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3部 王のピアノと風見鶏
第46話 別れの夜
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王は部屋に帰っても、なかなか俺を離そうとしなかった。俺は王の膝に抱えられ、しばらく無言で撫でられ続けていた。服に皺が寄ってしまわないか心配で何度か王の顔色を窺ったが、彼は微笑むばかりで一向に脱がそうとしない。ジャケットの隙間から差し入れられた王の手が、薄いブラウスの上を這う。
「脱がすのが惜しいほどだ。明日ラルフ=ハーマンと食事に行ってみるか?」
雰囲気にはそぐわない唐突な質問に俺はポカンと顔をあげる。
「彼もまたこの国の難しい均衡でもがいている。魔人の貴族が音楽家になるというのは、この国ではとても難しくてな。彼は打開策を求めて庸人のリアムに接触したのだろう」
ノアと違い、王は彼の苦悩を理解していた。俺はそれが嬉しくて、表情が緩んだ。
「リアム、この国が好きか?」
またしても唐突な言葉に頭が真っ白になる。なんの意図をもって王がこの質問をするのか理解できなかったのだ。ゆっくりしかし躊躇いながら頷くと、王はクツクツと笑って頭を撫でた。
「あっちのヤギと同じで、良し悪しの判断以前に、この国のことを知り尽くしてはおらんか……。明日、もし仕事の誘いがあれば、リアムの判断でどうするのか決めろ。今日のように俺のことなど考えなくてもいい」
今日の王の話は何もかも唐突で、迂闊に頷くことが難しいものばかりだった。俺が困惑していると王は、窓の外にぽっかりと浮かんだ月を眺めたあと、呟いた。
「今日コンクールは無事に終わった。明日の算段は明日に考えればよい。だから今日は俺の名を呼んでくれ」
全身の肌という肌が泡立ち、背中に冷たいものが走り抜けた。王はわかっていたのだ。今日のこの日まで王に抱かれる時、違う問題に気をとられていたことを。
「そんな顔をするな。もう一度だけでいい……」
王は俺の腹を押してまたあの魔法を使おうとした。その手を掴んで、王の顔をのぞけば、不安そうな赤い瞳が僅かに揺れていた。
もうこの魔法を使わなくてもいい。ギードに愛されたい。
動かした唇を王は愛おしそうに何度も撫で、そしてあの寂しそうな笑顔で笑うのだ。俺はそれに胸が痛んで髪を引っ張る。
王の名をもう一度呼んだら、唇をふさがれたまま担がれ、ベッドに沈められた。
王は王たらしめる服を脱ぎ捨てた。美しい体が月明かりに照らされ、その輪郭がぼんやりと光る。王らしいことを何一つしないただ一人の男は、それでも唯一の装束を脱ぎ去り俺に対峙するのだ。
美しさに息を飲み、なぜだか焦燥が俺の心を焦がす。荷馬車に揺られ、家具もろくにない質素な部屋に住み、庸人に入れ上げる、ただ一人の男が俺の胸を焦がすのだ。
「脱がすのが惜しいほどだ。明日ラルフ=ハーマンと食事に行ってみるか?」
雰囲気にはそぐわない唐突な質問に俺はポカンと顔をあげる。
「彼もまたこの国の難しい均衡でもがいている。魔人の貴族が音楽家になるというのは、この国ではとても難しくてな。彼は打開策を求めて庸人のリアムに接触したのだろう」
ノアと違い、王は彼の苦悩を理解していた。俺はそれが嬉しくて、表情が緩んだ。
「リアム、この国が好きか?」
またしても唐突な言葉に頭が真っ白になる。なんの意図をもって王がこの質問をするのか理解できなかったのだ。ゆっくりしかし躊躇いながら頷くと、王はクツクツと笑って頭を撫でた。
「あっちのヤギと同じで、良し悪しの判断以前に、この国のことを知り尽くしてはおらんか……。明日、もし仕事の誘いがあれば、リアムの判断でどうするのか決めろ。今日のように俺のことなど考えなくてもいい」
今日の王の話は何もかも唐突で、迂闊に頷くことが難しいものばかりだった。俺が困惑していると王は、窓の外にぽっかりと浮かんだ月を眺めたあと、呟いた。
「今日コンクールは無事に終わった。明日の算段は明日に考えればよい。だから今日は俺の名を呼んでくれ」
全身の肌という肌が泡立ち、背中に冷たいものが走り抜けた。王はわかっていたのだ。今日のこの日まで王に抱かれる時、違う問題に気をとられていたことを。
「そんな顔をするな。もう一度だけでいい……」
王は俺の腹を押してまたあの魔法を使おうとした。その手を掴んで、王の顔をのぞけば、不安そうな赤い瞳が僅かに揺れていた。
もうこの魔法を使わなくてもいい。ギードに愛されたい。
動かした唇を王は愛おしそうに何度も撫で、そしてあの寂しそうな笑顔で笑うのだ。俺はそれに胸が痛んで髪を引っ張る。
王の名をもう一度呼んだら、唇をふさがれたまま担がれ、ベッドに沈められた。
王は王たらしめる服を脱ぎ捨てた。美しい体が月明かりに照らされ、その輪郭がぼんやりと光る。王らしいことを何一つしないただ一人の男は、それでも唯一の装束を脱ぎ去り俺に対峙するのだ。
美しさに息を飲み、なぜだか焦燥が俺の心を焦がす。荷馬車に揺られ、家具もろくにない質素な部屋に住み、庸人に入れ上げる、ただ一人の男が俺の胸を焦がすのだ。
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