのをずいぶん久しぶりに聞いたな。……いつ以来だ?」

 しかし、アーウィンにはそんな感慨はまったくないようだ。それどころか、両腕を組んで愉快そうに笑っている。
 ヴォルフはかすかに溜め息をついてから、自分の唯一の主の質問に答えた。

「たぶん、こっちに来て最初の幹部会議のとき以来じゃないか? 〝同じことの繰り返しに飽きた〟って言ったダーナに、〝だったら人生そのものやめちまえ。人生自体、同じことの繰り返しだ〟って怒鳴った」
「よく覚えているな」

 感心したようにアーウィンが目を見開く。馬鹿にされている感が無きにしもあらずだが、いちいちそんなことを気にしていたら、アーウィンの側近はやっていられない。

「実は俺の座右の銘だ。……〝人生自体、同じことの繰り返し〟」
「確かに、一理ある。だが、いくら繰り返したくとも、繰り返せないこともある」
「え?」

 声が沈んでいる。ヴォルフが横から覗きこむと、アーウィンは笑みを消して艦長席のモニタを見つめていた。

「いま思えば、あれは『連合』の軍人として怒っていたんだな。この宙域に送られた『連合』の人間は、〝同じことの繰り返し〟の人生をやめたくなくてもやめざるを得ない」

 実際はどうかわからない。面と向かって訊ねてみても、あの男――ドレイクにうまくはぐらかされてしまいそうな気がする。

「今もそうだ。自分の身勝手で他人の人生をやめさせようとしたのが許せなかった。きっとアルスターにこう言ってやりたいだろう。――〝死にたければ、おまえ一人で死ね〟」

 言い換えるなら〝無理心中〟。部下を生きて帰すことを是とするドレイクにとって最悪の選択だ。
 だが、ドレイクには〝最悪〟であっても、アルスターにとっては自分の軍人人生を締めくくる〝最良〟の選択だったのだろう。

「今度こそ、アルスターは〝栄転〟か?」

 単刀直入に確認すると、アーウィンは苦々しそうに眉をひそめた。

「できれば〝栄転〟にもしたくないがな。……一日だけ猶予を与える。アルスターにまだ軍人としての矜恃が残っているなら、その間に今度は誰も道連れにしない方法を選ぶだろう。選べなければ〝栄転〟だ。ウェーバーやマクスウェルと感動の再会を果たしてもらおう」
「もし〝栄転〟になったら、今度はあっちで〝第二分隊〟扱いされるわけか」
「アルスターならそのことを知っているはずだが。……それにしても、つくづく私は人を見る目がなかったな。これで私が残した砲撃の〝大佐〟三人すべて脱落リタイアだ」

 アーウィンの口元に自嘲の笑みが浮かぶ。
 確かにそのとおりだが、自分も反対はしなかった。アーウィンを責める資格は少なくともヴォルフにはない。

「見る目がなかったっていうより、見る気がなかったんだろ。無人艦導入賛成派の中から、とりあえず六人、適当に選び出して残した」
「変態がこっちに来てから、もっと真剣に選んでおけばよかったと後悔した。結局、あれに三人全部切らせることになってしまった」

 言われてみればそうだ。ウェーバーもマクスウェルも今回のアルスターも。
 ドレイクが直接アーウィンに〝強制撤収〟を〝お願い〟したのだ。

「アルスターが、ああなるとは思わなかった」

 先ほど思ったことを口にすると、意外なほど素直にアーウィンはうなずいた。

「ああ。私も思っていなかった。あの砲撃の三人の中で、唯一まともな〝大佐〟だと思っていた。文章はくどかったがな」
「……ドレイクも、そう思ってたよな」
「たぶんな。だから、アルスターに三〇〇隻指揮しろと言った。……あそこでダーナが右翼の砲撃に立候補していなかったら、今頃どうなっていただろうな?」
「それでも、やっぱりドレイクがどうにかしていただろ。でも、あいつはダーナの手助けはいろいろしたが、アルスターにはほとんど何もしなかったな」
「……見限っていたのだろう」
「見限っていた?」
「おそらく、アルスターが元マクスウェル大佐隊員をすべて元ウェーバー大佐隊に押しつけた時点で見限っていた。あれはアルスターのところで一から根性を叩き直してやってくれとメールしていたのに」
「よく覚えてるな」

