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161「他所で何を言ってんだあいつはっ」
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「あなたが、弓使いの方ですね?」
イーレンは、ケニスに視線を向け、じっと顔を見る。
「私はイーレンと言います。エイダールの友人です。昼食を御一緒させていただきます。初めまして……だと思うのですが、どこかでお会いしたような気もしますね」
「弓使いのケニスだ。俺もどこかで会ったような気がするが」
ケニスもイーレンに既視感を覚え、うーん、と二人して考え込む。
「騎士団が主導した魔獣討伐の時だろ。ユランがイーレンに会ったって言ってたから、参加してたよな?」
エイダールがあっさりと正解を言い当てる。
「ケニスもその討伐に参加してる。ユランと同じ班だったらしい」
そこで親しくなり、魔弓を貸し出したりもしたのである。
「ああ、魔獣討伐に参加してくださっていた方でしたか、御協力に感謝します。申し訳ありません、さすがに参加者全員の顔は覚えていなくて」
すぐに気付かず失礼しました、というイーレンに、ケニスは慌てる。
「あ、いや、末端の冒険者の顔なんて覚えてなくて当たり前だろうし」
外部からの参加者だけでも百名を超えていたし、任務中に同じ部隊では見掛けなかった。ということは、最初の集合時に顔を合わせたきりということである。覚えている方が奇跡だ。
「俺は目立たない方だしな。あんたみたいな顔なら、むさ苦しい冒険者の中では浮いて見えただろうから、こっちが覚えてるのはおかしくないが……って、そうか、あの時仕切ってた魔術師か」
どこで見掛けたかをはっきり思い出したケニスは、ぽんと手を叩いた。魔獣討伐に参加した際、一段高いところから挨拶と案内をしていたイーレンを、ケニスは遠目でしか見ていないが、美人だと思った記憶がある。
「仕切ってた……?」
ブレナンがその単語を聞き咎める。
「指揮系統の人間ってことか? あんたもしかして結構偉いのか?」
まだ若く、エイダールとも砕けた感じで話していたイーレンのことを、騎士団員と言ってもさほど身分は高くないと思っていた。貴族相手としてはあり得ないほど、気安く接してしまっている。
「いえ、そんなことは。実際あの任務の時は、指揮系統的には私の上に四人いましたし。実務は全部任されていましたが」
上司は口を出すだけで何もしないので、遠征前は各所との調整に走り回り、遠征中は全体を見て支援をしつつ戦闘にも参加していたので、少し痩せた。
「若いのに凄えな」
ブレナンは、騎士団の指揮系統に詳しくないのではっきりとは分からないが、充分に凄いと思う。
「そうでしょうか……」
イーレンは、通常任務が辺境に出向しての魔獣討伐である。行方不明事件の捜査で王都に戻っていたところに、ちょうどいいとばかりに言い渡された任務だったので、素直に頷けない。
「『若いのに凄い』じゃなくて『若いから押し付けられた』だろ」
エイダールが訂正を入れる。大所帯を仕切れるだけの能力があるのは凄いと言っていいのだが、その所為で押し付けられる仕事も多くなっている。
「……否定できないのが辛いところですね」
イーレンは苦笑いした。
「それはともかく、ケニスさん、矢を見せていただけませんか?」
イーレンは放った矢から魔法の気配のする謎を解きたくて、ケニスに請う。
「矢を?」
ケニスは、いいのか? という風にエイダールを見て、頷いたのを確認してから、背中に回していた弓を前に持ってくると、弦に手を掛けた。
「……えっ?」
矢を見せてほしいと言ったのに、何故弓を? と思っていたイーレンの前で、軽く引いた弦に番えた形で、音もなく矢が生成される。
「何ですか今の? 魔法を仕込んだ矢ではなく、矢そのものが魔法で生成されて? もしかして、討伐の時に『魔弓の使い手がいる』と噂になっていた方ですか?」
イーレンは矢継ぎ早に質問する。殿を務めたイーレンの部隊が王都に到着したのは、ユランやケニスのいた部隊が既に解散した後なので、話しか聞いていない。
「確かに魔獣討伐の時に、魔弓を使ってたのは俺だ」
ケニスは頷く。ユランに借りた魔弓で随分働いた。
「そうですか、あなたの活躍で、予定よりも数日早く帰還できたと聞いています。改めて御礼を申し上げます」
「いや、俺というか、あれはユランが突っ走ってたのに引きずられたというか」
エイダール恋しさにユランが突っ走っていた。
「ユランくんが?」
「ああ。『先生に会いたい、僕は一秒でも早く家に帰りたいんです』って凄い勢いで魔獣倒してた」
ケニスもその勢いに釣られて頑張ってしまった。
「ごほっ」
ケニスが再現したユランの台詞に、エイダールは口にしかけていた芋にむせる。
「他所で何を言ってんだあいつはっ」
こっちが恥ずかしいぞ、と握った拳を震わせていると、ブレナンに背中を叩かれる。
「懐いてて可愛いじゃねえか。ユランて、こないだ護衛についてた若いのだろう? そういや今日はいないんだな。まあ、今日は護衛なんて必要ないが」
魔弓の引き渡しだけで、先日のように危険のある依頼に同行するようなことはない。
「ユランは普通に仕事に行ってるよ。この間は俺とユランの休みがたまたま合ったからくっついてきてただけで」
断ってもついてきそうだったので、護衛として雇う形で理由を作った。
