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3部 王のピアノと風見鶏
第45話 食事の誘い
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王はやはり馬車というものを持ち合わせておらず、会場の裏口に停めてあったのは荷馬車であった。それが見えた時、いいようのない嬉しさが湧き上がる。バーンスタイン卿に案内され荷馬車の前に来た時に、後ろから呼び止められた。
「リアム! 少しよろしいか?」
振り向くとそこにラルフ=ハーマンが立っていた。俺は緊張で固まり、ノアに至っては怯えているようだった。
「ああ、そうか。喋れないのであったな……」
「代わりに承ろう。すまない、時間がなくてな。手短に頼む」
ノアではなくバーンスタイン卿が彼に応える。俺もノアも驚きを隠せない。今までノアを尊重してあまりこういったことに口を挟まれたことがなかった。
「今日は時間がないようだから……明日に食事をしないか? 先程の非礼のお詫びに……音楽の話をしたい……」
ラルフ=ハーマンは、バーンスタイン卿に射すくめられたのであろう。声がどんどんと小さくなる。バーンスタイン卿はなにかを言おうと口を開いたが、そのまま考え込んだ。
「一旦承知した。難しそうだったら明日、私が連絡しにいく」
バーンスタイン卿は牽制とも思える気迫で、ラルフ=ハーマンに答える。それはまるで、この場を去るよう通告しているようだった。
ラルフ=ハーマンは踵を返して去る。俺は慌ててノアの肩を掴んだ。ノアは俺の表情を見て、一度去り際の彼の方を向いたが、声を出さなかった。
「ノア、先程の非礼とはなんだ?」
ただならぬ口調に、俺もノアも戦慄する。俺が知る限りバーンスタイン卿がこんな威嚇をノアに向けたこととはない。俺は胸に手を突っ込み慌てて経緯を書こうとするが、それをノアが止めた。
「僕が舞台袖で彼に話しかけたのです。演奏後興奮冷めやらぬ中声をかけられ、彼も迷惑だったかと存じます」
「それだけか?」
「はい、それだけです」
「わかった。リアム、荷馬車でそのまま帰るんだ。明日の朝、本件についてどうするかうかがいに参る」
バーンスタイン卿はノアを抱え上げて俺を見送ろうとこちらに向きなおった。ノアにありがとうと口だけを動かしたが、こちらからでは顔が見えないし、バーンスタイン卿も伝えてくれる意思はなさそうだった。
俺は荷馬車の扉を開けて中に入る。あの日と同じ荷馬車に、こうして嬉しい知らせを届けるために入るとは夢にも思わなかった。
「随分と時間がかかったな。待ちわびたぞ」
王は相変わらず荷物に囲まれ、窮屈そうに座っている。いつものゆったりとした服装ではなく、国王らしい煌びやかな正装が荷馬車に不釣り合いだった。王の前に移動した時、荷馬車が動き始めて、ヨロヨロと王に倒れかかってしまった。王の正装は細やかな装飾が多く、触り心地が良くない。
「その勲章、そうか。しかし、今日の演奏は素晴らしかった。そんな勲章では足りないくらいだ」
王は俺を抱きしめながら、息の多い声で囁く。王の胸に響く安堵が伝わってくる。その胸の奥で膝を抱えるマリーのこどもに届いただろうか。王は俺の言葉を解釈したのだろうか。そう思うと胸がギュッと縮まり、逃れるように王の髪を掴んだ。
王がゆっくりと優しいキスを唇に落とす。今日帰れば、ジルとの話を打ち明けるのだろうか。それが名残惜しくて何度も髪を握ってしまう。
帰路のはずなのに、売られる家畜のようだと感じる。窓のない荷馬車の中で荷物と闇に紛れ、身を寄せあって、思うのだ。
この道がいつまでも続けばいい、と。
「リアム! 少しよろしいか?」
振り向くとそこにラルフ=ハーマンが立っていた。俺は緊張で固まり、ノアに至っては怯えているようだった。
「ああ、そうか。喋れないのであったな……」
「代わりに承ろう。すまない、時間がなくてな。手短に頼む」
ノアではなくバーンスタイン卿が彼に応える。俺もノアも驚きを隠せない。今までノアを尊重してあまりこういったことに口を挟まれたことがなかった。
「今日は時間がないようだから……明日に食事をしないか? 先程の非礼のお詫びに……音楽の話をしたい……」
ラルフ=ハーマンは、バーンスタイン卿に射すくめられたのであろう。声がどんどんと小さくなる。バーンスタイン卿はなにかを言おうと口を開いたが、そのまま考え込んだ。
「一旦承知した。難しそうだったら明日、私が連絡しにいく」
バーンスタイン卿は牽制とも思える気迫で、ラルフ=ハーマンに答える。それはまるで、この場を去るよう通告しているようだった。
ラルフ=ハーマンは踵を返して去る。俺は慌ててノアの肩を掴んだ。ノアは俺の表情を見て、一度去り際の彼の方を向いたが、声を出さなかった。
「ノア、先程の非礼とはなんだ?」
ただならぬ口調に、俺もノアも戦慄する。俺が知る限りバーンスタイン卿がこんな威嚇をノアに向けたこととはない。俺は胸に手を突っ込み慌てて経緯を書こうとするが、それをノアが止めた。
「僕が舞台袖で彼に話しかけたのです。演奏後興奮冷めやらぬ中声をかけられ、彼も迷惑だったかと存じます」
「それだけか?」
「はい、それだけです」
「わかった。リアム、荷馬車でそのまま帰るんだ。明日の朝、本件についてどうするかうかがいに参る」
バーンスタイン卿はノアを抱え上げて俺を見送ろうとこちらに向きなおった。ノアにありがとうと口だけを動かしたが、こちらからでは顔が見えないし、バーンスタイン卿も伝えてくれる意思はなさそうだった。
俺は荷馬車の扉を開けて中に入る。あの日と同じ荷馬車に、こうして嬉しい知らせを届けるために入るとは夢にも思わなかった。
「随分と時間がかかったな。待ちわびたぞ」
王は相変わらず荷物に囲まれ、窮屈そうに座っている。いつものゆったりとした服装ではなく、国王らしい煌びやかな正装が荷馬車に不釣り合いだった。王の前に移動した時、荷馬車が動き始めて、ヨロヨロと王に倒れかかってしまった。王の正装は細やかな装飾が多く、触り心地が良くない。
「その勲章、そうか。しかし、今日の演奏は素晴らしかった。そんな勲章では足りないくらいだ」
王は俺を抱きしめながら、息の多い声で囁く。王の胸に響く安堵が伝わってくる。その胸の奥で膝を抱えるマリーのこどもに届いただろうか。王は俺の言葉を解釈したのだろうか。そう思うと胸がギュッと縮まり、逃れるように王の髪を掴んだ。
王がゆっくりと優しいキスを唇に落とす。今日帰れば、ジルとの話を打ち明けるのだろうか。それが名残惜しくて何度も髪を握ってしまう。
帰路のはずなのに、売られる家畜のようだと感じる。窓のない荷馬車の中で荷物と闇に紛れ、身を寄せあって、思うのだ。
この道がいつまでも続けばいい、と。
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