無冠の皇帝

有喜多亜里

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【03】マクスウェルの悪魔たち(下)

12 整備監督がキレました

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 「帝国」皇帝軍護衛艦隊司令官アーウィンが作成する、いわゆる〝配置図〟は、各大佐隊の陣形まで厳密に定めたものではない。どのような陣形をとるかは、各大佐の判断に委ねられている。それだけアーウィンが大佐たちを信頼している――というわけではない。むしろ、それだけ彼らに重きを置いていなかったことの表れである。
 護衛艦隊が一度の戦闘で出撃させる艦艇数は、敵「連合」の侵攻艦隊――第一宙域方面艦隊とほぼ同数の約三〇〇〇隻。その約三〇〇〇隻のうち全大佐隊イコール有人艦の占める割合は約二割――約六〇〇隻で、残りはすべて無人艦である。アーウィンは大佐隊の主な存在意義を、無人艦約二四〇〇隻を遠隔操作できなくなったときのための〝保険〟と位置づけ、たとえ敵の残存戦力が一〇〇〇隻を切る前に敵旗艦を落とすことができなくても、直接彼らを責めることはなかった。
 だが、それは「連合」からエドガー・ドレイク大佐が亡命してきて、護衛艦隊に加入するまでの話である。護衛艦隊が抱えていた有人艦の存在矛盾――無人艦の〝保険〟であるはずの有人艦が無人艦を犠牲にしている――を指摘した彼は、アーウィンとは真逆に、無人艦は有人艦の〝サポーター〟であると考え、有人艦で敵旗艦をできうるかぎり短時間で落とすことに執念を燃やした。
 旗艦を失えば指揮系統が乱れる。中には自主的に撤退を考える艦艇も現れはじめる。その混乱に乗じて一気に〝全艦殲滅〟する。
 戦闘時間が短くなればなるほど失う無人艦の数も少なくなるというのがドレイクの持論である。実際、それは彼が砲撃担当の大佐として参戦した三度の戦闘で証明された。
 たった一人だ。
 たった一人の亡命軍人が、たった二月ほどで、護衛艦隊の戦闘を劇的に効率化した。
 もっとも、それはアーウィンがドレイクの進言(と本人はあくまで言い張る)を受け入れ、彼の意向を積極的(すぎるほど)に汲んだからでもある。ゆえに、今回の配置がこのような形になったのも当然の帰結と言えよう。
 護衛艦隊旗艦〈フラガラック〉の艦長席右斜め後ろ。そこがアーウィンの側近であるヴォルフの戦闘時の定位置である。そこからアーウィンがいる艦長席のモニタを覗きこめば、ドレイク関係の戦闘情報はほぼ完璧に押さえられる。ヴォルフはそのうちの一つ――アーウィンが作成したものではない〝リアル配置図〟を眺め下ろし、思わずぬるい笑みを漏らした。

(中央の無人砲撃艦群に、姑息に新型交ぜてやがる……)

 前回は、無人砲撃艦型有人砲撃艦――仮称〝エセ無人砲撃艦〟は、通称〈旧型〉一隻だけだったため、ドレイクのほうから中央だけでも無人砲撃艦は旧型にしてくれとアーウィンに頼んできたが(そして、もちろんアーウィンはそのとおりにしたが)、今回は何も言ってこなかった。
 しかし、アーウィンは〈旧型〉と共に新型の〝エセ無人砲撃艦〟――通称〈新型〉も必ず出撃させると考え、中央の無人砲撃艦群三〇〇隻(アーウィンが作成した今回の配置図を初めて見たとき、有人護衛艦を一〇〇隻削った上に無人護衛艦まで一〇〇隻削るのかとヴォルフは唖然とした)の中にどちらがまぎれこんでもわからないようにと、わざわざ旧型と新型、両型を投入した。
 よくよく考えてみれば、大佐隊には出撃する艦艇数を事前に総司令部に報告する義務があるのだが、ドレイク大佐隊からその報告を受けたことは、今回も含めてまだ一度もない。そのような義務があることを知らないのか、それともわざわざ報告するまでもないことだと勝手に判断してしないでいるのかは、確認したことがないので今もって不明である。
 一方、報告を受ける側のアーウィンも、直接報告されなくても様々な手段で簡単に把握できるせいか、ドレイクに報告しろと命じたことはなく、これからもする気はなさそうである。ただし、これはドレイク限定の対応で、他の大佐が同じことをすれば、容赦なく処罰するのだろうが。
 モニタ上の配置図を見ると、ドレイクの乗艦〈ワイバーン〉は中央無人砲撃艦群の最後尾、前回出撃した〈旧型〉は同群の左翼側前方、そして、今回初出撃の〈新型〉は同群右翼側前方にいる。前回は〈旧型〉に敵旗艦を砲撃させていたが、今回はどうするつもりなのだろうか。

