190 / 240
3部 王のピアノと風見鶏
第46話 別れの夜
しおりを挟む
王は部屋に帰っても、なかなか俺を離そうとしなかった。俺は王の膝に抱えられ、しばらく無言で撫でられ続けていた。服に皺が寄ってしまわないか心配で何度か王の顔色を窺ったが、彼は微笑むばかりで一向に脱がそうとしない。ジャケットの隙間から差し入れられた王の手が、薄いブラウスの上を這う。
「脱がすのが惜しいほどだ。明日ラルフ=ハーマンと食事に行ってみるか?」
雰囲気にはそぐわない唐突な質問に俺はポカンと顔をあげる。
「彼もまたこの国の難しい均衡でもがいている。魔人の貴族が音楽家になるというのは、この国ではとても難しくてな。彼は打開策を求めて庸人のリアムに接触したのだろう」
ノアと違い、王は彼の苦悩を理解していた。俺はそれが嬉しくて、表情が緩んだ。
「リアム、この国が好きか?」
またしても唐突な言葉に頭が真っ白になる。なんの意図をもって王がこの質問をするのか理解できなかったのだ。ゆっくりしかし躊躇いながら頷くと、王はクツクツと笑って頭を撫でた。
「あっちのヤギと同じで、良し悪しの判断以前に、この国のことを知り尽くしてはおらんか……。明日、もし仕事の誘いがあれば、リアムの判断でどうするのか決めろ。今日のように俺のことなど考えなくてもいい」
今日の王の話は何もかも唐突で、迂闊に頷くことが難しいものばかりだった。俺が困惑していると王は、窓の外にぽっかりと浮かんだ月を眺めたあと、呟いた。
「今日コンクールは無事に終わった。明日の算段は明日に考えればよい。だから今日は俺の名を呼んでくれ」
全身の肌という肌が泡立ち、背中に冷たいものが走り抜けた。王はわかっていたのだ。今日のこの日まで王に抱かれる時、違う問題に気をとられていたことを。
「そんな顔をするな。もう一度だけでいい……」
王は俺の腹を押してまたあの魔法を使おうとした。その手を掴んで、王の顔をのぞけば、不安そうな赤い瞳が僅かに揺れていた。
もうこの魔法を使わなくてもいい。ギードに愛されたい。
動かした唇を王は愛おしそうに何度も撫で、そしてあの寂しそうな笑顔で笑うのだ。俺はそれに胸が痛んで髪を引っ張る。
王の名をもう一度呼んだら、唇をふさがれたまま担がれ、ベッドに沈められた。
王は王たらしめる服を脱ぎ捨てた。美しい体が月明かりに照らされ、その輪郭がぼんやりと光る。王らしいことを何一つしないただ一人の男は、それでも唯一の装束を脱ぎ去り俺に対峙するのだ。
美しさに息を飲み、なぜだか焦燥が俺の心を焦がす。荷馬車に揺られ、家具もろくにない質素な部屋に住み、庸人に入れ上げる、ただ一人の男が俺の胸を焦がすのだ。
「脱がすのが惜しいほどだ。明日ラルフ=ハーマンと食事に行ってみるか?」
雰囲気にはそぐわない唐突な質問に俺はポカンと顔をあげる。
「彼もまたこの国の難しい均衡でもがいている。魔人の貴族が音楽家になるというのは、この国ではとても難しくてな。彼は打開策を求めて庸人のリアムに接触したのだろう」
ノアと違い、王は彼の苦悩を理解していた。俺はそれが嬉しくて、表情が緩んだ。
「リアム、この国が好きか?」
またしても唐突な言葉に頭が真っ白になる。なんの意図をもって王がこの質問をするのか理解できなかったのだ。ゆっくりしかし躊躇いながら頷くと、王はクツクツと笑って頭を撫でた。
「あっちのヤギと同じで、良し悪しの判断以前に、この国のことを知り尽くしてはおらんか……。明日、もし仕事の誘いがあれば、リアムの判断でどうするのか決めろ。今日のように俺のことなど考えなくてもいい」
今日の王の話は何もかも唐突で、迂闊に頷くことが難しいものばかりだった。俺が困惑していると王は、窓の外にぽっかりと浮かんだ月を眺めたあと、呟いた。
「今日コンクールは無事に終わった。明日の算段は明日に考えればよい。だから今日は俺の名を呼んでくれ」
全身の肌という肌が泡立ち、背中に冷たいものが走り抜けた。王はわかっていたのだ。今日のこの日まで王に抱かれる時、違う問題に気をとられていたことを。
「そんな顔をするな。もう一度だけでいい……」
王は俺の腹を押してまたあの魔法を使おうとした。その手を掴んで、王の顔をのぞけば、不安そうな赤い瞳が僅かに揺れていた。
もうこの魔法を使わなくてもいい。ギードに愛されたい。
動かした唇を王は愛おしそうに何度も撫で、そしてあの寂しそうな笑顔で笑うのだ。俺はそれに胸が痛んで髪を引っ張る。
王の名をもう一度呼んだら、唇をふさがれたまま担がれ、ベッドに沈められた。
王は王たらしめる服を脱ぎ捨てた。美しい体が月明かりに照らされ、その輪郭がぼんやりと光る。王らしいことを何一つしないただ一人の男は、それでも唯一の装束を脱ぎ去り俺に対峙するのだ。
美しさに息を飲み、なぜだか焦燥が俺の心を焦がす。荷馬車に揺られ、家具もろくにない質素な部屋に住み、庸人に入れ上げる、ただ一人の男が俺の胸を焦がすのだ。
0
お気に入りに追加
491
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる