幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

文字の大きさ
上 下
48 / 240
1部 ヤギと奇跡の器

第46話 書簡(ルイス視点)

しおりを挟む
今日は朝からジルが訪れていた。ジルは自分を責めていた。知らずとはいえ、自分の行動でノアを傷つけていたと呵責に苛まれていたのだ。ジル1人での訪問はルークの図らいなのだろうと思い、なにも気に留めていなかった。

だからルークがアシュレイを伴って訪問したとき、瞬時にただ事ではないと感じた。

兄様たちが1階に降りてきたときに、僕は聞いていいものなのか躊躇する。その様子を見て、ルークが簡潔にアシュレイがここに来た理由を説明してくれた。

兄様たちは一緒に戦場に出た仲だからだろう、アシュレイのしたことに寛容だった。明日の処分次第では陳情を述べると息巻いている。

でも僕は寛容にはなれなかった。

自分も知らずに残酷なことをした。でも、アシュレイは知っていたのだ。香の効果を。

僕の行き過ぎた奉仕をやめさせたかったというのはわかる。でもそれならば、そんな周りくどいことをせず、ノアに模型を渡した日のように、僕に話してくれればよかったのだ。そうしたらあんなにノアが苦しむことはなかったのに。

アシュレイは僕への謝罪もそこそこに兄様たちを引き連れてさっさと帰ってしまった。


それが僕には、アシュレイの保身にしか見えなかったのだ。


僕は取り残されたノアを見舞いに行く。ノアはベッドの上でただ一点を見つめ放心していた。

「ノア……」

「ルイス、アシュレイ様はどうなってしまうの?」

あんな仕打ちをされてもノアはアシュレイの心配をしている。それが心の端をチリチリ燃やす。

「明日の処分で……もし不服があれば、兄様たちが陳情を述べると言っていた。だから、ノアは心配する必要はないよ」

「陳情?」

「うん……今日は査問といって、聞かれたことしか答えられなかったんだ。だから処分が下った後こちらの言い分が足りないようだったら申し立てをできるんだ……。第三者からの発言の方が……信憑性があるからね……」

はたして兄様たちの述べる陳情が真実に近いのだろうか。僕はノアに肩入れし過ぎているかもしれない。でも兄様たちのアシュレイへの肩入れはそれ以上だと感じる。

「僕は……証言することはできないのかな……?」

ノアはこの塔から出すことはできない。ルークは陳情のくだりでそうも言っていた。それが僕にはたまらなく腹立たしたかったのだ。1番の被害者が述べる機会を与えられず、まるでなかったかのように周りだけが勝手な罪の名前をつける。まるで死人に口なしのようだ。

その時僕はひとつ思い当たったのだ。

「陳情書ならば書簡で送ることができるよ!」

読まれるかどうかはさておき、送ることはできる。

「ルイス、僕はそれを書きたい……!」

ノアは決意を宿らせた力強い視線が僕の心を射抜く。

「陳情書は特に決まった形式はないんだ。ノアの思うように書いてごらん」



ノアの書く陳情書を、僕は肩越しから見ていた。ノアの綺麗な文字がスラスラと軌跡を描き、その後を追いペンの羽が舞っているようだった。その姿が、とても綺麗だった。

ただ内容はびっくりするくらい客観的で、僕が思うノアの心情などはひとかけらも見つけられなかった。

「ノアは……アシュレイに酷いことをされたと思わないの……?」

「酷いこと?」

「あんな香を渡されて……それなのに、まるでノアがそう望んでいるように誤解されて……」

ノアが羽を休めて、しばらく黙っていた。

「ルイス、怒らないで聞いてくれる?」

「怒るなんて……! 僕だってノアに酷い仕打ちをしてきたんだ……!」

ノアは言いづらそうにモゴモゴしていたから、僕はこれ以上自分の贖いを押し付けるのをやめて、ノアが話し始めるのを根気強く待った。

「ずっと悩んでいたあの昂りが……香のせいだってわかって今はほっとしている。でも……」

「でも……?」

「本当は何度か口から飛び出そうだったんだ……ルイスと……また一緒に練習したいって……」

「それは! 僕がそれを教えてしまったからでしょ!?」

「ううん、僕は……本当は……アシュレイ様に……してもらいたいと……思ってた……」

衝撃の告白に僕は口が塞がらず、口が乾いてもそれを閉じることができなかった。

「ルイスが、兄様にしてもらうように、僕もアシュレイ様にしてもらいたい。でも、僕はルイスでもいいから、練習でもいいから、誰でもいいから、してもらいたいって思ってしまったことが……何度かあったんだ……」

ノアがペンをインクの瓶へ入れて振り返り、僕をじっと見た。

「もし一度でもルイスに頼んでいたら、ルイスは僕を軽蔑していたでしょう? 僕も一度でも頼んでいたら……自分を許せなかったと思う……」

「でもあの香がなければ!」

「なければ、こんなことを知り得なかった……こんな感情を、知らないまま生きてた……」

ノアの言う感情が一体なんなのかさっぱりわからなかった。確かにアシュレイが咎めた行為については僕にも責任がある。でも香によってそれを望むのがなぜ責められる行為なのかがわからなかった。

「僕がルイスにお願いしようとする時、僕の心にアシュレイ様の声が響いたんだ。その度に……思ったんだ……」

ノアの話の行方が全くわからず、僕は口を開けたまま、呆然としていた。

「僕はアシュレイ様が好きなんだ」

僕の心の中で大きな物音を立てて何かが崩れた。大きな罪悪感と、ノアへの愛おしさで立っているのがやっとだった。

ノアはアシュレイの香によってアシュレイへの気持ちが鮮明になった。そしてアシュレイに操を立て、快楽のみの性愛に堕ちることを踏みとどまっていたのだ。

「ノア、その書簡は僕が帰りに投函してくるから、残りを急いで書いて」

「はい……!」

また、机の上に羽が舞う。

ノアが鳥に餌を与える時、一体なにを思っているのだろう。この忌まわしき塔の仕事にどれだけの後ろめたさを感じているのだろう。

なんて残酷な運命なのだろう。

そう思わずにはいられなかった。
しおりを挟む
口なしに熱風| ふざけた女装の隣国王子が我が国の後宮で無双をはじめるそうです

口なしの封緘

皇帝に追放された騎士団長の試される忠義
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

処理中です...