 意趣返しにからかってやったが、アーウィンは笑って切り返した。

「あれの文章は短いから覚えやすい」

 まったくだ。そこもアルスターとは対照的だった。
 もっとも、ドレイクはアーウィンに対してはそんな文章は送らない。もっぱら副官に代筆させている(としか思えない)。
 先日の左翼入替のときのやりとりは数少ない例外だった。副官に代筆させる時間も惜しかったのだろうか。

「私がアルスターを切りあぐねていたから、あれが切れるようにしてくれた。そのための〝交流解禁〟と〝左翼入替〟だった。明確な理由なき〝栄転〟はさせたくなかったようだ」
「あいつ、意外とそういうの気にするよな。元マクスウェル大佐隊だけ解体するのは筋が通らないとも言ってたしな」
「だが、結局、元マクスウェル大佐隊はダーナに解体されたがな」
「ああ、そうだった」
「しかし、あのとき解体されたから、パラディンは今あそこにいる。何が幸いするかわからんな」
「え? 嫌がらせで砲撃にしたんじゃなかったのか?」
「〝この艦隊が敗北しないために〟だ」

 アーウィンがじろりとヴォルフを睨む。と、キャルがいつもの定位置から前を向いたまま報告をした。

「マスター。敵艦隊の残存戦力、ゼロになりました」
「そうか。今回は粒子砲を使うことも考えていたが、必要なかったか」

 艦長席のモニタの中では、アルスター大佐隊がまだ〝壁〟をやらされている。
 これから彼らはどう動かされるのだろう。ヴォルフは再び眉間に皺を寄せた。

「しかし、ドレイクもとんでもないこと考えるよな」
「そうか? 私はさすがあの変態だと感心したが。今のアルスター大佐隊より無人護衛艦群のほうがよほど戦力になる。実際、なっただろう」
「おまえら、そういうとこでは、ほんっとに似た者同士だよな」

 ヴォルフは嫌味のつもりだったが、アーウィンは気にも留めなかった。むしろ、褒められたかのように嬉しそうである。

「やはり、通信を入れるか。……〈レフト〉に」
「〈レフト〉?」
「今日の変態は〈ワイバーン〉ではなく〈レフト〉に乗艦している。インカムの発信元が〈レフト〉だった」
「何でまた……」
「アルスターを〝戦死〟させないためだろう。無人艦のふりをして監視していた。だから、あれほど早く対応できたのだ」
「こう言ったら何だが……よくやるな」
「それだけアルスターの部下を犠牲にされたくなかったのだろう。今まで一度も責められたことはないが、私がウェーバー大佐隊の一部を無人艦で守らなかったことも腹立たしく思っているはずだ」
「だから、今回はドレイクに言われたとおり、アルスター大佐隊を守ってやったのか」
「クッキーを贈答されたからな」
「関係ないだろ。っていうか、〝贈答〟じゃなくて〝収賄〟だっただろ」

 だが、ドレイクが怒っているとわかっていながら、アーウィン自身はウェーバー大佐隊の一部を見殺しにしたことに対して、罪悪感も後悔も覚えていない。
 基本、ドレイクが不快に思うことはしたくないと考えてはいる。しかし、ドレイクの邪魔をした輩は別だ。上官命令に従っただけであっても、従ったことそれ自体が万死に値する。

(そこまでわかってて、今回は〈レフト〉にいたのかな……)

 自らコンソールを操作しているアーウィンを見下ろしながらヴォルフは思う。
 良くも悪くも、やはりアーウィンは「帝国」の皇帝となるべく育てられた人間だ。皇帝に必要なものは慈悲ではない。揺るぎない信念だ。たとえそれが私情まみれであったとしても。