「中央を一〇〇隻増やしておいて正解だったな」

 ヴォルフと同じところを見ているのだろう。肘掛けに左肘を置いたままアーウィンは得意げに笑った。

「前回と同じく二〇〇隻では、三等分できん」
「いや、別に三等分する必要はないだろ」
「ほう。では、具体的にどう分ける?」
「……えーと……」

 一応ヴォルフは考えようとした。が、短気なアーウィンはそれ以上のシンキングタイムを彼に与えなかった。

「今回は特に両翼に不安があるからな。三等分がいちばん無難だろう」
「不安?」
「左翼と右翼の有人艦を見てみろ。スタートラインからしてすでに違っているぞ」

 ドレイクの軍艦以外も見ていたのかとつい冷やかしたくなったが、言われたとおり見てみれば、確かに明らかに異なっている。
 どちらも自隊を大きく二隊に分けているという点では共通していた。分け方はおそらく、左翼はアルスター大佐隊と元ウェーバー大佐隊、右翼はダーナ大佐隊と元マクスウェル大佐隊だろう。それがいちばん分けやすい。
 しかし、左翼の二隊が無人砲撃艦群の後方に横並びしているのに対し、右翼は右側の一隊がまるで無人砲撃艦群の側面を囲むように配置についている。

「いったいどんな理由で右翼はこんな配置に?」

 右翼の〝右戦隊〟を見つめながらヴォルフは眉をひそめたが、アーウィンはにやにやして「さあな」と答えた。

「〈ブリューナク〉がいるから、右がダーナ大佐隊だろうが、どんな理由があるかは私にはわからん」
「嘘だろ」

 幼なじみでもある主人を、ヴォルフは横目で睨みつける。

「おまえがそんな顔してるってことは、だいたいもうわかってるってことだ」
「見当はつけているが、それが当たっているかどうかはわからん」

 アーウィンはさらににやついた。笑いの種類はともかく、以前よりは確実に多く笑うようになった。それだけ楽になったということかもしれない。今、この艦隊には、〝全艦殲滅〟しつづけるために何が必要かを、もしかしたらアーウィン以上に真剣に考えてくれる男がいる。

「とりあえず、ダーナはアルスターとは違う動きをするだろうな」
「そんなことは俺にだってわかる」
「突撃艦はすべて中央に突っこむと最初からわかっていれば、右翼の有人艦のめざす先は一つだろう」
「……え?」
「マスター。ゼロ・アワーです」

 アーウィンから少し離れた左横の定位置から、二人の会話が途切れるのを待っていたかのように、感情のない声でキャルが告げる。

「わかった」

 アーウィンは頬杖をつくのをやめると、姿勢を正して肘掛けに両腕を載せた。

「右翼の突撃艦は特に速く行かせてやれ。ダーナの邪魔にならないように」

 ――さっきのといい今のといい、いったい何が言いたいんだ?
 答えを求めてヴォルフはアーウィンを凝視したが、彼はその視線を無視して正面のモニタを眺めている。キャルはもちろん主人の命令に疑問を呈することなく、ただ従順に返答した。

