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1部 ヤギと奇跡の器
第46話 書簡(ルイス視点)
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今日は朝からジルが訪れていた。ジルは自分を責めていた。知らずとはいえ、自分の行動でノアを傷つけていたと呵責に苛まれていたのだ。ジル1人での訪問はルークの図らいなのだろうと思い、なにも気に留めていなかった。
だからルークがアシュレイを伴って訪問したとき、瞬時にただ事ではないと感じた。
兄様たちが1階に降りてきたときに、僕は聞いていいものなのか躊躇する。その様子を見て、ルークが簡潔にアシュレイがここに来た理由を説明してくれた。
兄様たちは一緒に戦場に出た仲だからだろう、アシュレイのしたことに寛容だった。明日の処分次第では陳情を述べると息巻いている。
でも僕は寛容にはなれなかった。
自分も知らずに残酷なことをした。でも、アシュレイは知っていたのだ。香の効果を。
僕の行き過ぎた奉仕をやめさせたかったというのはわかる。でもそれならば、そんな周りくどいことをせず、ノアに模型を渡した日のように、僕に話してくれればよかったのだ。そうしたらあんなにノアが苦しむことはなかったのに。
アシュレイは僕への謝罪もそこそこに兄様たちを引き連れてさっさと帰ってしまった。
それが僕には、アシュレイの保身にしか見えなかったのだ。
僕は取り残されたノアを見舞いに行く。ノアはベッドの上でただ一点を見つめ放心していた。
「ノア……」
「ルイス、アシュレイ様はどうなってしまうの?」
あんな仕打ちをされてもノアはアシュレイの心配をしている。それが心の端をチリチリ燃やす。
「明日の処分で……もし不服があれば、兄様たちが陳情を述べると言っていた。だから、ノアは心配する必要はないよ」
「陳情?」
「うん……今日は査問といって、聞かれたことしか答えられなかったんだ。だから処分が下った後こちらの言い分が足りないようだったら申し立てをできるんだ……。第三者からの発言の方が……信憑性があるからね……」
はたして兄様たちの述べる陳情が真実に近いのだろうか。僕はノアに肩入れし過ぎているかもしれない。でも兄様たちのアシュレイへの肩入れはそれ以上だと感じる。
「僕は……証言することはできないのかな……?」
ノアはこの塔から出すことはできない。ルークは陳情のくだりでそうも言っていた。それが僕にはたまらなく腹立たしたかったのだ。1番の被害者が述べる機会を与えられず、まるでなかったかのように周りだけが勝手な罪の名前をつける。まるで死人に口なしのようだ。
その時僕はひとつ思い当たったのだ。
「陳情書ならば書簡で送ることができるよ!」
読まれるかどうかはさておき、送ることはできる。
「ルイス、僕はそれを書きたい……!」
ノアは決意を宿らせた力強い視線が僕の心を射抜く。
「陳情書は特に決まった形式はないんだ。ノアの思うように書いてごらん」
ノアの書く陳情書を、僕は肩越しから見ていた。ノアの綺麗な文字がスラスラと軌跡を描き、その後を追いペンの羽が舞っているようだった。その姿が、とても綺麗だった。
ただ内容はびっくりするくらい客観的で、僕が思うノアの心情などはひとかけらも見つけられなかった。
「ノアは……アシュレイに酷いことをされたと思わないの……?」
「酷いこと?」
「あんな香を渡されて……それなのに、まるでノアがそう望んでいるように誤解されて……」
ノアが羽を休めて、しばらく黙っていた。
「ルイス、怒らないで聞いてくれる?」
「怒るなんて……! 僕だってノアに酷い仕打ちをしてきたんだ……!」
ノアは言いづらそうにモゴモゴしていたから、僕はこれ以上自分の贖いを押し付けるのをやめて、ノアが話し始めるのを根気強く待った。
