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138「無駄って言うなよ」
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「階段は何処でしょうか……」
昼休み、研究所を訪れたサフォークは、受付を済ませると、エイダールの研究室に向かっていた。案内すると言われたのだが、迷路でもあるまいしと、研究棟三階の右側の奥だと場所だけ聞いたのだが、階段が見つからない。廊下をぐるりと回っていたら、中庭に出てしまった。迷子である。
「内階段でしたら、引き返して、受付すぐのところを左に折れるとありますが」
サフォークは、背後から声を掛けられて振り向く。
「そうでしたか、御親切にありがとうございます」
サフォークは、声を掛けて来た男に頭を下げる。カスペルである。
「外階段なら中庭を突っ切った、その大きな木の向こうに……どちらをお訪ねでしょうか?」
カスペルは、サフォークに尋ねる。
「ギルシェ教授とお会いする約束をしています、三階の右奥だと聞いたのですが」
「ああ、エイダールの……ギルシェ教授の研究室なら、外階段からのほうが近いです。よろしければ御案内します、私も彼に届け物をするところですので」
エイダールに借りていた服を返しに来たカスペルは、服の入った紙袋を持ち上げてみせた。
「はいどうぞー……ってカスペルか。何しに来たんだよ」
扉を叩く音に、時間的にサフォークだと思って出迎えたエイダールは、カスペルの姿を見て突っ込む。
「借りていた服を返しにきた。ついでにこの間の認識系の魔導回路の可能性について詳しく話を聞きたくてな」
カスペルは、持って来た紙袋をエイダールに押しつける。
「今日は人と会う約束があるから……あれ?」
今は無理だぞ、と言い掛けたエイダールは、カスペルの背後にいたサフォークに気付く。
「そこで会ったんだ、目的地が同じだったから一緒に来た。彼が約束の相手?」
カスペルは、サフォークとエイダールの間から体をひいて、二人を引き合わせる。
「あー、えっと、エクセターさん?」
サフォークの顔を知らないエイダールは、名前を確認する。
「初めてお目にかかります、サフォーク・エクセターです。本日はお時間をいただきありがとうございます」
丁寧なサフォークの挨拶に、エイダールも背筋を伸ばした。
「エイダール・ギルシェです、初めまして」
ユランを通じて手紙を交わしてはいるが、会うのは初めてである。
「どうぞ、奥へ」
勝手知ったる研究室なので、カスペルは簡易な間仕切りの奥にある来客用の区画にサフォークを誘導する。
「何でお前が案内してんだよっ」
「誰が案内しようと別に構わないだろう?」
いつまでも客を立たせておく方が失礼だと、カスペルはエイダールの抗議をするりと流す。
「そうですね、どうぞこちらへお掛けください」
スウェンがサフォークにソファを勧めた。
「認識系の魔導回路というのは私がお聞きしたいと思っていることと?」
もしかして、と座りながらサフォークが問い掛ける。
「ああ、あなたと同じようなことをこの男も言ってきていて……」
エイダールは、ふと考え込み、サフォークとカスペルを交互に眺めた。
「二人は気が合う気がするんで、一緒に話をさせてもらっても構いませんか?」
別々に話すと二度手間な予感がひしひしとしたので、そう提案する。
「私は構いませんが」
サフォークは了承し、カスペルも頷く。
「よろしくお願いします、カスペル・サルバトーリと言います」
「よろしくお願いします」
カスペルの名前に、サフォークは引っ掛かりを覚えた。この国では王家の次に有名な筆頭公爵家の家名のような気がする。しかしこんなところにそんな高位貴族がいるとは思えないし、平民だと聞いているエイダールとは、気の置けない友人といった雰囲気である。きっと似た名前を聞き違えたのだろうという結論に達する。
「文字じゃなくても認識できるかだって? そのほうが簡単だけど?」
精度についての幾つかの質疑応答のあと、文字ではない模様のようなものでも出来るのか、と問われて、エイダールは何言ってんだという顔になる。
「そういうものなのか?」
カスペルは今一つ理解が追い付かない。
「文字認識のほうが、文字として成立してるかどうかの確認をする分、複雑になるんだよ。見本となる文字にかなり似ていても、例えば点が一つ足りなくて文字として成立してない場合は大きく減点だ……まあ、それは今回作った物の用途が『見やすい文字の練習』だからそういう風にしたんだけど、線の繋がりや抜けなんかを、他と同じ基準で判定することも出来る」
「成程。文字として成立することが大前提ですね」
この用途の場合その考え方で合っている、とサフォークはうんうんと頷く。
「そうそう。設定で変えることもできるし、今回は見送ったけど、掠れた文字なんかに対応したければ、魔導回路にもうちょい書き込めばいいし」
「そんな複雑そうなものを知り合いの文字の練習のために一晩で作り上げるなんて、才能の無駄遣いもいいところだというのは分かった」
カスペルは大きく嘆息する。
「無駄って言うなよ……無駄にならないんだろう? こんなにすぐ訪ねてくるなんて、具体的にしてほしいことがあるってことなんじゃないのか?」