「承知しました」

 * * *

「ゼロ・アワーだ」

 オールディスが薄笑いを浮かべてそう言った。と、セイルは無言で発進準備を整えた。
 ダーナ大佐隊に〝差し戻し〟されるのはどうしても嫌だったのか、セイルは三日前に初めてこの〈新型〉の操縦桿に触れたとは思えないほどまったく危なげなく操縦をこなし、この配置につけた。ひとまずそのことにほっとしたラッセルたちだったが、ここまでは〝安全運転〟だった。これから先はそのような運転は許されない。
 〈新型〉でドレイクと直接話せるインカムをつけているのはオールディス一人だけだ。なぜ全員ではなく一人、それも一応艦長席に座っているバラードではなくオールディスなのかとラッセルは不思議に思ったが、同じことを考えたらしいオールディスがどうして自分一人だけなのかとドレイクに訊ねると、彼はあっさりこう答えた。

 ――船頭は一人で充分だろ。

 ようするに、オールディス一人に指示を送ればそれで事足りるだろうということらしい。複雑だったが、確かにそのとおりだった。
 ドレイク大佐隊が所有する三隻――〈孤独に〉という奇妙な非公式名称を持つ軍艦もあるが、それはドレイク大佐隊的に〝引退〟したそうである――は、最低、操縦・砲撃・情報処理(索敵含む)担当の三人いれば、戦闘行為自体は可能なのである。
 つまり、残りの三人――バラード、ディック、スターリングはいなくてもかまわない。……決して口には出さないが。

「おー、大佐の言うとおり。今回も〝在庫処分〟からのスタートだ」

 オールディスがモニタを見ながらにたにたする。今が本番だというのに、訓練中よりも緊張感がない。以前からこんな男だっただろうかと思いつつも、ラッセルは自分の前にあるモニタに目を落とす。たぶん、今オールディスが見ているのと同じものがここでも見られる。
 前回、司令官は無人突撃艦一二〇〇隻をすべて「連合」の中央に突っこませ、かつ自爆させた。今回も、そのときとまったく同じ光景が繰り返されている。
 ドレイクによれば、今回を含めてあと三回、この〝在庫処分〟はできるそうだが、その間に〈フラガラック〉の粒子砲に頼らず〝全艦殲滅〟するための対応策を考えると司令官に約束してしまったのだという。
 でも、まだ思いつけてないんだよねー、どうしよー、などとドレイクは言っていたが、その表情も口調も困っているようにはとても思えなかった。たぶん、もう思いついている。ただ、今はまだ自分たちに言う必要はないと判断したのだろう。〝今できることを確実に〟がドレイクの口癖の一つだ。あと〝予定は未定〟。

「そして、やっぱり大佐の言うとおり。……我らが〝心の上官〟が敵の左翼に向かってかっ飛ばしたぞ」

 笑いを噛み殺すようにオールディスが言った、それがドレイクからの命令だったかのように、セイルは〈新型〉を急速発進させた。
 右翼の無人砲撃艦群四〇〇隻のうち、三〇〇隻はすでに「連合」の左翼に向かって飛んでいる。セイルはそこに〈新型〉を巧みに割りこませた。そのため〈新型〉の周囲にいた無人砲撃艦群一〇〇隻も自然に合流する形となり、右翼の無人砲撃艦群の総数は元の四〇〇隻に戻った。
 しかし、新型主体の無人砲撃艦群の前方には、すでに有人艦一〇〇隻の船影がある。彼らは無人突撃艦群が動き出したのとほぼ同時に「連合」の左翼に向かって発進した。そうしなければ、速力で勝る無人砲撃艦群の先を行けないからだ。
 あの一〇〇隻がダーナ大佐隊のうちのダーナ大佐隊だということは、ダーナの乗艦〈ブリューナク〉が先頭を切っていることでわかる。
 実は護衛艦隊の有人艦の中で最もハイスペックなのは、規格外な〈フラガラック〉を除けば、護衛担当の大佐たちが乗っている護衛艦なのだ。
 この艦隊において彼らに求められている最大の役目は、敵艦艇を駆逐することではなく、レクス公が乗艦している旗艦を護衛して、いち早く安全圏まで離脱することである。ゆえに、彼らの乗る軍艦は〝護衛艦〟と称される。ダーナが護衛から砲撃に転向する際、乗艦を護衛艦から砲撃艦に変えなかった真の理由は、この軍艦の性能のせいかもしれない。
 「連合」の両翼は、無人突撃艦群の目標が自分たちではなく中央だとわかると、右翼は右斜め前方、左翼は左斜め前方に進行方向を変えた。中央は中央自身に任せ、自分たちは大きく迂回して〈フラガラック〉に迫ろうとしたのだ。
 あの船一隻消すことができれば、この艦隊を敗北させることなど造作もない。今回の「連合」の司令官は自分の命より任務を優先できる、ここに送りこまれる司令官の中では珍しい――軍人としてはある意味〝正しい〟人間のようだった。
 だが、今回は「帝国」の右翼もこれまでとは違っていた。「連合」の左翼が進行方向を変えたとき、いつもの無人砲撃艦群ではなく有人砲撃艦一〇〇隻が彼らの左後方に回りこんでいて、一瞬の停滞もなく砲撃を開始していたのである。彼らの後を追っていた無人砲撃艦群一〇〇隻も、ただちに援護を始めた。