 * * *

 そのときは、いつもより少し遅れてやってきた。

「大佐。……〝殿下通信〟です」

 通信席から粛々とイルホンが告げると、艦長席の横に立っていたドレイクは〈レフト〉の天井を振り仰いだ。

「ああ……インカム使ったから、やっぱりバレちゃったか……」
「出るしかないですよね……」
「そうだね……出なきゃまずいよね……」
「では、申し訳ありませんがつなぎます。例によって、艦長席限定で」
「たまには、みんなで起立・敬礼しようよ」
「敬礼の仕方、もう忘れました」
「くそう! それを言われたら言い返せない!」

 ドレイクが悔しそうに艦長席に腰を下ろす。〝殿下通信〟の存在だけ知らされていたディックはそわそわしていたが、司令官はドレイクとだけ顔を合わせて話がしたいのだ。イルホンは通信をつなぐと、カメラの死角から艦長席のモニタを覗き見た。

『〈ワイバーン〉にしか乗らないのではなかったのか?』

 相変わらず見目麗しい司令官は、肘掛けに左肘をついてにやにや笑っていた。
 そうしている様はまさに若き皇帝である。エリゴールはさしずめ騎士か。しかし、どちらも美形で、どちらがいいかは好みの問題である。
 イルホンは心の中で司令官に一票を投じた。好み抜きの同情票である。今までドレイクに無茶振りもしてきたが、司令官はもう少し報われてもいいと思う。

「ああ……そう言われると思いました」

 ヴァラクに責められたときのように、ドレイクはわざとらしく嘆息した。
 明らかに演技だ。だが、司令官には反省しているように見えたのか、肘をつくのをやめて背筋をまっすぐ伸ばした。

『だが、今回は仕方あるまい。……アルスター大佐隊は、基地に帰還するまで無人艦として扱ったほうがいいのか?』
「そうしていただけると助かります。隊員はもう〝上官命令〟には従わないでしょうが、万が一ということもありますので」

 ドレイクはにこやかに回答したが、司令官はなぜか真顔になった。

『……すまないな』
「え!? 何ですか、いきなり!?」

 ドレイクが驚いて声を上げる。イルホンもあと少しで叫んでしまうところだった。
 司令官は数秒ためらってから、口惜しそうに眉根を寄せた。

『また、おまえに切らせた』

 その一言を聞いて、ドレイクは一瞬目を丸くした。が、すぐに宥めるように笑った。

「違いますよ。殿下が切ったんです。部下の一人の進言を妥当と判断されて」
『あれも〝進言〟というのか。〝命令〟だったぞ』
「すみません。口下手なもので」
『まだその設定を使いつづけるのか。……ドレイク。何か欲しいものはあるか?』
「殿下!? どうかしちゃったんですか!? こっちが何か要求されるかと思ってたのに!?」
『何でだ』

 司令官は心外そうに柳眉をひそめたが、左翼入替の条件としてドレイクにクッキーを要求したのは彼である。物覚えはいいはずなのに、忘れてしまったのだろうか。
 ドレイクはしばらく自分の顎を撫でていたが、何か妙案を思いついたのか、パッとその手を広げた。

「そうですね。欲しいものではなく、していただきたいことなら二つありますが、それでもよろしいですか?」
『ああ。何だ?』

 心なしかほっとしたように司令官がうながす。
 ドレイクは右の人差指を一本立てた。

「一つ。基地に帰還したら、即刻アルスター大佐を拘束して、自宅待機を命じてください。理由は殿下にお任せします。できればもっともらしいのを」
『今、アルスターに命じてはまずいんだな?』
「まずいです。あくまで基地に帰還して、部下と引き離してからです。……は〝動く密室〟ですから」
『わかった。あと一つは?』

 にやりと笑ったドレイクは、今度は中指を追加した。

「〝元アルスター大佐隊〟の指揮官には、パラディン大佐を任命してください。もちろんメール一本で」
『そちらの理由は、また〝この艦隊が敗北しないために〟でかまわないか?』
「手抜きしますね。でも、それで結構です」
『わかった。どちらもそうしよう。……本当に何も欲しくはないのか?』