さっさと吐け、とエイダールは促した。
昼休み、研究所を訪れたサフォークは、受付を済ませると、エイダールの研究室に向かっていた。案内すると言われたのだが、迷路でもあるまいしと、研究棟三階の右側の奥だと場所だけ聞いたのだが、階段が見つからない。廊下をぐるりと回っていたら、中庭に出てしまった。迷子である。
「内階段でしたら、引き返して、受付すぐのところを左に折れるとありますが」
サフォークは、背後から声を掛けられて振り向く。
「そうでしたか、御親切にありがとうございます」
サフォークは、声を掛けて来た男に頭を下げる。カスペルである。
「外階段なら中庭を突っ切った、その大きな木の向こうに……どちらをお訪ねでしょうか?」
カスペルは、サフォークに尋ねる。
「ギルシェ教授とお会いする約束をしています、三階の右奥だと聞いたのですが」
「ああ、エイダールの……ギルシェ教授の研究室なら、外階段からのほうが近いです。よろしければ御案内します、私も彼に届け物をするところですので」
エイダールに借りていた服を返しに来たカスペルは、服の入った紙袋を持ち上げてみせた。
「はいどうぞー……ってカスペルか。何しに来たんだよ」
扉を叩く音に、時間的にサフォークだと思って出迎えたエイダールは、カスペルの姿を見て突っ込む。
「借りていた服を返しにきた。ついでにこの間の認識系の魔導回路の可能性について詳しく話を聞きたくてな」
カスペルは、持って来た紙袋をエイダールに押しつける。
「今日は人と会う約束があるから……あれ?」
今は無理だぞ、と言い掛けたエイダールは、カスペルの背後にいたサフォークに気付く。
「そこで会ったんだ、目的地が同じだったから一緒に来た。彼が約束の相手?」
カスペルは、サフォークとエイダールの間から体をひいて、二人を引き合わせる。
「あー、えっと、エクセターさん?」
サフォークの顔を知らないエイダールは、名前を確認する。
「初めてお目にかかります、サフォーク・エクセターです。本日はお時間をいただきありがとうございます」
丁寧なサフォークの挨拶に、エイダールも背筋を伸ばした。
「エイダール・ギルシェです、初めまして」
ユランを通じて手紙を交わしてはいるが、会うのは初めてである。
「どうぞ、奥へ」
勝手知ったる研究室なので、カスペルは簡易な間仕切りの奥にある来客用の区画にサフォークを誘導する。
「何でお前が案内してんだよっ」
「誰が案内しようと別に構わないだろう?」
いつまでも客を立たせておく方が失礼だと、カスペルはエイダールの抗議をするりと流す。
「そうですね、どうぞこちらへお掛けください」
スウェンがサフォークにソファを勧めた。
「認識系の魔導回路というのは私がお聞きしたいと思っていることと?」
もしかして、と座りながらサフォークが問い掛ける。
「ああ、あなたと同じようなことをこの男も言ってきていて……」
エイダールは、ふと考え込み、サフォークとカスペルを交互に眺めた。
「二人は気が合う気がするんで、一緒に話をさせてもらっても構いませんか?」
別々に話すと二度手間な予感がひしひしとしたので、そう提案する。
「私は構いませんが」
サフォークは了承し、カスペルも頷く。
「よろしくお願いします、カスペル・サルバトーリと言います」
「よろしくお願いします」
カスペルの名前に、サフォークは引っ掛かりを覚えた。この国では王家の次に有名な筆頭公爵家の家名のような気がする。しかしこんなところにそんな高位貴族がいるとは思えないし、平民だと聞いているエイダールとは、気の置けない友人といった雰囲気である。きっと似た名前を聞き違えたのだろうという結論に達する。
「文字じゃなくても認識できるかだって? そのほうが簡単だけど?」
精度についての幾つかの質疑応答のあと、文字ではない模様のようなものでも出来るのか、と問われて、エイダールは何言ってんだという顔になる。
「そういうものなのか?」
カスペルは今一つ理解が追い付かない。
「文字認識のほうが、文字として成立してるかどうかの確認をする分、複雑になるんだよ。見本となる文字にかなり似ていても、例えば点が一つ足りなくて文字として成立してない場合は大きく減点だ……まあ、それは今回作った物の用途が『見やすい文字の練習』だからそういう風にしたんだけど、線の繋がりや抜けなんかを、他と同じ基準で判定することも出来る」
「成程。文字として成立することが大前提ですね」
この用途の場合その考え方で合っている、とサフォークはうんうんと頷く。
「そうそう。設定で変えることもできるし、今回は見送ったけど、掠れた文字なんかに対応したければ、魔導回路にもうちょい書き込めばいいし」
「そんな複雑そうなものを知り合いの文字の練習のために一晩で作り上げるなんて、才能の無駄遣いもいいところだというのは分かった」
カスペルは大きく嘆息する。
「無駄って言うなよ……無駄にならないんだろう? こんなにすぐ訪ねてくるなんて、具体的にしてほしいことがあるってことなんじゃないのか?」
さっさと吐け、とエイダールは促した。
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