「あれって俺らのスタイルじゃないよなあ」

 何がそれほどおかしいのか、オールディスは戦闘開始からずっと笑っている。

「マクスウェル大佐隊から教わったのかな。学習能力高いからな。あの大佐も、あの隊も」

 もしかしたら、そのマクスウェル大佐隊で班長をしていたセイルにオールディスは話しかけていたのかもしれない。しかし、操縦に集中していたのか、セイルは一言も返さなかった。
 「連合」の中央では、無人突撃艦群一二〇〇隻が、一〇〇〇隻の艦艇で作られた分厚い壁を突き破りながら次々と自爆している。その一〇〇〇隻の先に、さらに六〇〇隻の艦艇があり、そしてその中に敵旗艦がいる。
 だが、この〈新型〉の今回の任務は、その敵旗艦を〝息吹ブレスもどき〟で撃ち落とすことではない。「連合」左翼を中央へ行かせないことである。

「ラッセル、そろそろおまえの出番だ。左翼の頭を潰せと大佐が言ってる。尻尾と胴体は無人艦とダーナ大佐隊が潰してくれるそうだ」

 オールディスはほとんど躁状態である。本当にドレイクがそう命じているのかと疑いたくなるが、彼に選ばれた〝船頭〟が言うことには従わなくてはなるまい。

「了解」

 この軍艦の周囲には本物の無人砲撃艦たちがいる。いざというときは、彼らが我が身を犠牲にして自分たちを守る。頭ではそうわかっているのだが、無人艦にかばってもらえず被弾して爆発していった同僚たちの軍艦の映像が、無意識のうちに脳裏に浮かぶ。

「……ラッセル。代わるか?」

 ラッセルの右隣にいるディックが、ふと心配そうに声をかけてきた。彼にもわかるほど内心の葛藤が顔に出てしまっていたのか。それとも、自分が思っているよりずっと人の心がわかる人間だったのか。いずれにしろ、その一声でラッセルはずいぶん楽になった。

「いや。気持ちはありがたいが、砲撃試験最下位の人間に任せるわけにはいかない」

 わざと真顔で答えると、とたんにディックはいつもの彼に立ち戻った。

「おまっ……それは言うな! 今だったらスターリングの上は行く!」

 そう叫んだ直後、艦長席の向こうから、そのスターリングが憤然と言い返してきた。

「俺だって、今だったらバラードは超えられる!」
「おまえら……もっと上をめざせよ。とりあえず、オールディス」

 バラードが呆れて嘆息する。と、ディックとスターリングは申し合わせたようにあのスローガンを口にした。

「〝今できることを確実に〟!」

 オールディスの言うとおり、自分たちの〝心の上官〟はもうダーナではなくなってしまっているのかもしれない。しかし、誰が〝心の上官〟であれ、今の自分ができることは一つだ。
 ラッセルはかすかに笑ってコントローラーを握り直すと、すでにロックオンされている「連合」の艦艇に向けて砲撃ボタンを押した。

 * * *

 一方、今回は左翼側に配置された〈旧型〉の乗組員の中で唯一インカムを渡されたのは、前回と同じく情報処理席――フォルカスいわく〝仕事の種類も量もハンパない席〟に座ることになったキメイスだった。

 ――〈新型〉もオールディス一人だけだから、〈旧型〉もおまえだけね。

 ドレイクは軽くそう言ったが、つまり、今回は〈新型〉も〈旧型〉も基本作戦どおりに動けということなのだろうとキメイスは解釈した。
 だが、フォルカスには戦闘中にドレイクと直接話せないのがことのほか不満だったらしい。『こっそり三隻同時に話せるようにしちまえよ』と言う彼に、キメイスはあえて冷静にこう確認した。

 ――そうすると、〈新型〉の六班長とも話せることになるが、いいのか?

 フォルカスは一瞬で顔をこわばらせ、二度とその件については触れてこなかった。彼のセイルに対する恐怖心はいっこうに薄れる気配がない。
 そのフォルカスは、ゼロ・アワー前から艦長席で「連合」とではなく睡魔と戦っていた。通信席にいるラスもかろうじて起きてはいるが、機関制御席――略して〝機関席〟にいるウィルヘルムに至っては、安全ベルトを装着したままの格好で爆睡している(おかげでコンソールの上に倒れこまなくて済んでいる)。が、誰も彼を起こそうとは考えない。起きていても特にさせる仕事はないからだ。〈ワイバーン〉の機関席にいるはずのグインはさすがに寝てはいないだろうが、睡眠不足には悩まされているだろう。
 フォルカスに言わせれば、それもまたセイルのせいである。セイルが宿直という名の自主練習をしていたために、〝整備班〟は宿直という名の自主整備をすることができず、結局、出撃前夜にまとめてしなければならない羽目に陥った。
 いや、別にセイルが自主練していても〈ワイバーン〉と〈旧型〉は整備できただろう。出撃前夜には〈新型〉だけ集中して整備すればよかっただろう。ようするに、おまえがセイルとうっかり出くわしたくなかっただけのことだろう。――と、内心キメイスは思っていたが(たぶん、キメイス以外の隊員たちも)、それをフォルカスに言うことはできなかった(たぶん、キメイス以外の以下略)。
 ドレイクの言を借りるなら、〝整備とコックは絶対に怒らせるな。奴らを怒らせたら俺らが死ぬ〟。
 もっともである。たぶん、ドレイクは過去にその実例を見たか、実際に死にかけたことがあるのだろう。
 そもそも、整備関係の人間は、隊員とは別枠で増やすこともできたのだ。だが、それを嫌ったフォルカス――信じられないが、人見知りが激しいらしい――は、どうしても自分の手に負えないときだけ専門の技術者を呼んで、あとは自力と隊員たち(主に訓練生三人)の他力で乗り越えてきてしまった。
 〈ワイバーン〉一隻だったら、それでも何とかやっていけただろう。が、さすがに三隻ともなったらもう無理だ。意地を張って整備ミスでもした日には、それこそ隊員たちを死なせてしまう(もしかしたら自分も)。フォルカスもそう考えたからこそ、元同僚三人をここに入れることに同意したのだろうが、それでもまだまだ少ない。それとも、また隊員たちを使って補うのか。まあ、マシムは喜んでこき使われてくれるだろうが。