「昔から君のあとを追いかけてくる子でしたよね……」
イーレンが昔を思い出してしみじみと呟いた。
イーレンは、ケニスに視線を向け、じっと顔を見る。
「私はイーレンと言います。エイダールの友人です。昼食を御一緒させていただきます。初めまして……だと思うのですが、どこかでお会いしたような気もしますね」
「弓使いのケニスだ。俺もどこかで会ったような気がするが」
ケニスもイーレンに既視感を覚え、うーん、と二人して考え込む。
「騎士団が主導した魔獣討伐の時だろ。ユランがイーレンに会ったって言ってたから、参加してたよな?」
エイダールがあっさりと正解を言い当てる。
「ケニスもその討伐に参加してる。ユランと同じ班だったらしい」
そこで親しくなり、魔弓を貸し出したりもしたのである。
「ああ、魔獣討伐に参加してくださっていた方でしたか、御協力に感謝します。申し訳ありません、さすがに参加者全員の顔は覚えていなくて」
すぐに気付かず失礼しました、というイーレンに、ケニスは慌てる。
「あ、いや、末端の冒険者の顔なんて覚えてなくて当たり前だろうし」
外部からの参加者だけでも百名を超えていたし、任務中に同じ部隊では見掛けなかった。ということは、最初の集合時に顔を合わせたきりということである。覚えている方が奇跡だ。
「俺は目立たない方だしな。あんたみたいな顔なら、むさ苦しい冒険者の中では浮いて見えただろうから、こっちが覚えてるのはおかしくないが……って、そうか、あの時仕切ってた魔術師か」
どこで見掛けたかをはっきり思い出したケニスは、ぽんと手を叩いた。魔獣討伐に参加した際、一段高いところから挨拶と案内をしていたイーレンを、ケニスは遠目でしか見ていないが、美人だと思った記憶がある。
「仕切ってた……?」
ブレナンがその単語を聞き咎める。
「指揮系統の人間ってことか? あんたもしかして結構偉いのか?」
まだ若く、エイダールとも砕けた感じで話していたイーレンのことを、騎士団員と言ってもさほど身分は高くないと思っていた。貴族相手としてはあり得ないほど、気安く接してしまっている。
「いえ、そんなことは。実際あの任務の時は、指揮系統的には私の上に四人いましたし。実務は全部任されていましたが」
上司は口を出すだけで何もしないので、遠征前は各所との調整に走り回り、遠征中は全体を見て支援をしつつ戦闘にも参加していたので、少し痩せた。
「若いのに凄えな」
ブレナンは、騎士団の指揮系統に詳しくないのではっきりとは分からないが、充分に凄いと思う。
「そうでしょうか……」
イーレンは、通常任務が辺境に出向しての魔獣討伐である。行方不明事件の捜査で王都に戻っていたところに、ちょうどいいとばかりに言い渡された任務だったので、素直に頷けない。
「『若いのに凄い』じゃなくて『若いから押し付けられた』だろ」
エイダールが訂正を入れる。大所帯を仕切れるだけの能力があるのは凄いと言っていいのだが、その所為で押し付けられる仕事も多くなっている。
「……否定できないのが辛いところですね」
イーレンは苦笑いした。
「それはともかく、ケニスさん、矢を見せていただけませんか?」
イーレンは放った矢から魔法の気配のする謎を解きたくて、ケニスに請う。
「矢を?」
ケニスは、いいのか? という風にエイダールを見て、頷いたのを確認してから、背中に回していた弓を前に持ってくると、弦に手を掛けた。
「……えっ?」
矢を見せてほしいと言ったのに、何故弓を? と思っていたイーレンの前で、軽く引いた弦に番えた形で、音もなく矢が生成される。
「何ですか今の? 魔法を仕込んだ矢ではなく、矢そのものが魔法で生成されて? もしかして、討伐の時に『魔弓の使い手がいる』と噂になっていた方ですか?」
イーレンは矢継ぎ早に質問する。殿を務めたイーレンの部隊が王都に到着したのは、ユランやケニスのいた部隊が既に解散した後なので、話しか聞いていない。
「確かに魔獣討伐の時に、魔弓を使ってたのは俺だ」
ケニスは頷く。ユランに借りた魔弓で随分働いた。
「そうですか、あなたの活躍で、予定よりも数日早く帰還できたと聞いています。改めて御礼を申し上げます」
「いや、俺というか、あれはユランが突っ走ってたのに引きずられたというか」
エイダール恋しさにユランが突っ走っていた。
「ユランくんが?」
「ああ。『先生に会いたい、僕は一秒でも早く家に帰りたいんです』って凄い勢いで魔獣倒してた」
ケニスもその勢いに釣られて頑張ってしまった。
「ごほっ」
ケニスが再現したユランの台詞に、エイダールは口にしかけていた芋にむせる。
「他所で何を言ってんだあいつはっ」
こっちが恥ずかしいぞ、と握った拳を震わせていると、ブレナンに背中を叩かれる。
「懐いてて可愛いじゃねえか。ユランて、こないだ護衛についてた若いのだろう? そういや今日はいないんだな。まあ、今日は護衛なんて必要ないが」
魔弓の引き渡しだけで、先日のように危険のある依頼に同行するようなことはない。
「ユランは普通に仕事に行ってるよ。この間は俺とユランの休みがたまたま合ったからくっついてきてただけで」
断ってもついてきそうだったので、護衛として雇う形で理由を作った。
「昔から君のあとを追いかけてくる子でしたよね……」
イーレンが昔を思い出してしみじみと呟いた。
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