「ずっと悩んでいたあの昂りが……香のせいだってわかって今はほっとしている。でも……」
「でも……?」
「本当は何度か口から飛び出そうだったんだ……ルイスと……また一緒に練習したいって……」
「それは! 僕がそれを教えてしまったからでしょ!?」
「ううん、僕は……本当は……アシュレイ様に……してもらいたいと……思ってた……」
衝撃の告白に僕は口が塞がらず、口が乾いてもそれを閉じることができなかった。
「ルイスが、兄様にしてもらうように、僕もアシュレイ様にしてもらいたい。でも、僕はルイスでもいいから、練習でもいいから、誰でもいいから、してもらいたいって思ってしまったことが……何度かあったんだ……」
ノアがペンをインクの瓶へ入れて振り返り、僕をじっと見た。
「もし一度でもルイスに頼んでいたら、ルイスは僕を軽蔑していたでしょう? 僕も一度でも頼んでいたら……自分を許せなかったと思う……」
「でもあの香がなければ!」
「なければ、こんなことを知り得なかった……こんな感情を、知らないまま生きてた……」
ノアの言う感情が一体なんなのかさっぱりわからなかった。確かにアシュレイが咎めた行為については僕にも責任がある。でも香によってそれを望むのがなぜ責められる行為なのかがわからなかった。
「僕がルイスにお願いしようとする時、僕の心にアシュレイ様の声が響いたんだ。その度に……思ったんだ……」
ノアの話の行方が全くわからず、僕は口を開けたまま、呆然としていた。
「僕はアシュレイ様が好きなんだ」
僕の心の中で大きな物音を立てて何かが崩れた。大きな罪悪感と、ノアへの愛おしさで立っているのがやっとだった。
ノアはアシュレイの香によってアシュレイへの気持ちが鮮明になった。そしてアシュレイに操を立て、快楽のみの性愛に堕ちることを踏みとどまっていたのだ。
「ノア、その書簡は僕が帰りに投函してくるから、残りを急いで書いて」
「はい……!」
また、机の上に羽が舞う。
ノアが鳥に餌を与える時、一体なにを思っているのだろう。この忌まわしき塔の仕事にどれだけの後ろめたさを感じているのだろう。
なんて残酷な運命なのだろう。
そう思わずにはいられなかった。
だからルークがアシュレイを伴って訪問したとき、瞬時にただ事ではないと感じた。
兄様たちが1階に降りてきたときに、僕は聞いていいものなのか躊躇する。その様子を見て、ルークが簡潔にアシュレイがここに来た理由を説明してくれた。
兄様たちは一緒に戦場に出た仲だからだろう、アシュレイのしたことに寛容だった。明日の処分次第では陳情を述べると息巻いている。
でも僕は寛容にはなれなかった。
自分も知らずに残酷なことをした。でも、アシュレイは知っていたのだ。香の効果を。
僕の行き過ぎた奉仕をやめさせたかったというのはわかる。でもそれならば、そんな周りくどいことをせず、ノアに模型を渡した日のように、僕に話してくれればよかったのだ。そうしたらあんなにノアが苦しむことはなかったのに。
アシュレイは僕への謝罪もそこそこに兄様たちを引き連れてさっさと帰ってしまった。
それが僕には、アシュレイの保身にしか見えなかったのだ。
僕は取り残されたノアを見舞いに行く。ノアはベッドの上でただ一点を見つめ放心していた。
「ノア……」
「ルイス、アシュレイ様はどうなってしまうの?」
あんな仕打ちをされてもノアはアシュレイの心配をしている。それが心の端をチリチリ燃やす。
「明日の処分で……もし不服があれば、兄様たちが陳情を述べると言っていた。だから、ノアは心配する必要はないよ」
「陳情?」
「うん……今日は査問といって、聞かれたことしか答えられなかったんだ。だから処分が下った後こちらの言い分が足りないようだったら申し立てをできるんだ……。第三者からの発言の方が……信憑性があるからね……」
はたして兄様たちの述べる陳情が真実に近いのだろうか。僕はノアに肩入れし過ぎているかもしれない。でも兄様たちのアシュレイへの肩入れはそれ以上だと感じる。