「キメイス、右翼はスタートダッシュかましたが、左翼は前回と同じだな。……大佐の読みどおり」

 眠くてもモニタチェックはしていたらしい。頬杖をついたまま、フォルカスが話しかけてきた。

「そうだな。ダーナ大佐のほうがスタートダッシュかましたのも、大佐の読みどおりだ」

 今、この〈旧型〉は中央の無人砲撃艦群一〇〇隻を引き連れて、左翼の無人砲撃艦群四〇〇隻に合流し、共に「連合」右翼をめざしている。
 「帝国」右翼は、ダーナ大佐隊の有人艦一〇〇隻が先陣を切り、その後を無人砲撃艦群一〇〇隻が追随して、すでに「連合」左翼の〝左側〟への攻撃を始めていた。〈新型〉は無人砲撃艦群と共に同〝右側〟を、無人砲撃艦群の一部は中央も砲撃している。
 しかし、「帝国」左翼、アルスター大佐隊の有人艦二〇〇隻は、従来どおり、無人砲撃艦群四〇〇隻が発進した後、彼らを盾にするようにして動き出した。
 作戦では、〈旧型〉を含む無人砲撃艦群一〇〇隻――ドレイクいわく〝〈旧型〉組〟は、「連合」の右翼と中央の間に割りこみ、「連合」右翼を中央へ行かせないようにすることになっている。
 だが、左翼の無人砲撃艦群四〇〇隻は途中で急に速度を上げて〝〈旧型〉組〟より先行すると、二〇〇隻は〝〈旧型〉組〟が配置につくはずだった「連合」の右翼と中央の間に展開、残り二〇〇隻は「連合」右翼の〝右側〟に展開し、相手の攻撃をかわしながら砲撃しはじめた。必然的に〝〈旧型〉組〟は「連合」右翼の〝左側〟先頭を担当することになる。操縦のスミスと砲撃のギブスンは、共に無言のまま自分の仕事を開始した。

「俺らに気ィ遣ってくれたのかね」

 モニタを見ながら、フォルカスがにやにやする。

「それとも、あそこに有人艦がいたら、足手まといになるって思ったのかな」

 フォルカスの言う〝あそこ〟では、「連合」の右翼と中央、両方を攻撃しなければならない。そんなところに、たとえ一隻でも有人艦がいたら、それは確かに邪魔だろう。

「たぶん、思ったんだろうな。無人艦じゃなくて〝キャルちゃん〟が」

 笑ってそう答えたキメイスだったが、〝〈旧型〉組〟よりさらに遅れて到着した有人艦二〇〇隻のその後の動きを見て、たちまち眉間に縦皺を寄せた。

「何でそこ?」

 有人艦二〇〇隻のうち一〇〇隻――アルスターの〈カラドボルグ〉がいるから、こちらが〝第一分隊〟ことアルスター大佐隊だろう――は「連合」右翼の背後に回りこんで砲撃し、残り一〇〇隻――消去法により、こちらが〝第二分隊〟こと元ウェーバー大佐隊と思われる――は「連合」右翼の〝右側〟を砲撃している無人砲撃艦群二〇〇隻を〝援護〟したのだ。そのため、その二〇〇隻の一部は、背面攻撃をしているアルスター大佐隊の援護にも回らなければならなくなった。

「さすがに大佐も〝背面攻撃〟までは想定してなかったな。やっぱり〝予定は未定〟だ」

 フォルカスはからから笑って頬杖を外し、モニタに向かって目を眇めた。

「ざけんな、アルスター! んなにバックが好きなら、中央行って旗艦のケツ掘りやがれ!」

 その瞬間、ウィルヘルムが電気ショックでも受けたかのように上半身を跳ね上げて目を覚まし、フォルカス以外の乗組員たちは大きく体を震わせた。

「ああ、頼む、フォルカス! 切れるのは整備の邪魔されたときだけにしてくれ! おまえに切れられると、自分に対してじゃなくても、俺らはダメージ受けるんだよ!」

 一同を代表してキメイスが訴えたが、寝不足のフォルカスは聞く耳を持ってくれなかった。

「んなの知るか! これが切れずにいられるか! あいつら、〝息吹ブレスもどき〟で撃ち落としてやりてえ!」

 ――まったくだ。本当に撃ち落としてやりたい。
 間接的に精神的ダメージまで負わされた〈旧型〉の乗組員たちは、アルスター大佐隊に対し、本気で殺意を覚えた。
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