 立てていた二本の指を握りこんだドレイクは、おどけたように首を傾けた。

「そりゃ、本音を言えば、金がいちばん欲しいですけどね?」

 ――大佐! 本音ぶっちゃけすぎです!
 喉から飛び出しそうになったその言葉を、イルホンは自分の口を覆って何とか飲み下した。

「でも、何かをもらうのと引き換えに、今の二つをお願いしましたので。……もう充分です。ありがとうございました」

 ドレイクが殊勝に軽く頭を下げる。
 これで今回の通信は終了だ。イルホンはそう思ったが――おそらくはドレイクも――モニタの中の司令官はじっとドレイクを見すえていた。

『あのクッキーのお返しをやろう』
「は?」

 ぽかんとしてドレイクが問い返す。
 イルホンも、すぐには何を言われたのかわからなかった。

『お返しをやると言った。明日、おまえの執務室に届けにいく』
「え……誰が?」

 司令官は少し間を置いて、真剣に答えた。

『私が』
「い……いけません、殿下ッ! 絶対来ちゃいけませんッ!」

 モニタに身を乗り出してドレイクが絶叫する。
 見せかけではなく、本気で動揺しているようだ。しかし、気持ちはイルホンも同じだった。何があっても絶対に司令官だけには来てもらいたくない。

『なぜだ?』
「あそこは殿下みたいな高貴なお方が来ていい場所じゃありません! この世のはきだめみたいなところです! 何もかもが汚れます!」

 ――大佐……いくら何でもそれは卑下しすぎ……
 そう思ったが、もちろん口にはできない。
 一方、ドレイクに全力で拒否された司令官は、怒るというより傷ついたような顔をしていた。

『それほど私に来てもらいたくないのか……』
「……あ、それにあれはヴォルくんとキャルちゃんにあげました! 殿下にあげたわけではないので、殿下からお返しをもらう理由がありません!」

 間違いなく、思いつきの屁理屈だ。
 だが、司令官は悔しげに拳を握りしめた。

『くっ……それでは明日、ヴォルフが持っていく! それでいいな!』
「いや、お返し自体いりませんって! あれは左翼入替の……!」
『時刻はメールで知らせる! その時刻には必ず執務室にいろ! わかったな!』

 ドレイクの返事を待たず、司令官は一方的に通信を打ち切った。

「あ、殿下ッ! ……おいおい……急に何言い出すんだよ……」

 司令官を怒らせるつもりはなかったドレイクは、すっかり当惑している。
 しかし、司令官の声だけしか聞こえていなかったはずの〈レフト〉の面々は、そんなドレイクに困惑している。
 彼らの心の声を集約するなら、「なぜわからないのか」、その一語に尽きるだろう。
 イルホンも同じことを思っているが、彼らよりは少しだけドレイクに詳しい。
 
「それだけ大佐にすまないと思われてるんです。お詫びとして大佐に何かあげたかったんですよ」

 ドレイクが受け入れやすい部分だけを残して通訳すると、案の定、ドレイクは腑に落ちたような顔をした。

「だからって、俺の執務室にわざわざ殿下が届けにくる必要はこれっぽっちもないだろ。あの屁理屈を思いつけてなかったら大変なことになってたぞ」
「確かに大変ですが、あそこまで卑屈にならなくても……」
「殿下は『帝国』の元皇太子だぞ!? 俺みたいな下賤な人間がいる世界には、絶対降りてきちゃいけないんだよ!」
「大佐……殿下に夢見すぎです」
「何でだよ! 本当なら今頃〝皇帝〟やってた人だろ! 『帝国』の人間なら殿下を敬えよ!」
「いえ、俺も敬ってはいますが、大佐の副官になってから大幅に目減りが……」
「とにかく、殿下に来られるのは阻止できた! ヴォルくんたちにあげたことにしといてほんとによかった! 俺、天才だな! 自分で自分を褒めてあげたい!」

 最悪の事態を回避できてドレイクは浮かれていたが、そんな上官をディックがあっけにとられて眺めていた。

「スミス……この隊、本当にすごいな……」

 話を振られたスミスは、正面を向いたまま、達観したように応えた。

「ああ、すごいぞ。以前はすごいと思えたことが普通以下に思えちまう」

 * * *

 映像通信を切ったアーウィンは、腹立たしげに肘掛けを叩いた。

「くそ! またさかをとられた! あの変態の執務室に行ける絶好の機会だと思ったのに!」

 ――目的、そっちかよ!
 思わずそう突っこみそうになったが、今この〈フラガラック〉のブリッジにはクルーたちがいる。彼らの手前、ヴォルフは当たり障りのない発言をした。

「おまえ、それほどあいつの執務室に行きたいのか……」
「おまえたちや〝大佐〟が行けてなぜ私が行けない!」
「そりゃ、行く理由がないからだろ」
「だから理由ができたと思ったのに……くっ! どうしても戦術ではあれには勝てない!」
「戦術……まあ、戦術か……低レベルだが」
「どうしてあの変態はあれほど私に来られるのを嫌がるんだ? 何か私に見られてはまずいものでも置いてあるのか?」
「それはないだろうが、あいつはおまえのことを崇拝してるから、自分の執務室に来てもらいたくないんだよ」
「崇拝? あれで?」
「信じがたいが、あれで崇拝してるんだ。あいつはおまえに触れたこと、一度もないだろ」

 アーウィンは少し考え、驚いたように目を見張った。

「確かにないな。気づかなかった。あれほど物の受け渡しをしていたのに」
「触れないようにあいつがしてたんだ。おまえに気づかれないように」
「……崇拝していたら、来るのを拒むどころか、逆に招きたいと思わないか?」
「あいつは招きたいと思わない派なんだろ。……面倒くさそうだしな」
「何がだ」
「いや……とにかく、あいつのわかりにくい崇拝心をわかってやれよ。おまえのことも〝我が主マイ・ロード〟って呼んでるだろ」
「……ふざけているのだと思っていた」
「本当にわかっていなかったな」
「崇拝しているわりには、ずいぶん軽い〝言い逃げ〟だったな」
「まさか、自分がおまえの部下になれるなんて夢にも思ってなかったんだろ。たぶん、いつも死を覚悟していたから〝言い逃げ〟した。こう言ったら何だが、あのときのあいつはおまえにどう思われてもよかったんだ。ただ言いたかったから言った。もう二度と言える機会はないだろうと思ったから」

 我ながら不思議だが、ヴォルフにはドレイクの屈折した崇拝心が実感としてわかる。
 アーウィンと初めて引き合わされたとき、似たような感情を抱いたからだろうか。
 今は近すぎて、とてもそうは思えないが。

「こちらには大迷惑な話だ」
「そうだな。でも、『連合』のあの艦隊に所属してる人間ならそうしたくもなるだろ。やめたくなくても人生をやめさせられちまうところだ」
「そこから来たのに、あの男はこの艦隊に尽くしているのか」
「アーウィン。違う。この艦隊にじゃない。……おまえに尽くしてる」
「え?」

 アーウィンは虚を突かれたようにヴォルフを見上げた。
 こちらも不思議だ。ヴォルフやおそらくキャルにもわかることが、アーウィンにはわからない。
 
「おまえがこの艦隊の司令官だから、あいつはこの艦隊を勝たせつづけたいと考えてる。そのためなら、かつての自分と同じ立場の人間が乗ってるをいくらでも撃ち落とせるんだ」
「どうしてそこまで……」
「そこまでおまえを崇拝してるからだ。狂信じみてるけどな。おまえにならいつ殺されてもかまわないとまで言ってただろ」
「……わからない」
「アーウィン」
「殺されるのはいいのに、なぜ執務室に来られるのは嫌なんだ!」

 ヴォルフは暴力を好まない。しかし、このときだけは殴れるものなら殴ってやりたいと心底思った。

「これだけ説明してもわからないなら、もうしょうがないな。……この先ずっと断られてろ! この馬鹿司令官!」
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