「僕は……証言することはできないのかな……?」
ノアはこの塔から出すことはできない。ルークは陳情のくだりでそうも言っていた。それが僕にはたまらなく腹立たしたかったのだ。1番の被害者が述べる機会を与えられず、まるでなかったかのように周りだけが勝手な罪の名前をつける。まるで死人に口なしのようだ。
その時僕はひとつ思い当たったのだ。
「陳情書ならば書簡で送ることができるよ!」
読まれるかどうかはさておき、送ることはできる。
「ルイス、僕はそれを書きたい……!」
ノアは決意を宿らせた力強い視線が僕の心を射抜く。
「陳情書は特に決まった形式はないんだ。ノアの思うように書いてごらん」
ノアの書く陳情書を、僕は肩越しから見ていた。ノアの綺麗な文字がスラスラと軌跡を描き、その後を追いペンの羽が舞っているようだった。その姿が、とても綺麗だった。
ただ内容はびっくりするくらい客観的で、僕が思うノアの心情などはひとかけらも見つけられなかった。
「ノアは……アシュレイに酷いことをされたと思わないの……?」
「酷いこと?」
「あんな香を渡されて……それなのに、まるでノアがそう望んでいるように誤解されて……」
ノアが羽を休めて、しばらく黙っていた。
「ルイス、怒らないで聞いてくれる?」
「怒るなんて……! 僕だってノアに酷い仕打ちをしてきたんだ……!」
ノアは言いづらそうにモゴモゴしていたから、僕はこれ以上自分の贖いを押し付けるのをやめて、ノアが話し始めるのを根気強く待った。
「ずっと悩んでいたあの昂りが……香のせいだってわかって今はほっとしている。でも……」
「でも……?」
「本当は何度か口から飛び出そうだったんだ……ルイスと……また一緒に練習したいって……」
「それは! 僕がそれを教えてしまったからでしょ!?」
「ううん、僕は……本当は……アシュレイ様に……してもらいたいと……思ってた……」
衝撃の告白に僕は口が塞がらず、口が乾いてもそれを閉じることができなかった。
「ルイスが、兄様にしてもらうように、僕もアシュレイ様にしてもらいたい。でも、僕はルイスでもいいから、練習でもいいから、誰でもいいから、してもらいたいって思ってしまったことが……何度かあったんだ……」
ノアがペンをインクの瓶へ入れて振り返り、僕をじっと見た。
「もし一度でもルイスに頼んでいたら、ルイスは僕を軽蔑していたでしょう? 僕も一度でも頼んでいたら……自分を許せなかったと思う……」
「でもあの香がなければ!」
「なければ、こんなことを知り得なかった……こんな感情を、知らないまま生きてた……」
ノアの言う感情が一体なんなのかさっぱりわからなかった。確かにアシュレイが咎めた行為については僕にも責任がある。でも香によってそれを望むのがなぜ責められる行為なのかがわからなかった。
「僕がルイスにお願いしようとする時、僕の心にアシュレイ様の声が響いたんだ。その度に……思ったんだ……」
ノアの話の行方が全くわからず、僕は口を開けたまま、呆然としていた。
「僕はアシュレイ様が好きなんだ」
僕の心の中で大きな物音を立てて何かが崩れた。大きな罪悪感と、ノアへの愛おしさで立っているのがやっとだった。
ノアはアシュレイの香によってアシュレイへの気持ちが鮮明になった。そしてアシュレイに操を立て、快楽のみの性愛に堕ちることを踏みとどまっていたのだ。
「ノア、その書簡は僕が帰りに投函してくるから、残りを急いで書いて」
「はい……!」
また、机の上に羽が舞う。
ノアが鳥に餌を与える時、一体なにを思っているのだろう。この忌まわしき塔の仕事にどれだけの後ろめたさを感じているのだろう。
なんて残酷な運命なのだろう。
そう思わずにはいられなかった。
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